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ラピスラズリ王国編

第11話 盗賊団の首領

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私、神崎かんざきあやめ! 現実世界から異世界に転移した新米冒険者! 現在は盗賊団の鎮圧中!

私と相方のエルモードさんは、森の奥へと逃げていく一部の盗賊を追って茂みへと飛び込んだ。
おそらく盗賊の逃げた先には盗賊団の親玉がいるはずだ。盗賊団の首領ともなれば懸賞金は跳ね上がる。
極運きょくうん』である私と、もともと小金持ちであるエルモードさんは盗賊の賞金首など興味はないのだが、犯罪者を潰しておくことに異存はなかった。
現実世界でコンビニ強盗に腹を刺されて命を落とした私にとっては盗賊許すまじといったところである。
茂みをかき分けて進んでいくと、「お頭ぁ~、助けてくだせえ!」と盗賊の情けない声が聞こえてくる。
「ったく、野郎が揃いも揃って情けないねぇ」という、盗賊団のお頭のものと思われる声を聞いて、私は耳を疑った。
盗賊団の首領は女性のようだったからだ。
無骨な盗賊たちをまとめるリーダー格の女性……どんな人物なんだろう。
やがて茂みの終点まで来たらしく、最初の盗賊を見つけたときのように草が刈り取られ整備された、ひらけた場所に出る。
「おや、お客さんのご到着みたいだねぇ」
ハスキーな女性の声が聞こえて、その声の方向を見て――私は目を見開いた。
赤い髪。ボアの付いたジャケット。風船張子のように膨らんだ膝上丈のズボン。防具は邪魔だと言わんばかりに、シャツの上に胸当てがついているだけの簡素な装備。
何故防具が邪魔に見えるかと言えば――その女は、灰色の毛皮に覆われた獣人だったからだ。毛皮のせいで、鎧を着たら暑くてしょうがないだろう。
狼――いや、猫か? 獣の種類は判然としない。私のいた現実世界には存在しない種の動物なのかもしれない。
……いや、そんなことを考えている場合ではない。
「盗賊団のお頭が――魔物!?」
「レディ、下がって。ますますこの盗賊団を壊滅させる必要性が出てきた」
エルモードさんは剣を抜き、私を片腕でかばうように後ろに下がらせる。
「ったく、盗賊のくせに跡なんかつけられてんじゃないよ、この間抜け!」
女獣人は盗賊の一人の頭をグーで殴る。
「いてぇよ、お頭ぁ」
「で? あんたらは何の用でここまで来たんだい? 今、『壊滅』なんて物騒な言葉が聞こえたんだけどねぇ……?」
盗賊の泣き言を無視して、獣人の女は私達に問いかける。
「盗賊団の鎮圧が緊急クエストとして発令された。僕たちも魔車でサファイアの街に来る途中、あなた方の所属と思われる盗賊に襲われている。これ以上の蛮行をはたらくようならば、あなた方を逮捕しなければならない」
「で、魔物のアタシは『討伐』されるわけだ?」
獣人の言葉を聞いた盗賊たちは、「お頭を殺させるもんか!」と武器を片手に抵抗の姿勢。
「お頭はなあ! 犯罪歴があって冒険者登録が出来ない、生活が出来ない俺たちを拾ってくれた大恩人なんだ! パン一つしかなくたって俺たちに平等に分けてくれる! お頭がいなくちゃ今ごろ俺達は生きてねえ!」
「あー、やめな野郎ども。そういうお涙頂戴モノはアタシには似合わねえ」
獣人の女はクールに盗賊たちを抑える。
「アタシの名はカターリヤ。アタシの首と引き換えに、このバカどもは見逃しちゃくれないかい?」
「お頭!?」
カターリヤと名乗った獣人が頭を垂れると、盗賊たちはうろたえる。
「やめてくだせえ、お頭! アンタがいなくなったら俺たちはどうやって生きていったらいいか……」
