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初熱4

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 エレオノールさん達が帰って数十分。 夕焼けが室内をオレンジ色に模様替えした頃、漸くお父さんが来てくれた。
 普段着で。 一旦家に帰ってから来たっぽい。

「大丈夫か?」

 荷物を置き、「はぁ……はぁ……」と熱い呼吸を繰り返す私のほほに、お母さんのより少しばかり大きくこわい手が添えられる。
 ちょっとヒンヤリ冷たいのは、走って手が冷えたからか、私がそれだけ熱いからか。
 と、かすかに石鹸らしき柑橘かんきつ系の香りが鼻をつく。 汗臭さもしないし、どうやらシャワーを浴びてから来てくれたらしい。
 気が利くなぁ。

「軽いテング熱だって。 早くて明日には退院出来るらしいよ」

 それを聞いて、「そっかぁ」とお父さんの表情筋が和らぐ。
 今日1日仕事中、ずっと気になっていたんだろうなぁ。 申し訳ない。

「で、一旦帰るのか?」
「ん~……洗濯くらいはしてこようかな。 夕飯はまだなの?」
「売店で済ませようかと思って。 エメルナもまだだよな?」
「うん。 じゃぁ何でも良いから、私のも一緒に買ってきて。 食べてから行くわ」

 それから、お父さんは私の状態や注意点なんかを一通り教わり、財布片手に病室を出て行った。
 この病室、1回出なきゃいけない呪いでも掛けられてるの?


 私が病院食をゆっくりモグモグしている隣で、両親は具の多いサンドイッチ2つと、粉末を水に溶かした緑茶で夕飯を済ませ、私に粉薬を飲ませたお母さんは1度家へと帰っていった。
 お父さんと2人っきりになる。

「…………」
「…………」

 娘スキーなお父さんにしては珍しい事に、さっきからずっと変な無言が続いていて、妙に気不味い。
 まぁ、辛そうにしている娘相手に、積極的なトークなんて出来ないもんね。 お母さんは何度か歌ってくれていたけど。

「…………ん? 何だこれ」

 と、周囲を見渡していたお父さんが、やっと棚上のオイルタイマーに気が付いた。 
 動いてなかったから目に止まらなかったのだろう。
 オイルタイマーを手に取り、無言で見詰める。

「……ぁっ、これか!」

 以前に何処かで見た事でもあったのか、なかば興奮気味に、備え付けのテーブルでひっくり返した。
 階段とスロープを、水球がポコポコ降りていく。

「っはー……よく作れたなこんな細工。 妖精でも雇ってるのか?」

 お父さんの何気無いつぶやきに、ハッ!とする。

 そうか、前世程の技術レベルが無さそうなのに、どうやってこんな細工を繋ぎ目の無い筒の内側にほどこせたのかずっと疑問だったが。 人より遥かに小さい妖精なら、ある程度の狭い場所での細かい作業くらいお手の物だよな。
 魔法だって実在する世界なんだし、あり得ない話しじゃない。
 ……普通に工房で作業してる妖精とか、何そのシュールな絵面。

「これくらいの物を作れる頭があれば、うちも安泰なんだがなぁ……」

 職場で相当悩んで来たらしく、独り言に疲労感が入り混じる。
 確かに、これだけのアイデアがあれば引く手数多あまた、村には大きな工場が造られ、支援してくれたクォーツ家にも最大級の恩返しができ、出入りする商人達の群れだけで村は潤う事だろう。
 こんな発想を形に出来る天才1人、居ると居ないのとでは雲泥の差だ。

 だからこそ、私はこうなげかざるを得ない……

(使える前世知識がどんどん減っていく!)

 オイルタイマーなんてそれこそ、私が発案者のフリしてアイデア出しし、村の窮地きゅうちを救って皆の役に立つ為のキーアイテムだろ!? 
 どこぞの異世界転生・転移主人公達なんて、遊び感覚でリバーシやらプリンやら作って巨万の富を得てんだぞ。 何で私は出遅れている!
 時代か! 産まれる時代を間違えたのか!?

