101 / 108
第3部 カレーのお釈迦様
第42話 バッカニアの血
しおりを挟む「さあて、敵は陸から来るだか、それとも海きゃ?」
「うーん……」
「はっきりせえ! 今更おみゃーさがそげんことでどーする。さっさと言わんかい」
「はぁ、軍勢がざっと2万、300艘の船に分乗してだそうで」
「ほーお、少しは手応えが有りそうじゃにゃーか。そーか、海かい。それで、こっちゃに着くのはいつ頃きゃ?」
「おそらく今日の午後早くには」
「そっじゃあ、ちんたらと飯など食っとる暇はにゃーな。なあに、1食ぐらい抜いたって死にゃーせんでなも。それに、少し腹が減っとる位が戦いには向いとるけんの。おお、たまるかあ! 腕が鳴るくさ」
「えっ、腕が臭いの? じゃあ、お風呂にでも入って……」
「そうじゃにゃー! 戦いが待ち遠しいと言っとるんじゃあ」
「げっ。もしかしてお爺さんも戦いに」
「あったりみゃーじゃ。このルイジ様が戦場に立って皆を指揮せんでどないする。この街の長だでな」
あらあら、こういうのって確か、「年寄りの死に水」とか言うんじゃ?
(「冷や水」だ!)
そうだっけ。
失礼しました。
で、そのルイジ爺さんは、周囲に残った数人の従者っぽい若者を呼んで命じた。
「おみゃーたち、手分けして伝達じゃ。敵は海から来るぞい。準備が整い次第、港に集合するよーに。それから特に海賊衆には、急ぎ戦闘船の用意をするよーに伝えい」
言われた若者たちは鋭敏な、それでいて明るい声音の返答を残し、すぐさま四方に駆けて行く。
「海賊衆!?」(わ・た・し・談)
「おおよ。おみゃーさんも髑髏の旗を見たじゃろうが。この地の民には、遥か昔に海々を思うが儘に暴れまわった海賊、かの有名なバッカニアたちの血が流れとる。海の戦いなら尚更こっちゃのもんよ。他の者も皆、海戦の達者じゃけん。任せんかい!」
バッカニアの子孫!
強そうで自由そうで、何となくカッコイイぞ。
お爺さんはひとつ胸を叩き、すたすたと歩き出す。
「あ、どこへ?」
「ワシも支度じゃあ。ここで待っちょれ」
足早に、背は真っ直ぐに、とても老人とは思えない歩きぶり。
どうやら、脳内興奮物質が大量に分泌されたらしい。
そして、立ち並ぶ似たような家の一軒に入って行った…… って、あれっ、あれあれ?
(やっと気付いたか)
う、うん。
似たような、どころじゃない。ずらっと密集する家々があれもこれも、陽光に映える白い煉瓦の外壁も、屋根の高さから玄関の造り、窓の配置まで全く一緒じゃないか!
これじゃあ中の構造まで同一っぽい。
どういうことだ?
(シッダ様とやらの指示だろう)
えっ、そうなの?
(ああ、間違いない。いいか、人間には常に他者より優越しようとする、他人より良い暮らしをしたいという欲がある。なのに、街の皆が同じ造りの家に住むなど我慢できると思うか?)
無理だねぇ。
(その通りだ。普通はすぐに不満が出たり、家を勝手に改造しようとするだろう)
うんうん、そりゃそうだ。
(ところが、これらの家々の様子を見てみろ。察するに、建ってから数百年は経ておるぞ。そんな長きに渡って代々同じ、しかも全く同一の家に住民を満足して住まわせ続けるなど、尋常の統治能力ではない。
超古代のインド文明の遺跡に、かつてモヘンジョ・ダロと呼ばれるものがあったが、この街は少し、あれに似ているな)
おお、モヘンジョ・ダロですか。
どこかの遺跡で見た映像にあったよね。
確か、クベーラとかいう神が統治していた都市だったとか。
(そうだ。1000年近くものあいだ、街の構造が全く変化しなかったという謎の都市だな。絶対的な統治者が住民を心服させていたのだ。ここと同じく全く同一の造りの家が密集し、上下水道も完備していたぞ。あれは実験的にラファエルとガブリエルがクベーラという一族に命じて、あっ、い、いや、今の話は、むにゃむにゃ……)
この間も、手に手に短い幅広の剣や斧を持ち、短銃を腰に差した人々が海の方角へ駆けて行く。
ほとんどが鎧も付けない軽装だ。
あれで戦えるのか?
