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17話
しおりを挟む朝、今日のごはんはフルーツたっぷりのバウンドケーキ!
梨の甘煮とヨーグルトにほうれん草と人参のソテー。
(ごちそう~!)
好物にほくほくしながら私は朝食を堪能する。
「はい、スピネル君もたくさん食べて」
「人参を食べないと美人になれませんよ」
自分の分の人参をスピネル君の皿に乗せる作業はダートナの大目玉で中断された。
食後、スマラルダスとアンバー先生に呼ばれて行くと、手にずしりとした重さの袋を渡され心臓が跳ねた。
「げ、げんきん…!!」
「前払い分だ。これを持ってエレスチャレ子爵に交渉する」
おおう、実弾ないと効果上げられないかもしれないもんね…。
「購入する土地は、精霊の持っている土地全て、でいいんだな?」
私はコクリと頷いた。
「冬の間にこの土地の特性を掴んでから開拓したいと考えています。その間はご不便おかけしますが」
これはアンバー先生の提案だ。
木材と、魔石が充分なので、このログハウスで寝泊りしながら もう少し奥地に城を建てると言い出したのだ。
城。城だよ。
出来るの!? いや、ログハウスから一気に城!? と目を剥いたが、スマラルダスの仲間を数人呼べば、可能とのこと。
「小さな砦のようなものになるでしょうが、精霊と契約した以上、その土地を踏み荒らされないよう管理するのは当然ですよ?」
髭の中の顔をくしゃりとして先生は笑う。
私のお調子乗りな所は先生譲りだな、こりゃ。
あと、私自身を誘拐などから守るため、少し魔法結界の立てやすい囲いに囲まれた建物に移動したいらしい。
魔法結界を張ったところは見たことないのでちょっと楽しみだ。
「今後の土地の有効利用含めて、この冬にすることはたくさんあるな~」
暢気な私の言葉にスピネル君が突っ込む。
「淑女教育もがんばってくださいね。ブルーレースは容赦ないですよ」
…忘れていたわ!
エレスチャレ子爵に先触れを出し、私は久しぶりのドレスと淑女の帽子を身にまとった。お洒落アイアンディーネの出来上がりだ。
かかとの高い靴の歩き方忘れているわ。
エレスチャレ子爵の館まで馬車ですぐだ。
交渉にはシルバート以外全員で赴くことにした。
「シルバートは精霊の土地に異変がないか見張ってくれ。このログハウスに火などかける人間がいないかも、な」
スマラルダスの用心深さが怖いと思ったが、精霊契約は思った以上に価値ある行為なのだと改めて考えさせられた。
「よく顔を出せたものだ」
エレスチャレ子爵の館には、げっそりと頬のこけた顔のエレスチャレ子爵がいた。
彼の執務室は体裁を整えるため、どこからか持ってきた執務用の机と椅子、ソファが用意されていた。
(数日しか経っていないのに、睡眠不足な顔しているわぁ…)
気の毒にも思うが、いかんともしがたい。騙した連中が言い逃れできない証拠を見つけるしかないんだろうけど、それは私たちの仕事ではないし。
「ごきげんよう、エレスチャレ子爵。今日は商談に参りましたの」
私が作り笑いで口火を切った。
「わたくし、実はこの先の草原と山地の精霊と契約と相成りましたの」
言って白い手袋を脱ぐ。
私の手の甲の金に光る精霊印を見て彼は驚愕の顔をした。
「どうやって…!? 私ですら精霊と印を結んでいないのに…!」
シルバートのおかげです、とは言わず にこりと笑んだ。
彼はハッとしたように言う。
「先日の金の光…、あれは精霊の境界線か…!」
「左様です」
スマラルダスが言葉をつなぐ。
「アイアンディーネ様は精霊印を結んだ土地を購入したいと考えています。土地の管理のため、ここに定住したいと。調べたところ、エレスチャレの公用地に当たりますね。ならば、管理者はエレスチャレ子爵のはず。どうか我らに土地を売っては頂けませんか?」
言って彼は用意した金貨の袋を机の上に置いた。
エレスチャレ子爵がグっと詰まる。
断る、と怒鳴らないだけ現状が見えているらしい。
(札束で頬を叩いている気分だね…)
事実その通りなのだ。
微妙な気分だが、むしろ住民のためのもこれは受け取って欲しい。
エレスチャレ子爵は大きく息をついて言う。
「購入したい土地は?」
私は安堵の吐息を吐き、スマラルダスが地図を出しての契約書の作成を見守った。
(土地の購入が無事済んだ~!)