「ッケホッ……ケホッコホッ……」
「おっと、水飲むか?」

 脳内ツッコミで興奮し過ぎたせいか、さっきより体が熱くなっていた事にこのタイミングで気が付いた。

(あぁもうやだこの体。 あと何年焦らされるの? 私ぃ……)

 泣きたい。
 まともに話せるようになった頃には、せっかくの手札尽きてそうなんだけど……

 ・ 

「あれ? ルースくんだけ?」

 唐突に、私服に着替えたダークエルフ女医さんが現れた。 着替えたと言っても白衣を脱いだだけっぽいけど。
 テーブルで広げた書類に目を通していたお父さんが手を突いて立ち上がる。

「シア先生!? えっ、いつ帰って来てたんですか!」
「3日前にな。 シエっちから聞いてない?」

 そういや言ってたな、んなことも。
 すっかり忘れていた。

「もう帰るから、こっちから顔見に来てやったんだ。 もてなせ♪」

 なにその呑み会に誘う同僚みたいな軽さ。 病室で自らおもてなしを要求する人なんて初めて見たわ。
 これにはお父さんも苦笑いである。

「ハハッ……リンゴくらいしかないですが、それでも良ければ」
「そこはお前ぇ、空気読んで外まで酒とつまみを買いに行く流れだろうが」

 なんて文句を垂れながらり気無く椅子を確保するシア先生。 居座る気満々かよ。

「病室ではまんでください」
「なんだ、呑む内に入るほど買ってきてくれるのか? よーしそのいきに免じて3本で許してやろう!♪」

 勝手に上機嫌になられても困る。 てかもう酔ってんじゃねぇだろうな?このずぼら医者。 

「冷たい緑茶ならすぐに出せますが? 今ならこっそり買った『イカくん』も付いてきます」

 ゴトっとどこからか取り出された布袋がテーブルに置かれる。
 さすがお父さん、即決で秘蔵をお得感として使用した。


 肉厚なイカの燻製くんせいが食べやすい一口サイズになったそれを、奥歯でモグモグしながら、シア先生がお弁当の白飯をその口に追加する。
 ガッツリ食い始めちゃったよこの人。

「夕飯まだだったんですか」
「っん……帰るとこって言ったろ」

 だったら家で食ってほしい。 この角度からは見えないけど、香りと咀嚼そしゃく音で充分飯テロなんだわ。
 しかもイカの燻製とか、私の好物じゃないですかやだー。 想像だけで口が寂しくなってきたよ。
 シア先生がお茶をグイッとあおる。

「んっ……っあぁ~。 なぁ、やっぱ熱い方が良いわ。 お湯貰って来てくれ、言えばくれるから」
「へいへい」

 慣れた様子で、お父さんが文句もこぼさずに席を立つ。 いや、慣れたと言うよりは、何言っても無駄だって諦めてる感じに近いテンションだったけど。
 入院中の娘を見守る親を使う辺り、お察しである。

「じゃ、エメルナをちゃんと見ててくださいよ」
「誰だと思ってんだ」
(斎藤さんかな?)

 そんなこんなでお父さんを見送り、病室には私とシア先生だけが残された。

「はむっ、ン~ン~ン~……はんっ、ン~ン~ン~…………」
「……ハァ……ハァ」
(何かすんっごい見られてるんですが)

 さっきまでリスのようにモグモグしていたシア先生が、箸の先端をくわえたままこちらを凝視し始めた。
 タイマンで人見知りをガン見とは、いい度胸だ……泣かれる覚悟は出来てんだろうな?

「……っん」

 と腰を上げ、シア先生は私の小さな胸元に優しく手を添えた。
 自然と目が会う。
 ……そっか、お母さん達がすぼらだ何だと言ってたから不安になったけど、ちゃんと医者らしく心配してくれているんだね。
 ちょっと見直したかも。

「む~……むむふんふぐんむん?」
(えっ、なんつった?)

