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5 精霊犬
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農夫のヨハンは、今回私に『柵をなおしてほしい』と依頼した人物だ。
村にある柵は、村人の共同責任で維持されているため、日程を決めて村人総出で修繕することが多い。
けれど、いそがしい農夫が代役として誰かに修理を頼むことがある。
ヨハンは、私にむけて言った。
「助かったよ。今のうちに直しておかないと、春先に牛や豚が畑に入り込むからなあ。
雪が解けたら、地面が柔らかくなって杭も抜けやすくなる」
12世紀の開拓村では、牧草地と畑の境界線は木柵しかない。
杭が1本ゆるんだだけで、家畜が畑を荒らしてしまう。
とくに豚は、柵の下をこじ開けて畑に侵入しやすい家畜で、鼻で根菜を掘り返し、若い芽を食べつくしてしまうのだ。
ヨハンは手桶を雪の上に置いてから、子どもたちを見た。
「おや、アーデル嬢がひろってきた“精霊犬”が、もう人化したのかい」
「精霊犬?」
「ああ、こっちの森では古くから伝承で言われててな。
冬至のころに見つかった子犬が恩返しに“人の姿”になるってやつだ。
人化する種族なんだよ。
ほんとうに見るのは初めてだが……おまえさん、やっぱり運が強いねぇ」
精霊犬というのは、どうやらこの世界でのみ存在する種族らしい。
それにしても……この子たち、本当にあの子犬だったの?!
私が目を丸くすると、ヨハンは懐から巾着袋を取り出し、「柵直しの分だ」と差し出してきた。
巾着を受け取って中身を見てみると、銅貨が数枚入っている。
シレジアで主に使われた低額貨幣(銅貨)だ。
12世紀のシレジアでは、最も一般的に使われていた通貨は デナール。
中世ヨーロッパでは、“貨幣は銀であるべき”という強い考えがあったから、純粋な“銅貨”は存在しない。
銅まじりの銀貨を、この世界では『銅貨』と呼んでいるのだ。
銅貨数枚で、黒パン1個(粗挽きライ麦パン)が買える。
すると、アカが胸を張って言った。
「お金がいるなら、俺、アーデルさんのために傭兵として働いてくるぞ」
傭兵――といっても、この地方のそれは南方の都市国家の“常備雇用される傭兵”とは違う。
村や領主が“必要なときだけ”呼ぶ歩兵のことだ。
報酬はせいぜい銅貨数枚か、塩の分け前、運が良ければ銀貨。
しかも年に何度ある仕事でもない。
こんな小さな子を働かせるなんて、絶対にイヤ……。
「ありがとう、アカ。でも、私が働くから大丈夫よ」
「俺をたよれよな、アーデルさん!」
するとアオが、私の服のそでを引っ張りながら言う。
「僕も、たよってよ!」
なんて……なんていい子たちなの……。
ヨハンが、子供たちにむけて言った。
「傭兵なんざ、戦があるときしか仕事はないんだぞ。
でもな、戦はないほうがいい。
この前だって、ポーランド軍との小競り合いで村が焼かれたって話もあったからな」
肩をすくめて、言葉を続けるヨハン。
「どうせ戦のあとに来るのは徴税官だけさ。
『都市の城壁を直す費用だ』とか言って、村人たちから銅貨をかき集めていくんだから」
それを聞き、私は深くうなずく。
「ほんとに、そうよね。
戦だろうと飢饉だろうと……損をするのはいつも村人だわ」
この世界の“現実”は、私が知っている中世史の教科書よりも、ずっと冷たく、容赦がなかった。
ヨハンが「あ、そうだ」とつぶやき、手桶の脇に置いていた布袋をガサリと開け、私へ差し出してきた。
「娘が森で拾ったんだ」
差し出された袋には、つやのある濃い茶色の栗――シレジアの森に多いヨーロッパグリが、イガの破片といっしょにごろりと入っていた。
雪の下でしっとりと冷えた栗は、指で触れると硬く重い。
「イガがしっかり守ってたから、リスにも食われなかったらしい」とヨハンは笑う。
さらに彼は、もうひとつの小袋を開けた。
「キノコも、倒れたブナの根元に少しだけ生えてたんだとよ」
そこにあったのは、冬でも姿をたもつキノコ、ヒラタケだった。
灰色がかったヒラタケは、霜をまとって縁が白く、冷気のなかでも瑞々しさを失っていない。
「アーデル嬢と子供らに、いくつかわけてやるよ」
