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第8話 先生と街コンに行ってみた
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「先生、街コンに行ってみませんか?」
新米編集者の私――花園美咲は、担当している作家、袖野白雪にそう声をかけた。
「街コン、とは」
「要は大規模な合コンみたいなものですよ。なんか店を貸し切ってご飯食べながら男の人と話すんですって」
私は今朝、ポストに入っていたチラシを手渡す。
「ふむ、男女の出会いの場、ですか」
「もしかしたら素敵な殿方に出会えるかもしれないし、そうしたら先生も恋愛感情を理解することが出来るかも!」
袖野先生は『恋愛感情が理解できない恋愛小説家』である。恋愛を知らないまま恋愛小説を書き続け、いまや「恋愛小説と言えば袖野白雪」という定評を確立している。
しかし、やはり恋愛小説を書く上で、想像だけで恋愛を描くのは無理がある。先生も「そろそろ限界を感じる」と漏らしていた。
そこで、この街コンである。たとえ先生自身に好みの男性が見つからなくても、周りの男女を観察すれば、新しい小説のネタくらいにはなるだろう。
「――あと、このお店の出すいちごパフェが美味しいって評判なんですよ」
「是非行きましょう」
先生は二つ返事で了承してくれた。袖野先生は甘いものに目がないのである。もちろん私も大好きだ。むしろこのパフェのために街コンに先生を誘ったと言っても過言ではない。
街コンに申し込んだ際、持参する必要があると送付されたプロフィールカードに二人で記入する。どうやらいちいち自己紹介するのを省略するためのもののようである。多数の異性が集まるわけだから、自己紹介をするだけでも時間を浪費してしまう、ということなのだろう。
「素敵な男性に出会って、先生が恋愛感情を知る手助けになればいいですね!」
カードに記入しながら、私は先生に笑顔を向ける。
「……美咲さんは、そんなに私に他の男の方と仲良くなってほしいですか?」
「え?」
「いえ、なんでも」
対照的に、先生はどこか浮かないような、気がすすまないような微妙な顔をしていた。
「でもまあ、いちごパフェは楽しみですよ」
「ですよね~! 早く食べたいなあ」
私は未知の街コンに思いを馳せるのであった。
街コンの舞台となるのは、袖野先生の住んでいる街の隣りにある更に大きな街のとある飲食店。
土日の午後という昼間に行われるイベントなので、女性でも安心だ。
私と先生は記入したプロフィールカードを持参し、街コンに繰り出したわけだが――。
「えっ、袖野白雪さん!? マジで!?」
「あのっ、こないだ発売された小説、読みました!」
「よ、よかったらサインをいただいても……?」
さすが先生、プロフィールカードを見せた途端、男女問わず押し寄せてくる。
袖野先生はあっという間に参加者の群れに囲まれてしまった。
「まさか袖野白雪先生が本当にこんな美人だったなんて……噂は本当だったんだ……」
「袖野さん、よかったら俺と連絡先交換しませんか?」
「俺も!」
街コンに参加した男性陣の大多数は先生の美貌に既にメロメロだ。
女性陣が嫉妬するかと思いきや、先生の作品を読んでいる参加者も多いらしく、ぽーっとした目で先生を見ている。
――とんだ合コン荒らしだな、袖野先生……。
私は先生を街コンに誘ってよかったのだろうか、と今更ながらにして思う。
先生は先生で、私とテーブルに向かい合って座り、「いちごパフェ美味しいですね」と男性陣のことなどまったく気にしていない様子であった。
「先生、同伴者がいるんですね」
男性のひとりが私に気づいて声をかける。いや、今まで気づかなかったんかい。
「袖野白雪の担当編集者の花園美咲と申します」
私は作り笑顔で挨拶する。
「連絡先を交換したい方は私を通してくださいね」
私がそう言うと、参加者は男女問わず慌ててメモ用紙に連絡先を書いて私に寄越してくる。
……あっという間に紙の山が積み上がってしまった。
のちほど参加者のプロフィールカードと見比べて、先生と真剣に交際したい人間だと判断したらご連絡差し上げようと思っている。
私はメモ用紙の束を丁寧にカバンにしまった。