 異世界語+箸くわえたままとか、無理難題過ぎる。
 一応医者だし、場所的に深呼吸でもすれば良いのかな?
 なんて考えていると、胸元の手がゆっくり首の側面まで移動し、その次は頬→おでこ→最後は両手で恋人繋ぎみたいに握って離れた。

「んむぐむむ、ふんむむんぐふん」

 独り言かよ。 こういうの何て言ってるかクッソ気になるから止めてほしい……

 その後シア先生は、そんな私を置いてきぼりにしたまま、お父さんが帰ってくるまで無言でお弁当を咀嚼をし続けた。
 何だったんだ結局……



「こんな所で何してるんですか?」
「おぉシエっち! 待ってたぞ」
「お帰り。 荷物増えたなぁ」

 シア先生がお弁当を食べ終えて数分、ようやっとお母さんが帰ってきた。
 のに、その身にまとう空気が張りつめていて怖い。

「こんな所で、何、してるんですか?♪」
(あっ……察し)

 表情は固定されているのに、一言一言の重みが……いや、圧が露骨なまでに上乗せされている。
 私が言われている訳じゃないのに、ピクッと身が縮こまる。

「えっとぉ……」

 さすがのシア先生も、ただならぬ雰囲気に言葉を選んだ。

「先生ぇ?」
「っ帰るついでに2人に会っておこうと思ってな! 夕飯まだだったから、せっかくならシエっちが帰って来るまでの間に~……とな! 酒はまだ1滴も口にしとらんからな?!」
「論外です♪ もちろん、そっちもですけれど、今はそっちじゃないでしょう? どうやら、テーブルの上にまで気が回らなくなるくらいに、ルースと夢中になってお話しなさっていたご様子ですね」
「ぁ……」

 言われて気が付いたらしく、シア先生がテーブルに振り返る。

 どうやらこの人、食べ終えたお弁当ゴミをそのまま放置していたらしい。 そういやあれからお父さんと、留守にしていた間の村の出来事ばっか話してて椅子から立ってすらいなかったよなぁ……。
 ゴミ屋敷レベルではないにしろ、『清潔にしていれば併発なんてしない』とか言っていた張本人が、これはいけない。

 お母さんがベッド横に置かれていたゴミ箱をこれ見よがしに差し出す。

「はい、ここに入れてください」
「ぉぅ…」

 素直に受け取り、お父さんも協力しパッパと片付けテーブルも拭いて、その場は丸く収まった。
 息ぴったりじゃないか。 ……どんだけ怒られ慣れてんだこのコンビ。


「それで、わざわざ何の用なんです?」

 新たな荷物を棚に追加し、椅子に腰掛けたお母さんが話を切り出す。
 丁度淹れたてのお茶を口にしていたシア先生が、ゴクッと一口飲んでコップをテーブルに置いた。

「ん……ちょっとした確認にね。 今日は2人してお泊まりする、って事で良いんだよな?」
「はい。 ……よね?」

 最初っからそのつもりだったお母さんが、隣のお父さんに視線を向ける。

「のつもりで着替えとか持ってきたんだけど。 ……俺も泊まってって良いんですよね?」

 改めて言われると不安になったらしく、シア先生に視線が集まった。

「もちろん。 今夜は幸運にも貸し切り状態だし、好きなベッドを使うと良いよ。 ただ、セラっちもここに泊まるから、それを伝えておこうと思ってね」
(あれ? ナースちゃん夜勤もするんだ)

 担当だからって、夜は夜勤さんに引き継ぐものとばかり思っていた。 じゃないと寝不足が怖いからね。
 ここは患者だけじゃなく、看護師まで少ないのか?

「セラっ……ち、って?」

 お父さんが誰ともなく尋ねる。 そういや、まだ紹介されてなかったっけ。

「新入りのナースちゃんのこと。 犬耳の子で、エメルナの担当をしてくれてるの。 そう言えば、シア先生のこと『師匠』って呼んでたみたいだけど?」
「んっ」

 お母さんの疑問に、隙を見てお茶を口に含んでいたシア先生がコップを下ろした。

「あぁ、それな。 弟子にしたんだよ、王都に向かう道中で拾ってね。 もちろん、こっちの試験にも合格させたから、安心して任せられるよ」
「弟子?」
「どうしても! 私みたいな名医になりたいんだとさ♪」
(マジかぁ……)

 ドヤ顔で「どうしても」を一際大きく強調するような、こんな性格まで受け継がないかの方が不安になってきた。

「セラっちはね、あんな見た目と性格で頼りなく思われがちだけど、真面目で勉強熱心だし、寝てても物音や臭いでそく起きられるするどい子なんだ。 私らが交代でるよりは遥かに適役だよ」

