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10時間のタイムリミット

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「おぉ~、剥ける剥ける。 すごっ、みがいたみたいにつるっつるになった」

 日陰に落ちていたおかげか、まだ生木らしき枝の皮を剝きながら、森の中の獣道を歩む。 いい具合な太さ長さが見つかって助かった。 これなら、杖にも槍にも応用が効く。
 現在地を特定したアマノさんによって、俺達は最寄りのレイレット村へと歩を重ねている。 今朝は、記念すべき異世界での第一歩目をどう踏み出そう……などと『新年初〇〇』みたいな期待を膨らませ、小説にある心理描写のような感想を抱くものなのかなと妄想すらしていたのだが。
 つい数分前、最寄りの村を見つけたアマノさんの一言に、んなのどうでも良くなった。

『夕方前にはレイレットという村に着きましょう。 今から歩いて……何にも遭遇そうぐうしなければ10時間弱の距離です』

 10時間……土地勘のない足元の悪い手付かずの森を、どこからともなく魔獣や族に襲われる危険性をはらみながら、魔法も装備も無い丸腰どころか言葉も通じず命いすらできない状態で約10時間の距離。
 セーブは済ませた。 つまり死んだら、またその距離をタイムリミット10時間で歩き続けなければならなくなる訳で……
 セーブまでもが縛りと化している。


 ……カンカン。
         ……カンカン。
                 ……カンカン。
 進行の邪魔になる低木ていぼくの細枝を叩き折りながら、高木を通り過ぎる度に幹をカン✕2と打ち鳴らす。 「魔獣に居場所をアピールするな」と怒られそうな行為だが、それを言うなら細枝を叩き折りながらガサガサ歩いているのだから今更である。
 むしろ狙いは、臆病な猛獣と遭遇しないための警鐘。 熊除けの鈴みたいにバッタリ出会わないようにだ。
 まったく、森へ入る直前にこんなにも扱いやすい枝が落ちていて助かった。 色も良い。 まるで象牙ぞうげで、もし猛獣・魔獣と遭遇エンカウントしても威嚇いかくとしてだけなら悪くないだろう。 誰がお遊びで鋭い牙(角?)を持つ人間なんぞを相手にする。 怪我しても治療なんてできないのに。

 草原を囲んでいた森の中は、手付かず……と思っていたが意外と木々には間隔があり、【深くて暗い鬱蒼とした森】というイメージよりは、むしろ【マイナスイオンに癒やされる爽やかな木漏れ日の森】といった様子だった。
 そんな獣道を歩くこと早数分、俺の身長より少し高い位置をキープし、先頭でナビしてくれているシチシさんが暇潰しに雑談を振ってくる。 ちなみにスイハは単独行動禁止・私語禁止を言い渡され、アマノさんは協力者であるシスターさんに現在地を伝えに、それぞれ胸ポケットで収まっている。

『おっ、このまましばらく行けば道に出られるようだぞ。 行商馬車でも拾って楽すっかぁ』
「賛成。 今は歩数より身の安全ですからね」

 無一文のスキル0、装備・木の枝。 万一、村に辿り着けず夜になってしまえば格好かっこう餌食えじきでしかない。 もちろん今すぐにでも思いつく限りのスキルをことふみに書き連ね、なるべく歩数の少ない能力を掘り当てたい所だが、余所見をしながら歩き続けられる程自然は甘くない。
 ちなみに、現在の歩数は825。 分かっている中で最低歩数で得られるスキルは【身体強化】の45000。 先は長い。

「あの、今の内に聞いときますけれど、10時間って直線距離・休憩無しだったりしませんよね?」
『んな意地悪、アマノはせんから安心せい。 徒歩10時間と聞くと足も重くなろうが、上手く馬車や冒険者パーティーに保護してもらえれば多少日が落ちようと村には入れる。 運が向かずとも、歩きやすくはなるしな』
「保護……してもらえますかね? こんな手ぶら丸腰で言葉の通じない不審者」