「わあ、たくさんあるじゃない! すごいわ、いいの?!」
思わず声が弾む。
村にある柵は、村人の共同責任で維持されているため、日程を決めて村人総出で修繕することが多い。
けれど、いそがしい農夫が代役として誰かに修理を頼むことがある。
ヨハンは、私にむけて言った。
「助かったよ。今のうちに直しておかないと、春先に牛や豚が畑に入り込むからなあ。
雪が解けたら、地面が柔らかくなって杭も抜けやすくなる」
12世紀の開拓村では、牧草地と畑の境界線は木柵しかない。
杭が1本ゆるんだだけで、家畜が畑を荒らしてしまう。
とくに豚は、柵の下をこじ開けて畑に侵入しやすい家畜で、鼻で根菜を掘り返し、若い芽を食べつくしてしまうのだ。
ヨハンは手桶を雪の上に置いてから、子どもたちを見た。
「おや、アーデル嬢がひろってきた“精霊犬”が、もう人化したのかい」
「精霊犬?」
「ああ、こっちの森では古くから伝承で言われててな。
冬至のころに見つかった子犬が恩返しに“人の姿”になるってやつだ。
人化する種族なんだよ。
ほんとうに見るのは初めてだが……おまえさん、やっぱり運が強いねぇ」
精霊犬というのは、どうやらこの世界でのみ存在する種族らしい。
それにしても……この子たち、本当にあの子犬だったの?!
私が目を丸くすると、ヨハンは懐から巾着袋を取り出し、「柵直しの分だ」と差し出してきた。
巾着を受け取って中身を見てみると、銅貨が数枚入っている。
シレジアで主に使われた低額貨幣(銅貨)だ。
12世紀のシレジアでは、最も一般的に使われていた通貨は デナール。
中世ヨーロッパでは、“貨幣は銀であるべき”という強い考えがあったから、純粋な“銅貨”は存在しない。
銅まじりの銀貨を、この世界では『銅貨』と呼んでいるのだ。
銅貨数枚で、黒パン1個(粗挽きライ麦パン)が買える。
すると、アカが胸を張って言った。
「お金がいるなら、俺、アーデルさんのために傭兵として働いてくるぞ」
傭兵――といっても、この地方のそれは南方の都市国家の“常備雇用される傭兵”とは違う。
村や領主が“必要なときだけ”呼ぶ歩兵のことだ。
報酬はせいぜい銅貨数枚か、塩の分け前、運が良ければ銀貨。
しかも年に何度ある仕事でもない。
こんな小さな子を働かせるなんて、絶対にイヤ……。
「ありがとう、アカ。でも、私が働くから大丈夫よ」
「俺をたよれよな、アーデルさん!」
するとアオが、私の服のそでを引っ張りながら言う。
「僕も、たよってよ!」
なんて……なんていい子たちなの……。
ヨハンが、子供たちにむけて言った。
「傭兵なんざ、戦があるときしか仕事はないんだぞ。
でもな、戦はないほうがいい。
この前だって、ポーランド軍との小競り合いで村が焼かれたって話もあったからな」
肩をすくめて、言葉を続けるヨハン。
「どうせ戦のあとに来るのは徴税官だけさ。
『都市の城壁を直す費用だ』とか言って、村人たちから銅貨をかき集めていくんだから」
それを聞き、私は深くうなずく。
「ほんとに、そうよね。
戦だろうと飢饉だろうと……損をするのはいつも村人だわ」
この世界の“現実”は、私が知っている中世史の教科書よりも、ずっと冷たく、容赦がなかった。
ヨハンが「あ、そうだ」とつぶやき、手桶の脇に置いていた布袋をガサリと開け、私へ差し出してきた。
「娘が森で拾ったんだ」
差し出された袋には、つやのある濃い茶色の栗――シレジアの森に多いヨーロッパグリが、イガの破片といっしょにごろりと入っていた。
雪の下でしっとりと冷えた栗は、指で触れると硬く重い。
「イガがしっかり守ってたから、リスにも食われなかったらしい」とヨハンは笑う。
さらに彼は、もうひとつの小袋を開けた。
「キノコも、倒れたブナの根元に少しだけ生えてたんだとよ」
そこにあったのは、冬でも姿をたもつキノコ、ヒラタケだった。
灰色がかったヒラタケは、霜をまとって縁が白く、冷気のなかでも瑞々しさを失っていない。
「アーデル嬢と子供らに、いくつかわけてやるよ」
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思わず声が弾む。
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