 物音で即起きするの凄く想像できる。 前世ん家のトイプードルも私が立ち上がっただけで『どこ行くの?!』みたいに駆け寄って来てたからなぁ。
 さすが獣人、チワワ耳は飾りじゃない。

「2人はむしろ、自分達が夜更かししないよう気を付けな。 特にルースくんは、仕事があるんだろ?」
「そうですね……。 なら早めに寝させてもらおう、かな?」

 視線を送られ、お母さんが2つ返事で頷く。

「まっ、詳しくはセラっちと話し合って決めてくれ。 無いとは思うけど、万が一の時はすぐ私の所にまで連れてきなよ。 正面玄関右の関係者扉開けて、宿直室の隣が私の部屋だから」
「……ちょっと待って、部屋?」

 何か引っ掛かったらしく、お母さんが真顔で指摘する。

「おう。 あそこなら急患にも対応しやすいし、寝坊したって遅刻しない、なんせ病院内なんだからな! 家賃も無料タダだ、便利だろ?♪」
「院内に住んでるの?! ちょっ、前の部屋は! 住民票は!?」
「そんなの初日に済ませたに決まってんじゃん♪ 前の部屋は新入りらしい人達で埋まっちゃっててさぁ、せっかくだから良い機会かなぁって♪」
「「……」」

 まるで棚からぼた餅を自慢するかのような、心底嬉しそうな笑みに絶句する。
 同じ話をしている筈なのに、温度差が凄い。

(よく病院なんかに住む気になれるよなぁ……)

 今から一泊する私が言うのもなんだけどさ。
 社畜のかがみでしたか。


「失礼しますなのです、定期検……あれっ、師匠?」
「おぉ、セラっちお疲れ~」

 とまぁ、そんなこんなでつたない話を積み重ねていると、午後と同じく、ナースちゃんが回診車を押して病室に入ってきた。
 シア先生がお父さんとナースちゃんにそれぞれを紹介し、互いにお辞儀を交わす。

「セラっち、こっち入る?」

 一通り挨拶を終えたところで、シア先生は椅子と共に私の足元側へと移動した。
 私から見て左側がスッポリ空く。

「あっ、はいなのです」
 

 2つの砂山が積もっていくのを出落ち感なスタイルで眺めながら、皆の会話に耳をます。
 ナースちゃんへの紹介も兼ね、話題は両親とシア先生の関係にまでさかのぼった。

「では、お2人は師匠の生徒さんだったなのですね?」
「うんまぁ。 生徒っちゃ生徒だけど、シア先生が授業してる姿なんて1度も見たことなかったかなぁ。 ずっと保健室で缶詰だったし」

 先生って『学校の先生』の事だったらしい。 医者=先生呼びのあれかと思ってた。

「まぁ俺は保員だったから、皆よりは教わる事も多かったけどな。 『見た目が良くても中身がアレだと意味が無い』とか、『恋愛関係の噂は放置すると後悔する』とか……」
(何があった)

 「そう言えば……」とお母さんが思い出しニヤニヤを浮かべる。

「ルースってば、1年からずっと保険委員ばっか立候補してたもんだから、シア先生と付き合ってる疑惑まで流れたよねぇ♪」
「ほんと、迷惑この上なかったよ……。 周りからはあおられるわ、シエルナ達からはデートのお膳立ぜんだてされるわ、シア先生まで悪ノリし初めておごらされるわで散々だった」

 それはひどい。 否定すら照れ隠しとか言われたら、もうどうしようもないからなぁ。
 好きになったのがいつ頃からかは分からないけど、お母さんにまで背中を押されてたとか……お父さんは泣いて良い。

「こっちとら成長しない子供の面倒を見ている気分でしかなかったってのに……」

 当時を鮮明に思い出したのか、お父さんが力無く項垂れる。
 そんなお父さんを前に、とうの成長しない子供さんは随分と楽しげなご様子だった。

「ルースくんってば面倒見が良いからね、ついつい甘えたくなってしまうんだよ♪」

 どうやら反省する気は毛頭無いらしい。

「その分、応急処置程度の範囲だが、私の教えられるすべは残らず叩き込んでやったんだ。 おかげで目的は達成したのだろう?♪」
ほとんど俺にやらせてらくしてただけでしょうが。 生徒に薬の発注・調合までやらせるとか、バレたら懲戒免職ものでしょ」
「経験を積み重ねた方が、ノートを積み重ねるより遥かに身に付くと思ってね♪」