私は思わず両手で天を仰ぎガッツポーズを決めていた。
今日の私はベビーフェイス仕様の白地に赤いリボンの正統派ドレスだ。
「そのドレスでそれは色々ダメでしょう」
と呆れ顔でスピネル君に突っ込まれてハハハと誤魔化し笑いです。
「いや~、安心しちゃって。ねえ、ついでにエレスチャレの村を見に行きたいな。村長にも挨拶したいし」
「…スマラルダスに聞いてみましょう」
少し考え込んだけど、スマラルダスは了承してくれた。
隣に引っ越してきたんだもん、挨拶は大事だよね。
従僕のヘマタイトさんに声をかけて、村までまた馬車で移動する。
村は目と鼻の先なのだから散歩がてら歩いてもいいと思うけど、履きなれない靴だからとダートナが馬車を推した。
村の中央の広場までたどりつくと、馬車があった。
そこに、なにやら人の集団がわらわらといる。
(あら? 行商人でも来たのかしら?)
なんだと思い窓の外を凝視したら、その中に一際目を引く美少女を見つけた。
(うわ、絵画の中のお嬢様!)
モネの"日傘を差す女"を彷彿する白いドレス、金の髪はまだあどけなさの残る面差しだが、キチンと結い上げていて淑女らしさをかもしている。
洗練されたその佇まい。こんな田舎でお目にかかれるレベルではない。
一瞬、エレスチャレ子爵のお身内か--。
「ねえ、まさか、借金取りの仲間? あんなドレス着た人、ここいらではセルカドニーか王都じゃないと見かけないよねえ!?」
そう思って、隣のスピネル君を見た。
「--違います。私たちの仲間、です」
そう言って、スピネル君はため息ついた。
「目立ちすぎです…。彼女は全く」
「…スマラルダス様!」
おおう、モネの"日傘を差す女"のような白いドレスの令嬢が頬を染めてかけてくる。
なんか映画のワンシーンみたい。
私たちの馬車はアンバー先生が手綱を取っており、その隣に乗っていたスマラルダスが慌てて駆け降りた。
「ブルーレース? 出立はもう少し後にと連絡したはずだが?」
「今朝、モルダヴァイトに連絡あったでしょう? それを聞いてわたくしも同乗したのですわ。驚くほど田舎ですのね、ここ」
スマラルダスはため息ついた。
「確かにコンクシェルを派遣するよう連絡したが…。彼らは?」
「モルダヴァイトとコンクシェルはスマラルダス様たちがどこにいるかを聞きに館に。実は子供たちも手前のエレスチャレの町まで来ていますの」
子供たちはモリオンとコーパルが見ていますわ、と彼女はあどけなく言った。
それから、ダートナと軽く会釈をする。
ダートナに聞くとソーダライト商会の連絡の際、ブルーレースの話が幾度か出たことがあるそうだ。
それから、後ろをみやり、彼女が乗ってきたらしい馬車の御者にその荷物はここへ、と指示を出していた。--が、荷物の量が結構な量だ。荷馬車も使って移動したらしい。
その馬車に同乗していたらしい母子が御者とブルーレースに礼を言う。
身なりは慎ましいが品の良いご婦人だ。女の子は私と同じくらいか。
薄いグレーのボンネット、おさげにこの世界の子供がよく着るエプロンドレスを着ているその子は児童文学の主人公みたいな赤毛だった。
(あら、リアル・アン…)
馬車の窓からじっと見ていたら目が合って、その子は慌てて目線を下げる。
貴族を直視は失礼に当たるから。
(あー、今日はドレスだったもんね)
いつものズボンだったらこういう反応はない。
フロウライトの村の子は私が伯爵家の人間だと知っていても、儀式に失敗したこと知っていたから いい意味でも悪い意味でも態度が厚かましかったけど。
あの子ら元気かなー。
思わずリアル・アンに手を振る。
あ、目を見開いてる。
えへへ。
母親の方がそれに気づいて跪づいてしまった。
あら、失敗。
「…アイアンディーネ様、彼らが困りますよ」
言ってスピネル君がダートナに外に出るよう促す。
