オカルティック・アンダーワールド:ベート《続編》

アキラカ

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2.夢男怪奇譚

第7話 悪夢

 5月9日
 日曜日
 時刻は午前11時


 今日はオカルトラボの所長、東海林しょうじ藍李あいりの妹、朱李しゅりが『令和のThis Man』から死のカウントダウンを受けたそのリミットデイでもある。
 ちなみに夢を見たのは深夜の1時頃。
 時刻にどれだけ正確性があるかは不明だが、もしそうならば日をまたぐあたりが要注意時刻になる。

 それからこの事はまだ誰にも知らせていないが、寿々すずが宣告を受けたのも深夜の1時半過ぎだ。
 結局寿々は、この事を恋人であるふひとは勿論、誰にも伝える事なく当日を迎えた。


 寿々と史は朝から会議室の準備に取り掛かっていた。
 藍李からは、お昼前には機材を持って編集部へと到着する予定だと連絡が入っている。
 その前に二人はまずこの会議室に簡易的な結界を張る作業をしていた。


「・・・これが結界?」

 寿々は1時間前に編集部にバイク便で届けられた封筒から、数枚の札を取り出し不思議そうに眺めた。

「正確には呪符じゅふですが。これを正確な方位に貼り付けろとのことです」

 史は脚立に上りスマホの方位アプリを使って、父親であるはだ総司そうじに指示された通りの方角を確認している。

 総司は神奈川にある実家の白菱しろびし稲荷神社の宮司でもある。しかしその裏ではアガルタ編集長の最上もがみからの依頼があれば呪力を使った仕事を請け負っている。基本それの多くが人助けではあるが、呪力を使う以上何の害もない純粋な人助けか、と言われれば当然その限りではない。
 だがそれは息子の史でさえ知らない事実であった。


「バイク便で送ってきたって事は、はだ先生はやっぱり今週も実家の神社に行っているのか?」

 寿々も白菱稲荷神社での一件後、秦家がどうなっているのか気になっていた。が如何せん史自身から秦家の話を聞き出すのは何となく気がとがめられ、なかなかその質問が出来ずにいた。

「・・・そうみたいですね。俺も詳しく聞いてないですが、まだ祖母が本調子ではないらしく・・・。まぁそれはいいんですが。そのせいで遠縁の親族までうるさく揉めているので、週末以外もずっと神奈川に行っているらしいですよ」

「そうなのか・・・」

 寿々は本当ならば、もっと良い方法で秦家の問題を解決させられたら良かったのに、と思っていた。
 勿論今となっては何を言ってもどうにもならない事なのだが。

 そうこう話している内に史は会議室の壁12方向全てに、総司が施した呪符を会議室上部に正確に貼り付ける作業を終えていた。

「ま、こんなもんでしょうか?これも絶対的な効力があるわけではない、と父さんから言われてます。なのでどこまで持ってくれるかは不明ですが、それでも気休め程度にはなるでしょう」


「なあふひと・・・」

 寿々は脚立から降りて来た史を見上げた。
 その顔があまりに不安そうな表情をするので、思わず史は寿々の顔に触れようとした。
 しかし職場では何とか自制心を保って先輩と後輩の立場で過ごしているのに、一度タガが外れてしまえばどこまでも取り返しがつかなくなりそうで、それだけは死守せねばと史は我に返り伸ばそうとした手をぐっと握りしめた。