 この人何の悪びれも無く、さも『最初っからそのつもりでした』な態度で言い切りやがった。
 嘘くせぇ……。
 
「と言うことは、ルースさんは僕の兄弟子なのですね?!♪」
「はぁ!?」

 ナースちゃんが飛び付くような勢いで、テーブルに両手を着き、お父さんへと身を乗り出す。
 ベッドがギシギシと横に揺れる。

「だってだって! 師匠から授業以外で、個人的に薬学の事も色々教わっていたなのですよね?! だったら最早それは師弟なのですよ!♪」
「近い近い! 鼻が当たる!」

 早口で迫るナースちゃんに、お父さんが上半身で目一杯めいっぱい退く。
 興奮具合が大好きなオヤツを見付けた子犬みたい。

「……セラちゃんは、師弟関係に何か情熱的なこだわりでもあるのかな?」

 お母さんの一言に、ナースちゃんが「はっ!」と頬を赤らめ、テーブルから降りた。

「ご、ごめんなさいなのですっ。 その、ええっと……師匠はいつも『弟子はセラっちだけで充分だ』と言うなので、兄弟子や弟弟子に憧れを持つようになってしまいまして♪」

 まーた早口になってきたぞ?
 恥ずかしそうにモジモジしてるのも照れ可愛いなぁもう♪

 お父さんがナースちゃんを指して、こんな体にしてしまった保護責任者へジト目を送る。

「ほらシア先生、こき使い過ぎなんだって」
「人手を欲しているのとは違うと思うんだが!?」

 確かにこれは、自分の好きを語るヲタクの目ですわ。

 ・ ・

 日が沈み、お父さんのともしてくれたランタン内のキャンドルが、私の頭上で静かに揺らめく夜。
 肌を包む涼しい空気と、暖色の絶妙な優しい明るさに、日中ずっと「はぁ……はぁ……」し続けて疲弊ひへいした心身が安らいできた。
 冬の暖炉部屋に居るあの心地。

「では、今夜はお邪魔しますなのです」

 一旦、「バイバイ」したシア先生と共に病室を出ていたナースちゃんが、上下フリル付きのパジャマ姿で帰ってきた。

(へぇ、ナースちゃんも水色派かぁ。 これは是非ともお友達にならねば♪)

 前世で夢見たパジャマパーティを開催するには、とにかく女子友が必須なのである。

 お母さんが椅子から立ち上がる。

「よろしくね。 ベッドはこれと、こっちのにしたから」

 指差したのは、私から見て右隣のベッド2台だった。 私側でお母さんが、窓側でお父さんが寝る事になっている。
 ちなみにナースちゃんは椅子に座ったまま、壁にもたれて眠る気らしい。 首を痛めないかが気掛かりだなぁ。

「じゃぁ悪いけど、後はよろしくな」

 明日の準備まで済ませ、ナースちゃん待ちしていたお父さんが一足先に「おやすみ」と、私の頭をでて椅子から立った。

「おやすみ~」
「おやすみなさいなのです。 ……あれ? シエルナさんは、まだお休みにならないなのですか?」
「ん?」

 当然のように居座ってるけど、そういやお母さんもナースちゃんに任せて寝る事にしたんじゃなかったっけ?
 「ん~……」とお母さんが困った目で私に微笑む。

「分かっててはいても、心配で寝られない気がしてね。 せめてこの子が眠るまでは、一緒に居たいかなって」

 ペタペタに湿ったおでこと前髪を、固くしぼったタオルでそっとぬぐわれる。 タオルが離れ、見上げたお母さんのその笑みは、娘を不安にさせまいと気を使っているようだった。

 こりゃあ申し訳ない。 どんな話しするんだろうとか聞き耳立ててる場合じゃなかったわ。
 私こそ真っ先に寝ないとなのに。

(ナースちゃんっ、お母さんっ、おやすみっ!)