「白雪センセ、このあと飲みに行きませんか? 美味しいお店知ってるんですけど」
見た目からしてチャラそうな男性が先生に声をかけてくる。
「私も同伴していいならついていきますけど?」
私は警戒心をむき出しにして男に突っかかる。
「俺はセンセに用があるんだけどなあ?」
いかにも軽薄な笑みを浮かべる男。これは恋愛経験の少ない私でも分かる、ついていったら危ない奴だ。
「担当している作家さんを守るのも私の仕事なので」
私はあえて事務的な言い方をする。
「守る、って……ひどいなあ。街コンに来ておいて出会いを拒否するわけだ?」
「相手を選ぶ権利くらいはありますよね?」
男の薄っぺらい笑顔が、ピクッと引きつるのが見えた。
「……フン。センセの本のレビューに軒並み星一評価つけてやるからな」
そう言い捨てて、男は立ち去った。
あまりに器が小さすぎて、ビックリするレベルだ。
「先生、気分を害してはいませんか?」
私は恐る恐る訊ねる。
せっかく恋愛の勉強をしようと街コンに誘ったのに、悪い見本みたいなものを見せてしまった。
「まあ、世の中いろんな人がいますよね」
袖野先生はいちごパフェをつつきながら、まったく気にしていない様子だった。三十代という若さにして清濁合わせて飲み込んだような達観した雰囲気を感じる。
「それにしても、さっきの殿方を除けばなかなかいい雰囲気ですね、街コン。こういう男女の出会い方もあるのですか」
先生はそう言って、パフェを食べながら周りを見渡す。
街コン自体はたしかにいい雰囲気で、男女が和気あいあいと会話を楽しみながら食事をしている。連絡先を交換している人たちも見えた。
「それに、美咲さんに『守る』って言ってもらえたの、嬉しかったですよ。美咲さんはわたくしの騎士ですね」
「な、ナイトって……」
多分褒められてるんだろうけど、嬉しいけど恥ずかしい。
「ええ、美咲さんはわたくしの可愛らしいけれど頼りになる騎士です。これからもわたくしを守ってくださいね?」
「……も、もう、からかわないでくださいよ、先生……」
私は、顔に血流が集まっているのを感じていた。
ちなみにこれは私の与り知らぬところなのだが、街コンの参加者で私と先生の二人を見ていた者は(あの二人絶対デキてるよな……?)と思ったという。
〈続く〉
新米編集者の私――花園美咲は、担当している作家、袖野白雪にそう声をかけた。
「街コン、とは」
「要は大規模な合コンみたいなものですよ。なんか店を貸し切ってご飯食べながら男の人と話すんですって」
私は今朝、ポストに入っていたチラシを手渡す。
「ふむ、男女の出会いの場、ですか」
「もしかしたら素敵な殿方に出会えるかもしれないし、そうしたら先生も恋愛感情を理解することが出来るかも!」
袖野先生は『恋愛感情が理解できない恋愛小説家』である。恋愛を知らないまま恋愛小説を書き続け、いまや「恋愛小説と言えば袖野白雪」という定評を確立している。
しかし、やはり恋愛小説を書く上で、想像だけで恋愛を描くのは無理がある。先生も「そろそろ限界を感じる」と漏らしていた。
そこで、この街コンである。たとえ先生自身に好みの男性が見つからなくても、周りの男女を観察すれば、新しい小説のネタくらいにはなるだろう。
「――あと、このお店の出すいちごパフェが美味しいって評判なんですよ」
「是非行きましょう」
先生は二つ返事で了承してくれた。袖野先生は甘いものに目がないのである。もちろん私も大好きだ。むしろこのパフェのために街コンに先生を誘ったと言っても過言ではない。
街コンに申し込んだ際、持参する必要があると送付されたプロフィールカードに二人で記入する。どうやらいちいち自己紹介するのを省略するためのもののようである。多数の異性が集まるわけだから、自己紹介をするだけでも時間を浪費してしまう、ということなのだろう。
「素敵な男性に出会って、先生が恋愛感情を知る手助けになればいいですね!」
カードに記入しながら、私は先生に笑顔を向ける。
「……美咲さんは、そんなに私に他の男の方と仲良くなってほしいですか?」
「え?」
「いえ、なんでも」
対照的に、先生はどこか浮かないような、気がすすまないような微妙な顔をしていた。
「でもまあ、いちごパフェは楽しみですよ」
「ですよね~! 早く食べたいなあ」
私は未知の街コンに思いを馳せるのであった。