「・・何ですか?」

 寿々もやはり今本当の事を言わないと、もし何かがあってからではまた取り返しのつかない事になるのでは。そう思い話し出そうと口を開いたのだが。

「・・・・あのさ、」

 そう言いかけたその時、ちょうど編集部の入口の方から声がしてきた。

「失礼します、東海林しょうじです!」

 寿々はすぐにその声に反応し、会議室から顔を出すと入口の方へ目を向けた。

「あ、東海林さんお疲れ様です!」
 そう言うとそのまま入口へと迎えに行ってしまった。

「・・・・・」
 史はその後ろ姿を見て、もしかしてまた寿々は自分に隠し事をしているではないか?と直感的に感じ取っていた。



「機材結構ありますね、重かったでしょう。上の入口で呼んで頂けたら迎えに行きましたのに」

 そう言って寿々は藍李あいり朱李しゅりの二人が持ってきたキャリー付きのカートを見た。

「いやぁ、お気遣いありがとう!でもこれは大事な商売道具だからね。自分達で管理してなんぼだよ。じゃあ早速中で準備させてもらってもいいかい?」

 そう言うと寿々も素直に頷き、二人を会議室へと案内した。

「はい、必要があればなんでも言ってください。史もいるので力仕事くらいならお手伝いしますので」

 そんな表面的なおべっかを言うものだから、会議室入口にいた史は寿々に小声で、
「・・・それ寿々さんが言うんですか?俺がやるんですよね?」
 と愚痴をもらした。
「いいだろう?それくらい言っておいても」
 寿々も仕事だと先輩としてなのか、多少適当な事を言ってしまう癖がいまだに抜けなかった。

 その脇を朱李がやや不機嫌そうな顔で通りかかり、

「前から思っていたんですけど。三枝さえぐささんとはださんって何でそんなに距離が近いんですか?」

 と本当に何も知らぬ故の素朴な疑問とばかりに質問してきた。

「え?」
「は!?」

 寿々と史もいつものノリで居過ぎたせいか、ついうっかり距離感への注意が欠けていたようだ。
 寿々は急いで半歩史から離れると、

「いや~?そんな事ないと思うけど」
 とあからさまに怪しい返答をし、史も冷静を装い、
「そうです。たまたまですたまたま」
 と付け加えるものだから余計怪しさが増してしまった。

「へぇ~・・・高校生ならいざしらず、大人でもそういうノリがあるもんなんですね」

 と史ではなく寿々の方をまるで軽蔑するような白けた目で見つめた。
 それに気づいた姉の藍李が二人を助けるように、

「ほら朱李!早くこっちきて手伝って!」
 とせっつくように声を掛けた。

 朱李はその後は気にする事なく藍李の指示に従い、機材の準備に取り掛かった。

 寿々と史は一旦会議室から出て小声で話しかけた。
「・・はぁ。やっぱり気をつけないとな」
「そうですね。編集部内に誰もいないとついつい俺も気が緩んで・・・」
「それにしても藍李さんには会った初日に俺達の事を見抜かれてびっくりしたけれど。おかげで助かったよ」
「本当に」

 そう言って二人して会議室の中を再び覗き込んだ。

 実はこの心霊写真検証の企画が連載ベースに決まり、柴田からの提案でオカルトラボを紹介されて始めて二人で挨拶に行ったその日、姉の藍李には何故か寿々と史が付き合っている事を言い当てられていた。
 何でも藍李も同性愛者なので、どうもそういう勘が鋭いのだとか何とか。




 午後2時半

 藍李と朱李の準備も終わり、あとは特になにもなければそれでよしという具合に会議室内の準備は全て整った。

 しかし会議室は言うほど広くはない。
 ようやく10人分が座れる長机と椅子、そして壁際のホワイトボードとその手前にモニターが置かれている程度だ。

 しかも今はラボから持ち込んだ機材が部屋の四隅に置かれているので更に室内が狭くなっていた。

 なので室内には藍李と朱李の二人で待機してもらい、寿々と史は時間まで会議室の外で待機する事になった。
 問題の時間まであと12時間。
 いつ何が起きるのか分からないが、ここからは辛抱強く様子を見守るしかなかった。



 最初の数時間は互いに椅子を2つずつ合わせた状態で仕事をしていた寿々と史も、数時間が過ぎる頃には疲れたのか、特にやる事もなくただ時間が過ぎるのを待った。

「・・・編集長って確か18時に来るって言ってましたっけ?」
 史が本を読みながら、そろそろ飽きてきたように欠伸をしながら寿々に聞いてきた。

「ああ・・もうそんな時間?ってまだ4時・・・どうしようか。ここで一緒に企画でも考えるか?」

 史の欠伸が移りながらそうは言ってみたものの、寿々も史も連休明けからずっと気を張っていたのもあって、そろそろ精神と体力の限界に近づいてきていた。
 何なら今すぐ眠っていいと言われればここですぐに寝れるくらいだ。

