上 下
40 / 73
四章、ウェルテル

二話、死想再来

しおりを挟む

 屋上。まだ雨のやまない中、アラカはいた。

「…………」

 ザーザーと、アラカの身体を濡らす。
 傷だらけの身体が透けて見える。
 乾いた血のシャツが、冷えてアラカの身体を痛め付ける。

「…………」

 遠くから、赤いランプが光る。
 アラカはただ雨空を無価値に眺めた。

「……」

 ぐっ。とナイフの柄を強く握る。
 血が出るほど、強く…強く。

「怪異を討伐したのも、魔力を提供したのも、全部、全部。僕がしたいからした癖に…………。
 手元に残ったのが、傷だらけの身体なのが気に食わないから、怒りを暴走させるなんて……ゴミみたいだ」

 ナイフで自分の肩を突き刺した。
 痛みがジワジワと溢れ出す。

「…………怪異との戦闘も、魔力の供給も、僕がすると決めたからした事だ。
 だからそれによって齎されるものは、全て自己責任だ」

 身体は満身創痍。
 胸の内は殺意と、自己嫌悪が止まらない。

「最初から、褒められないことであることぐらい……知っていた。
 〝自分たちの危険を勝手に取り除きやがって〟と、激怒されることぐらいは想像してた」

 雨の中、壊れかけの屋上で。手すりに触れる。

「我儘……すぎるよな。
 ほんの少しだけ……少しだけでも……それこそ、道端に咲いていた一輪の花でも……くれたら…なんて、願うなんて」

 手すりを強く、強く握る。

「勝手に守ってやって、勝手に救ってやって、勝手に治療するやってきた……ならば、自分勝手の責任が襲いかかるのも、必然だよな」

 もう義手でしかない腕の、平を見る。
 人工皮膚でそれっぽく見えるが、それだけの腕。

「……ぁ、」

 頬に、雨の雫が伝う。
 ————泣いてなどいない。

「ぐ……っ」

 歯を食いしばる。
 口に雨の雫が入る。

 ————泣いてなどいない。

「……っ……っ……っ…!」

 泣いてない。ただ、歯を食いしばり、口に入る雨の塩気に不快感を覚えるのだ。





 
 瞬間、ドシャ……という音がアラカの耳に入る。
 頬を伝う涙を振り払いながら、バッ、と振り返った。

「……」
「はあ……はあ……あの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺すあの雑魚殺す」

 どういうわけか身体中に裂傷が刻まれた怪異がそこにいた。
 そしてその怪異とは。

「弱者……」
「死、想……?」

 過去にアラカが痛め付けた怪異であった。
しおりを挟む

処理中です...