 手ぶら……でもないか。 身長ほどの枝と胸ポケットには3枚の人型の紙。

「……保護というより衛兵の詰所まで連行されそうなんですけど?」
『最悪そうなったとしても、独りよりは心強いんじゃないか? なんなら今からでも土で汚して、浮浪者の練習でもしてみるか』

 進行方向にある低木の細枝に降り立ち、器用な小芝居が始まった。
 演目は、記憶喪失で目覚め森を彷徨さまよい、助けを求める謎の村娘。

「何で村娘役なんですか……」
『なぁんだ、見目みめにコンプレックスでも抱いとるのか? せっかくの女顔、利用するくらいの気概が無ければこの先やっていけんぞ』
「だからってバレたら心証しんしょう地に落ちますよ。 どうするんですか女性陣に囲まれて着替えさせられたりしたら」

 それが狙いの新手露出狂呼ばわりは即死案件だろ。 リセマラは嫌だが草原からの再走もやむなし。
 シチシさんがやれやれ……とでも言いたげな態度で細枝から飛び立つ。

『バレたら男の娘で押し通せば良かろうが。 人気あるだろ? お前それで男って何の冗談だ?!とツッコミたくなるキャラ』
「だからこそですよ! 中学の文化祭で喫茶でもないのにメイド服着せられた日から、全校生徒に結拾ゆかりちゃん呼びされるようになって胸触られたり尻撫でられたり、私服まで持ってきて女装させようとしてくるわメイクしたがるわ。 キツいんですよ男女関係無く!」

 まるで無害なお人形さんでも見つけたかのような扱いで、強く拒否するのも空気を悪くするからと笑って流してきた。 その頃、家庭科部だった伊吹いぶきさんと仲良くなったのだが、進学後、高校デビューなのか雰囲気がガラリと変わり、それ以降幼馴染みの2人とバチバチに対立、俺をボッチ化させる一因となる。

 なのでもう女装なんぞ二度とやるものかと心に決めている。

「てか、言葉通じなきゃ元も子もないでしょ。 記憶喪失設定でマジで行くなら、道なりに歩いてくだけで良くないですか?」

 村人風の若者が独りでドボドボ歩いてた方が目に付くだろうし、話し掛けて言葉が通じないとなれば尚更「とりあえず保護すべきか……」と考えるだろう。 突然現れ猫撫で声で泣き付く不審者よりはマシな筈だ。 善意に付け込むようで申し訳ないが、その分荷降ろしや掃除等を手伝えれば悪い気もしまい。

「で、街に入った後は……衛兵に保護されるとして、そこで協力者さんを待つ流れですか?」
『そうしたいが……アマノ待ちだな』
「ん?」

 天からご降臨したアマノさんに回収される絵を想像してしまったが、そうではなかったらしい。

『いやな、王都におるシスターあいつがここまで迎えに来るには正当な外出許可が必要だろ? 天啓てんけい以外の理由でな』
「あぁ……」
『下手に教会で存在が広まれば、強引にでもお前を取り込もうとする連中によって盛大に歓待される。 秘匿ひとくせねばならんのに、護衛付き貴賓きひん馬車でシスターが王都を出る訳にはいかん。 戻って来る際には、手前の町から王侯貴族の密偵にまで尾行されるだろからな』
「だろうね」

 権力者は目敏めざとい。 良くも悪くも有能な者であれば、街中に複数の協力者を隠し持っているものだ。
 しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。 
 
「そうなると、元々どうやって俺を教会で受け入れたり、旅に出るつもりだったんです? 何処からともなく現れた一般人なんて、どうしても目立つでしょ?」
『教会の地下室に転移すると言ったろ。 被災時の緊急避難用シェルターみたいな造りをしていてな、直接大聖堂とも市街地とも繋がっておる。 普段は使われておらんし、大聖堂は来るものこばまずで観光客も多い』

