フィーネ・デル・モンド! ― 遥かな未来、終末の世界で失われた美味を求めて冒険を満喫していた少女が、なぜか魔王と戦い、そして……

Evelyn

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第3部 カレーのお釈迦様

第42話 バッカニアの血

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「さあて、敵は陸から来るだか、それとも海きゃ?」
「うーん……」
「はっきりせえ! 今更おみゃーさがそげんことでどーする。さっさと言わんかい」
「はぁ、軍勢がざっと2万、300艘の船に分乗してだそうで」
「ほーお、少しは手応えが有りそうじゃにゃーか。そーか、海かい。それで、こっちゃに着くのはいつ頃きゃ?」
「おそらく今日の午後早くには」
「そっじゃあ、ちんたらと飯など食っとる暇はにゃーな。なあに、1食ぐらい抜いたって死にゃーせんでなも。それに、少し腹が減っとる位が戦いには向いとるけんの。おお、たまるかあ! 腕が鳴るくさ」
「えっ、腕が臭いの? じゃあ、お風呂にでも入って……」
「そうじゃにゃー! 戦いが待ち遠しいと言っとるんじゃあ」
「げっ。もしかしてお爺さんも戦いに」
「あったりみゃーじゃ。このルイジ様が戦場に立って皆を指揮せんでどないする。この街の長だでな」

 あらあら、こういうのって確か、「年寄りの死に水」とか言うんじゃ?

(「冷や水」だ!)

 そうだっけ。
 失礼しました。

 で、そのルイジ爺さんマリオ…… はもういいか (笑)は、周囲に残った数人の従者っぽい若者を呼んで命じた。

「おみゃーたち、手分けして伝達じゃ。。準備が整い次第、港に集合するよーに。それから特に海賊衆には、急ぎ戦闘船の用意をするよーに伝えい」

 言われた若者たちは鋭敏な、それでいて明るい声音こわねの返答を残し、すぐさま四方に駆けて行く。

「海賊衆!?」(わ・た・し・談)
「おおよ。おみゃーさんも髑髏の旗を見たじゃろうが。この地の民には、遥か昔に海々を思うがままに暴れまわった海賊、かの有名なたちの血が流れとる。海の戦いなら尚更こっちゃのもんよ。他の者も皆、海戦の達者じゃけん。任せんかい!」

 バッカニアの子孫!
 強そうで自由そうで、何となくカッコイイぞ「海賊」には夢があるのに、「山賊」はそうじゃないのはなぜだろう?
 お爺さんはひとつ胸を叩き、すたすたと歩き出す。

「あ、どこへ?」
「ワシも支度したくじゃあ。ここで待っちょれ」

 足早に、背は真っ直ぐに、とても老人とは思えない歩きぶり。
 どうやら、脳内興奮物質アドレナリンとか?が大量に分泌されたらしい。
 そして、立ち並ぶ似たような家の一軒に入って行った…… って、あれっ、あれあれ?

(やっと気付いたか)

 う、うん。
 似たような、どころじゃない。
 これじゃあ中の構造まで同一っぽい。
 どういうことだ?

(シッダ様とやらの指示だろう)

 えっ、そうなの?

(ああ、間違いない。いいか、人間には常に他者より優越しようとする、他人より良い暮らしをしたいという欲がある。なのに、街の皆が同じ造りの家に住むなど我慢できると思うか?)

 無理だねぇ。

(その通りだ。普通はすぐに不満が出たり、家を勝手に改造しようとするだろう)

 うんうん、そりゃそうだ。

(ところが、これらの家々の様子を見てみろ。察するに、建ってから数百年は経ておるぞ。そんな長きに渡って代々同じ、しかも全く同一の家に住民を満足して住まわせ続けるなど、尋常の統治能力ではない。
 超古代のインド文明の遺跡に、かつてモヘンジョ・ダロ「死者の丘」なんて意味らしいですと呼ばれるものがあったが、この街は少し、あれに似ているな)

