18世紀末ヴェルサイユに似た乙女ゲーム世界に転生した悪役令嬢は、断罪を回避したい

ねこまんまる

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23 財務局付属書記官

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列が入れ替わり、手と手を触れず距離を保ったまま、私たちは円を描くように回る。

コントルダンスは、触れ合うことのない礼式舞踏。
けれど、相手の存在を近く感じられる不思議な踊り。

横変換のステップで再びすれ違う瞬間、シャルル・エティエンヌが低い声でつづけた。

「……しかし、正直に申し上げれば、あなたが“緊張”している姿も、少し見てみたいものです」

「まあ……それは意地悪ですわ、エティエンヌ殿」

「外交官は、つねに事実を正確に観察するのです。令嬢の心の揺れも、例外ではありません」

音楽が盛り上がり、最後は再び正面に立って礼を交わす。
シャルルは、舞踏の終わりを告げる音とともに深く頭を下げた。

「素晴らしい時間でした、ヴァロワ嬢。
あなたと踊るコントルダンスは、実に心地よい」

「こちらこそ。外交官補佐殿との踊りは、とても安心して足を運べます」

「それは光栄。
あなたが相手であれば、どの列を歩いても優雅に見えるでしょう」

互いに手を離し、礼をして別れる。
シャルルは次の外交官仲間に囲まれながらも、一度だけ振り返った。

その視線は、『あなたを正しく評価していますよ』と言っているように思えた。

シャルルとのダンスのあと、次に近づいてきたのは、落ち着いた灰色の礼服を着た青年だった。

財務局付属書記官、ジュリアン・ディルナード。
この人も、ヒロインの攻略対象者のひとり。
 
高位ではないが、知性と几帳面さが服装の隅々から伝わる。
銀の胸針に財務局の紋章が刻まれている。

「ヴァロワ嬢。先ほどのステップ、とてもお見事でした。
よろしければ……次の舞をお願いできますでしょうか」

数学者のような慎重な口ぶりだが、声は優しかった。

――おかしい。
ヒロインのまわりにいるはずの攻略対象たちが、なぜ次々と私にダンスを申し込んでくるのだろうか。

考えながらも、私は笑顔で軽く手をあずける。
 
「もちろんです、ディルナード殿。書記官としてのお仕事はお忙しいのでしょう?」

「ええ、財務局の文書は山のようでして。
ですが舞踏会となれば話は別です。
こうして貴族の方と踊れる機会は、そう多くありませんから」

「案外、舞踏会に慣れておられるように見えますけれど?」

「数字よりは、ダンスのほうが分かりやすいですよ。
ステップは足が動けば正解ですが……帳簿は、ひとつ桁を間違えると破滅しますからね」
 
「では、破滅しないダンスをお願いいたします」

「お任せください。あなたを転ばせるなど、財務局の名折れです」

楽師が、さっきよりもやや軽やかなテンポのコントルダンスを奏ではじめる。

今宵は正式な舞踏会。
ワルツではなく、儀礼色の強いコントルダンスが選ばれる夜だ。

弦楽器の調律にあわせて列の位置へ進むと、ジュリアンは姿勢を正し、慎重に私へ軽い礼をした。

「それでは……よろしくお願いいたします、ヴァロワ嬢」

「こちらこそ。よろしくお願いいたしますわ」

対面に立ち、互いに礼を交わす。
 
音楽が始まり、私たちは同時に前へ二歩進み、半円を描いてすれ違う。
ジュリアンのステップは、驚くほど正確で乱れがない。

「さすがです、ディルナード殿。とてもすべらかですわ」

すれ違いざま、彼は控えめにささやく。

「財務局では、一歩の誤差も許されませんので。
足も……書類も、同じように揃っていないと落ち着かなくて」

「それは、書記官らしいこだわりですわね」

彼は、距離の取り方が完璧だった。
触れもしなければ、離れすぎもしない。
“適切な間隔”をきっちり守る、まさに財務局的な精密さ。
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