 全然眠くはないんだけど、目をつむってさえいればなんとかなるでしょ。 そう考え、一刻も早く夢入りすべくまぶたを下ろす。
 なんなら勘違いしてくれたって良いんだからね?

「まぁ、眠たくないってのもあるんだけどさ。 普段なら仕事の話しとかしながら和んでる時間だし」
「そうなのですか。 ちょっと羨ましいなのです」

 視界は暗くなったのに、2人の会話が鼓膜を振るわす。

(やっべ、耳栓欲しい)

 いつもの盗み聞きが癖になったのか……会話が耳に入って、更には脳がどうしても翻訳しちゃってて、意識が沈みそうにない。
 ただでさえ息も熱くて寝苦しいってのに。
 
(……やめよ)

 何時になるかは分からないけれど、寝よう寝ようと意識するよりかは、自然に落ちるまで揺らめく影でも眺めていた方が楽な気がしてきた。
 そもそも我が家の夜は『何時までに寝る』ではなく、『夫婦の会話が止まったら寝る』って感じなので、意識して寝た事なんて無かったんじゃないかな。 なんて言っても、だいたいいつも21時くらいには意識無いんだけどね。

「僕なんかは暗くなると、どうしても眠くなってしまうなのですよ」

 ナースちゃんが落ちそうな瞼を指で揉みながら、気の抜けた顔でヘラ~と微笑む。

「そっか、大変だよねぇ獣耳人ザイルって」
「はいなのです、時には残業したくなる事だってあるなのに……。 ケィロウ祭りだって、友達におんぶしてもらって、漸く見れたくらいなのですよ」

 それは切ない。 祭りって夜が本番な雰囲気あるのに。

(で、ケィロウ祭りって?)
「故郷なんて『眠らない国』などと呼ばれていますなのですが、寝不足に悩まされている獣耳人ザイルなんて見たこともないなのです。 皆起きてらんないなのですよ♪」

 可愛らしい種族だな。 体内時計にくっするおっさんとか、萌えちゃいそうだわ。

「でも、おかげさまで寝覚めスッキリなので、遅刻なんて1度もしたことが無いなのです。 最新の医学書にも『日の入りには寝て、日の光を浴びながら起床する習慣に戻すだけでも、体調改善や病気の予防に繋がる』と記載されていたなのですよ♪」
「あぁ、それ雑誌で読んだかも。 成長期の頃は特に気を付けてないと、馬鹿になるって昔から言われてるくらいだしね~」

 2人の楽しそうな空気が、暗い病室を華やかに彩った。
 一方その頃。

(マジで!? やっべぇ、おやすみ!)

 私は傍観ぼうかんどころではなくなっていた。
 和訳ってる場合じゃねぇ! 今世でまで手遅れな馬鹿とか本気で笑えないから!

 しかし、全く眠れそうにもないからこうなっている訳で。 焦りばかりがつのる。

 と、ここで妙案みょうあんひらめく。

(そうだ! お姉ちゃん、サキュバスなんだから催眠系の魔法くらい……)
((スー……スー……))
(寝てたよっ!)

 勢い余って危うく口走りそうになったのを必死でこらえつつ、2人が変わらず談笑しているのを確認し、安堵する。
 体は起きているのに自分だけ眠るとは、なんと器用なまねを。
 ずっと静かだとは思っていたけど……いつの間に。

(……何か、もうどうでも良くなってきたわ)

 勝ったな♪と舞い上がったテンションを直後に叩き落とされ万策も尽き、私のやる気は完全に消沈した。
 どうせ、この体じゃぁそこまでずっと起きてらんないんだし、明日・明後日には退院できそうなんだから、1日~2日くらい誤差の範囲でしょ。
 色々と思い詰めていたのが馬鹿らしい。

 そう冷静になって(諦めて)もみると、次第に全身から余計な力まで抜け始め、何処からともなく襲いかかってきた疲労感にアッサリするする飲み込まれ……気が付くと、いつもの居間でゲーム中のお姉ちゃんに合流していた。
 ちょうど尻尾を部位破壊した頃だった。

「……次混ぜて」
「はーい♪」

 ・ ・ ・

「はぁ……はぁ……」

 翌朝。 熱が上がった。
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