 寿々はげっそりとしながら会議室の中をちらりと様子を見てみたが、藍李も朱李も驚く事に一言も無駄口をたたく事なくひたすら仕事に集中しているようだった。

「・・・・凄すぎでしょ」

 そう言って寿々が疲れて床に視線を落とした。すると、

「?」

 寿々が何かの違和感に気がづいた。

「どうしましたか?」

「・・・・・・・・気のせいか?なんか床が小刻みに揺れてないか?」

「・・・・・そうですか?俺には分からないですが」

 そう言うと、今度は会議室の方から朱李の声が聞こえた。

「何か・・揺れていますよね?地震ですか?」

 寿々が感じている振動を朱李も感じているようだった。しかし、

「何だこれ・・・」

 と藍李は運んできたオシロスコープに急な変化が出ているのに気づき声を上げた。

「どうしたんですか?」

 藍李の反応が気になって寿々と史も会議室の中へとはいる。

「これはここの電圧を調べているのだが、二人が振動を感じ始めた辺りで急に電圧に変化が・・」

 すると朱李が部屋を見渡し急に目を細めるようにして頭を押さえた。

「何か・・振動もだけど頭がクラクラする・・」

 そう言って近くの椅子に座り込んでしまった。藍李はオシロスコープを見て自分も天井を見た。

「電圧フリッカか・・?でも何でこんな都市部の真ん中で?」

 それを聞いていた史も計器の表示に目を向けた。計器の波形に短い周期での変動が見られる。

「フリッカというと、今部屋のLEDは目には見えない明滅を起こしているって事ですよね?」

「ああ、そういう事になる」

「音ではなく・・・光も・・・。となるとやはりは周波数そのものを操れるのか?」

 史がそう呟いたその時。
 突然史が12方向に貼った呪符が弾けるように一斉に剥がれ落ちた。
 と同時に寿々と座っている朱李を囲むように足元に大きな黒い穴がグワリと口を開けて出現した!!

「!?」
「!」
「!!?」

「っ!!!」

 全員がその突然の現象に対応できず、朱李は座った椅子がグラっと後ろに傾くとそのまま穴の中へ落下していってしまった。
 寿々はギリギリの所で史に腕を掴まれ何とか落ちずにいたのだが・・・。

「朱李!!」
「朱李さん!!」

 穴に落ちてゆく朱李を追おうと寿々の体勢が穴に向かって傾いた。

「寿々さん!やめて下さい!!」

 史が必死に寿々を抱えようとギリギリのところで支えていたが、これ以上寿々が前に傾けば落下は免れない。

「史!助けないと!!」

「下に何があるか分からないんですよ!」

 力があるとはいえ史も不安定な状態で寿々を支えるのは限度がある。
 そうこうしているうちに穴が縮み始めた。

「朱李ぃ!!」

 藍李が壁に手をつきながら真っ青な顔で必死になって穴の中へと声をかける。
 寿々にはこの感覚に覚えがあった。
 この感覚は一昨日あの夢の中へ引きずり込まれた時と全く同じ感覚だったのだ。

