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僕らの国の行方は...(担当:桃猫秌)

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 岩野結菜は、先生からの言葉に「はい・すみません・気を付けます」で返すと、黒板の【今日の日付 6/7】の横にある【遅刻・早退】欄に自分の名前を書き、さっさと席に着いた。
 知らないという事は恐ろしい、彼女の座った席は僕の斜め前で、かなり近くだった。今まで一切認識していなかったのが、却って恐ろしくもある。
 先生は連絡事項通達を再開し、そのまま何事も起こることなく朝学活は終わった。

 1時間目は数学で、特に何も言う事はなく終わった。強いて言うなら、太郎が答えを黒板に書くことになって、めちゃめちゃな間違いをしていたのだ。クラスのみんなはクスクス声で包まれていた。
 問題は2時間目だ。社会科公民で、「授業のペースが速すぎる。他のクラスと足並み揃えるために、ちょっと学習とは関係ないことしよう」って事になり、4人1組のグループワークを行うこととなった。
 内容は、「このグループで国を作るなら、どんな憲法や法律を作る!?」という、そういうの好きな人には面白く、興味ない人にはトコトンつまらない物だった。
 そんな事はどうでもいい。あ、いや、どうでもよくはないのだが、もっと重要な事がある。
 僕と結菜が、
 前述の通り席は斜め同士なのだから、席を基準に4人グループを作るときに一緒になるのは十分にあり得る話だ。僕がただ彼女に意識を持ちすぎているだけ。
 決めた憲法や法律をまとめる用の紙が配られ、やがてグループワークは開始した。
「まず、国名決めない?」
 班員その1、荒井瑛あらいあきらが第一声を上げた。
「反対」
 班員その2の藤田綾音ふじたあやねがズバッと切り捨てた。強烈なダメージを食らった瑛は項垂れた。いや、落ち込みすぎじゃね?
「うん、決めるべくは憲法だよね」
 僕もそう言ったものの、瑛は不服そうだ。
「そもそも、憲法と法律ってどう違うんだよぉ!?」
 綾音はそっと僕に目配せをし、「(説明しなよ...)」と語りかけてきた。
 僕が「(綾音こそ説明しなよ...)」と返事している時。結菜が教科書を手に持ち、
「はいはい、多分このページに載ってるよ」
と瑛に差し出した。およ、とっても優しい。
 ちなみに、憲法とは〈法律の大前提〉のような物で、法律は改正が比較的楽にできるが憲法はそうはいかない。法律の大元おおもととなる物なのだ。
 しかし、瑛は教科書を見ることもなく、ブツブツぼやき始めた。
「あーもういい、最早この時間どうでもいい、いっそ公民ごとどうでもいい...」
 出た、非優秀生徒特有の「どうでもいい」攻撃が。あぁーこのグループ崩壊したなぁー、と僕が思っている時、またも結菜が行動を起こした。
 持っていた教科書を閉じ、縦にし、持ち上げた。そして背表紙を下にして、腕の力を抜いた。
 パカン、という中々に強烈な音と共に、机に突っ伏していたら後頭部に打撃を受けた瑛が飛び起きた。
「痛てーよこの野郎!」
 結菜はそれに返事することもなく、静かに教科書を仕舞った。訂正、この人全然優しくない。
「じゃあまず、憲法を決めるよ?」
 綾音が、(やや動揺しているようにも見えるが)手を叩きながらそう言った。お、リーダー的役割をしてくれるのはありがたい。
「まず、子供が学習をしっかりできるようにしたい。特に公民とか」
 結菜が、ボールペンを弄りながら静かにそう言った。それに瑛が反応する。
「それって、俺への当て擦り?」
「お、国語力だけはおありな様で」
 待て待て、もうケンカはやめろ。綾音も同感なようで、「憲法と法律を決めるだけだから、協力して、ね?」と言った。
 瑛は若干不満が残っているようだが、綾音に従う事にしたようだ。安心。これで僕の意見も出せる。
「じゃあ、一人ずつ案出してったら?」
「そうする?」
 綾音はそう言いながら、他2人の顔を見た。大丈夫そうだ、反論は無かった。
「じゃあ、言い出しっぺの翔太から」
 綾音のその言葉にも反論は無かった。え、いきなりそう言われても...
 僕は考え、無難な意見を出す事にした。
「良い生活を送れる...権利...は、いかなる人も持っている」
 日本国憲法にも近い事書かれてたけどね。
「なるほどなるほど」
 相槌を打つ綾音が、紙にサラサラとメモを取る。じゃあ次、と綾音が指名したのは、結菜だった。
「...」
 結菜はじっと考える素振りを見せ、「特殊な状況ではない限り必ず何らかの職業には就く、とか?」と言った。
 その言葉も紙に書かれていくのを見た瑛は、おいおい!と声を上げた。
「日本にもあるヤツばっかじゃねぇか!もっとオリジナリティを出そうぜ!」
「じゃあなんか案出しなよ」
 僕のその言葉に瑛はふふん、と得意気に笑い、自信満々にこう言った。
「荒井瑛様を崇め、尊重し、毎日感謝の言葉を捧げる!!!」
 シーーーン...
「『人権を尊重する』らしいよ」
 結菜はそっとそう言った。おいちょっと違わないか?と思う僕の横で瑛は、違うぞ違う!と言い、改めてもう一度言い直した。
 すぐ後ろに先生が居たのを教えておくべきだっただろうか。
 瑛が「先生とお話し」する事になってしまっている間、僕達でさっさと話を進める事にした。

 5分ほど経って、ようやく瑛が帰ってきたら、もう法律の大まかな輪郭が決まりかけてきた。
「じゃあ次、『交通関係の法律』について...」
 テキパキと話し合いを仕切る綾音の言葉を遮り、
「おいやめろ、俺を置いていくな!」
と言った。
 僕から「自分で紙見て判断して」と言われただけで、誰ももう瑛を気に留めなかった。
 そのままグループワークは、約3人で進んでいった。これが僕達の、ささやかな復讐だ。

 そして2時間目は、先生の「皆さんが決めたものは結構日本の法律と似通っていたことでしょう。だからどうと言うわけではありませんが、普段何気なく守っている法律を改めて見直す機会にしてはどうでしょうか」という言葉で終わった。
 授業準備時間に、綾音が話しかけてきた。
「最後グループごとの発表あったのクソだよね」
 僕もそう思う。
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