フィーネ・デル・モンド！ ― 遥かな未来、終末の世界で失われた美味を求めて冒険を満喫していた少女が、なぜか魔王と戦い、そして……

第１部 ルシフェルって？ 教会って？

第１話 Bon Appétit! （さあ、召し上がれ！）

　魔王城の食卓にて。

「ふふふ、妾わらわが自ら腕を振るった料理の味は如何いかがかな？」

「……………………」
「……………………」

「……………… 不味まずい。それも壮絶に！」

　部屋の空気、一瞬にして凍り付く。



　・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



　今朝、私たちは魔王城を遠く望む丘の上にいた。

「唵婆裟羅おんばさら、肥満体質改善必要デブは見た目も健康にも悪いから減食減脂質食事に気をつけて毎日運動運動も頑張ろうね、破はっ！」

（!!! な、何じゃそりゃ？）

　私が呪文を唱える（ふりをする）と、虚空に黒い小さな球体が現れる。
　それがみるみる膨張して周囲の空間を歪ゆがめ、突風を巻き起こし、辺り一帯の木々を根こそぎ、岩や草や土も何もかも吸い込んでいく。

　標的は、私たちを突然襲って来た凶悪な相貌のグリフォンだ。

　慌てて巨体を低く伏せ、四肢の長い爪を地面に喰い込ませて踏ん張ってるつもりらしいけど、そんなんじゃ球体の超引力にはとても逆らえない。
　無理な力で耐えたせいで、猫科の猛獣に似た茶色の胴体が鈍い音を立てて真ん中から鋭角に折れ曲がる。あらら、背骨が折れたようだ。
　それでも何とか引力から逃れようと、今度は大鷲か鷹のような翼で瀕死の羽ばたきを見せるが、その甲斐も無く、はい残念。
　嘴くちばしから悲し気な叫びを一声残して、後は、容積を増した黒い球体へと抗あらがいながらも背中から一直線。

　よーし！　初めて試したけど、いい感じ。
　暗黒洞ブラックホールの魔法。これは今後も使えそう。
　グリフォンって肉食の魔物だから、食材にするには臭くって、美味しい料理にはならないんだよね。
　それに巨体の割に武器や道具に使える貴重な素材もこれといって無いし、はい、だから、事象の地平面の彼方へと「さようならぁー」だ。

「おわ―――っ！」（金髪モヒカン戦士君・談）
「止めるのだ！　ワタシたちまで吸い込まれてしまうのだ！」（銀髪メガネ賢者嬢・談）

　あれ？　このお二人は、どちら様でしたっけ。

（何をサラッとボケてみせておるのだ。仲間だろう）

　はいはい、わかってますって。ぶぅ～。
　おやぁ。お二人とも残った大木や巨岩にしがみついて、額に汗して忙しそうですねぇ。でも、その木も岩も激しく震えて、今にも空中に舞い上がりそう。

　ということで、私は魔法を解除した。
　光までも吸い込む真黒の球体が消え、風が止む。
　明るさが戻ると、目の前には草も木も何もない大穴が口を開け、連れの二人はやっと

「ふぅ……」
「はァ、なのだ」

　だそうだ。

「仲間を殺す気か。バカヤロー！」
「たかがグリフォン一頭倒すのに大規模魔法とか、ドウいうつもりなのだ！」

　殺す？　いえいえ、ちょっとブラックホールに吸い込まれるだけですけど吸い込まれたら結局どうなるんだろう？。
　大規模？　これでもせいぜい魔力を抑えたつもりだったんですが。

「いやぁー、攻撃魔法の加減って難しいですよね」

　と、私が言うと、

「極大か極小しか出来ねーのか！」
「そろそろ加減を覚えてもらわないと、ワタシたちも命が幾つあっても足りないのだ」

　もぉ、無事だったんだから細かい事はいいじゃない。
　おまけにあと一人、口やかましいのがまた、

（何だ、あの呪文もどきは？　魔法と言うより、まるでダイエットのオマジナイではないか）

　とかブツクサ言ってくるし。

　はぁ。いつもいつもウルサイなあ。
　小声でムニャムニャ言ってる分には、誰にもわかりませんって。
　その証拠に、二人とも何もツッコんでこなかったじゃん。
　取り敢えずそれっぽいこと唱えてないと、後で「呪文はどうした」とか聞いてくるでしょ。

（うーむ、それにしても適当、デタラメ過ぎる）

　あ、一応言っておくと、これは私が物心ついた頃から、もしかするとその前から心の中に勝手に住み着いてて、何かと話しかけてくる誰かの声で……

　いや、そんな事より問題は現在の理不尽な状況だ。
　だってさあ、

「まあいい。い、いや、違う。決して、け、決して良くはないが、とりあえず予定外のグリフォンの襲撃も何とか片付いて、いよいよ魔王城に向けて出発だぁ」
「魔王退治の前の景気付けにはなったのだ。結果オーライとするのだ」

