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第3部 カレーのお釈迦様

第44話 やまと、発進

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 晴ぁれた空~、そ~よぐ風ぇ~♪

(何なのだそれは?)

 はい、今日の海の情景をあらためて歌にしてみました。

(確かに、抜けるような晴天と気持ちの良い風だが、今のこの緊迫した雰囲気には似合わぬな。それに、古い古い古~い歌の全くのパクリではないか)

 はいはい、わかってますって。

(「はい」は1回で良い)

 いつもいつもウルサイなあ。
 はいはいはいはいはい…………(以下繰り返し)

 なんて、私たちがボケちらしてる間にも教会の艦隊はこちらに接近し、距離はやがて2000ヤードを切るまでになった。
 全ての船を真っ白に塗った純白の船団だ。
 木造の帆船に白は良く似合う。
 それが300隻。ちょっとした壮観だねえ。かっくいー、かも。

「ふん、恰好つけおって。見た目で戦ができるかい。だいたい、何事も、恰好から入る奴にロクなヤツはおらんけぇの」

 ありゃりゃ、お爺様、先程さきほどと仰ってることが違いませんこと?
 確か、「格好は大事。そうでないと気分が」とか何とか断言されてましたよねえ。

 こちらの艦隊と迎え討つ構えを見て、教会軍も驚いてる筈だけど、白い船団は速度を落とさず真っ直ぐに向かって来る。

 その時、「どーん」と低い破裂音が響き、続いて何かが空気を引き裂く甲高い音が耳を突いた。
 敵の砲撃だ!
 砲弾は私たちの船の遥か手前に落ち、陽光を乱反射する海面に、30フィートはある高い水しぶきを上げた。

 教会軍が火器を使うとは!

(魔族との決戦に備えて、いよいよ「なりふり構わず」といったところだな。遺跡から発掘したか、情報を基に作製したかだろうが、まだまだ精度も威力も低い)

 この砲撃を見るなり、ルイジ船長は却って余裕の笑みを浮かべた。

「弾の届きもせんところから撃ってどうするかい。初めての海戦で、さてはビビっとるなあ」

 おお、船長、的確な判断であります。
 少し、その御姿が熟練の海の戦士に見えてきました。

「さっても貧弱な大砲じゃぁ。しっかし、こっちゃの大砲はひと味違うばい。その威力を見せてやるずらぁ。全艦攻撃開始の旗を上げい。ほんでぇもって、本艦も艦首の大砲を放てぇーいさすがに波〇砲ではありません。3門ともじゃあ」

 てきぱきと指示を出す。
 初めて会った時の老人の姿とは全くの別人だ。
 脳内興奮物質の効果って凄い!

 そして、両耳を抑えても鼓膜に響く砲撃の轟音。
 弾は彼方に飛び、その内の一発は先頭の敵船のマストを直撃し、もう一発は甲板を砕いたようだ。
 炸裂弾ではないらしい。
 だから、即大破、沈没とはいかないが、初撃としては充分だろう。
 船が少し傾き、進路がふらつくのが見て取れる。

 他の艦も一斉に砲撃を始めた。
 無数の轟音がして、砲弾が雨あられと敵船団を襲う。
 そうか。側舷を見せて構えていたのは、攻撃可能な砲の数を増やすためだったんだ。
 船長、さすがであります!

 逆に教会の船団は密集した陣形があだとなった。
 砲撃は正確にその中心一帯に降り注ぐ。
 放った弾の数と水柱の数から考えて、おおよそ残る半数もの砲弾が敵に痛手を負わせたに違いない。
 海賊艦隊、やるなあ。

 更に驚いたのは、海を見下ろす岬からも砲撃が加えられたことだ。
 高台に設置した砲台なので弾の飛距離が伸び、後方からでも充分に相手に届く。
 しかもこれが数十門。敵船団には脅威だろう。

 白い煙が漂い硝煙の臭いがする中、ルイジ船長の高笑いと大声が響く。

「ふわーっはっはっ! 見たかぁ、我が軍の砲撃の威力。ばってん、まだまだ、これからが本番じゃっど。海賊の戦い方、たんと思い知らせてやるどすえーっ!」

 どすえ?
 いや、船長、折角のここまでの流れに、「どすえ」はどうかと。
 「はんなり」の語感が海戦の緊張感とは真逆では……

「全速前進。もとい、! 敵船団に突っ込むぞい」

 そうですよねぇ。ここはやっぱり、その決め台詞ぜりふじゃないと。
 まあ、静止状態から「発進」したということで、皆さん、お許しください。

(誰に謝っておるのだ?)

 再び太鼓が叩かれ、その拍子に合わせて力強く漕ぐ櫓の推進力、折からの風と潮の流れに乗って、旗艦「やまと號」と他2隻の巨艦は、敵船団に向かってまっしぐらに速度を上げていく。

 この間にも砲撃は続けられ、間断なく痛手を与えながら味方の艦隊は敵を包囲にかかる。
 無線とかを使っての連絡も無しに、この合理的な連携ぶりは驚きだ。
 よほど普段から迎撃の戦術を考え、訓練を積んでるな。

 白い船団がぐんぐんと間近に迫る。
 慌てて砲撃を加えてくるが、大半は外れて水しぶきを上げるばかり。
 僅かな直撃弾も鉄の装甲に跳ね返されて、効果的な打撃を与えることはできない。
 この間も、やまと號は一発の砲弾も放たない。
 何か他に狙いがあるのか?

