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40話

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縦長な会議用の机の上に、コロンと転がるいわゆる"シャチハタ"を見て、私は目が点になった。

「あんの~、わたくしの企画のアカハナトナカイの宅急便は…」
「今は却下」

おそるおそる聞いたのに、モルダヴァイトが即効却下したー!!
おのれ、ピンク!
徹夜で書いた企画書捨てられた気分だよ! 前世でそんなに頑張って仕事していた記憶はないけど!

「アカハナトナカイはまだ存在を隠したいんです、アイアンディーネお嬢様。数が少なすぎる。今、あの存在を知られたら他の貴族がどう出るかわからない。サンタクロース氏がクリスマスの夜にプレゼントを配達していたのはかなり昔です。今もアカハナトナカイが残っているとは思わないでしょう。それこそ、強奪に来る輩がいたっておかしくありません」
「え~…」
「商人から見たら奇跡の生物ですよ。荷が運べて、空は魔獣が出ない。安全に大量の荷が運べる。だから、お嬢様も目を付けたのでしょう? 今は繁殖を優先させたいですね」
「だけど、その間どうやって収入を…」

正直、予算がしんどいのだ。
エレスチャレ子爵の借金を代わりに払ってしまったから。
でも、春からの道路工事費はケチりたくないし。
エレスチャレの町からアンダリュサイト村を通って、この森経由で、セルカドニー侯爵領に入る道を確立したい。だって、かなり時間短縮できるもの。あと、あの浜辺。港に整備できないだろうか。
そんで、セルカドニー侯爵~王都間の定期便の乗り合い馬車を通れるように、と妄想広がる。出来れば行商ルートにもなって欲しい。
夢が広がるよ。先立つものさえあればね。

「そこで、これですよ」

モルダヴァイトが再度シャチハタを指す。
そして、王都から先日帰ってきたコンクシェルに促す。

「現在、王都やセルカドニー侯爵領で一般家庭への水道整備で工務店が大忙しなんです。水道管の設置工事は技術者が魔法陣で管にマークすることで、水道管をつなげて配管するんですが、これが結構手間なんですよ。現場でわざわざ業者が手で彫刻のように打つんです」

そう言って、コンクシェルは手でコココンと、ミノで打つ仕草をした。

「事前に魔法陣を紙に用意して貼り付ける場合は魔法建築士や、そういう魔力のある技能士じゃないと難しい。で、このシャチハタを利用できないかと。なにせ、スタンプするだけですからね。必要な魔力はこのシャチハタ内部の魔石から流れる仕組みでしょう? これは、建築業界からしたら、画期的な商品なんですぜ、お嬢様」

コンクシェルの視線が私に向き直る。

(そ、そうなの? そりゃあ、確かにもともとのシャチハタと違って、魔力で凹凸あるところにもスタンプする仕組みだけど…)

「アンバーに聞いたら、持続時間も陣のデザインで変更可能と聞いたんです。他にも、建設現場では、ボルト締め後、安全のため陣を打つのが通常です。メンテナンス時、陣が薄くなったり、欠けたりしたら打ち直すんですが、これならその手間も少ない」

「----!!!」

全く考えもしなかった。そうか、それこそ大都会でのインフラ整備! 出る数が違う!
このフロウライト伯爵領なんて目じゃない利益が考えられる。
お、お、大人って、すごーーーい!!

「この睡眠の魔法陣は強力ですが、時間を設定していますからね。ええ、半恒久的な時間設定も可能ですよ」

お髭のアンバー先生があごに手を当てて、頷いた。

「俺の伝手で直接工務店に卸すこともできますぜ」

お、さすが、人気魔法建築士!