「史!俺を信じてくれ!!今俺達はだ!多分さっきの微細振動がトリガーになっている」

「はぁ?」

「恐らくこの穴はへと繋がっているはず!だからこのまま飛び込むぞ!」

 寿々のその言葉には何一つとして根拠がなかったが、史もこうなればやけくそだ。

「わかりました!じゃあ俺も一緒に行きます!」

 そう言うと寿々は頷き、史としっかりと手を繋いだまま急いでその穴の中へと飛び込んだ。






 何秒間落下していたのかは分からなかったが、落下しながらも史が寿々を抱えてくれたおかげで下に着いた衝撃は、前回程は感じられなかった。

「!!」

 どうやらどこかの柔らかい土の斜面に落下したようで、ふひと寿々すずを抱えながらも何とかバランスを取り斜面をズルズルと滑り落ちながら止まった。

「・・・ここは」

 史が周りを見渡すと、そこは話に聞いていたあの暗い森の中だった。

「多分この前夢の中で連れてこられた同じ森だと思う」

 寿々はそう言うと史の手を借り地面に足を下した。
 心なしか前回よりも少しだけ明るいような気もする。
 しかし上を見上げるとはやり満点の星空が広がっていた。

「ここって本当になんですか?・・・前に寿々さんを探しに来た場所とは全く違いますね」

 史は辺りの樹々や植物を触りながら不思議そうに呟いた。

「・・・・そうなんだ。俺も定義は分からないんだが。多分次元の狭間ってアカーシャと同じで魂の数だけ存在するんだと思う。きっとここは片目の男、久野誠の中にある次元の狭間なんだ」

 そう言いながら寿々は目の前の暗闇に薄っすらと見えたピンク色の髪を見つけ、ハッとして走り出した。

朱李しゅりさん!!」

 数メートル先で意識を失って倒れていた朱李を寿々は急いで抱える。

「朱李さん大丈夫ですか!?」
「・・・・うぅ・・」

 朱李がようやく目を開けると目の前に心配そうに覗き込む寿々の顔が飛び込んできた。

「うわっ!!」

 思わず驚きすぎて馬鹿でかい声が出てしまい、それが恥ずかしくて朱李は咄嗟に口を押えながら後ずさった。

「え?あ、ごめん!怪我していないか心配だったからつい」

 寿々も思わず軽率に女の子を抱え起こしてしまった事をすぐに謝った。

「・・・・・いえ。大丈夫ですので」

 朱李も失態を見せたとばかりに顔を真っ赤にさせたが、それをごまかそうと急いで立ち上がった。だが、

「い・・・たぁ」

 そう言いながらすぐによろけてしまい、寿々はすかさず手を貸した。

「大丈夫?どこか怪我して・・」

「・・足を少し捻ったみたいです。右脚が痺れて・・」

 その二人の様子を後ろから見ていた史が何だかどんどんと不機嫌な表情に変化していたが、寿々も朱李もその事には気づいてはいなかった。

「どうしようか。とりあえず休んだ方が」
 寿々がそう言って朱李の手を取り座れそうな場所を探したが。

「大丈夫です。そこまで酷くはないので。・・・それよりここってあの夢の中の森ですよね・・。三枝さんと秦さんも一緒にいるだけでも理解不能なのに・・信じられない事ばかりで情報処理が追い付かないけど・・・。でも三枝さんの話を仮定として考えるならば、今は早く久野を探してここから出られるように何とかケリをつけないと」

 朱李の言う通りだった。

「じゃあ、嫌じゃなければ俺の肩に掴まって?」

 そう言うと後ろの史がややうっすらこめかみに血管が浮かせ、更に不機嫌そうな顔をした。
 勿論寿々には何一つやましい気持ちなどない。
 それこそ朱李の事をそこまで親しくもない親戚の子、程度にしか思っていない。