 もう、先頭の敵船はすぐそこだ。
 え? 

 相手の船もそれに気付いたらしい。
 甲板には狼狽して走り回る水夫や教会兵の姿が見える。
 船は慌てて取り舵を切って左に旋回し、こちらに側舷を晒す形になった。
 やまと號はそれを追って進路を少し変えたが、速度は全く落とさず、黒光りする鋭く尖った船首から、敵船の船尾にルイジ船長の言葉通り「」!

 さすがに大きな衝撃音があり、びりびりと船体が震える。

逆櫓さかろじゃあ!」

 太鼓の音が調子を変え、それと共に船はゆっくりと後退を始める。
 敵船の白い船体には大きな穴が開いていた。
 そこに海水がどっと流れ込み、船体は大きく傾く。
 何人もの水夫や兵士が慌てて海に飛び込む。
 船は船尾から沈み始め、あえぐように船首を天に向けて海中に消えた。

 水夫は泳ぎに熟達してるからいいとして、重い鎧を着込んだあの兵士たちはどうなるんだろう。
 そして、船の中にいたに違いない何十人もの教会兵も。

(これが戦争だ。よく見ておくことだな)

「思い知ったかやぁ! これが海賊得意の衝角ラム戦じゃあ!」

 ルイジ船長の高揚しきった声が聞こえる中、僚艦2隻はやまと號の脇をすり抜け、沈んだ船の後続を走る敵船に並ぶ。
 そして側舷の大砲が一斉に火を噴いた。
 至近距離での水平射撃だ。外れる筈がない。
 全弾が相手に命中し、全身から大小の破片を飛び散らせて、敵船はたった一瞬でぼろぼろの廃船のようになった。
 もう追撃を加えるまでもない。
 放っておけばすぐに沈没するだろう。

「よぉーし。この調子で敵の船団をずたずたにするぞい。どいつもこいつも海の藻屑《もくず》じゃあ。再度前進みゃー!」

 うーん、「みゃー」もこの雰囲気にはどうかと思う。

(「どすえ」や「みゃー」はともかく、相当に有能な指揮官ではないか)

 まあね、言葉ばっかり威厳があっても、無能な指揮官じゃ困るからね。
 ここは目を瞑る耳を塞ぐ?としましょうか。

 やまと號は敵船団の中へと進み、次々と痛撃を与えていく。
 砲弾や銃弾を跳ね返し、大砲を撃ち込み、衝角戦を挑んで敵船を沈めては、また周りの船に砲を斉射する。
 他の同型艦2隻にも敵はない。
 次々と白い船団を撃ち崩していく。
 この一帯は、もはや一方的な蹂躙じゅうりんだ。

 いっぽう、海賊艦隊は次第に包囲を縮め、敵船団の中央から後方にかけて緻密な砲撃を続けている。
 相手の反撃もあるが、熟練度が低いらしく、命中弾は少ない。
 稀に命中しても威力が低く、せいぜい船体の一部に軽い傷をつける程度だ。

 更には、海賊衆10人ずつほどを乗せた小型の船も動き出した。
 やまと號以下3隻の攻撃を免れた教会の船に近付き、鉤爪のようなものを付けたロープを投げ、船べりに引っかけて船体をよじ登る。
 そして甲板に踊り込み、銃や剣で攻撃だ。
 その強いこと強いこと、さすがは日頃の鍛錬を自慢するだけはある。
 銃を撃っては兵士の重厚な鎧から露出した急所を正確に狙う。
 奇声をあげて剣で斬りかかっては素早い動きで相手を翻弄する。
 重厚な斧を振り下ろし、相手の剣を真っ二つに砕き、その顔や身体を鎧ごと両断する。

「ベリアル君、イシュタル!」
「「はい。何でありましょうか、船長!」」

 あれ? いつになく素直な返事。
 おや、いつの間にか2人とも、頭には海賊っぽい白いバンダナなんか巻いてるじゃないか。
 さては、すっかりその気になってるな。
 さすがはお子ちゃまだ。雰囲気に呑まれやすい。

イシュタルちゃんここで煽てておくのが大事かも(!)は火炎魔法で敵艦を攻撃。ベリアル君は支援魔法で敵の攪乱かくらん、必要に応じて味方の治癒、物理障壁で船や人をまもるなど、いいね!」
「「了解しました。船長!」」

 いや、違うし。
 私、船長じゃないから。

 そして二人は本当に嬉しそうに、喜び勇んで飛び出していった。
 なーんか不安。気のせいか?
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みんなの感想(2件)

四谷軒
2023.06.07 四谷軒

こちらでは、初めまして♪
先だって、投票させていたしましたが、挨拶とお気に入り登録を失念しておりました^^;
こちらでもよろしくお願いします!

ではではノシ

Evelyn
2023.08.13 Evelyn

返信が遅くなり申し訳ありません。
そう、こちらでは「初めまして」ですね。
私こそよろしくお願いします!

解除
cloud
2023.02.19 cloud

プロローグを読んで、最初は重いハルマゲドンものかなと思ったら、違うんですね(笑)

凝った設定やストーリーはもちろん、軽妙な語り口や会話、愛すべきキャラの数々、それからやはり特筆すべきは独創的なルビでしょうか。

楽しませてもらってます ^_^

Evelyn
2023.02.23 Evelyn

感想ありがとうございます!
これからも美味しい料理や謎ルビ(そう言われる方も居られるとか居られないとか)、新たなキャラも満載ですので、末永く御楽しみ下されば幸いです。

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