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第3部 カレーのお釈迦様
第33話 おしゃべり好きな白虎
しおりを挟む「こんばんは」
喋るし!
おまけに意外と渋い、落ち着いた声。
あ、でも、バベル君もオスカル君も猫や狼なのに人間の言葉を話すか。
(…………)
「驚かれているようですが、別に凶暴な魔獣ではありませんよ。ついでに言えば、いわゆる魔の類でさえもありません。自然に生まれた白い虎です」
「でも、人間の言葉を……」
「長年生きていれば様々な知恵がついて、虎だって言葉ぐらいは話せるようになるものです」
そんなもんかあ?
「こう考えては頂けませんか? 遺伝子改造で生まれたトラではないという事です。例えば昔、中国という国では、白虎とかの聖獣が信じられていたそうですが、もちろん人間の科学や技術によって生み出された訳ではない、いわば自然界の精霊ですね。貧道も多少それと似たような存在です」
「え、貧道って?」
「仙人はそう自称するのです」
「ということは、あなたは仙人さん? それとも仙獣、仙虎?」
「呼び名はいろいろあるでしょうが、まあそういったところです」
「なんで虎さんが仙人に?」
「少し長くなります。立ち話も何なので、家の中に入れて頂いて宜しいでしょうか? 犬や狼と違って、常に身体を舐めて清潔にしておりますから、その点は御心配なく」
これを聞いてオスカル君がちょっと嫌な顔をしたようだが、放っておく。
「あ、どうぞどうぞ」
「ありがとうございます…… ああ、この敷物は結構な御趣味ですね。上に座っても構いませんか?」
「は、はい」
「では失礼致します。そうそう、『なぜ仙人に』でしたね。まあ、昔々、インドという国の北部の地方で生まれた貧道は、あ、その時はまだ修行前だったので、ただの幼い虎ですが……」
ということで、虎さんの自分語りが始まった。
竹林で母親や兄弟と暮らしていたのだが、ある日、人間の暮らしを見てみたくなって、虎さんは、ひとりでのこのこと村に出かけて行きましたとさ。
そこでもちろん人間に捕まって殺され…… ないで済んで、幸い貴重な白い虎だったから、「神獣だ、瑞兆だ!」ってことで小規模ながら神殿に祀られて数十年。その内に知恵もつき、人間の話す言葉も理解できるようになる。
「まあ、昔から好奇心旺盛で、しかも賢かったということですね」
「はあ……」
このまま年老いて死んでいくのかと自分の人生、いや虎生か…… とにかく一生に虚しさを感じ始めていた矢先、伯陽と名乗る老人が水牛に乗って村に現れた。
はるばる中国からやって来たというその老人は、虎さんに「崑崙山」という場所について説き、そこに行って修行すれば仙人になれて、不老不死も可能だと言う。
(…………)
「そんなアヤシイ話、信じたの?」
「当時は神殿暮らしばかりで、世間知らずでしたから」
話を聞いた虎さんが老人と一緒に村を出て行こうとすると、村人たちは当然にこれを止めようとするが、そこで一喝、ではなくて天地に轟くほどの咆哮。
なにしろ神獣様の怒りの咆哮だ。村人は皆、恐れおののいて魂も抜けんばかりになる。後は老人と村を出て行く虎さんを黙って見過ごすばかり。
それから数年、各地を回って賢人と名高い人々にも会ったが、とにかく苦行ばかりを唱えたり幼稚な拝火教だったり、果ては連れの伯陽老人に論破されるばかりの賢人たちに失望し、結局は老人と二人(1人と1頭?)、当初の目的地であった崑崙山に向かう。
そこで道士として修行をすること数百年。やがて念願の仙人になり、不老不死に。
「インチキな話じゃなかったんだ!」
「はい。修行を積むにつれて身体も若返り、老いる事も死ぬ事もなくなりました」
「修行って、どんなことするの?」
「何もしません」
「はあ?」
「何もしない、考えないのが即ち仙人になるための修業なのです。朝も夜も日月の精華を浴びて、ひたすら頭の中を空っぽにし、大口を開けて山間から立ち上る霊気を身に取り入れる事に努めるのです」
「退屈そうだねえ」
「そうですね。身体が若返るにつれて何もしないのがますます退屈に、辛くなる。ですから最初は数の多かった修行者も一人減り二人減り、何とかいっぱしの仙人になれた人々も更なる修行を嫌って山を下り、道根を深め続けたのは貧道だけ」
「ありゃりゃ」
「やはり人間にとって、『何もしない』のは耐え難いのでしょうね。その点、貧道は虎ですから。猫科の動物は、何もしないでゴロゴロしているのは大得意です。おかげで長い修行を全うする事が出来ました」
このあたりでお子ちゃま達が浴室から戻って来て、虎さんを見て一瞬ぎょっとした表情を見せる。
まあね、お風呂から上がったらいきなり家の中に白い虎が居て、何かくつろいで喋ってたら、そりゃあ驚くよね。
でもそこは悪魔! 最初は恐るおそるながらも近づいて来て、手を伸ばして軽く触ってみたり、「白い虎さんだぁ! 初めて見た」とか「大人しいぃ!」とか言いながら、その内に大胆にも抱きついてみたり、さすがの順応性だ。
オスカル君は完全に無視されて、ちょっと可哀そう。
「ああもう、話の途中なんだから迷惑でしょう。やめなさい」
「大丈夫ですよ。子供は好きですから」
はあ、子供好きの虎あ?
「まあとにかく、無事に真人、つまり上仙になり遂せて、その後も崑崙山でのんびりと暮らしていた訳です」
「それがなぜこんな所に?」
「幾度かの大戦ですよ。特に中国とインドという2大国の戦いは激しかった。人類が滅んでしまったのは勿論、国境近くにあった崑崙山も全く地形が変わって、山は崩れ谷は穢れ、もうとても住める場所ではなくなってしまった」
「あらら大変」
「それで、住むに良さそうな場所を随分あちこちと探し、ついには雲に乗って大海を渡ってこの土地に至ったのです。上空から見るに、この辺りは自然の良い霊気が集まっているようでしたから」
「雲に乗るって、魔法が使えるの?」
「魔法というか、仙術ですね。しかし、呼び名は違っても原理は似たようなものです。集中力を高めて結果を思い描く訳ですな」
「凄いねえ」
「不老不死になるまで数百年、その後も長く修行すれば大抵の事は出来るようになるものです」
いやいや、軽くおっしゃいますけど、何百年もの間、なぁ~んにもしないでゴロゴロしてるなんて、そうそう出来ることじゃありませんって。
たぶんナマケモノにだって無理だろう。
で、「霊気を身に取り入れる」ってことは、つまりそれが食事の代わりで、美味しい物も食べられないんでしょう?
ということは、私には絶対無理!
「それで、今日はなぜ私たちの所に?」
「まあ、久しく森の中で暮らしておりましたので、たまに人間の言葉で話してみたくなって、それで御挨拶がてら」
なーるほど。久し振りに、ちょっとお喋りがしたくなったって訳ね。
うんうん、その気持ちは分かるよ。
「それと……」
え、まだ他にあるの?
「お嬢さんは伯陽様の転生体ですね」
(バレたか。さすがは白額だな)
何のこっちゃ?
・・・・・・・・・◇◇◇・・・・・・・・・
付記)白額虎は封神演義ではお喋りはせず(安能務版では黒点虎。あれは独自の創作らしいです)申公豹の乗騎ですが、本作では全く別のキャラ・設定にしてしまいました。あしからず m(__)m
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