なにか声をかけないと、馬車が離れるまで彼らが動けないとのこと。
ダートナが外に出ると、ブルーレース嬢もこちらに来て跪いた。
そして、ダートナが母子に立つ様に促し、声をかけた。それに彼ら母子は一礼してから荷物を持ち、エレスチャレ子爵の館の方向に歩き出した。
(あれ、なんだろ…。この構図見覚えが…)
「アイアンディーネ様」
ダートナが戻ってきて、私に出てくるよう促す。
「ごめんなさいね、ダートナ。あの人達を困らせてしまって」
「そうですね。以後、不用意に村の者と目を合わせないよう。フロウライトの村と違ってここではアイアンディーネ様は貴族なのですから。平民は貴族を無視できませんからね」
ええ、とスピネル君に手を取られ馬車から出る。
「あの母親は女医だそうです。未亡人ですがエレスチャレの町の診療所で働いていると。子供の頃から子爵家にお世話になっているそうですわ。今回は里帰り、と申していました。娘さんの方はジェダイト様と幼馴染だとか」
「そう…」
お医者様、か。おそらく子爵の様子から周囲が心配して、秘密を守れる医者を呼んだんだろうな~…。
(ム? ムム? "医者の娘、幼馴染…"あれ、これ、覚えが…)
「よろしくて?」
考えていたら声をかけられた。
見上げると立ち上がったブルーレース嬢がいた。
「初めまして、アイアンディーネ様。わたくしブルーレースと申します。スマラルダスからアイアンディーネ様の礼儀作法の教師を依頼されました」
彼女は美しい礼をした。
私も返さねば。
「初めまして、ブルーレース先生。アイアンディーネ・フロウライトですわ。お会い出来て嬉しく思います」
彼女はまだ若く、14、5歳に見えた。
しかし滲み出るオサレ感、都会の匂い。
やー、なんか、照れちゃうなー。
ちょっと人見知りして、スピネル君の後ろに隠れた。
「あら、恥しがり屋さんなのね」
彼女はニッコリ笑う。
そして、スピネル君に向き直った。
「…久しぶりね、スピネル」
あれ、ちょっと声が低い?
そして、フッと鼻で笑う。
「少しは背が伸びたようね、…おチビさん」
「ご無沙汰しています、ブルーレース。相変わらずのようですね」
あら、身内にはスピネル君も素なのね。ツンだ、ツンだ。
二人とも、お人形のような整った顔でにらみ合うと怖いわよ?
「なにをしている、ブルーレース。スピネル、お前もアイアンディーネが戸惑っているだろう?」
スマラルダスが助け船だしてくれました。
プハー、緊張が走りましたよ。
「スマラルダス様、嫌ですわ、久しぶりに会ったせいですわ。…ところで、皆様はどちらにお泊りですの? 宿なんて村にはありませんし」
彼女がキョロキョロと辺りを見回す。
「だから、出立を遅らせろと言ったんだ。この先にログハウスを建てている。狭い小屋だから寝袋に雑魚寝だ」
「まあ!」
まあ! あんな立派なログハウスに不満があったとは! 王子様め~!
アンバー先生が苦く笑う。
「ブルーレース? 初めまして。そこに食事処があるから、モルダヴァイトとコンクシェルが戻るまで待っていてもらえますかね? 僕は一度アイアンディーネ様らを村長の家までお送りして戻ってきますから」
「初めまして。貴方がアンバーね。お噂はかねがね。ええ、わかったわ。では、もしも二人とすれ違ったらわたくしが青鹿亭にいると伝えてくださいな」
彼女は小さくお辞儀して、日傘を差し直して店に向かった。荷物は御者が運んでくれるようだ。
「結構な荷物ですね、やれやれ…。彼女らをログハウスへ連れて行った後、荷馬車でまた戻らなくてはならないなぁ」
「がんばってください、先生!」
私は無責任に言って、馬車に乗り込んだ。
スマラルダスが大きくまたため息していた。
この人、苦労人属性だなあ。
応援ありがとうございます!
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