魔法使いと栗色の小鳥

宵川三澄

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9話

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「で、どうして私が招ばれたのかしら?」
煉瓦色の髪を今日も麗しくまとめあげて、キースとテオドールの幼馴染の侯爵令嬢は尋ねる。
「バレリーは今日も綺麗だね。頼みがあってさ」

それこそ、今日も母親そっくりの整った顔でキースが言った。随分と機嫌がいい。公爵邸ではなく離れに招かれたことでなにか厄介ごとかと思ったが、キースの声は弾んでいる。いや、いやいや、こんな時こそ用心せねば。この〝魔法使い〟は性格が悪い。
「そんなに用心されるとは心外だね。きみに頼みというのは、今日からこの屋敷で世話する女の子に礼儀作法を仕込んで欲しいんだよ。そうだね、ひと夏かけてくれてかまわない。バレリーもマキュスへ同行できるよう、僕が母上に頼むから」
え? とバレリーはいぶかしむ。
「女の子? 使用人の教育ならご自分でなさってくださらない?」
「僕が彼女に叩き込んで欲しいのは淑女の作法なんだ。とにかく、こちらへ」
手をひかれて彼女は二階への階段をあがる。小さな館だが、彼らが幼い頃ここは公爵夫人がキースと暮らした家なのでそこそこ広い。
奥の客間の扉を開く。その二間続きの奥が寝室で紅色の壁紙が美しい。公爵夫人のお見立てだろう。そこの天蓋付のベッドの上で、ひとりの少女がその長い栗色の髪を惜しげもなく散らして寝入っていた。
それにバレリーは呆気にとられる。
ほら、といかにも面白そうにキースはバレリーにベッドの少女を見て、と促す。

「な、なんてことしたの、キース。貴方、こんな子供をどこから攫ってきたの…!」
それはない、とキースがバレリーを見る。
「攫ったんじゃないよ。近いけど。それに子供じゃないよ。幼く見えるけどもう十七歳になる。この子、魔力もちなんだ。未熟な、ね。僕はこの子を僕の〝魔力庫〟に育てるつもり」
え? とバレリーは声を上げる。
「綺麗な子だろう」
そう言ってキースは横たわる少女の唇に指をはわせた。

はぁ、とバレリーはため息つく。
確かにとても可愛い娘だった。栗色の長い巻き毛は整えればきっともっとこの娘を際立たせる。通った鼻筋、唇は色を失っているし、肌の色も血の気がない。けれど、目元の美しさは目覚めた彼女がどれだけ愛らしいかを想像させる。
「気を失っているの?」
「うん、話が急だったからね。こんなに神経が細いと少し心配だな」
貴方が倒れるようなことを言ったんでしょうよ、とバレリーは毒づきたいのを我慢した。どうせ、筒抜けだし、と。
「手が荒れているのね…。何者なの?」
「野良魔法使い」
「ふざけないで」
「ホント。魔力を持っていることを知らずに暮らしていた。恐ろしいよ。今まで誰も傷つけずにこれたのは、本人が絶えず他人に暗示をかけ続けていたからだろうね。無意識に魔法を使って、魔力を解放していたんだ。おかげで溜まることなく暴発させずに生きてこられたんだろう。でも、そんな存在が王都にいるのなら、僕は彼女を確保しなきゃならない。この力を悪用させるわけにはいかないからね。王室直属の〝魔法使い〟としては」
「暗示?」
「彼女を見てどう思った?」
「え? 可愛い子だと思うわ。血の気を失っているけど。起きて頬にばら色がさしたらまた印象が変わるでしょうね」
「そんな綺麗な子だけど、ずっと、誰からも地味な人間だと思われるよう、自分の印象を消していた。僕でなければ気がつかないくらい巧妙に魔法を使っていたよ。無意識らしい。おそらく彼女を育てていた祖父は彼女が魔力もちだと知っていたんだろう。死ぬまで、彼女に気配を消すよう言い続けていた」
この娘の過去を覗いたのね、とバレリーは言う。
それは当然だろう。彼は王の守り刀。誰にも気づかれず王にも近づけるような人間を放置できるわけはない。
その祖父とやらは、きっと、彼女の存在が知られれば彼女が不幸になると思っていたのだ。それは多分に当たっている。

「軍に入れるつもり…?」
バレリーをキースを見る。キースはいいや、と首を振った。
「僕の付属品にするつもり。軍に渡すには勿体無い。許可はきっと簡単に下りるよ。もう、彼女は僕の支配下に置いてあるし」
バレリーは驚き声をあげる。
「もう手を出したの!? こんな小さい子に…!」
「キスしただけだよ。血をなめさせるだけでもいいんだけどね。この子がどう出るがわからなかったから、手っ取り早い方法を使っただけ」
「可哀相に…。気も失うわ…」
「この状態なのはキスのせいじゃないよ」
むっとしてキースは言う。同じことよ、とバレリーは返す。

「…引き受けるわ。この子を仕事の時に連れて歩くつもりなのね。貴族として振舞えた方が都合がいいことも多そうだもの」
「ありがとう。バレリーは本当に頼りになるよ」

バレリーは眉をひそめてイルネギィアを見る。

「この子は人殺しをするの?」

問いにキースは答えない。けれど、彼が少女の魔力を己がものとして使うということは。バレリーはまた痛ましく少女を見た。

バレリーが帰った後、キースは椅子をひいて今も眠るイルネギィアを見つめていた。
可哀相なのは事実だが、戦争が起これば国全体が人殺しをするのだ。どちらにせよ、人はその手を汚さず生きていくことは難しい。


イルネギィアが再び目を覚ました時は、もう既にあたりは夜の闇に包まれていた。
今日あったことは夢だったろうか、と思うが周囲を見回すと闇で色を失っているがどう見ても男爵家の女中部屋には見えない。
見るとベッド脇の椅子に同じ闇色の髪の人がいる。椅子は背もたれをこちらに向けていてそれにもたれるように跨りつっぷしている。
イルネギィアはただそれを見ていた。
何も考えずに。
世界は今、光のささない無色の空間。無音の闇。ただ、静かだった。それでも、己の耳は音を拾おうとして無音のはずの闇に耳鳴りを生む。

「目を覚ましたの」
ポツリと声がした。優しい。
けれどイルネギィアはビクリと震えた。青年の声とわかったから。
青年はつっぷしたままの体勢で話しかけていた。
「…心地良いね」
それにイルネギィアは小首をかしげる。
「きみの無心が心地良い。心の音のない世界は僕にはひどく珍しいから」
そう言うと彼は面をあげた。
「ちゃんと話そうか?」


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