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序章番外個体

三話、菊池正道という男(ぶっちゃけ父親だろお前)

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◆◆◆

 20XX年、地球にとある能力を宿した化け物が発見された。

 特殊な能力を宿した化け物は無差別に人類へと殺意を向けた。

 当然、人類は反抗した。まず包丁を手に取り刺した、盾を使ってみた、銃に毒に爆弾と、持てる破壊は大体やった。
 ーーその上で怪物には一切通用しなかった。

 怪物は包丁をすり抜け、盾を溶かし、銃に毒に爆弾はのれんに腕押しとしか思えないほどに霞を切った。


 ーー数ヶ月後、人類から一人の英雄が生まれた。何も効かなかった怪物を〝異界の力〟を用いて鏖殺し、人々を助けては、光となろうと奮起した。
 彼の〝対怪物能力〟を何とかエネルギー抽出という形で確保した人類は、ギリギリの攻防を演じるに至ったのだ。


 ーー彼の心がぐちゃぐちゃに壊れる、その日までは。






 一人になった部屋で、正道は机に置かれた資料を開く。


「報告書を読んだが……これは、本当に酷いな……もう戦え……なんて、言えるわけがない」


 菊池アラカの精神崩壊は何故起きたか、それを調べさせた資料だ。
 内容の胸糞悪さに思わず唾を吐きかけたくなる衝動に駆られる。


「こんなことができる奴を同じ人間だとは思えないし、思いたくもない」


 ばんっ、と乱雑にゴミ箱へと捨てる。


「大切な人たちが、家で
 それはそれは幸せそうに犯されていて?
 アラカくんはまるで空気みたいに扱われてる中でコンビニで買ったカップ麺を涙こぼしながら無言で啜ってた、と。涙の跡が拭かれずにあった辺り、本当に色々と酷いな」


 内容を可能な限り、分かりやすく要約して吐き捨てる。これでも相当オブラートな表現なのだ。内容では個々の会話やアラカの写真などが資料としてあり、その壮絶さは吐き気さえ催す。

 想像するだけで胸糞悪くなるような環境だ。そんな中で、過ごせばなるほど、心など簡単に壊れるだろう。


「イジメに、精神が壊れるほどの虐待環境、そしてそんな奴らを守るために日々戦わされていた……か。この環境で、どれぐらいの時間を過ごしてたのか」


 想像するだけで気分が悪くなる、窓を開けて空気を入れ替えようとする。


「(……アラカくんが療養するとして、どんな環境に置くべきか……
 少なくともこの資料に関わりのある人間とは距離を置かせるとして……
 あとは世話役も必要か……
 あと、男女の関係辺りでトラウマが蘇る可能性もあるので配属するのは全員同じ性別にしよう)」


 そこではて、と考える。


「世話役は男だけにするか、女だけにするか……ふむ」


 とりあえず正道はイメージをしてみた、その上でどちらが良いか判断しようという考えだ。


「(女性だと……今のアラカくんは女性なので幾らか世話もしやすいだろう。
  ふむ、それと男だけの場合は……)」


 ピキ……グラスにヒビが入る。


「(アラカくんの世話役するならば、最低でも私以上に強いやつでなければ認めん……)」


 その表情は正しく修羅だった。

 菊池アラカ……その名からも分かるようにアラカは正道の養子となっていた。
 それは表では『名目上の保護者を直属の上司が務めている』というだけのものだった。


「(……この感情は)」


 『名目上の親』……ゆえにその感情は本人にとっても予想し得ないものであった。
 その感情を前に正道は観察と解析を行い……。



「(なるほど、アレは後継者にするのと同じような教育を施していたな。
  それによって使われた私の時間と労力が無為に消失する末路が心底不快なのか)」


 菊池正道。正しさのみを求めた男は根っこの部分がズレた、けれどもそこまで外れてもいない落とし所を見つけて己に言い聞かせた。


「(努力の時間が泡に消えるのは確かに不快だ。ならばアレには幸せになってもらわねば時間をかけた甲斐がない)」


 この男はそう言う馬鹿だ。そのため親友からも「お前馬鹿だろ」と呆れながらに溜息を吐かれるのだ。


「(やはりやめだ。アラカくんにこの後、何処へ行きたいか決めさせよう)」


 己の最後の地は『過去とは関わりながない場所』にさせようと正道は思っていた。
 出来れば物語に出てくるような、風の心地よい暖かい場所で療養させる予定だった。

 しかし正道の気が変わった。いいや、気が変わったというより『アラカ自身を見るようになった』と表現すべきだろう。

 己の闇に牙を剥くか、それとも苦しいことから逃げ出して、優しい場所で最後を迎えるか。どちらでも正道は支援をするだろう……それを『己の労力と時間の価値をゼロにしないため』という的外れな心根のままに。



「(あ、でも世話役は全員女性にさせる)」
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