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二章、怪異 死想

七話、放課後の授業

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◆◆◆放課後

 学校の帰り道。制服姿のアラカとコードレスは商店街へ来ていた。
 しかしそれはデートという雰囲気ではなく、どこか授業めいた静けさがあった。

「じゃあ次はあそこの前を通ってみてください」
「はい」

 コードレスは人が数名いる八百屋を指差して告げる。

「ただし通る時に、自分に対して〝まともな人は他人を普通は傷付けない〟と暗示をすること」
「はい」

 アラカは指示に従う兵士のように頷く。
 そして八百屋の前に向かう。

「っ!」

 八百屋の店員がアラカが近づいたことでビクッと身体を震わす。
 彼もまた、アラカに関することで過去に犯罪レベルの行動をしていた男だった。

「…っ…」

 恐怖でアラカも固まる。しかしコードレスの指示の通り、自分に暗示をかける。

「…………」

 店員はその怯え切った姿に、心臓が刺される気持ちだった。
 そして、それでも加害者である己は近付けば傷付けてしまうと気づき……謝ることもできず、ただ顔を下へ向けた。

「…………クズだ…俺」

 店員の心にクリティカルヒットをさせて致命傷を放つも、アラカは無事に八百屋の前を通り過ぎた。

 戻ってくるとアラカにコードレスは飴を渡した、アラカは口に含んだ。甘いの貰えてよかったね。

「まともな人間はまず攻撃などしません。
 すればそれは犯罪レベルになり得るから」

 そして解説を始めるコードレス。座学を挟みながら歩く。

 過去の場合はあまりにも事情が特殊だった。
 怪異の恐怖。一人だけの特別能力、世界中からの注目。
 ————分かりやすい弱点悪行の噂

「恐喝に。暴行罪、殺人未遂とこの世にはあまりにも罪が多い。
 そしてそれを行える人間は恐ろしく少ない……暗記ではなく、理解で自分のものになさい」
「はい」

 情報としてではなく、仕組みとして理を解する。

 夕焼けが差し迫る帰宅時の空は、季節の変わり目を思わせるほどに乾いた風を頬へ送る。

「次はあそこの前を通ってください。
 そしてこれを繰り返しなさい。
 暗示を行い、現実がそれについてくれば価値観は簡単に変革する。
 重要度の低い情報として認識して、それが真実かは自分の目で決めなさい」
「了解」

 夕焼けの元で、子供はまた明日と告げる。
 男は仕事に疲れた身体で歩いて、ひとりのアパートの鍵を開ける。

 そんな季節の日常にコードレスは静かに電柱へ背を預け、手帳を開ける。

「(夏の間に幾つか歪みを修正しておいたが……まだ足らないな。これに関しても価値観修正には三日か、長くて一週間そこらはかかる。
  それ以上に…………どうにも何か大きな認識の歪みがある)」

 手帳にアラカへ施した《歪みの修正》をメモする。
 ペラペラと捲り、過去に施したものを全て見始める。

 そして————パタン、と手帳を閉じた。

「(だがまあ、構うまいか。
  時間はある。一ヶ月で成長する上で邪魔な歪みは幾らか修正した。
  本人の根っこにある意志と資質は本物……十分に育てられる)」

 顔を上げると戻ってきたアラカがおり、また帰路を歩き始めた。




 そしてそんな二人を遠目に見ていた少女が1人。

「(あそこの前を通りなさい…!?
  繰り返しなさい……!? まさか…)」

 言葉を断片的に聞いたアリヤ。彼女は確信した。

「(間違いない…!! 露出プレイだ!!
 お嬢様はあの服の下にどすけべな何かをつけている!!)」

 ※アリヤさん暴走中。

「(なななな、なんてこと…!
  お嬢様の子供ができたら名前は何になるって言うの…!?)」

 ————この子は……アリヤ。そう名付ける。君みたいな優しい子に育ってほしいから。

 ※妄想です。

「な、な゛そ゛ん゛な゛ぁ゛ぁ゛、お嬢゛様゛ぁ゛ぁ゛ーー!!」

 アリヤは膝を着き号泣する。まさか自分の名前をアラカが名前にするとは思っても見なかったゆえだ。

「そんな、ええ…お嬢様がそんなに私のことを思ってくれてるなんて……感激です」

 ※妄想です。

「私とお嬢様の子供……アリヤ、ええ、ややこしいですが二人ならきっと……!」

 コードレスどこ行った。
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