　またまた、これですよ。
　う～ん、話はやっぱりそこに戻るのね。



　そもそも私たちが今、なぜここにいるかっていうと…… 

　連れの二人が言うには、勇者パーティーだから魔王討伐は必須でしょ、なんだそうだ。
　気が乗らないこと、おびただしい。
　誰が勇者かっていうと、私ですよ、わ・た・し。
　花も恥じらう前期乙女ロリータ真っ盛りの14歳、長い艶やかな黒髪と透き通るような白い肌、涼し気な瞳、薄紅色の唇の儚はかなげな美少女。
　キャー！　自分で言っちゃっちゃっちゃ、あ、噛かんだ。

（ふぅ）

　もう、ここで溜息ためいきとか、失礼な！

　つまり、私が言いたいのは、このいたいけな少女に魔王退治って、誰だってフツーに「はぁ～？」とかなるでしょ、ってことだ。
　勇者業界の人材不足、不適材不適所、未成年虐待、不条理、倫理の退廃、それから、ええと他には…… まあいいか。要するに堕落ダメダメなところが全部ここに極まれり、です！
　「大人なんて結局みんな嘘つきで無責任だぁー」とか叫びながら、無差別ピンポンダッシュでもしたくなってくる。

（おい、ピンポンダッシュって何だ？）

　もぅ、またまたウルサイなあ。アレですよ、アレ。
　心の声さんも観たでしょ。
　古代遺跡の隠し部屋にあった装置、その映像にあった何千年も昔の悪戯いたずら。
　玄関のインタフォンそんなもの今の荒廃した世界には存在しませんけどをピンポンしてダッシュ。確か、「良い子は決して真似しないで下さい」ってやつ。
　…… とにかく、あー面倒くさい。
　そんなことより何か美味しいものでも食べたいなあ、とか考える今日この頃です。

　重ねて言います。魔王退治とか、気が乗らないこと、おびただしい。

　心の声さんとの脳内会話は続く。

（城塞じょうさい都市か。それもかなりの規模だな。確かに少々面倒だ）

　あ、いや、面倒っていうのは、そういう意味じゃないんだけど。

（巨大隕石でも落として街も城も消滅させるか。一瞬で片がつく）

　えっ？　そ、それはさすがにマズイでしょ。
　戦いに関係ない大勢の魔族を巻き添えにするなんて。

（ふはは、勇者が魔族の犠牲を気に掛けるか。お前、やはり面白いな。では、姿を消して城に侵入し、魔王が油断しているところを殺やってしまうのはどうだ。 その後に壁に大きく「勇者アスラ参上。夜露死苦ヨロシク」などと書いてくるとなお良いな）

　（またこのクソオヤジ、腐咲薊朧無フザケルナ、とか心の底の底で思いながら）あのね、その前に、最近悩んでる「善悪の相対性」っていう問題があってね。

（どういう意味だ？）

　まあつまり、魔王を悪と見るのはヒト族の側の主観に過ぎないんじゃないかと。
　だって私、思春期の少女ですから。
　いろいろ考えるし、世の中の常識にも批判精神旺盛な訳ですよ決して「反抗期」などという陳腐な言葉でまとめないように。さもないと…… 殺すよ！。
　ほら、「この年頃の批判精神の成長はむしろ喜ぶべきことで、周囲の大人は温かく見守り、理解を示してあげましょう」って言うし。

（ほう。そんな物分かりの良い事を、今のこの世界で誰が言ったのだ）

　それはねぇ、う・ふ・ふ、私。

（はあ？）

　うんうん。そういうことは自分で言うべきじゃない…… って、知るか！
　自分で言って何が悪いし！
　魔王や魔族はヒト族の敵で、退治するのが勇者の仕事って、誰が決めたのさ。
　私、何の相談も受けてないし。
　だいたい私、勇者なんかになりたくてなったわけじゃないんだよ。
　実際、今も、この状況に密ひそかにキレかけてるし！
　魔王討伐なんかより、今日はまだ美味しい朝ご飯も食べてないし！

（ふーむ。だが、お前の連れはどうする。今更こ奴らに「善悪の相対性」とか、そんな話が通じるとは思えぬが）

「テンション上がるねぇー」（金髪モヒカン戦士君・談）
「ん。最高のロマン」（銀髪メガネ賢者嬢・談）

　あーっはっはっ。

（唐突に何を笑う？）

　綺麗な秋空だねえ。雲ひとつないや。気持ちいーい。素敵。

（今は、お前の連れの話を……）

　知ってるよ。だから笑うしかないでしょ。
　繊細な年頃にはありがちな、ちょっとした現実逃避ですけど、それが何か？
　だって二人とも、

「群がる魔族をこの大剣で次から次へと斬り殺し、魔王の間まへ一直線」
「ん。究極魔法で悪の頂点を倒し、ワタシたちが伝説になるぅ」

　とか何とか、こっちの気も知らずに勝手に盛り上がってますから。
　ありえねー。

　「次から次へと斬り殺し」とか、ただの大量殺人狂じゃん。 
　「伝説」とか、くだらない。私、このうら若い身空で、そんなウサン臭いものになんか絶対なりたくないし。

　駄目だ。頭が痛くなってきた。
　二人の能天気ノーテンキさに、これ以上付き合えそうにない。

　で、とうとう私は言った。

「やめよう!!」
「「えっ??」」



　・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



　勇者が魔王討伐やめたら、それでこの話、終わっちゃうじゃん。
　どうなるの？