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32話
しおりを挟む初勝利にその場でピョンピョン跳ねる私を見て、畜舎の入り口で見守っていたアンバー先生が大きく息をついていた。
ご心配おかけしました! 手を出さないでくれてありがとう~!
おおっといけない、背中の魔剣を仕舞うのを忘れていました。ガシャガシャうるさいな。
おうちの中から慌てて駆けてくるモルダヴァイトの顔色を見て、ちょっとビビル。あの、すごく怖い顔…です。
「どけ」
「あの…、ニンジャさん眠っていますの。今のうち拘束してあとから背後をさぐれば」
「必要ない。こいつらなら誰の手の者か知っている! 起こせ」
起こせといいつつ、ニンジャの腹部にモルダヴァイトが蹴りを入れる。
ぐう、とうなりキラキラしたもの吐き出したんだけど、ニンジャ起きない。ギャー、なに、バイオレンス入ってんの、ピンク!
目を覚まさないニンジャの頭を掴んでこちらに向けんな! キラキラが…。自主規制。
「解毒しろ、早く!」
あとから追いついたアンバー先生がモルダヴァイト、と叱咤する。
「毒なんか使っていませんわ。これは魔法陣をペイントする魔法具なのです。魔法だから、簡単には起こせません!」
リップスティックの先を見せて慌てて言う。毒物じゃ、奪われて私自身に使われたらお陀仏だもの。条件設定できる、魔法陣をスタンプできる、これはいわゆる、シャチハタなのだ。
「聞いたことないぞ、そんなもの…」
モルダヴァイトが呟く。
「アイアンディーネ様のアイディアで僕が作りました。モルダヴァイト、彼を放しなさい。殺す気か? そいつを知っているのか?」
舌打ちしながらモルダヴァイトはニンジャの頭から手を離し、ニンジャの頭がズザと雪に埋まる。でも起きない。アンバー先生の仕込んだ魔法陣の威力が凄いんですけど。
「……側妃の手の者だ。何度か王都で襲撃された。こんなところまで来るなんて。…精霊堂…空晶館の場所も割れている可能性が高い」
モルダヴァイトの言葉に私は息を呑む。
「では、空晶館が襲撃されると!?」
「ここにアイアンディーネお嬢様が訪れていることを知っての行動なら、今、空晶館の戦力が落ちていることも露呈しているだろ。俺が詰めていたエレスチャレ子爵の館には、代わりにスマラルダスが行っている。コンクシェルも今は別の仕事で王都だ。残っている人間で戦力になるのはコーパルとモリオンだけだ。二人とも腕は立つがセルカドニーの人間含め戦闘経験のない人間が大勢いる…。守る人間が多いと負担が大きい…!」
モルダヴァイトは身を翻す。
「杞憂ならいいんだが、タイミングが良すぎる…!」
「ええ。モルダヴァイトの言うとおりです。すでに館の周囲を奴らが取り囲んでいます」
少年特有の高い声の方を見るとスピネル君が走り寄ってきている。いつの間に起きたのだ!?
「騒ぎで目を覚ましました。先ほどブルーレースに伝書鳥を飛ばしたらすぐ返信がありました。帰るましょう、アンバー、モルダヴァイト! 空からならすぐに戻れます」
その言葉にモルダヴァイトが目を見開いた。
「それは…! お前、それはスマラルダスに止められているだろう!」
「今はそんなこと言っている場合ではないでしょう!」
「ちょおおっと、待ったぁーーー!!」
二人はようやく私を見た。
おいおい、なに別の物語を紡いでいるのさぁ!?
「まずは落ち着きましょう。空から帰る方法はあります。……スピネル君が竜化しなくても!」
三人がこちらを見る。
「いつから…」
スピネル君のこぼれた言葉にフッとニヒルに笑ってやんよ。
「さすがに、竜翼見ちゃったらかんづきます。そこまでバカじゃないから!」
あ、三人が下向いて沈黙した。あんたら、私が気を遣って気づかなかった振りしてたのマジで気づいていないと思っていたな!
だいたい、エメラルディン王子の仲間にハーフの竜人がいるのは知っていたもん!
