上 下
4 / 4

理科嫌いを悪化させる方法(担当:桃猫秌)

しおりを挟む
「んじゃ、プリント配るぞ、隣と共用だぞ」
 手元に配られた余白だらけのそれを見ていると、数日前の悪夢的授業がフラッシュバックした。
(楽しい事をやってくれ...)
 そもそも僕は理科が嫌いだ。お願いだから、これ以上理科嫌いを悪化させないでくれ。
「先生、何やるんですか?」
 手を上げながら、アホ日直が聞いた。
「そのプリントの上の方に、問題文書かれてるの分かるか?それを、解け。今までの理科の学習の総復習でもある。下の余白は計算スペースだ」
 確かに、文字が沢山書かれている。でも、問題解くだけならペアワークじゃなくても良くないか...?
「それペアワークじゃなくても良くないですか?」
 またもアホ日直が発言する。みんなが言い出せなかった事を勇気出して言うなんて、少し(ホント少し)見直した。
「いや、前のクラスでやったら時間がメチャ掛かったからな...2人寄ればボンジュール! って言うだろ?」
 言わないよ...
 今度は誰もツッコまず、モヤモヤを抱えたまま問題と向き合う事となった。
 良かった、問題は1問だけのようだ。

【Aさんは塩を30g、Bさんは塩分濃度5%の食塩水200mlを持っています。AさんとBさんはその二つを混ぜ合わせました。そして、濃度を3%にするため水を足すことにしました。水は1dl 100円(税込み)で売られていたため、必要な量を一万円札で買うことにしました。そのお釣りを全て一円玉に換算し、同じだけの重さの肉を買いました。肉のカロリーは100グラム当たり229kcalとします。
Cさんはその肉を食べ、その分のカロリーをジョギングで消費しようと考えました。時速7kmのジョギングで1時間当たり500kcal消費するとします。速さと消費カロリーは比例関係とします。Cさんは直径3kmの円状の池の周りを時速8kmで...】

 僕は考えることを放棄した。まだ問題文の半分しか読んでいないが、トンデモな問題だという事だけは完璧に理解した。
 チラッと他のクラスメイトを見る。血眼ちまなこになって文を読み込んでいる者、頭を抱えている者、机に伏せている者...
 そっと理科教師の方を見る。ニヤニヤしながらクラス中を見渡している。分かった、彼はドSだ。
「...解ける?」
 結菜が話しかけてきた。
「解けるわけがなかろう」
 理科が苦手なのは、前述の通りだ。どの数字をどう計算したらいいのかも分からん。
「...」
「...」
「...橘君、計算は得意?」
「まぁ、うん」
 問題文が理解できないだけで、実は単純計算自体は僕は得意だ。
「私は計算が苦手だから、代わりに計算してくれる?」
「うん」
 結菜が問題文を計算式に直し、僕がそれを計算する、という体制にした。この素晴らしい体制はペアワークじゃなかったら出来なかった、ペアワークじゃなかったら人生に絶望してた!
 一瞬神様に感謝しかけたが、ペアワークに決めたのは理科教師で、つまりドS理科教師に感謝する事に...やっぱ止めだ!
「はい、まずこの式」
 結菜に渡された式を見て、慌てて計算を開始した。

 それから約10分。雑言を一言も発さず、黙々と問題を解いていた。僕らが、買う水の値段が分かったところで、席を立つ人がいた。クラスの秀才(しかもソコソコのイケメン)、蜜葱みつきだ。
「解けました」
 彼は「マジか」や「早っ!?」といった声を浴びることとなった。いやホント、一体どんな頭脳してるんだ?
「おお、じゃあ答えをこっちに持ってこい」
 プリントに書かれた答えを見た理科教師は、「正解だ」と言った。
 称賛の声が一層強まる中、蜜葱のペアが「ま、私は何もしてなかったけど」と呟いた。
「いいなー蜜葱とペアになりたかったなぁー」
 アホ日直はそう言い出し、ペア組んでる人にどつかれる事となったが。

 さらに約5分、またもクラスの中から立ち上がる人がいた。...今度は、あまり知らない人だ。
「お、解けたのか?」
 教師は期待の眼差しを向ける。
「いえ、トイレ行ってきます!」
 クラス中にどっと笑い声が広まった。トイレ明言ってこんなに大声で言うものだっけ?

「まだかぁ? もうチャイム鳴っちゃうぞぉ」
 問題配布から30分は過ぎた頃。正解者は蜜葱ペアと...もう1ペア出たばっかりだ。
 授業終了チャイムまであと3分、僕らはやっと終わりが見えてきた。クラスの中には、完全に諦めている人もいるけれど。
「ホラホラ急げぇ。ちなみに、数学科の先生に解かせたら15分で解いてたぞ」
 教師の話されても...とか、他の教師に解かせたのかよ...とか、蜜葱は数学教師超えてるのかよ...とか、色々なツッコミが頭で渦巻く中、結菜から計算式が来た。
「これが最後だよ!」
 まじか、解けるぞこれ!

 紙の上を走るシャーペン。焦る指先。声援を発する結菜。導かれる1つの数。忘れずに付け加える単位。
「出来たぁ!」
 プリントを握り、教室の前へダッシュ。教師がプリントを握り返す。プリントに書かれた答えを見る。
「あー、惜しいなぁ。あと一歩だったのに」
キーンコーンカーンコーン...
 ここの校舎の鐘の声、所業無情の響きあり...
「んじゃ、解けなかったやつらは宿題だ。ペアの片方が代表してやってこいヨ」
 えー、と上がる声もあったが、「帰ったら蜜葱にラインで教えてもらお」との呟きへの「あ、オレもやろ」と言う声へ変わっていった。
 教室からドS理科教師は出ていった。

 結局、このペアワークで結菜と仲が深まるという事は無かった。ま、別に良いか。




追記。一番最後の四捨五入が間違っていただけで、宿題自体はすぐに終わった。良かった良かった。いや、良くはないけど。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...