 史は思わず、
「俺の方が力もありますから、なんなら俺が負ぶって移動しますよ?」
 と下手な笑顔で二人に割って入ると、その顔を見た朱李が心底嫌そうな顔をして、

「・・・なんか秦さんは嫌なので。すみません三枝さんお言葉に甘えて肩をお借りします」

 とはっきりと断った。

「は?」
「勿論!」

 寿々はようやく史の不機嫌が相当なレベルになっている事に気づき、慌ててその態度を遮った。
 しかしだ。

『まさかあれだけ女子にモテる史を、なんか嫌で断るとか・・・めずらし・・!?いや待てよ・・もしかして逆か?史の事が気になっているからあえて断った・・とか!?』

 寿々が支える朱李の横顔をそれとなしに青ざめた顔でちらっと見ると、その顔がやや赤くなっているように見えた。

「!?・・・」

 すぐ横で寿々のくるくると変わる表情を見ていた史は、更に怖い顔させ朱李を支える寿々を見下ろしていた。

『・・・何その表情・・分かりやす。どう考えても朱李さんが意識しているのはあんたの方だよ!どんだけ天然なんだこの人??』

 正直朱李の本心までは分からなかったが、恐らく史の予想の方が正解に近そうだった。

 寿々は勝手に朱李が史への気持ちがあるものだと誤解したせいか、なるべく朱李の視界に史が入らないように無駄にエスコートが大袈裟になってゆき、史はその様子に怒りを通り越してやや気持ち悪さすら感じげんなりしていた。

 そんな事をしていると、数十メートル進んだその先に急に開けた場所が見えて来た。


「・・・なんだあそこ」

 寿々の視線の先には、緩やかな丘の一番上に光輝くような淡い花びらを散らす一本の大きな桜の樹が立っていた。
 その光景は荒廃した暗闇の森から隔離された全く異なった空間のように見えた。

「・・・あの桜の樹は何なんだ・・・あまりに美しすぎて・・寧ろ不気味なくらいだ」

 朱李もその光景に心奪われながらも何故か身震いするほどの恐怖を感じていた。
 史は先立って目の前の空間に向けて左手をかざし呪力を使って透視を行う。
 もしかしたらあの桜が真犯人が作り出したトラップかもしれないと思ったからだ。

「・・・・・・・・」

 透視をするとその丘の上には2つの光が見えた。
 一つは灰色の光。それはつい2日前に見た久野誠の魂に間違いなかった。
 問題はもう一つの方だ。
 それは光・・・なのに真っ黒に濁ったまるで重油のような発光をしている。
 どう考えてもその真っ黒な光が真犯人。久野誠の魂を使役してこの次元の狭間を使い何人もの若者を転落死させた張本人に違いなかった。

「寿々さん、あの桜の樹の幹に久野が拘束されています。それともう一人。恐らく久野の魂を使役している奴が樹の後ろに隠れています」

「!?それじゃ久野は人質になっているってことなのか?」

「まあそんな感じに視えますね」

 二人の会話を改めて朱李は眉間に皺を寄せながら聞いていた。

『三枝さんも秦さんも、本当に僕には解明できないような力を持っているのかもしれない・・。悔しいけれどここではどうやっても太刀打ちできそうにない・・。でも絶対にいつか、これらの現象全てを僕が科学で証明してみせる・・・・!』


「どうしますか?このままあの樹にうかつに近づけばきっと向こうの思う壺です」

「そうかもしれないけど。でもやっぱり久野の魂を浄化させられないと俺達はここから出られないばかりか、向こうが久野を使役している間は出られたとしても途端にビルの屋上やら地下鉄の線路の上に落とされてそのまま消されるだろう・・。相手が本当にあの常天とこのたかであればそれくらいやり兼ねない・・」

 寿々はそう言うと朱李の腕を下し、すぐ近くの木の幹にその手を置いた。

「朱李さん、悪いけどここで待っていて下さい。俺と史で何とか久野の魂を浄化させます。そうすればこの悪夢は終わるはずです」

「・・・わかりました」

 朱李はそれ以上何も言う事もなくただ二人を信じ大くうなずいた。



 寿々と史は丘の麓まで足を進め、そこで立ち止まった。

「史?はらえの波動をあの樹にぶつけたら久野はどうなると思う?」

「そうですね。浄化までは出来ないのでただ苦しむだけかもしれませんね」

「そうか。じゃあまずあの桜の枝を落とすように祓の波動を当ててみてもらえないか?」

「分かりました」

 史は了解すると同時に両手をパシィィンという大きな音を出し柏手を打ち鳴らした。
 すると右手に銀色の光がババッと飛び出し、その光を長く美しい指でくるりとかき混ぜるようにして円盤状の波動を作り上げた。

