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三章、ノストラ

一話、休日のある日

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 復学から初めての土日休み。
 アラカはその日、自主的に外出をした。

 行く先は公園。
 花がそれなりに咲き、ジョギングする人がいる程度には大きな公園だ。

 その中でアラカはあるベンチを探していた。

「(……家にあった荷物を捨てられて、部屋が…………………イカ臭い部屋になってから少しの間だけ過ごした公園のベンチ……まだあるかな)」

 ベンチに座り、頭を抱えて、身体を丸めた日々を思い出す。

「(あのベンチに座ってる間は……いつも現実逃避をしてたな……)」

 現実を見ることがとうとう限界になり、向かった公園のベンチ。
 そこで行う現実逃避は、あまりにも間違えていたが同時にとてもマシな時間だった。

「(お世話になったベンチさんに座ると不思議と落ち着く……)」

 そして目的のベンチを見つけると、そこには先客がいた。

「コードレス、さん……」

「こんにちは、アラカくん」

 相変わらず疲れ切った様子で公園のベンチに座り、本を読んでいた。

「隣、いい、ですか……?」
「別にいいですよ」

 ニコリ、とやつれた表情で笑むので隣に座り本を一冊渡される。

「近くの図書館で幾つか借りたので、よければ読んでみてください」
「じゃあ……すこし、だけ」

 本のタイトルは『若きウェルテルの悩み』というものだった。

「ご存じでしたか?」
「……はい。以前、軽く目を通しました」

 失恋したウェルテルが、その嘆きの果てで自殺するお話だ。
 作中での描写があまりにも心を抉り、貫いてくる。

「……」

 ぺラリ、ペラリ、とページを捲る。
 長い時間、そうして本を読み進めて……ふと、話を始めたのはアラカだった。

「……ウェルテルと、恋敵のアルベルト。
 どちらと結ばれた方が……渦中であるロッテは幸せだったのでしょうね」

 若きウェルテルの悩みは三角関係のお話だ。
 ウェルテルと、美しい娘のロッテと…………その婚約者のアルベルトの三人が主な登場人物だ。もう一人いるけどモブなので知らん。

「……さあ、アルベルトじゃないでしょうか。
 完璧で素晴らしい婚約者を前に、ウェルテルは劣ります」

 重い口を開き、コードレスは告げた。その声は優しさに満ちている。

「君の考えは違うのかな」

 聞き返すような声にアラカはややあってから首を横に振った。

「いいえ、概ね同じ意見ですよ。
 失恋に負けて……自殺したウェルテルは弱い。
 弱い人間より、強い人間の方がいいに決まってる……当たり前の、悲しい常識」

 パタン……と、本を閉じる。
 小さな音が、綺麗な公園にはよく聞こえた。

「ですが……よりロッテを愛していたのは、どちらだったのでしょう。
 僕はこれを読む度に、それを考えるのですよ」

 背もたれに、身体預けて……その時、コードレスへほんの少しだけ身体を寄せた。

「ウェルテルは、失恋の、痛みで自殺をする。
 それはつまり……己の命と失恋の、痛みを秤にかけて……失恋の方が強かった、と」

 公園の、遠くで子供たちの遊ぶ声が聞こえる。

「命を捨てる————それほどの狂気に迫るほどの、恋だったのではないでしょうか」

 そんな思いは、どれほど強かったのだろう。
 計り知れないほどの苦痛に耐え兼ねたウェルテルの狂い様は……アラカの脳裏には強く刻まれていた。

「……何が伝えたいのかな」
「強い愛が負けるという結末に、納得ができない。ということです……。
 どれほど前に進んでも」

 アラカは遠くに見える池の目を向けて
 少しだけ、コードレスの裾を……バレないように指で摘んだ。

「……結局、大切な人は消えてしまう。奪われてしまう。
 それがこんなにも、心を抉る……」

 肩が震える。怯えが止まらないアラカに、コードレスは目を細めた。
 そして遠くにある池を見ながら、

「そう……」

 とだけ呟き、アラカの頭に自分の上着をそっと被せた。

「コードレスさん、は……何故か、分かりますか……?
 知っているなら、……知りたい、です」

 黙って上着を受け取り、その袖を静かに掴む。

「……ロッテへの想いだけ、だからじゃないでしょうか」

 ポツリと呟くのはアラカの質問への返答だ。

「ウェルテルはロッテを愛していた、それは分かる。
 だけどそれだけだ……ロッテ以外の…………自分を愛していない」

「自分、を……?」

 その時、だった。
 ————アラカの脳裏に、強いトラウマがフラッシュバックした。

「……ごめんなさい、上着は返します。
 少しだけ、嫌な思い出が……帰ってきました、ので」

「そう……ごめんなさい。二度目は起こしません」


 そうしてコードレスは上着を受け取り、自分の膝にかけた。
 コートを頭から被るという行為、ただそれだけにさえトラウマが潜んでいたという事実。


「……」

 ————え、あ、このコート? ■■くんのコートだよ。
 ————あ、見えてるー? このコートの下見てみて~、これさ■■■■されてる最中なの。


「あ、の……」

 いいや、それだけではなかったのだろう。
 近くに見知った人間の気配があり、それをアラカが無意識に感じ取り……トラウマを引き起こしたのだ。
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