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第28話 おじいちゃんおばあちゃんに会いに行こう

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私――花園はなぞの美咲みさきと、その夫(ということになっている)、袖野そでの白雪しらゆきは、養子の三人――しゅん昇陽しょうよう一花いちかが家にすっかり馴染んできた頃を見計らって、お互いの両親に孫を会わせに行くことにした。
私側の両親も、白雪さん側のお父様も、孫に会うのを楽しみにしている様子だったのである。
まずは、私の両親に会わせることにした。いきなり白雪さんのご実家に行くと……色々驚いたり戸惑ったりしそうだし……。
週末の駅は混んでいる。「はぐれないように」と子供たちと手を繋ぐ。白雪さんは瞬と昇陽、私は一花と手を繋いで、人混みを抜けた。
瞬と昇陽はしっかりしているから、白雪さんがはぐれないように秘密裏に任せた、という感じだった。どちらが子供か分からない(白雪さんに言ったら怒りそうなので言わなかったが)。
一花はまだ小さいので私がしっかりと手を握る。いっそ抱っこしたほうがいいかと訊いたが、「わたし、自分で歩けるもん!」と主張したので無理強いはしないことにした。
電車を何本も乗り継ぐと、だんだん電車の中の人数も少なくなっていき、私達はやっと全員並んで座ることが出来た。
「お母さんのおうち、遠いんだね」
「そうよ。だからお父さんのおうちに住んでるのよ」
「お母さんのおうち、広い?」
「お父さんのおうちほどじゃないわね」
そんな会話をしているうちに、目的の駅が近づいたというアナウンスが鳴って、私達は席を立つ。
私の実家までは、少しだけ歩く。子供たちの足を気遣いながら、私達はやっと実家に辿り着いた。
……ここに来るのは、白雪さんを恋人として両親に紹介したとき以来だ。
玄関のチャイムを鳴らすと、両親は温かく迎え入れてくれた。事前に連絡は入れてあったのだが、子供たちがここまで来れるか心配だったらしい。
「やあ、思ったより大きな子供だなあ」
父は養子とか関係ないらしく、すっかり破顔している。
「年はいくつ?」
と母が訊ね、
「八歳!」
「七歳!」
「五歳!」
と子供たちが元気良く答える。順に、瞬、昇陽、一花の年齢である。
「おじいちゃんとおばあちゃん、優しそうな人たちでよかった!」
と一花が言うと、父と母は感涙し、
「お小遣いをあげようねぇ……」
と一人ずつに一万円札を握らせた。児童養護施設で生きてきたせいか、世渡り上手の子供たちである。
「やっぱり血がつながってなくても、孫は可愛いものねえ」
と母はむせび泣きながら言った。
きっと、同性同士で結婚すると聞いて、孫の顔は拝めないと内心落胆していたに違いないから、私もその満足そうな顔を見て嬉しかった。
「おばあちゃん、なんで泣いてるの? お腹いたいの?」
「いいえ、嬉しいと人は泣くことがあるのよ」
心配そうな一花の頭を、優しく撫でる母。
「おばあちゃん、わたしたちに会えて嬉しいの?」
「ええ、とっても嬉しいわ! 『おばあちゃん』って呼んでくれることすらも嬉しくて……」
そのあとは言葉にならなかった。母は泣きながら一花を抱きしめた。
「ここまで来るの、大変だったろう? のどが渇いていないか? 今、ジュースを持ってきてやるからな」
と、父が台所へ向かう。
「僕たちも手伝う!」
と、瞬と昇陽は台所へ駆けていった。

子供たちにおやつとジュースを与えて、そちらに夢中になっている間に、私と白雪さんは両親と話し込んでいた。
「子供たちは大丈夫? 学校でいじめられたりはしていない?」
やはり母の心配事はそこであった。同性の夫婦が親だなんて、まだまだ法律が施行されたばかりで珍しいものだ。そしてそんなくだらない理由で虐めは発生するものである。
「そのへんは大丈夫。授業参観の時に白雪さんが授業をしてくれて、本当にかっこよかったんだから!」
と、私は白雪さんの授業風景を話す。
「み、美咲さん……あまり大げさに褒めないでくださいまし。照れてしまうわ」
「だって、本当にかっこよかったんだもの」
「ハハハ、本当に仲のいい夫婦だな」
私達のやり取りを見て、父が朗らかに笑う。
父に『夫婦』と認めてもらえたのは、純粋に嬉しかった。
――とまあ、私側の両親はおおむね好意的であった。
問題は白雪さん側の義父母である。うう……緊張する……。