 史は左脚を前方に伸ばし地面をしっかりと踏みしめると、大きく振りかぶって勢いよくその祓の波動を樹の上を目指して放り投げた。

 キィィィィンという金切り音のような音が辺り一面に響き渡りながら美しい弧を描き、ピンク色の桜の花びらを割いた・・・。
 その瞬間、その切り裂かれた桜の花びらがまるで人間のような悲鳴を上げた。

「キャァアアアアアア!!」

 と同時に、
 ヒュィォォォォ!!という高音と共にもの凄い速さで飛んで来た何かに射撃され、史の波動は弾かれた。
 それは一瞬矢のように見えたが、矢自体はどこにも存在しておらず当たった拍子に散ってしまった。しかしその音はまるで鏑矢かぶらやの音と酷似していた。
 

「!?・・・・何!」

「・・・史・・今桜の花を切った時のあれ・・悲鳴だったよな・・」

「はい・・俺にもそう聞こえました」

「なぁ・・もう一回あの桜の樹だけ透視してもらえないか?」

 寿々は嫌な予感がしたのか顔色が真っ青だ。
 史も寿々が何を言いたいのか予想はついていたが、うなずくともう一度左手を桜の樹に向けてかざし瞳を閉じた・・・・・。

『・・・何だ?・・・桜の樹自体は全く光っていないのに。良く見ると花の一輪一輪の付け根だけわずかに光って・・・!!』

 史はようやくそれを理解して翳していた左手を急いで引いた。

「どうした!?」

「・・・・あの桜の花・・一つ一つが人の魂です」

「なんだって!?」

 寿々と史は険しい顔のまま、目の前の丘の上に立つ一本の桜の大樹に目を向けた。

「俺達にはあの樹はただの桜の樹に見えますが、もしかしたら本当は転落死させた人の魂を保管させる装置か何かなのかもしれません・・・」

「じゃあさっきの悲鳴は!?」

「・・・桜の花びらは5枚・・人体に置き換えられます。つまりそういう事なのでしょう」

 寿々は史の声を聞きながら気が遠くなりそうになった。
 桜の樹は今まさに満開な状態だ。
 あれだけの人の魂をかき集めてあの樹に閉じ込め、犯人は一体何をしようというのだろうか?
 しかし、あそこに閉じ込められているのは既に現世では亡くなっている魂だ。
 どう策を講じてもこの場所から生き返らせて戻す事などできるわけが無かった。
 ましてや全てを浄化できるのか、またさせるのが良いのかさえ検討もつかない。

『向こうの真の目的が何のか、一切分からないのは本当に歯がゆい。しかし今は使役されている久野の魂を浄化する事に集中するのが先だ・・・というかどう頑張っても俺達にはそれしか出来ない』

 寿々は再び桜の幹に目を向け、先ほど飛んで来た敵の攻撃を思い出しながら頭をフル回転させた。

『相手の攻撃が弓矢のような能力ならば、今ここにだって飛んできてもおかしくないはずだ。だがそれはして来ない。あくまでも久野を盾にして桜の樹の裏に潜んでいる。という事は射程距離があるという事か?恐らくこの丘がその範囲だろうか。丘に入りさえしなければ狙撃されることはない・・・が、その裏をかくには・・』

 寿々は出来ればこのまま丘を一周して様子を見たかったが、その行動は向こうに猶予ゆうよを与えてしまう可能性があった。
 そこで寿々はある一つの可能性にかけてみた。

「史、この丘に足を踏み入れたら多分さっきみたいに狙撃されると思う」

「・・どうしますか。俺がここから対抗できそうなのは今の円盤状のはらえの波動のみです。あとは浄化の大波も呪力もどれも距離が遠くて届きそうにありません」

「・・・・・史。ここは夢の中だ。いや正確に言えば俺達は今、意識だけここに連れてこられている状態なんだと思う」

「・・・・はい、だとすると?」

「だからさ、俺、多分ここでなら飛べると思うんだよ」

「と・・ええ??」

 寿々のそのぶっ飛んだ発想にびっくりしたのか史の目が思わず点になった。

「と、飛ぶって羽を使って空中をですか?」

「そうそう。ほら、夢の中で飛んだことくらいあるだろ?」

「いやぁそんな夢見たことないですけど。ていうか羽っていつでも自由に出せるもんなんですか?」

「わからない。まだ意識的に出せた事ないから・・・・」

 そう言うと寿々は胸の前で手を合わせ、まるで祈る様に片膝をついた。
 するとその瞬間、寿々の背中に2対の七色の光がブワっと舞い上がり、輝きながら次第に真っ白な羽となって広がった。

