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四章、ウェルテル

四話、絶体絶命だぞっ☆

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 半壊した屋上。床にてべちゃ……と、落ちるアラカ。

「……」

 痛みはなかった、恐怖もなかった、傷だらけの身体で、どこに行こうというのか。

「もう、終わりだ。弱者」

 死神の声がアラカの耳に届く。

「腕も焦げて、足も壊れ、身体の半分が原型を留めずに溶けている。
 弱者はいつだってそんな様で終わる————誇りある死を、くれてやる」

 死想は紙吹雪をばら撒いた。

 一枚一枚に文が描かれるそれは手紙のようで。

 ————手紙の舞。狂うように舞い続ける、手紙の舞。

「(これはきっと、この子の奥義なのだろう……)」

 手紙には、呪言と、自己の持つ悪意と、その歴史過去が描かれている。


「(ああ、この子は)」

 肺がまだ残っているアラカは。
 その正体に、確かに手を伸ばし。


「————それほどまでに、強者のフリをしないと怖いのかな?」





 ————瞬間、死想へどうしようもない域の衝撃が走った。




 死想は息が途切れ途切れになる。瞳孔が定まらなくなる。

「なん、だと……」

「全てがそうではないか」

「うるさい! そんなの知らない!!」

 虫唾が走る死想はただただおかしくなりそうな怒りを秘めて、エネルギーブレードを放つ。

「エネルギーブレード。これは余りにも無駄が多すぎる。
 魔力の込め方が過剰で、広げ方が〝剣の形〟しか成さない。
 網の形でも、一面を突き刺す鏃の形状でも……効率的なやり方は幾らでもあるだろう」

 エネルギーブレードが、異様なまでに消失する。
 アラカの周囲を不自然に守るその様は、当然死想の想像し得ないレベル物だ。

「私、が!! 誇り高い死を求める私が。弱者、だと!?」

「誇り高い死、時より思い出す様に告げるワードだね。
 死など、誇り高いわけがないじゃないか」

 日本刀を投擲する。いいや、投擲というよりは何もかも嫌になった女児が物を投げつける様な雑さであり————アラカに触れる前に灰になって消失する。

「死とは逃避だよ。
 今、この世界で苦しみながら生きることと……何もかもから逃げ出して自殺すること。
 ねえ————どっちの方が楽?」

「うるさァァァァァい!! 死とは誇り高い行為なの、逃げる、だと…よくもまあ、そんな侮辱を」

 攻撃を放つ、放つ、放つ。全てがアラカに触れる前に消失する。
 消える、霞となって消えていく。

「なんで、なんで生きてる!! 意味がわからない早く死ねよ!、」

「————君はウェルテルみたいだね」

 若きウェルテルの悩み。
 青年ウェルテルが失恋し、死を誇り高い行為とし、自殺するお話。

「自分を大きく見せて、逃亡を素晴らしい行為だと思い込み。
 ————恋焦がれた誰かに捨てられている」

 ————その言葉は、死想の脳裏をグチャグチャに抉り、過去の記憶を揺さぶった。

「黙れェェェェェ!!」

 地面ごと破壊してアラカの立ち位置を奪う。
 崩れる校舎と共に地面に転げ落ちていく。

「私、は! 捨てられてなんかない゛!
 私は強い!!」

 死を待ち、もう幾許も生きれないアラカを、それでも追いかける。
 ふざけるなふざけるなと怒り狂ったようにだ。

「私は傷付いた、だからその分強い゛!!」

 アラカの胸グラを掴み、憤怒の底で怒り狂う。
 壊れた校舎の瓦礫に。ぼたぼたぼた、とアラカの血が零れ落ち続ける。

「涙の数だけ人は強くなる!! だから世界一、私は!! 強い゛ん゛だよ゛!!」

 それは世界一、自分が苦しいという自負であり、本音からの死想の激怒だった。

「弱くない弱くない弱くない弱くない弱くない弱くない弱くない弱くない弱くない弱くない弱くない弱くない弱くない————もう、パパも、ママも、お兄様、からも……誰からも……殴られないんだよ……!」

 勝敗は決まっている。アラカは死にかけだ。
 勝敗は決まっている。死想は五体満足だ。
 勝敗は決まっている。死想は生きて、アラカは死ぬ。

 勝敗は決まっている————なのに、何故、なのか。

「いいや、君は弱いよ」
「う゛る゛ざぁ゛ぁ゛い゛ッッ!!」

 こんなにも、死想は……己の負けだと思っていた。

 瓦礫の雨中で、涙を激怒しながら流し続けている。

 心がぐちゃぐちゃに泣き続けている中で、激怒し続けている。

「私は弱く゛な゛い゛ッ!!」

「いいや弱いよ」

 それは子供の問答のようであり、ならばこそこの問答に勝つのは暴力が大きい方である。
 子供の喧嘩など、いつの時代とてそんなものだ。

 アラカの死は必然のものとして、この数分先に終わる。ー

 ————だが、そうはならなかった。

「そしてこんなにも————愛らしい」

 アラカはそっと笑んだ。ビクッと死想は震える。

 そして死想を眺める優しい瞳は、ただただ


「————だからこそ、ここで止まってはならないだろう」


 真紅・・の色に染まりながら。




「〝我が加護を以て刻む〟
   〝紡がれるは救済の鏖殺〟」
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