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47話
しおりを挟むさて、お外は銀世界できらきら。もう、本格的な冬だな~。
前世の住んでいた場所の積雪量も相当だったので雪には慣れているけれど、思わず軽く震えてしまう。
山の中のエレスチャレ…、いや、アンダリュサイト村では本来この時期から冬篭りで、行商人も出入りしなくなる時期だ。
しかし、そんな時期でも私は行かねばなるまいよ。
知らない人のお家に、お泊りに。…人見知りなのに!
「はあ、ゆううつ。お茶会と聞いていたのに、届いたしょうたいじょうは三泊四日の晩餐会って、お話が違いますわ~」
「そんなこと、セルカドニー侯爵のお屋敷で口になさったら、締め上げますわよ?」
「…はい」
ニコニコとその美貌に笑みを張り付かせて、ブルーレースが怖いことを言う。…遠慮がなくなったなあ。ブルーレースも私に慣れたということだね。
今は、ブルーレースの部屋でテーブルマナーの最終確認。貴族子女として礼儀が怪しい私に侍女として付いて来るので、不安は払拭しておきたいらしい。
会話術なども伝授いただくが、役に立つかな~。私のお口は滑りやすいから。
「にしても、ブルーレースのお部屋は意外にシンプルですわね。スマラルダスに用意した部屋から、もっと趣味にはしったお部屋かと思っていましたわ」
食後のお茶を頂きつつブルーレースのお部屋をそっと見回す。
「ええ、わたくし、化粧品の調合もしますの。魔女の得意分野ですわ。それらの調合室として隣の部屋も使っています。その匂いがつくこともあるので、あまり高価な調度品は置きたくないのですわ」
ふふふ、と笑う。
「けしょうひん?」
「ええ。魔女が生き残れるのは、その特別な調合した効果の高い化粧品を貴婦人にお求め頂いているからですわね」
化粧品以外にも特別な"薬"、もあるけれど それはさすがにわたくしは作りません、とブルーレースは少し眉を潜ませた。
むむ、王国の貴婦人方に人脈があるなら やっぱり、魔女は侮れないのか。
「けしょうひん…。実はセルカドニー侯爵にお土産を考えていたのですけれど、魔女のけしょうひんは侯爵夫人に喜ばれますかしら?」
「ああ、大抵の貴婦人なら。でも、セルカドニー侯爵夫人はどうでしょう…。侯爵夫人は海運王と異名をとる子爵家の一粒種でいらっしゃるの。ご実家でも、セルカドニー侯爵家でも魔女の化粧品くらい見慣れていらっしゃると思いますわ」
そうかー。いい考えだと思ったんだけどな。
セルカドニー侯爵家の素行調査は既に済んでいて、意外や、クサイところは出てこなかった。
経済的に困っているわけではないらしい。
これらの調査はさすが、王家ご用達情報機関の孤児院の皆様。情報収集が早かった。
それと、今回協力頂けたのが、"ニンジャ"たちです。
薬屋として各所に行商網をもっている彼らは、王都のみならず各地の情報も網羅していた。
なに、これ、私、ジュエルランド一のスパイ網持っちゃってるの?
"エメラルディン王子とその仲間"のチートさに今更ながら恐れおののくわ。
「…それはさておき…。お土産に魔女のけしょうひんはいいアイディアかと思ったのですけれど。エレスチャレ地方はめいさんらしいものと言えば高級店向けのリンゴくらい…。…クリスマス限定品とか作ればいいのかしら?」
思わず、前世で女子達を釣るフレーズを口にする。おお、限定品。その言葉は数多の女性の購買意欲に油を注ぐのよ。
「なーんて…」
と、冗談めかして顔を上げたら、ブルーレースが眼を見開いてこちらを凝視している。
ギャ! "なーんて"も貴族子女としてダメな言葉だね、ご、ごめんよ!
「…限定品? それは、どういうもの…、いえ、どうしてそんなお考えが浮かぶのかしら…」
え!? 限定品ってないの?
ギク、ギクギク!!
「ソーダライト様のお血筋? でも、まだ七歳で…。まるで、人生経験豊富な…」
ギギギ、ギクゥ……!!!