「・・・・・・凄い」

 思わず史もその光景に度肝を抜かれた。
 何故ならば、現実では寿々の羽はオーラのような発光体でしか見た事がないからだ。
 しかしこの次元の狭間ではそのオーラがはっきりとした〖羽〗として具現化して見えるのだ。
 その姿はまさに天使そのものだった。
 神々しくも美しい。しかしそれと同時に畏怖すら感じる。


 離れた場所で見守っていた朱李も、寿々の背中に突如現れた美しい羽を見てあっけにとられていた。

「・・・・何だあれ・・三枝さんの背中に・・羽!?」


 寿々はそのまま2対の羽を大きく羽ばたかせると、辺り一面に春の風のような心地よい風が湧きおこった。そしてその風に持ち上げられるようにして寿々の身体が宙に浮く。

「よし。これならば俺も少しだけ加勢できるはず」

「・・で、でもどうやって・・」

 史はまだ寿々のその姿に圧倒されていた。

「俺がとにかく上を飛び回る」

「は?そんな、狙撃されたらどうするんですか?夢だろうが次元の狭間だろうが命を落とせば現実では魂と身体が切り離されるんですよ?つまり死ぬんですよ?分かってますよね?」

 史は冗談じゃないぞ?と本気で怒鳴った。

「今の俺は前とは違う。天使の魂は死ぬ事はない。例え身体と切り離されても魂だけはこの世から消える事はないんだよ。だから心配するなって」
 寿々は不安そうな史を説得するように笑顔で応えた。

「それに今は史の力が重要なんだ。俺が上で攻撃をかわしている間にあの樹に近づいて浄化の波動を直接久野にあてるんだ。祓の大波とかじゃない一番繰り出しの早いいつものあの波動だ。全ては時間勝負だぞ!」
 そう言うと寿々は史の返事を待たずに上空へ高く飛び上がった。

「寿々さ・・・。全く・・絶対に後で思いっきり文句言ってやる!」

 そう言うと史はもう一度勢いよく手を打ち鳴らし、右手に波動を溜め込みながら走り始めた。



 寿々は一度大きく上まで舞い上がると桜の樹の幹に隠れる敵に視線をしっかりと向け、そのまま勢いよく斜めに滑空しながら樹に向かって飛び込んだ。

 とその瞬間、樹の幹のすぐ脇からキラリと光る何かが寿々めがけて飛んで来た。

「!」

 ヒュィォォォォ!!
 再び高音を出しながら今度は間違いなく寿々を狙って飛んできた。
 その淡い藤色に似た光の矢は、良く見ると先が二股になっており、更にその矢の飛んだ軌道はまるで空間が切り裂かれたような尾が見えた。
 寿々はその向かってきた攻撃をひらりと回転しながら寸でかわす。
 しかし、かわした後の光の尾を見てゾッとした。

『これ・・・ただの矢じゃない?切り裂かれた向こう側に一瞬だけ別の空間が見えた。こんなのが当たったら浄化どころか魂そのものが粉砕されてしまう!』

 寿々は更にスピードを緩めずくるりと背面で一回転し、勢いよく樹の上に舞い上がると、今度は桜の花の周りを大きくぐるりぐるりと旋回しはじめた。その動きはまるで水を得た魚のように信じられないくらい美しかった。

 猛ダッシュをしながらも空を飛ぶ寿々をチラリとだけ見た史は衝撃を受けた。
『何だあの動き?現実だと運動神経ほぼ皆無の寿々さんがあんなに動けるだなんて・・・。まさか遥か昔は鳥だったんじゃないだろうかあの人・・』

