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五章、遠足っ

二話、ふとん

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「……あなたが」

 アラカは、抱き締められながら……背中に殺意をヒリヒリと感じとる。

「…あなたが……妙な計画を推し進めてるのは 、知ってます。
 その計画が、僕に深く関わっていて……ロクでもないものということも」

「…………止めますか」

 そこで初めて、綴が声を出した。

「……」
「……」

 すり……と、布の擦れる音だけが聞こえる。
 他には、何も聞こえない……静寂の世界。

 静寂の中、アラカの返答は……確かなものとして綴に届く。

「……止めたいと、思えませんよ。
 きっとそれは……〝アレ〟を見たことで、そうなったのでしょう」

 ……その濁した言葉に、微かに綴の身体に力が入る、
 それを感じながら、アラカは言葉を続けた。

「……アレを見たことで、僕とあなたは、変わりました……寝ても、覚めても……アレを、思い出すのでしょう?」

 ちゅ…………、アラカは振り向いて、綴の頬にキスを落とした。
 まだ怖いから、と、胸の中で呟いて……。

「……これを思い出して、寝ることにします……綴さんも、そうしてください……」
「…………」

 肌にピリつく殺意が、更に重いものとなるのをアラカは感じた。
 そこで初めて、アラカは問いを投げた。

「綴さんは、どうしてそんなに怒りを覚えているのですか」

 ……………ー…………。

「僕の身体は……魅力的ではありませんか」

「っ……」

 どん……アラカの身体が押され、ベットに仰向けとなる。
 アラカの身体に覆い被さるように、綴がいる。

 アラカの頬の隣に綴の手がある。床ドンのような状況だった。
 しかしそこに恋愛漫画の甘さは存在しない。

「私は怪異だ……君を傷付けたのも怪異だ」

 ポツリと声を出す綴。アラカは頬に冷たい雫が落ちたのを感じた。

「私はクソッタレの怪異だ…」

 絞り出すように、声を出す。
 そして、呆気なく綴の闇は表へ出る。

「そんな屑が、俺が屑が怪異が屑が男が屑が、君という最上の花にキスをされた。むかつくんだよ、殺したいんだよ……
 ————こんな屑が、こんな幸福に満ちている現状が殺したくて堪らないんだよ……」

 それは殺意。己に対する怒り。
 それは殺意。現状への殺意。
 それは殺意————■■の裏返し。

「……あなたは、ばつを、もとめているのですね」

 アラカは頬に溢れた雫を感じながら、声を漏らした。

「っ……!」

 綴は歯噛みして、すぐに覆い被さる状態から離れて。

 ベットから降りた。

「……明日、冒険活動教室いきますので……数日、あけます」

 部屋から出ようとする綴。
 その背へ、アラカはポツリと連絡事項を告げた。

「…………………たのし…」

 そう告げようとする綴は、けれども続きを言えなくて……無言で部屋を出た。

「少しだけ、あなたの計画が分かった気がしますよ……」

 綴が出ていった扉を眺めて、アラカは呟いた。

「あなたは……真面目すぎますよ……」

 申し訳なさで、息苦しそうな背中を眺めて……そう呟いた。

「(僕がもっと,強ければ…………誰も、傷付かずに済んだのに…………)」

 アラカの頬には、冷たい雫が流れた。
 その雫は……果たして、誰のものだったのか。アラカにも、綴にもわからなかった。
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