「……さすが、アンバーが教育しているだけありますわね! 素晴らしい着眼点だと思いますわ!」
胸の前で指を組み、ブルーレースの薔薇色の頬がさらに紅潮して弾けた笑顔になった。
それから、根堀葉堀、限定品について聞かれたわ。
しかも、容器のデザインからなぜか江戸切子の話になり、錬金で実演しました。
さすが竜の鱗も狙う素材厨、魔女の一族。金剛砂を持っていた。
なんとか、前世で見た江戸切子を再現したよ…。
焦りと汗で私はぐっしょりです。
いや、前世については、スマラルダス達が静観の構えになったから言いそびれているだけで、そこまで隠そうとかじゃないけれど、急に不審がられるのはイヤなんだよ~。
「うふふ、アイアンディーネ様、少しお疲れですか?」
「し、しゃべりすぎで喉がかわきましたの…」
「わたくしは有益な時間でしたわ。アイアンディーネ様のアイディアはやっぱり素晴らしいわ。エドキリコでしたっけ。容器を特殊な素敵な形にしてみようと思いますわ。あと、色ですわね。口紅に今までにない色を考えようかしら…。あ」
薩摩切子も素敵ですよ。でも、私に芸術性を求めないで…。なんとか、前世の家で祖父が使っていた江戸切子のタンブラーを再現できたけど、それ以外はムリだから。
ヒーハーしている私を尻目に楽しそうなブルーレースが、急になにかを思い出した。
「今回はまだ子供だから必要ないですけれど。その内、アイアンディーネ様もコルセットを用意しなくてはいけませんね」
その言葉に私は固まった。
「……。こるせっと?」
「ええ。正式な貴族の夜会では身に付けませんと。
十二歳になれば学園に入学しますわ。その時のウェルカムパーティーはちゃんとしたドレスで参加ですわよ」
(ま、ま、待って…!! ええ? この世界、乙女ゲーだよね!? 割と服装なんでもありだったと思っていたのに!? 下着事情が前世紀って、どういうこと!?)
「こ、こるせっとといいますと、あの、天蓋ベッドにしがみついたレディーの体を侍女が締め上げる…」
(アバラが変形すると言われるコルセットか!?)
「理想のウエストサイズは四十五センチですわね」
「じんるいのたいけいぢゃない…」
「ですが、伝統ですわ。アイアンディーネ様は貴族なのですから避けて通れない道なのですわ。何百年と続いた--」
(……!!)
あわわわわ、そうか、ここは乙女ゲーの世界。時間経過があろうと、文化度に変化が起きないんだ~!! 貴族は夜会に興じるものであり、そこでは、設定どおりのウエストの締め上げたドレスを身に付けなくちゃならないんだ。うわ、うわ、いつもの私服がズボンもありだったから油断していた。これって…。
「わ、わたくし、無事大人になれるのでしょうか…!?」
「なれます。わたくしも通った道ですわ。それに、普段はそれほど絞めませんもの。節制していたら慣れますわよ」
ブルーレースがその見事な細腰に手を当てる。ありえねーよ、そのサイズ。今一緒に食べた昼食どこに入ったのよ。ブルーレースの胃袋は亜空間かな。
私は貴婦人になりたくないとゴネたくなっていた。
革命が必要だ…。
だが、その革命の狼煙をあげるには、この齢七歳の、中身残念女子であったアイアンディーネでは実力不足…。
ブルーレースの部屋を憔悴した様子で辞した私に、いったいなにが出来ようか。
とぼとぼと自室に戻る私にスピネル君が声をかけた。
「アイアンディーネ。エレスチャレの町の精霊の情報ですが--…。どうしました?」
「ああ…。スピネル君。色々としょうらいを悲観中なの…」
「悩みごとですか?」
スピネル君の美貌に影が入る。
「女性の美意識や価値を変える魔法ってないかしら…」
「それは難しいですね…」
九歳と七歳で角突きあわせても、美に貪欲な彼女らの全体意識を変えるなど出来ようはずもない。
うんうん二人で唸っていたら、通りがかったモルダヴァイトに二人してトイレか? といぶかしまれた。
…ピンク、デリカシーねえ!!
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