 観光客の多い大聖堂と聞くと海外の有名な大聖堂を思い出す。 こっちのにも、あんな壮大なステンドグラスがあったりするのだろうか。

協力者シスターには常に付き添ってフォローしてもらうつもりだったし、身分はハンター証ならば孤児でも取れる。 その後は教会の地下と街を往復しながら簡単な依頼をこなしてランクを1つ上げ、冒険者登録すれば旅へ出れた』
「ん? ハンターと冒険者って別なんですか?」

 漫画等でよくあるハンター・冒険者はモンスターを狩るポピュラーな職業なのだが、大体どちらか一方だけで、両方ある作品はあまり聞かない。
 シチシさんが『あぁ』と忘れていたかのように説明してくれた。

『全くの別者だぞ。 【ハンター】は拠点きょてん付近で依頼の素材採取や獣・魔獣を狩る。 【冒険者】は拠点を持たずに各国を旅し、未知の土地や危険な領域から希少な素材を採取したり、パーティーを組んで災害級の魔獣を狩ることもある。 拠点を持たない冒険者共の為に、ハンターギルドが一肌脱いだのが始まりだな』

 ハンターが言葉のままの猟師だった。 いや、猟師は薬草摘みのような素材採取はしないか?
 ちなみにこれも最近のあるある設定なのだが、【勇者】と呼ばれる職業はこっちには無いらしい。
 魔王を討伐した勇者は、各地で魔王軍を撃破し続けてきたからこそ、民衆から勇者と呼ばれるようになったそうだ。

 ・ ・

『ん~……ここは右に曲がるぞ。 獣道から外れるから、より足元に気を付けろよ』
「…………何も見えないんですが?」 

 獣道とは名の通り獣の通り道であり、頻繁に踏み付けられているため地肌が見えるくらい雑草が少ない。 しかし水飲み場や餌場へと繋がっていて、人に適したルートばかりとはいかない。
 ここまで数十分その獣道を使わせてもらっていた訳だが、左に大きくカーブしているため、遂にやぶへと足を踏み入れる事となった。
 シチシさんが頭上から俯瞰ふかんしながら索敵しつつ、リアルタイムで高天原たかまがはらからナビしてくれているおかげで迷う心配は無いが、腰まで成長している雑草の密度が高く、全く見えないとまではいかないものの視界が悪い。
 こういう場所で危険なのはくぼみや巣穴・鋭く折れた低木の幹・毒蟲だ。 そうそう無いとは思いたいが、転んだ先に何があるかは運次第としか言いようがない。

「本当に、枝様々さまさまだな」

 木々を打ち鳴らしてきた枝を杖用途に持ち直し、藪を左右にいで進む。 視覚障害者の人が白杖を頼りに歩くようなスタイルで。
 転ばぬ先の杖とはまさしくこの事か。 気休め程度にしたって、足を取られても丈夫な3本目の足があるのは心の支えになる。 いて望むのならば長靴に履き替えたい。 ひるとかいないだろうな?
 シチシナビによると進行方向は崖も山も無い平らな樹海らしく、万が一逃げる羽目になった場合は安心して走れば良いとのこと。

「持久力向上や速度UPアップのスキルが欲しいな……」
『今の歩数は?』

 ことふみを呼び出し、歩数のページを確認する。

「1452」

 昨日確認した【持久力向上】65000歩、【速度UP】は60000歩。 【身体強化】は45000歩なのに何故……
 おそらく歩数を稼ぐのに関連するスキルは割高なのだろう。 なんせ【歩数カウント2倍】や【必要歩数の割引】といったスキル取得を楽にする常時発動型のパッシブスキルは、歩数表示すらされなかった。 ランプの精に初手「叶えられる数、無限にして」さいきょう説は、神々にも周知されていたのか。
 現在の歩数を聞いたシチシさんが『なら……』と周囲をキョロキョロ見渡す。

「…………何か来ました?」
『いや、うさぎか小鳥でも狩れば、少しくらいレベルが上がるかなと。 スキルが駄目ならレベルUPでAGIアジリティに補正を掛けるといい、少しは歩くのも速くなるからな』