「そもそもそこが間違いなのさ。お前らはアタシに依存しすぎている。それでマトモな生活も送れないし、いつまでたっても更生しやしねえ。いい加減、盗賊団も潮時だと思ってたし、お前らにひっつかれると鬱陶しいんだよ」
「お頭……」
盗賊たちは呆然とした表情でカターリヤを見つめる。
私はカターリヤを見て、ふと思いついたことがあった。
「あの、カターリヤさん」
「なんだい、嬢ちゃん」
「カターリヤさんは、魔王の居場所、ご存知ないですか?」
「!」
私の問い掛けに、エルモードさんはピンときた顔で私を見る。
「魔王? ああ、あいつか。もちろん知ってるさ。生みの親みたいなもんだからね」
「では、魔王の居場所まで案内してくれたら盗賊たちを更生させると約束しましょう」
エルモードさんは城を出奔したとはいえラピスラズリ王国の王子だ。盗賊更生プログラムを組ませることくらいは朝飯前だろう。
しかしそこへ、
「おいおい、勝手に話を進めるんじゃねえよ」
茂みの向こうから、盗賊たちと激しいバトルを繰り広げていた他の冒険者達がやってくる。
彼らは縄で縛った盗賊たちを連行していた。
「これはクエストなんだぞ? 報奨金がかかってる。俺たちだって生活があるんだからな。こいつらをギルドに連行して刑務所にぶち込んでもらう。だいたい、犯罪者を無罪放免なんて許されるもんじゃねえだろ」
……たしかにそれは正論なんだけど。
しかしここではいそうですかと盗賊たちを捕まえると、カターリヤは魔王の居場所を教えてくれない。
「お金なら私が代わりに払います」
私はそう口走っていた。エルモードさんは驚いたような顔で私を見たが、察したのか話を合わせてくれる。
「彼女は極運です。カジノでボロ儲けすれば皆さんの分の報奨金くらいはまかなえる」
「たしかに極運の嬢ちゃんのおかげで罠を回避したりしたから効果のほどは実感してるけどよぉ……犯罪者を野放しにしていいのか?」
冒険者たちは難しい顔をしている。
「た、頼む! 俺たち、心を入れ替えてマトモな人間になるからよぉ! お頭は殺さないでくれ!」
盗賊たちは半泣きになって冒険者達にすがる。
「――僕はラピスラズリ王国の第三王子です。彼らを恩赦することも出来る」
エルモードさんの突然の告白に、冒険者たちは顔を見合わせる。
「……王子? ……マジで?」
「マジです」
「し、失礼いたしました!」
冒険者も盗賊も、皆膝を折ってかしこまる。
「し、しかし、この数の犯罪者を全員無罪放免というのは、流石に……」
「……うーん、そもそも」
私は口を挟む。
「この世界、『盗賊』っていうジョブもありますよね? 転職すればアサシンとかにもなれるし……」
ゲーム世界における盗賊という職業は、敵からレアアイテムを盗んだり、素早い攻撃が自慢だ。
アサシンになれば、一撃必殺の攻撃もできてさらにパーティーに貢献できる。
そういった話をすると、盗賊たちの目が輝いた。
「そ、それじゃ、王子様に犯罪歴をチャラにしてもらって、王都で転職すればアサシンとして冒険者登録できるのか!」
「これで普通の冒険者としてマトモな生活を送れる!」
盗賊たちは手を取り合って喜んだ。
「……これで、丸く解決かな?」
エルモードさんは微笑んでいた。
私達は一週間以内にギルドの代わりに報奨金を支払う約束をして、冒険者たちは撤退していった。
「お頭、今までありがとうございました」
「お世話になりました」
「いいから、行っちまいな。二度とアタシの前にツラ見せるんじゃないよ」
ペコペコと頭を下げる盗賊たちを制して、カターリヤは笑顔でその背中を見送った。
残されたのは、私とエルモードさん、そしてカターリヤ。
「……さて、借りができちまったね、王子様に極運のお嬢ちゃん」