街コンの舞台となるのは、袖野先生の住んでいる街の隣りにある更に大きな街のとある飲食店。
土日の午後という昼間に行われるイベントなので、女性でも安心だ。
私と先生は記入したプロフィールカードを持参し、街コンに繰り出したわけだが――。
「えっ、袖野白雪さん!? マジで!?」
「あのっ、こないだ発売された小説、読みました!」
「よ、よかったらサインをいただいても……?」
さすが先生、プロフィールカードを見せた途端、男女問わず押し寄せてくる。
袖野先生はあっという間に参加者の群れに囲まれてしまった。
「まさか袖野白雪先生が本当にこんな美人だったなんて……噂は本当だったんだ……」
「袖野さん、よかったら俺と連絡先交換しませんか?」
「俺も!」
街コンに参加した男性陣の大多数は先生の美貌に既にメロメロだ。
女性陣が嫉妬するかと思いきや、先生の作品を読んでいる参加者も多いらしく、ぽーっとした目で先生を見ている。
――とんだ合コン荒らしだな、袖野先生……。
私は先生を街コンに誘ってよかったのだろうか、と今更ながらにして思う。
先生は先生で、私とテーブルに向かい合って座り、「いちごパフェ美味しいですね」と男性陣のことなどまったく気にしていない様子であった。
「先生、同伴者がいるんですね」
男性のひとりが私に気づいて声をかける。いや、今まで気づかなかったんかい。
「袖野白雪の担当編集者の花園美咲と申します」
私は作り笑顔で挨拶する。
「連絡先を交換したい方は私を通してくださいね」
私がそう言うと、参加者は男女問わず慌ててメモ用紙に連絡先を書いて私に寄越してくる。
……あっという間に紙の山が積み上がってしまった。
のちほど参加者のプロフィールカードと見比べて、先生と真剣に交際したい人間だと判断したらご連絡差し上げようと思っている。
私はメモ用紙の束を丁寧にカバンにしまった。
「白雪センセ、このあと飲みに行きませんか? 美味しいお店知ってるんですけど」
見た目からしてチャラそうな男性が先生に声をかけてくる。
「私も同伴していいならついていきますけど?」
私は警戒心をむき出しにして男に突っかかる。
「俺はセンセに用があるんだけどなあ?」
いかにも軽薄な笑みを浮かべる男。これは恋愛経験の少ない私でも分かる、ついていったら危ない奴だ。
「担当している作家さんを守るのも私の仕事なので」
私はあえて事務的な言い方をする。
「守る、って……ひどいなあ。街コンに来ておいて出会いを拒否するわけだ?」
「相手を選ぶ権利くらいはありますよね?」
男の薄っぺらい笑顔が、ピクッと引きつるのが見えた。
「……フン。センセの本のレビューに軒並み星一評価つけてやるからな」
そう言い捨てて、男は立ち去った。
あまりに器が小さすぎて、ビックリするレベルだ。
「先生、気分を害してはいませんか?」
私は恐る恐る訊ねる。
せっかく恋愛の勉強をしようと街コンに誘ったのに、悪い見本みたいなものを見せてしまった。
「まあ、世の中いろんな人がいますよね」
袖野先生はいちごパフェをつつきながら、まったく気にしていない様子だった。三十代という若さにして清濁合わせて飲み込んだような達観した雰囲気を感じる。
「それにしても、さっきの殿方を除けばなかなかいい雰囲気ですね、街コン。こういう男女の出会い方もあるのですか」
先生はそう言って、パフェを食べながら周りを見渡す。
街コン自体はたしかにいい雰囲気で、男女が和気あいあいと会話を楽しみながら食事をしている。連絡先を交換している人たちも見えた。
「それに、美咲さんに『守る』って言ってもらえたの、嬉しかったですよ。美咲さんはわたくしの騎士ですね」
「な、ナイトって……」
多分褒められてるんだろうけど、嬉しいけど恥ずかしい。
「ええ、美咲さんはわたくしの可愛らしいけれど頼りになる騎士です。これからもわたくしを守ってくださいね?」
「……も、もう、からかわないでくださいよ、先生……」
私は、顔に血流が集まっているのを感じていた。
ちなみにこれは私の与り知らぬところなのだが、街コンの参加者で私と先生の二人を見ていた者は(あの二人絶対デキてるよな……?)と思ったという。
〈続く〉
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