 桜の上空を回る寿々の動きに合わせて、当然のように再び幹の脇からキラリと光が発せられた。
 寿々を狙ったその攻撃は、予想していた通りの軌道で今度は寿々の羽を射貫こうとしていたが、その当たる手前で寿々は羽を背に合わせるように畳み、そのまま突撃する勢いで幹へと向かった。

『いた!』

 その突進する中、寿々は久野を操る黒幕の顔をしっかりと確認した。
 それは黒髪のおかっぱ頭で、巫女のような出で立ちをした少女とも少年とも見える15,6歳くらいの子供だった。

『子供!?』

 その姿に驚いた寿々は一瞬だけ気が緩んだ。
 畳まれた羽を地面ギリギリで広げたはいいが、そのタイミングが少しだけ遅れスピードダウンした状態で敵と真っ向から対面するような体勢になってしまった。

「しまっ・・た」

 急いで羽を大きく羽ばたかせようとしたが、それよりも向こうは矢を射る構えるのが数秒早かった。
 その巫女のような小柄な子供は、身体と同じくらいはある弓を構えると弦を大きく引き、寿々に向かって藤色に発光する矢じりをギラリと輝かせた。

 が、

「うぉおおおおおおお!!!」

 ようやく丘を登り切った史は、幹に突進する勢いではらえの波動を久野の囚われた魂へと押し込んだ。

「・・なに!?」

 と同時に、子供は樹の反対側から銀色の浄化の波動を思いっきり浴び、その圧で丘の上から転げ落ちていってしまった。

 そして浄化の銀の光を浴びた久野はようやく黒幕にの術から解放されると、そのまま灰色の粒子となり、きらめくように舞い上がるとサラサラと消えていってしまった。


 寿々はそれを見届けると急に気が抜けたのか、スッと背中から羽が消え、空中でバランスを崩し丘の上へと落下していった。
「うぁっ!」
「寿々さん!!」

 史は急いで滑り込んで寿々をキャッチする。

 周りでは久野が浄化されたことで、まるで次元の狭間そのものが折り紙のように畳まれるようにしてどんどんと消失していった。
 寿々が丘の下にいた朱李へと目を向けると、狭間は光を放ちながらパタパタと畳まれ消えてゆき、朱李もそのままその光に飲み込まれていった。

「・・はは、これでようやく久野の悪夢も終わったかな?」

 少しだけ疲れたような笑顔で史に聞いてみたが、史の顔は全く笑っていない。

「ははじゃないですよ。現実に戻ったら説教ですからね」

 そう言う史に詫びるように寿々はしがみつき、

「ごめん・・許して」

 と耳元で囁いた。





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山中、もしあなたがそれに出会ったら…… 近づいてはいけない。 敬して去るべし。   山を降りろ。   六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。 28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。 田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。   大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。 会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中したほどだった。   失業後、ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。 「名付け得ぬ神」。 東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。   コウイチは訪ねてみることにする。 道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——   深い山中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。 不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。 日本の中心地・東京。そこからわずかにはずれた山の中に潜む秘密をめぐる奇譚。

実話怪談・短編集◆えみため◆

茶房の幽霊店主
ホラー
■実話怪談・短編集◆とほかみ◆の続編です。各体験談は短編・中編・読み切りです。 ※(◆とほかみ◆が10万字を超えたので読みやすさを重視して一旦完結させました) ■【実話怪談】を短編・読み切りでまとめています。(ヒトコワ・手記も含む) ■筆者自身の体験談、お客様、匿名様からのDM、相談者様からの相談内容、  体験談をベースとしたものを、小説形式で読めるようにしました。 ■筆者以外の体験談の場合、体験者ご本人からの掲載許可をいただいています。 ■実話怪談と銘を打ってはいますが、エンタメとして楽しんでいただけたら幸いです。 ※pixiv・カクヨムへ掲載していない怪談を含む【完全版】です。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。