「いえ、僕たちが頼まれたのはあくまで盗賊団の鎮圧です。盗賊団が解散して犯罪が減るなら、結果的にはギルドの思惑通りでしょう」
「そうかい。で、たしか魔王の居場所に案内すればいいんだったね? ついてきな」
そう言ってカターリヤはくるりと背を向ける。
「この近くなんですか? 魔王の居場所」
「ああ。アタシらがここらを根城にしてたのは魔王のいる場所を守るためでもあったからねぇ」
森の奥に城でも建ててるんだろうか? それなら簡単には見つからないのも納得ではあるけれど。
森の中を進んでいくと、木も草も生えていない、土がむき出しになった斜面が見えてきた。いわゆるハゲ山だ。
「ちょいと山を登るよ。嬢ちゃん、体力は大丈夫かい?」
正直、ひきこもりニートやってたので体力に自信はない。
「いざとなったら僕が背負ってあげますよ」
「い、いえいえ、そこまでしていただくわけには……!」
「……さっきから気になってたんだが、アンタらはつがいなのかい?」
カターリヤの言葉に、私はブッとむせた。不意打ち過ぎる。
「つ、つがいって……」
「ハハッ、冗談さね。いやぁ、随分仲がいいなと思っただけさ。気にしなさんな」
「は、はぁ……」
「しかし、そこの王子様は随分美丈夫だからねぇ。今のうちにキープしといたほうがいいんじゃないかい?」
「か、からかわないでくださいよ……」
私は自分の顔が赤くなっているのを実感していた。
そして、その様子をじっと見つめてくるエルモードさん……その表情はどういう感情なんだ……。
そして、山の中腹ほどまで登った頃。
山自体はそこまで高いわけではないのだが、体力の少ない私はゼェゼェと息を吐く。
対して、エルモードさんは涼しい顔をしている。鎧着てるのに暑くないのか……?
「ここだよ」
「ここって……廃坑?」
カターリヤが指差したのは洞窟のような穴。トロッコ用の線路が奥まで続いていて、立入禁止の看板が立てられている。
「ああ、昔は金山だったらしいんだがねぇ、金を掘り尽くして閉山されたんだ」
「なるほど、ここなら人が立ち入ることもないだろうし、格好の隠れ場所だな……」
エルモードさんは顎に手を当て、感心している様子だった。
「アタシに案内できるのはここまでだよ。魔王に裏切られたなんて思われたくないからねぇ」
「あの、カターリヤさん……カターリヤさんは今後、どうするつもりなんですか?」
私が問いかけると、カターリヤは困ったような笑顔を浮かべる。
「さて、どうしようかねぇ。人間に見つからない範囲でのんびり旅をするのもいいかもしれないね」
「あの、行く宛がないなら私達と一緒に――」
私が言いかけるのを、カターリヤは手で制する。
「冗談はおよしよ。アタシは魔物だぜ? アタシと一緒にいたらアンタらは街の外で野宿するしかなくなる」
「でも……」
魔物とはいえ、知能も高いし会話も通じる。だいたい、魔車だって魔物が引っ張ってる車じゃないか。既に街の中で魔物と人は共存しているのだ。
「アタシは魔物使いに飼われてる魔物じゃない。これからも自由に生きていくさ。縁があったらまたいつか逢えるだろうよ。それじゃ、幸運を祈ってるぜ」
そう言ってカターリヤは背を向け、どこへともなく去っていった。
「……とにかく、魔王の居場所はわかった。あとは街に戻って準備を整えて――ああ、その前に冒険者達に報奨金を支払うためにカジノへ行かなければなりませんね」
「……そうですね」
カターリヤが心強い仲間になってくれなかったことは残念だったが、ひとまず魔王の根城を確認した私達は一旦街に戻ることにしたのであった。

〈続く〉
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