また別の日に、白雪さんが高城たかじょうさんと連絡をとって、お迎えの車を回してもらった。
「わぁー! ふかふかの車!」
「これリムジンっていうやつだよね!?」
「さすが坊っちゃん、車には詳しいですなあ」
高城さんはリムジンに興奮する瞬と昇陽に、運転しながら笑う。
「ほら、シートベルトはきちんと締めるのよ」
「はーい」
「高城、事故など起こしたら許しませんよ」
と、白雪さんが睨みをきかせる。
「おお、怖い怖い。この高城も、命は惜しいですからな、気をつけることにいたしましょう」
高城さんは言葉とは裏腹に、白雪さんを大して怖いと思っていない様子である。
リムジンは車体が長い分、運転は難しいと聞くが、高城さんは器用に運転している。多分、運転には慣れているのだろう。
「瞬、昇陽、一花。よくお聞きなさい」
白雪さんは内緒話をするように三人に語りかける。
「これから会うおじいちゃまは、美咲さんのところとは違って厳しくてこわーい方です。粗相の無いように……」
そこで白雪さんは一瞬言葉を詰まらせる。『粗相』の意味が子供にもわかるように考えているのだろう。
「……失礼なことのないように気をつけなさい。怒らせるととっても怖い人です」
「お嬢様、そんな言い方をしては子供たちを怯えさせてしまいますぞ」
高城さんは前を向きながら苦笑を漏らす。
「怯えさせようとしているのです。お父様への嫌がらせ、みたいなものですよ」
白雪さんはすました顔をしている。
やがて、リムジンは白雪さんのご実家――大邸宅に辿り着いた。
「おっきな家……」
三人の子供たちはぽかんと口を開けている。
「おじいちゃんのおうちって、すごいんだね」
子供たちはすっかり怖気づいたのか、ひそひそと小声で話していた。
高城さんに案内され、応接室に通されると、白雪さんのお父様はどっしりと座っていた。
「――お前たちが、俺の孫になる子供たちか?」
厳かな口調で声をかけられ、子供たちは怯えてしまう――
――と思いきや。
「こんにちは、おじいちゃん!」
三人は声を合わせて元気にニッコリ笑う。
「ほう、元気な子供たちじゃないか。俺を見て、怖くはないのか?」
お父様はニヤリと笑う。
「だって、おじいちゃん、悪い人には見えないもん!」
一花がキャッキャと笑いかける。
「おじいちゃんは僕たちをいじめたりしないもんね?」
瞬と昇陽もおどけた調子で笑う。
白雪さんの脅しはどうやらまったく効果はないらしい。
「白雪よ……まさかお前、子供たちをいじめたりはしていないだろうな……?」
お父様は厳しい眼差しを白雪さんに向ける。
「そんなことするわけないでしょう。わたくしたちの可愛い子供たちですよ」
白雪さんは呆れた目で父親を見る。
「瞬と昇陽は家庭内暴力、一花はネグレクトを受けて、捨てられたり保護されたりして児童養護施設に預けられた子供たちです。笑顔を取り戻すまでが大変だったと職員の方も漏らしておりました」
「……そうか。辛い目にあったんだな」
お父様は子供たちを優しい目で見つめた。
「うん、でももう大丈夫! あのね、お父さんもお母さんも優しいし、おじいちゃんもいい人そうだし!」
瞬は満面の笑みを浮かべていた。
「こないだ、授業参観にも来てくれたんだよ! お父さん、かっこよかった!」
「お父さん……ああ、白雪は『お父さん』と呼ばれているんだったな」
「ですから、どこで情報を掴んでいるのですか。怖いんですが」
白雪さんは完全に不審者を見る目だった。
「瞬、昇陽、一花、といったな。こっちに来なさい」
三人は素直に自分の祖父に歩み寄る。
「高城。アレを」
「はい、旦那様」
高城は懐からポチ袋を三枚取り出す。
「一人十万円入っている。好きなように使いなさい」
「お父様!?」
高額なお小遣いに、白雪さんは慌てふためく。
「こんなにたくさんお金もらっても、困る……」
一花は不安そうな顔を見せる。
「何故だ? ゲームでもお菓子でも玩具でも、好きなだけ買えるぞ?」
お父様は不思議そうな顔をしている。おそらくこの人、金銭感覚が常人と違う。
「お父様、子供たちを困らせないでください。あと、あのご祝儀、なんですか」
「結婚式に参列できなかったから、代わりに高城に持っていかせたが、気に入らなかったか?」
「現金で家に持ってくる人がいますか。あとで銀行に振り込ませましたが、三億増えていてびっくりしましたよ」
「さ、三億!?」
私いま、初めて聞いたんですけど。
「それだけあれば不自由はせんだろう?」
「ああもう、これだから一般人の感覚を知らない人は!」
白雪さんは頭を抱えていた。
「孫ができた途端に張り切りすぎないでください、お父様」
「は、張り切ってなんかいないし」
白雪さんとお父様は、お互いがお互いにツンデレである。
「……ああ、そうだ。俺のことはもういいから、母さんのところにも顔を出してやれ」
「ええ、そうします。行きましょう、美咲さん、瞬、昇陽、一花も」
そういえば私が白雪さんとのお付き合いを報告したときも、お母様はいなかった。
高城さんが再びリムジンを走らせて着いた場所は――病院だった。
子供たちを引き連れて、白雪さんが病室のドアを開けようとすると、
「――ああ、来てくれたのね、白雪」
声のするほうを見れば、看護師に車椅子を押してもらっている婦人がいる。
私はそのご婦人を見て目を見開いた。
その足はすっかり萎えてしまっていて、細い枯れ木のようだった。
子供たちもその足を見て不安に思ったらしく、ぎゅっと私の身体にすがりつく。
白雪さんだけは慣れた様子で、
「お母様、お具合のほうはいかがですか?」
と訊ねた。
「体調は悪くはないわ。ただ、筋肉の衰えが早くなってきたみたい。下半身はもうダメね」
「……そうですか」
「とりあえず、病室で話をしましょう。孫を連れてきてくれたのでしょう?」
お母様の病室は一人用の広い個室だった。
「はじめまして、白雪さんの担当編集と結婚相手の花園美咲です」
まずは挨拶をした。
「こうしてお会いするのは初めてですね。私は病気だから、結婚式にも行けずごめんなさい」
「いえ……」
リクライニングベッドに身体を預け、優しく微笑みかけるお母様は、お父様とは雰囲気が真逆だった。
たしか元華族の出身で、お父様とはお見合い結婚したとか。
「わたくしのお母様は筋肉が萎えていく病気なのです。今は下半身だけですが、病状が進行すればやがて全身が動かなくなります」
白雪さんはつらそうな顔でそう言った。
「しかも、いつ病状が進行するか予測できない状態なんですって。でも、お父さんはそんな私と結婚してくれて……」
お母様は目を細めて遠くを見た。
「白雪、あなたにはいつも迷惑かけてきたわね。授業参観にも行ってあげられなかった」
「せめてお父様が来てくれればよかったのに」
白雪さんは子供のようにすねた顔をする。
「仕方ないわ、あの人は本当に忙しくしていたし、当時は父親が授業参観に出席したら目立つから嫌がってたのよ。まあ、国会議員の仕事は空回りしていたけどね? テレビ見てて笑っちゃったわ」
お母様は思い出しているのか、クスクスと笑っている。下半身は萎えているというのに、案外元気そうだった。
「ね、孫、連れてきてくれたのでしょう? よく顔を見せて」
子供たちはお父様のときとは正反対に、おずおずとお母様に近寄っていく。おそらく萎えた足を見て怯えてしまったのだろう。
「おばあちゃん、歩けないの? つらくないの?」
「そうね、歩けないし、つらくないとは言えないわ。でも、私には孫の顔が見れたという事実があるだけで嬉しいのよ」
お母様は順番に子供たちの頭を撫でる。
「白雪が家を出ていってしまって、本当に心配していたのよ。本は読んでいたけどね」
「わたくしの本、ご存知でしたのね」
「だって、本名で活動していたら、それは分かるわよ。私、あなたの本を全部持っているのよ。こないだの女性同士の恋愛小説もね」
「あああ、身内に読まれていると思うと恥ずかしい……!」
いたずらっぽくウィンクするお母様に、白雪さんは顔を赤らめた。
「だからかしら、結婚相手が女の人って聞いても別に驚かなかったわ。ああ、そういう恋愛もあるのね、って」
お母様は私を見て微笑んだ。
「美咲さん。これからも白雪のこと、支えてあげてくださる?」」
「もちろんです」
私は力強くうなずいた。
「白雪、美咲さんと子供たちと、幸せに生きてね」
「急に死亡フラグ乱立させるのやめてくださいます?」
「あら、私は真剣よ? 本当に、いつ死ぬかわからない状態だもの」
しかし、白雪さんによく似た美貌のお母様は、慈悲深く優雅に微笑むのであった――。