「あの館にはブルーレースが魔女の結界を張っています。やすやすと侵入できるものではありません。それにもしもにそなえて子供たちには隠し部屋へのひなんと退避のくんれんを行っています」
「いつの間に…?」
アンバー先生とモルダヴァイトが驚いている。
ふふん。
「仮想敵はシルバートで行ったくんれんですから、実践にたいおうできると思いますわ!」
「シルバート、何してんだ…。いや、隠し部屋って…。コンクシェルの設計にはなかっただろ。追加の仕事か? 聞いてないぞ…!」
モルダヴァイトが呟く。あわわ。やばい、隠し部屋の作製、これモルダヴァイトには秘密だった。
う~、でも言わないとダメだよね。
「シルバート、意外に付き合い良くて…。こ、コンクシェルにはエレスチャレの女の子を紹介するやくそくをして、無報酬で作っていただきました。そのため会計のモルダヴァイトにはないみつにと言われていましたの! ごめんなさい!」
あいつらぁっとモルダヴァイトは頭抱えている。
ごめん、正直すまん。
コンクシェルもバラしてすまん。
「そんなことより急ぎましょう。ラリマーさん! この牧場にはトナカイは何頭いるのかしら!?」
強制的にこの話題を終え、私はラリマー氏を見る。
彼もモルダヴァイトが急に外に走り出したため、遅れて様子を見ていたようだ。顔色蒼白で気の毒だが、今はそれより優先すべきことがある。
「ハナコ以外では八頭のオスが…。まさか…!?」
彼はハッとした顔をする。
そう、そのまさかです。
「この人数では無理ですよ! アカハナトナカイのソリは人間は一人しか乗れないんです」
私はそれに大丈夫! と答える。
「ソリを連結します。アカハナトナカイも多頭引きにすれば一台のソリに一人乗る計算で大人数を乗せて飛べるんです。さあさあ、ソリを出してくださいな!」
「ソリは一台しか。それに僕はソリを走らせる技術が」
「ソリのうんてんはわたくしがします!」
ムッキー!
「少々失礼しますわ!」
(急がなくちゃ!)
私は眼前の林の木々に目をやり、手ごろな木の前に立つ。
いざ、と背中の魔剣を展開し、ズバズバリと数本切り倒した。
いやー、やっぱり切れ味いいわ!
「アンバー先生、スピネル君、この木を使ってソリを…」
振り向いた先で男どもが呆気にとられているのを見つめる。
スピネル君までも! コラ!
「さあさあ、皆様 作業、作業!」
思わず頭の上でパパパンと手を打っちゃったよ。私はどこぞの女中頭か!
八頭のトナカイを先頭のソリにつなぎ、人数分のソリを数珠繋ぎにした。唯一のメスのハナコと生まれたばかりの赤ちゃんトナカイはそのソリの一台に暖かくして乗せる。
この牧場の存在と位置が割れている以上、この希少生物を奪われる可能性もある。最悪、彼らに危険が及ぶこともあるため、ラリマー氏とトナカイも一緒に今 移動することにした。
それからアンバー先生とモルダヴァイトのソリの間にいまだ昏睡状態のニンジャがいる。さすがに可哀相なのでキラキラは私が魔法で水かけて落としておいた。
スピネル君がむしろ拷問では、と呟いていたがちゃんと溺れないよう調節したぞ。タオルで拭き取って乾燥もしたし。拭いたのはモルダヴァイトだけど。モルダヴァイトはブツブツ言っていたがキラキラ汚れをソリに乗せるのはイヤなの!
「準備できました。アイアンディーネ」
スピネル君が私の背中から声をかける。それにコクリと頷くと私は手にした手綱をグイッとひく。そして、アカハナトナカイの操舵に必要なもうひとつ、鞭ならぬベルを慣れた手つきで打ち鳴らす。
見よ、ゲームで毎年プレゼント乗せて運んだ私の操縦技術を! まあ、自動ですすむイベントだったけどね。
ふわり、と体が浮く。
トナカイの足が空にむけて駆け出した。
青空が一杯。
見る見る内に、サンタクロース牧場が小さくなる。
「すごい…!」
カランカランと手に持つベルを鳴らせば、私の心を読んだかのようにトナカイたちはエレスチャレの空晶の土地へ向けてその赤い鼻先を向けてくれる。
「今、行きますわ…!」
思わず呟いてしまう。私は約束したのだ。スマラルダスやスピネル君に。孤児院の子供たちを守るって!
「スマラルダスにも伝書鳥を飛ばしてあります。おそらくエレスチャレ子爵の館にいるスマラルダスの方が先に到着するでしょう」
「ええ。でも、側妃の狙いはスマラルダスの命でしょう? シルバートが反対するのでは。シルバートだけ行かせれば」
「子供たちの危機です。彼は行きます。シルバートもそれはわかっています。…スマラルダスは本当はこんなことに巻き込まれず生きていけたのに…。私のせいだ…」
スピネル君の言葉が胸に痛い。
「スピネル君が竜のけつぞくだから?」
「…ええ。側妃に対抗するには充分な理由です。竜の子供を育てているスマラルダス…、いいえ、『隠された第一王子』エメラルディンという神輿を王妃は欲したのです」
そうか。確かにただの隠し子ではない。このジュエルランドでは大きな意味を持つ。
王妃と側妃の力関係を逆転できるほどの。
側妃の立場なら、そんな危ない人物をむざむざ見過ごすことはできないだろう。
「シルバートやスマラルダスがそうそう刺客に遅れを取るとはおもえないけど、何があるかはわからないもんね。スピードアップするよ!」
「ええ。一番の心配は人質を取られることです。侵入は出来なくとも、城壁の門扉を中から開けられたら堂々と入ることが出来る」
「それは」
スピネル君を思わず振り向いて見た。
「内通者がいるでしょう。じゃなきゃ、この牧場の場所はわかりません」
--それは、私が一番考えたくなかったことだった。
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