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三章、ノストラ
一話、休日のある日
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◆
復学から初めての土日休み。
アラカはその日、自主的に外出をした。
行く先は公園。
花がそれなりに咲き、ジョギングする人がいる程度には大きな公園だ。
その中でアラカはあるベンチを探していた。
「(……家にあった荷物を捨てられて、部屋が…………………イカ臭い部屋になってから少しの間だけ過ごした公園のベンチ……まだあるかな)」
ベンチに座り、頭を抱えて、身体を丸めた日々を思い出す。
「(あのベンチに座ってる間は……いつも現実逃避をしてたな……)」
現実を見ることがとうとう限界になり、向かった公園のベンチ。
そこで行う現実逃避は、あまりにも間違えていたが同時にとてもマシな時間だった。
「(お世話になったベンチさんに座ると不思議と落ち着く……)」
そして目的のベンチを見つけると、そこには先客がいた。
「コードレス、さん……」
「こんにちは、アラカくん」
相変わらず疲れ切った様子で公園のベンチに座り、本を読んでいた。
「隣、いい、ですか……?」
「別にいいですよ」
ニコリ、とやつれた表情で笑むので隣に座り本を一冊渡される。
「近くの図書館で幾つか借りたので、よければ読んでみてください」
「じゃあ……すこし、だけ」
本のタイトルは『若きウェルテルの悩み』というものだった。
「ご存じでしたか?」
「……はい。以前、軽く目を通しました」
失恋したウェルテルが、その嘆きの果てで自殺するお話だ。
作中での描写があまりにも心を抉り、貫いてくる。
「……」
ぺラリ、ペラリ、とページを捲る。
長い時間、そうして本を読み進めて……ふと、話を始めたのはアラカだった。
「……ウェルテルと、恋敵のアルベルト。
どちらと結ばれた方が……渦中であるロッテは幸せだったのでしょうね」
若きウェルテルの悩みは三角関係のお話だ。
ウェルテルと、美しい娘のロッテと…………その婚約者のアルベルトの三人が主な登場人物だ。もう一人いるけどモブなので知らん。
「……さあ、アルベルトじゃないでしょうか。
完璧で素晴らしい婚約者を前に、ウェルテルは劣ります」
重い口を開き、コードレスは告げた。その声は優しさに満ちている。
「君の考えは違うのかな」
聞き返すような声にアラカはややあってから首を横に振った。
「いいえ、概ね同じ意見ですよ。
失恋に負けて……自殺したウェルテルは弱い。
弱い人間より、強い人間の方がいいに決まってる……当たり前の、悲しい常識」
パタン……と、本を閉じる。
小さな音が、綺麗な公園にはよく聞こえた。
「ですが……よりロッテを愛していたのは、どちらだったのでしょう。
僕はこれを読む度に、それを考えるのですよ」
背もたれに、身体預けて……その時、コードレスへほんの少しだけ身体を寄せた。
「ウェルテルは、失恋の、痛みで自殺をする。
それはつまり……己の命と失恋の、痛みを秤にかけて……失恋の方が強かった、と」
公園の、遠くで子供たちの遊ぶ声が聞こえる。
「命を捨てる————それほどの狂気に迫るほどの、恋だったのではないでしょうか」
そんな思いは、どれほど強かったのだろう。
計り知れないほどの苦痛に耐え兼ねたウェルテルの狂い様は……アラカの脳裏には強く刻まれていた。
「……何が伝えたいのかな」
「強い愛が負けるという結末に、納得ができない。ということです……。
どれほど前に進んでも」
アラカは遠くに見える池の目を向けて
少しだけ、コードレスの裾を……バレないように指で摘んだ。
「……結局、大切な人は消えてしまう。奪われてしまう。
それがこんなにも、心を抉る……」
肩が震える。怯えが止まらないアラカに、コードレスは目を細めた。
そして遠くにある池を見ながら、
「そう……」
とだけ呟き、アラカの頭に自分の上着をそっと被せた。
「コードレスさん、は……何故か、分かりますか……?