 レベルUP方法とその恩恵については、昨晩の諸々もろもろ説明でも触れていた。
 今の俺は自身の身体能力に加え、RPGゲームのようなシステムが補助として上乗せされている。
 例えば【LUKラック(運)】E.45(+225)のE.45(+225)。 これは順に適性.自力(+補助)であり、レベルを上げると(+補助)の数値が増えていく事になる。 この時、自力の数値は変動しない。
 逆に自力を強化したい時は、普通に筋トレ等で地道に鍛えなければならず、死に物狂いで腹筋を割った所で突進してくるイノシシの牙から内蔵を守れるわけではない。 努力が無駄とは言わないが、割に合わない。

『まぁお前にゃ狩れんだろうが』
「スミマセンネ現代っ子で……」

 無論、調理実習でアジを三枚おろしにさばいた程度の俺に、野生動物の狩りなんぞ試すだけ時間の無駄なのは自覚している。
 というかスキルも無し、猟銃も無しでどう狩るつもりだったのか。

『狩れなくても経験値は貰える。 なんなら小石を投げて当てるだけでも、一応は戦闘経験の判定は貰える筈だぞ。 レベル1ならな』
「そんなんで良いんですか」
『ゲームのシステムを借りてるだけであって、殴り合いの喧嘩すらしたことの無い素人が、狩りをしたという経験までは0にならんだろ? 負けは戦闘したことにはならんのか?』

 確かに、負け=死亡でもない限りは次に活かせる。 つまり経験を得たということに他ならない。
 とはいえ食べるためにならばともかく、レベルUPのために小動物を襲うのは……ゲームでは生態系を破壊しそうな勢いで周回しまくっていたというのに。

「魚のいる川って近くにないですか?」
『釣りは戦闘の範囲外だろ。 川に入ってその枝で殴るなら分からんが』

 釣りだって立派な戦略だろうに。 魚差別か?

 * *

 俺だけセーブ&ロードで命の重みが違うとは言え、こちらも人智では及ばぬ悪魔を封印するという、ともすれば数え切れない被害者を生みかねない存在に一刻も早く対処しなければならない訳で。
 掻き分けた藪の下から手頃なサイズの石を拾う。

「で、当たっても反撃してこなさそうな獲物はいましたか?」
『ゲスいな。 せめて迎撃げいげきするくらいの心構えで喧嘩を売ってくれ』

 心配しなくていいですよ、半分冗談だから。
 弱い者イジメが人として終わっているのは理解しているが、それが程よい強さの魔獣であろうと、普通に考えて通行人に石を投げるような迷惑行為であることには変わりない。 なんか気分的に嫌だ。 挙げ句理由が食肉目的の狩りではなく、逃げるか追い払うかなのだから質が悪い。
 かと言って都合良く枝で追い払えそう、かつ好戦的な魔獣が正面から来てくれると楽観視するのもまたゲーム脳で。
 全てに当てはまった理想敵は………蚊かな。 地球上最も多く人を殺した生物が相手なら心置きなく迎撃もできよう。

『…………スイハはどうだ?』
「は?」
『へ?』

 私語禁止で大人しく反省していたスイハまでもが胸ポケットからつい声を上げる。
 名案のように語るシチシさん。

分身わけみに使っとる形代かたしろはどうせ当たろうが濡らそうがやぶれん作りになっとるし、素早く的も小さい。 気になるなら小石を使えば良い』
「思考回路のぶっ飛んだやからみたいな提案ですね……」

 お前サンドバッグな! っと言ったようなものである。
 スイハが勝手に胸ポケットから飛び出す。

『良いよ! やろう!』
「ノリノリだなおい!」


 その後、藪を掻き分けながら石を拾い木々の間を飛び回るスイハに投げたり、突進してくるスイハを枝で防ぎながら、俺達は完全に警戒をおこたっていた。
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