 おお、モヘンジョ・ダロですか。
 どこかの遺跡で見た映像にあったよね。
 確か、クベーラとかいう神仏教に取り入れられて毘沙門天になっちゃったらしいが統治していた都市だったとか。

(そうだ。1000年近くものあいだ、街の構造が全く変化しなかったという謎の都市だな。絶対的な統治者が住民を心服させていたのだ。ここと同じく全く同一の造りの家が密集し、上下水道も完備していたぞ。、あっ、い、いや、今の話は、むにゃむにゃ……)

 この間も、手に手に短い幅広の剣や斧を持ち、短銃を腰に差した人々が海の方角へ駆けて行く。
 ほとんどが鎧も付けない軽装だ。
 あれで戦えるのか?

海戦ではあれでいいのだ「ほっ」と安心したらしい。重い鎧など着込めば、狭い船上では動きが制限されるし、だいいち、海に落ちるなどしたら溺れてしまうではないか)

 そうか。
 じゃあ、ここの人たちは海の戦いを良く知ってるんだ。

(そういう事だ。あの短い剣は確かカトラスといって、古代の海賊に愛用されていたもので……)

 あ、もう、ウンチクはいいです!
 それで、そのモヘンジョ・ダロはどうなったの?

ある時期からちょっとシュンとして洪水や気候の変動、外敵の侵略が続き、あっけなく滅んだ。絶対的統治者に服従することによってのみ長く安穏を享受してきた民には、一旦苦境に陥るとそれに抗う気力は無かったようだな)

 やっぱりね。
 家畜みたいな生活だもの。
 それが1000年も続けば住民は、すっかり気力も萎えるよねえ。
 暮らしは楽で便利でも、それじゃあ人間の生活とは言えないよ。

(その通りだ。絶対君主を崇め奉って、その指示に従うばかりの柔弱になり切った民など、侵略を受ければひとたまりもない。は失敗、あっ、いや、コホン。
 と、ところがだオッサン、慌てるなって (笑)! この地はどうだ。長い年月、一人の統治者の下にありながら、それでいて自分たちの街を守ろうとする気概に溢れておる。これは、

 えっ、なんでそう思うの?
 教えてちょ。説明求む。

(人間の統治者ならば、長いあいだ頂点にあれば、他者への共感や思いやりは失われ、怠惰や自制心の弛緩ちかん、権力者の傲慢が噴出する。これは逃れられぬ人間のごうだ。つい自らの富を増そうと考えたり、自分の一族の繁栄を第一に考えたり)

 やっぱり人間って、そんなものかあ……

(お前も知っているだろう。人間の歴史は、そんな支配者の話で溢れておる。およそ例外は存在しない。何十年もの賢明な統治を謳われた王や皇帝でさえ、最後には自らが選んだ後継者と相争って晩節を汚したり。全ては権力への妄執と我欲による帰結だ)

 悲しいねえ。
 

(そうだな。悲しいな。そして民の信頼を失い、不満はつのり、統治は崩壊する。それが常だ。
 なのに、この地では平和な統治が永続し、ということは民の信頼もかちえたままではないか。それだけでも、およそ人間の統治者の成し得るところではない。だから「人外の者に違いない」と言ったのだ。人間でなければ欲も傲慢も、したがって権力の堕落も生じまい。
 だが…… しかも彼らの英気も失わせぬとか、驚きだ! 訂正だな。「人外の者」どころか、

 あれ? だったらガイアさんはどうなんだ?
 あの人も魔族皆に信頼されたまま、民全体の活気を保って300年……

 と、ここで

 意気揚々とこちらへ歩いて来るあの姿は、襟が高く裾の長い黒地に赤の紋様の上着、黒皮のブーツ、腰の剣、ベルトに差した拳銃や腕に抱えた三角帽まで、絵から抜け出してきたような古風な海賊船長スタイル。

 あれは、もしかして

「待たせたにゃーも」

 この爺さん、年甲斐もなくだったらしい。
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