(海戦ではあれでいいのだ。重い鎧など着込めば、狭い船上では動きが制限されるし、だいいち、海に落ちるなどしたら溺れてしまうではないか)
そうか。
じゃあ、ここの人たちは海の戦いを良く知ってるんだ。
(そういう事だ。あの短い剣は確かカトラスといって、古代の海賊に愛用されていたもので……)
あ、もう、ウンチクはいいです!
それで、そのモヘンジョ・ダロはどうなったの?
(ある時期から洪水や気候の変動、外敵の侵略が続き、あっけなく滅んだ。絶対的統治者に服従することによってのみ長く安穏を享受してきた民には、一旦苦境に陥るとそれに抗う気力は無かったようだな)
やっぱりね。
家畜みたいな生活だもの。
それが1000年も続けば住民は、すっかり気力も萎えるよねえ。
暮らしは楽で便利でも、それじゃあ人間の生活とは言えないよ。
(その通りだ。絶対君主を崇め奉って、その指示に従うばかりの柔弱になり切った民など、侵略を受ければひとたまりもない。実験は失敗、あっ、いや、コホン。
と、ところがだ! この地はどうだ。長い年月、一人の統治者の下にありながら、それでいて自分たちの街を守ろうとする気概に溢れておる。これは、そのシッダ様とやらは人外の者に違いないな)
えっ、なんでそう思うの?
教えてちょ。説明求む。
(人間の統治者ならば、長いあいだ頂点にあれば、他者への共感や思いやりは失われ、怠惰や自制心の弛緩、権力者の傲慢が噴出する。これは逃れられぬ人間の業だ。つい自らの富を増そうと考えたり、自分の一族の繁栄を第一に考えたり)
やっぱり人間って、そんなものかあ……
(お前も知っているだろう。人間の歴史は、そんな支配者の話で溢れておる。およそ例外は存在しない。何十年もの賢明な統治を謳われた王や皇帝でさえ、最後には自らが選んだ後継者と相争って晩節を汚したり。全ては権力への妄執と我欲による帰結だ)
悲しいねえ。
権力の堕落は、やっぱり必然かあ。
(そうだな。悲しいな。そして民の信頼を失い、不満は募り、統治は崩壊する。それが常だ。
なのに、この地では平和な統治が永続し、ということは民の信頼もかちえたままではないか。それだけでも、およそ人間の統治者の成し得るところではない。だから「人外の者に違いない」と言ったのだ。人間でなければ欲も傲慢も、したがって権力の堕落も生じまい。
だが…… しかも彼らの英気も失わせぬとか、驚きだ! 訂正だな。「人外の者」どころか、全く人の統治能力を遥かに超えておる)
あれ? だったらガイアさんはどうなんだ?
あの人も魔族皆に信頼されたまま、民全体の活気を保って300年……
と、ここで
意気揚々とこちらへ歩いて来るあの姿は、襟が高く裾の長い黒地に赤の紋様の上着、黒皮のブーツ、腰の剣、ベルトに差した拳銃や腕に抱えた三角帽まで、絵から抜け出してきたような古風な海賊船長スタイル。
あれは、もしかして
「待たせたにゃーも」
この爺さん、年甲斐もなく形から入るタイプだったらしい。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります
はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。
「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」
そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。
これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕!
毎日二話更新できるよう頑張ります!
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さくら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
異世界召喚されたが無職だった件〜実はこの世界にない職業でした〜
夜夢
ファンタジー
主人公【相田理人(そうた りひと)】は帰宅後、自宅の扉を開いた瞬間視界が白く染まるほど眩い光に包まれた。
次に目を開いた時には全く見知らぬ場所で、目の前にはまるで映画のセットのような王の間が。
これは異世界召喚かと期待したのも束の間、理人にはジョブの表示がなく、他にも何人かいた召喚者達に笑われながら用無しと城から追放された。
しかし理人にだけは職業が見えていた。理人は自分の職業を秘匿したまま追放を受け入れ野に下った。
これより理人ののんびり異世界冒険活劇が始まる。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