知っているなら、……知りたい、です」
黙って上着を受け取り、その袖を静かに掴む。
「……ロッテへの想いだけ、だからじゃないでしょうか」
ポツリと呟くのはアラカの質問への返答だ。
「ウェルテルはロッテを愛していた、それは分かる。
だけどそれだけだ……ロッテ以外の…………自分を愛していない」
「自分、を……?」
その時、だった。
————アラカの脳裏に、強いトラウマがフラッシュバックした。
「……ごめんなさい、上着は返します。
少しだけ、嫌な思い出が……帰ってきました、ので」
「そう……ごめんなさい。二度目は起こしません」
そうしてコードレスは上着を受け取り、自分の膝にかけた。
コートを頭から被るという行為、ただそれだけにさえトラウマが潜んでいたという事実。
「……」
————え、あ、このコート? ■■くんのコートだよ。
————あ、見えてるー? このコートの下見てみて~、これさ■■■■されてる最中なの。
「あ、の……」
いいや、それだけではなかったのだろう。
近くに見知った人間の気配があり、それをアラカが無意識に感じ取り……トラウマを引き起こしたのだ。
復学から初めての土日休み。
アラカはその日、自主的に外出をした。
行く先は公園。
花がそれなりに咲き、ジョギングする人がいる程度には大きな公園だ。
その中でアラカはあるベンチを探していた。
「(……家にあった荷物を捨てられて、部屋が…………………イカ臭い部屋になってから少しの間だけ過ごした公園のベンチ……まだあるかな)」
ベンチに座り、頭を抱えて、身体を丸めた日々を思い出す。
「(あのベンチに座ってる間は……いつも現実逃避をしてたな……)」
現実を見ることがとうとう限界になり、向かった公園のベンチ。
そこで行う現実逃避は、あまりにも間違えていたが同時にとてもマシな時間だった。
「(お世話になったベンチさんに座ると不思議と落ち着く……)」
そして目的のベンチを見つけると、そこには先客がいた。
「コードレス、さん……」
「こんにちは、アラカくん」
相変わらず疲れ切った様子で公園のベンチに座り、本を読んでいた。
「隣、いい、ですか……?」
「別にいいですよ」
ニコリ、とやつれた表情で笑むので隣に座り本を一冊渡される。
「近くの図書館で幾つか借りたので、よければ読んでみてください」
「じゃあ……すこし、だけ」
本のタイトルは『若きウェルテルの悩み』というものだった。
「ご存じでしたか?」
「……はい。以前、軽く目を通しました」
失恋したウェルテルが、その嘆きの果てで自殺するお話だ。
作中での描写があまりにも心を抉り、貫いてくる。
「……」
ぺラリ、ペラリ、とページを捲る。
長い時間、そうして本を読み進めて……ふと、話を始めたのはアラカだった。
「……ウェルテルと、恋敵のアルベルト。
どちらと結ばれた方が……渦中であるロッテは幸せだったのでしょうね」
若きウェルテルの悩みは三角関係のお話だ。
ウェルテルと、美しい娘のロッテと…………その婚約者のアルベルトの三人が主な登場人物だ。もう一人いるけどモブなので知らん。
「……さあ、アルベルトじゃないでしょうか。
完璧で素晴らしい婚約者を前に、ウェルテルは劣ります」
重い口を開き、コードレスは告げた。その声は優しさに満ちている。
「君の考えは違うのかな」
聞き返すような声にアラカはややあってから首を横に振った。
「いいえ、概ね同じ意見ですよ。
失恋に負けて……自殺したウェルテルは弱い。
弱い人間より、強い人間の方がいいに決まってる……当たり前の、悲しい常識」
パタン……と、本を閉じる。
小さな音が、綺麗な公園にはよく聞こえた。
「ですが……よりロッテを愛していたのは、どちらだったのでしょう。
僕はこれを読む度に、それを考えるのですよ」
背もたれに、身体預けて……その時、コードレスへほんの少しだけ身体を寄せた。
「ウェルテルは、失恋の、痛みで自殺をする。
それはつまり……己の命と失恋の、痛みを秤にかけて……失恋の方が強かった、と」
公園の、遠くで子供たちの遊ぶ声が聞こえる。
「命を捨てる————それほどの狂気に迫るほどの、恋だったのではないでしょうか」
そんな思いは、どれほど強かったのだろう。
計り知れないほどの苦痛に耐え兼ねたウェルテルの狂い様は……アラカの脳裏には強く刻まれていた。
「……何が伝えたいのかな」
「強い愛が負けるという結末に、納得ができない。ということです……。
どれほど前に進んでも」
アラカは遠くに見える池の目を向けて
少しだけ、コードレスの裾を……バレないように指で摘んだ。
「……結局、大切な人は消えてしまう。奪われてしまう。
それがこんなにも、心を抉る……」
肩が震える。怯えが止まらないアラカに、コードレスは目を細めた。
そして遠くにある池を見ながら、
「そう……」
とだけ呟き、アラカの頭に自分の上着をそっと被せた。
「コードレスさん、は……何故か、分かりますか……?
知っているなら、……知りたい、です」
黙って上着を受け取り、その袖を静かに掴む。
「……ロッテへの想いだけ、だからじゃないでしょうか」
ポツリと呟くのはアラカの質問への返答だ。
「ウェルテルはロッテを愛していた、それは分かる。
だけどそれだけだ……ロッテ以外の…………自分を愛していない」
「自分、を……?」
その時、だった。
————アラカの脳裏に、強いトラウマがフラッシュバックした。
「……ごめんなさい、上着は返します。
少しだけ、嫌な思い出が……帰ってきました、ので」
「そう……ごめんなさい。二度目は起こしません」
そうしてコードレスは上着を受け取り、自分の膝にかけた。
コートを頭から被るという行為、ただそれだけにさえトラウマが潜んでいたという事実。
「……」
————え、あ、このコート? ■■くんのコートだよ。
————あ、見えてるー? このコートの下見てみて~、これさ■■■■されてる最中なの。
「あ、の……」
いいや、それだけではなかったのだろう。
近くに見知った人間の気配があり、それをアラカが無意識に感じ取り……トラウマを引き起こしたのだ。
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