「できれば、ロイヤリティ契約して、ソーダライト商会を優先して希望の商会にも販売権を与えたいですね。この業界でいきなりトップをとるのもいいけれど、王都の古参の商会と波風立てたくない。彼らの権益を脅かすと判断されれば、アイアンディーネお嬢様…、いやアンダリュサイト女子爵の評判に関わるし」

モルダヴァイトが小さく息をつく。

「じゆうきょうそうはサービスの向上をうながしますわ」
「時代がまだ早い。談合も必要ですよ」

ま! くくぅ、夜明けは まだまだか。

「シャチハタの構造自体はさほど難しくないですぜ。独占しててもその内、どこかが真似ますよ。そのとき、懇意にしている古参の商会が味方になってくれるのは頼もしいですぜ。それに価値があるのは、このアンバーの魔法陣ですぜ」
「複製の制限をかければ、この陣のコピーは許可の出していない商会に真似されることもない。この館の人間と、エレスチャレの館に冬に村人が集まりますから、そこで大量生産を頼みたい。どうだろう、スマラルダス」

モルダヴァイトと一緒に私もスマラルダスに視線を向ける。くる~り。あ、シンクロシニティ。

「アイアンディーネはそれでいいか?」

スマラルダスの問いに、私は勿論! と笑顔で頷く。
わ~い、収入、収入。ほくほくです。これで、セルカドニーの人達にも、定期収入が出来るし。

「了解した。エレスチャレ館のリビアンと村長に話しておこう。あと、この空晶館とエレスチャレ村…アンダリュサイト村か。その戦力を増強したい」

スマラルダスがこちらを見る。

「ニンジャを覚えているか?」
「忘れませんわ。氷の柱から解凍するのに、一苦労でしたもの」

アンバー先生やスピネル君、ブルーレース、火力は弱いが火魔法を使えるダートナまで動員して氷を溶かして救助しました。
彼らはお金で動く傭兵だが、側妃の依頼が意味なくなった今、お互い恨みを作りたくないからね。

「そのニンジャたちから、家族の移住先としてこの村に身を寄せたいと申し出があった」
「--え…?」

私の眉根が潜まる。

「し、仕返しとか?」

私、あのサンタクロース牧場で襲ってきたニンジャに結構、酷い事した自覚あるんですが。モルダヴァイトもだろ。キラキラ出すほど蹴ったくせに。
そんな後ろめたさから怯む私を見てスマラルダスが いや、そうじゃない、と苦笑する。

「彼らも後ろめたい商売だからな。恨みを買うことがある。今まではトパーズ公爵が最大のスポンサーだったが公爵がしばらくは表舞台から消える。公爵からの支援が無くなるわけだ。これにかこつけて、王都の商売敵がニンジャに嫌がらせをする可能性もある。
それで、この商売から足を洗いたいニンジャがいるというわけだ。
彼らの首領からその足を洗ったニンジャと家族の保護を求められた」

「首領…。ハットリハンゾウ…?」
「いや? ウカイマ・ゴロクという男だ」
「甲賀かーーー!!」

私が急に叫んだので、スマラルダスが驚愕している。
ごめん、ごめん。

「ほほ、ごめんあそばせ。……もしかして、彼らの副業は薬売りでは…?」
「よく知っているな…」

スマラルダスの目が細まる。
え、なにか怒っている?
いや、私の言動、確かに不審か。つい、前世のことスピネル君にオープンにしているから お口が緩んでしまうな。確かに、七歳でしかもフロウライト伯爵領から出たことない私が知っていたらおかしい情報だ。

「--私か説明しました。ニンジャに襲われたとき」

以外なところから助け舟が来た。
スピネル君が、スマラルダスに説明する。

そうか、とスマラルダスは一瞬私を見たけれど、この件に関してはスピネル君の言葉を信じてくれたようでこれ以上の詮索はされなかった。
ふう。
隠し事はやっぱり、向いていないなあ。

私はスピネル君をそっと見て、ちいさく唇だけでありがとう、と形作った。
スピネル君は やっぱり声に出さずエンジェルスマイルで バカ、と言った。

バカだとーーーーーー!!
……事実はより傷つくのよ……。くすん。



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