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第4話 憑き物祓いも、お弁当の取り替えも、聞いてないんですけど!
しおりを挟む鈴鳴寺の訪問は、私の想像とはかなり違っていた。
滝山動山という、字面からしていかつい和尚さんは、六十代。
袈裟の上から見てもわかるほどがっしりと身体を鍛えていて、肩の筋肉が盛り上がっている。彼はしっかりビジネスマンで、お寺の経営についてめちゃめちゃリアルに計画しているようだ。神職の方がお金の話なんてと、思う人もいるだろうけれど、この地を守るお寺が廃れて無くなってしまったら一大事だ。健康で運用も巧みな住職は、たよりになる存在だと、私個人は思う。
大企業の社長室のようなお部屋には、経営学の本が並び、投資目的であろう有名作家の巨大な絵が飾られている。絵の反対側の壁には、ガラスのふたがついたショーケースが並び、お寺の所蔵品だという骨董品が飾られていた。
和尚さんは甘党の猫好きだとかで、横田さんが差し出した猫の形の最中に、いたく喜んでくれた。
「こちらが根付けを拾って私に渡した江田島です」
「え、江田島でございます」
横田さんが私の名前に妙な枕詞をつける。それ、いま必要な情報? とにかく名刺を差し出すと、ぺこりと頭を下げた。
「そうだと思いましたよ。うんうん、可愛らしい魂だ。それに強いですね。それでは江田島さん、根付けをこの台座の上に戻してください」
なにやら私の性格まで透視されているらしい。名刺を襟元にしまいながら、和尚さんが指さしたのは、紫色の小さなクッションが敷かれた展示ケースの中だった。
「すみません、それって江田島にさせて大丈夫なんですか?」
横田さんが不安そうに聞いた。
「もちろん、大丈夫。江田島さんは強いし、わたしが光明真言を唱えるしね、まぁ、横田さんは離れていてください」
「……江田島さん、いまごろ言うのも遅いんですが、それ付喪神がついているんです。江田島さんは、そういうの弾くみたいなので、もとに戻してもらえますか?」
「はい?……」
横田さんと和尚さんの会話も、つくもがみというのもわからないけれど、言われるがまま私はプチプチを外して白地に猫の顔が描かれた根付けを取り出す。
和尚さんは、すっと目を閉じ、横田さんはその場から離れこそしないけれど額に汗が光っている。
――え? なにこの緊張感。
つるんとした白い台座に猫の顔が、やや立体的に作られている。目が大きくて美猫だ。
神様がついているのなら、きっと大切なものなのだろう。私はクッションのくぼみの上に、そっと根付けを置いた。
「おーん。あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどまッ! じんばら はらばりたや ウンッ!」
「ひうっ」
和尚さんの突然の大声に、背中がピンと伸びて変な声が出る。なに? なに?
最後のウンッと同時に、根付けの上に古い木片が置かれて、和尚さんの手によってガラスケースの扉が閉められた。
「ふぅ、これでよし。ちょうど古木があったので封印できました。これで百年は大丈夫です」
和尚さんがたもとからタオルハンカチを取り出して、顔と頭を一緒にくるくる拭いた。
「お疲れ様です。お見事でした。江田島さん、ありがとう」
「いえ、あの……私、とくになにをしたわけでもないのですが……」
煙に巻かれている私を、動山和尚が愉快そうにソファに案内した。
「さ、さ、江田島さんも横田さんも座って。お茶とお茶菓子をどうぞ」
私と横田さんが並んでソファに腰かけると、タイミングを見計らったかのように若いお坊さんが日本茶と栗きんとんを運んできた。
――あ、美味しそう。
「さぁさ、召し上がってください。京都から取り寄せた栗きんとんですよ」
私たちに勧めながら、和尚さんもたちまちぱくりとお茶菓子を食べる。
急に空気が和やかになり、私も甘い栗きんとんを口に運ぶ。おいしいっ!
お茶を飲みながら、和尚さんは、お寺の歴史を語ってくれた。横田さんが熱心に話を聞くから、和尚さんの話は壮大な絵巻物のように安土桃山時代までさかのぼる。
僧侶と神の歓談に、私はちんまりと膝を揃えて聞き入っていた。
鈴鳴寺の建立のころ、多くの無縁仏が寺の裏山に埋葬された。鈴鳴寺はその魂を鎮めるために建てられたのだ。
今回、横田さんが手がけているのは裏山の土地を利用した霊廟。つまりコインロッカー式のお墓の建設だ。
お寺の敷地には既にぎっちりとお墓が建てられている。もはや新しいお墓を作るスペースはごくわずかだ。
裏山に関しては、これまでまったくの手つかずだったという。
この東京に必要とされているもの。それがお墓だ。裏山を使えば、莫大な数のお墓が増設できるという横田さんのプレゼンテーションが通って、今後打ち合わせが進むのだという。
おみごと、本当におみごと、横田さんの作った計画書も、説明の声もすべてがパーフェクトで、うんうんとうなずく和尚さんの顔にも微笑みが浮かんでいる。
スムースに打ち合わせは終わり、駐車場に戻ると、車のルーフ越しに横田さんが私に声をかけた。
「江田島さんが来てくれて助かったよ。すぐそこにフードコートがあるから、今半の焼き肉弁当おごらせて」
「私はなにもしていません。それにお弁当持参です」
本当になにもしていない。いわれるがままに根付けをクッションの上に置いた。そのあとはひとことも発せずに、いつものように斜めの角度で横田さんのご尊顔を拝んでいただけ。だって、土地開発の最前線なんて私にはわからない。
「いいなぁ、手作りのお弁当。今半の弁当は、ま、旨いけど、飽きたんだよねぇ。そうだ! 弁当の取り替えっこしない?」
「はぁ?」
ものすごくブサイクな声が出た。変態の神様なに言ってるの?
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