疲れて眠ってしまった子供たちを乗せたリムジンは、静かに車道を走っていく。
「お嬢様、どうか旦那様を悪く思わないでくださいませ」
高城さんは子供たちを起こさぬよう、静かな口調で語りかける。
「美咲様がお嬢様をいただく際、旦那様はひどい言葉を浴びせましたが、あれはただ混乱していただけでございましょう」
「でしょうね……急な話には対応できないのがお父様の悪い癖でした」
白雪さんはため息をつく。国会討論でも、お父様は予期しない質問を突っ込まれると黙ってしまうか妙なことを口走るくせがあるのは私もテレビで見て知っていた。
もともと政治家に向いている性格ではないのだろう、と思う。
「三億という大金も旦那様が腹を切る思いで捻出した金額でございます。たとえ金持ちと言えど、三億という金額は安くはありませんからな」
つまるところ、お父様は色々と不器用な人なのだ。
「旦那様は、白雪お嬢様の身をいつも案じております」
「……」
白雪さんはうつむいて黙ってしまった。
「白雪さん、またお父様に会いに行きましょう。今度は正月にでも」
子供たちにお年玉がもらえるかもしれませんし、と私はわざとニシシと笑う。
「……ふふ、そうですね。美咲さんがそれでいいなら」
リムジンは我が家を目指して走り続けた。

〈続く〉
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