4 / 13
第4話 八王子先輩と私の疑惑
しおりを挟む
「ねえねえ、村崎さん。八王子さんと付き合ってるってホント?」
「エッ!?」
同期の女性社員にそう言われて、私は完全に不意をつかれた。
たしかに、私――村崎薫子には不本意ながら恋人がいる。『営業部の王子様』と呼ばれ大人気の八王子秀一先輩だ。同じ会社の女性社員にモテモテで付き合えればある程度のステータスにはなるのだろうが、私としては誠に不本意である。顔も声もいいが、蓋を開ければ匂いフェチのド変態。私がいい匂いをさせているからと酔い潰してホテルに連れ込み、そのまま一夜を過ごしてしまったという成り行きでの交際なので私にとっては困惑の一言である。
「…………えっと、なんでそう思うんですか?」
「こないだの週末、村崎さんと八王子さんが恋人繋ぎしてホテル街に向かっていくのを見たって噂が立ってて」
バッチリ目撃されとるがな。ちなみに事実である。
うわー、どうやって言い訳しよう……と悩んでいると、
「ごめん、ちょっといいかな。取引先と契約が取れたから書類見てほしいんだけど」
――と、聞き慣れたイケメンボイス。
「あっ、八王子さん!」
経理部の女性社員たちは黄色い声を上げて八王子先輩を歓迎する。八王子先輩は営業部でもトップの営業実績があり、その甘いマスクで会社中の、いや会社外でも女性たちを骨抜きにしている魔性の男である。
「相変わらず営業上手いですね」
「運がいいだけだよ」
そう言って爽やかに笑う八王子先輩。奴がド変態であることは、私以外知らないらしい。
ふと、八王子先輩が私を視界に収めたらしく、私に向かって小さく手を振る。私は特に反応しない。すると「今手を振った!?」「ファンサービスいいわぁ!」と周りの女性社員たちが勝手に盛り上がる。みんな自分にしてくれたのだと思い込んでくれるので、私が反応しないほうが都合がいい。
「そういえば、さっき村崎さんと話してたんですけど、お二人が付き合ってるって本当ですか?」
先ほど私に突撃してきた同期がそう言うと、女性社員たちが一斉にこっちを見る。思わず「ヒェッ……」と声が漏れそうになった。
女性の嫉妬は怖い。下手にモテる男と付き合うと、こういう苦労があるのか、と私は震え上がった。
八王子先輩はというと、ちょっと考える仕草をして、
「……ふふ、ご想像にお任せしようかな」と思わせぶりに笑うのである。
いや、その反応はもう確定でしょうよ。やめて……これ以上心労を増やさないで……。
「付き合ってない! 付き合ってないです!」
私は思わず否定を口にしていた。
「え、でも見た人がいるって……」
「幻覚じゃないですかね!? きっとそうですよ!」
「幻覚って……」
女性社員たちは苦笑を漏らす。ちょっと穏やかな雰囲気になった気がする。
八王子先輩は、と恐る恐る見やると、彼は黙って微笑んでいた。
……しかし、私は何故か威圧感というか、なにか恐ろしいものを感じたのであった。
「――……そんなに俺と付き合ってるの嫌なの?」
私が一人で休憩室の自販機の前に立ち、コーヒーでも買おうかな、なんて考えていたら、背後から八王子先輩に自販機ドンされ、放たれた一言である。
「せ、先輩……? 怒ってます……?」
「怒るっていうか……ちょっとショックかも……」
いつも上機嫌で私の匂いを嗅いでいる先輩にしては珍しく、しょぼんとした顔で私を見つめている。犬の耳が垂れ下がっている幻覚が見えた。
「あーあ、傷ついちゃうなぁ。俺はこんなに薫子さんが好きなのに」
「……白々しいですね。あなたが好きなのは私の匂いでしょう」
そう返してやると、八王子先輩はキョトンとした顔をする。
それから、彼は何故かくつくつと笑いだした。
「なんですか」
「いや? 薫子さんが拗ねてて可愛いなって」
今度は私がキョトンとする番だった。
「……? ちょっと意味がよく分からないんですけど」
「ああ、自覚がないのか」
そう言って、自販機ドンしたままの至近距離で、先輩は私の耳に顔を寄せる。
「俺はね、薫子さんの匂いだけじゃなくて、薫子さんも好きなんだよ。信じてもらえないかもしれないけど」
「は?」
私の匂い以外で私のどこに惹かれたというのだろう。そもそもどのタイミングで私を好きになったというのか。というか、今まで匂い以外の話をしてなかったような。
……とツッコミを入れる間もなく、耳になにかヌルッとしたものが入る感覚がして、思わず身体が跳ねた。
「ひっ、!?」
耳の中を八王子先輩の舌が掻き回す音が脳内まで響いて、ゾクゾクッと背すじが粟立つ。
「……ほら、俺たち、身体の相性もいいでしょ?」
舌が耳を離れたと思うと、先輩の甘い声が耳をくすぐった。
「――ッ、最っ低!」
平手打ちしようとしたが、先輩が避けて私の手は空振りに終わった。そのまま空振りした手を絡め取られる。
「ふふ、怒った薫子さんも可愛い」
「馬鹿にしてるんですか!?」
「やだなぁ、本心だよ」
ホンットにムカつくな、この野郎!
ガルルと唸る私を、先輩はどこか愛おしそうに笑っているのであった。
〈続く〉
「エッ!?」
同期の女性社員にそう言われて、私は完全に不意をつかれた。
たしかに、私――村崎薫子には不本意ながら恋人がいる。『営業部の王子様』と呼ばれ大人気の八王子秀一先輩だ。同じ会社の女性社員にモテモテで付き合えればある程度のステータスにはなるのだろうが、私としては誠に不本意である。顔も声もいいが、蓋を開ければ匂いフェチのド変態。私がいい匂いをさせているからと酔い潰してホテルに連れ込み、そのまま一夜を過ごしてしまったという成り行きでの交際なので私にとっては困惑の一言である。
「…………えっと、なんでそう思うんですか?」
「こないだの週末、村崎さんと八王子さんが恋人繋ぎしてホテル街に向かっていくのを見たって噂が立ってて」
バッチリ目撃されとるがな。ちなみに事実である。
うわー、どうやって言い訳しよう……と悩んでいると、
「ごめん、ちょっといいかな。取引先と契約が取れたから書類見てほしいんだけど」
――と、聞き慣れたイケメンボイス。
「あっ、八王子さん!」
経理部の女性社員たちは黄色い声を上げて八王子先輩を歓迎する。八王子先輩は営業部でもトップの営業実績があり、その甘いマスクで会社中の、いや会社外でも女性たちを骨抜きにしている魔性の男である。
「相変わらず営業上手いですね」
「運がいいだけだよ」
そう言って爽やかに笑う八王子先輩。奴がド変態であることは、私以外知らないらしい。
ふと、八王子先輩が私を視界に収めたらしく、私に向かって小さく手を振る。私は特に反応しない。すると「今手を振った!?」「ファンサービスいいわぁ!」と周りの女性社員たちが勝手に盛り上がる。みんな自分にしてくれたのだと思い込んでくれるので、私が反応しないほうが都合がいい。
「そういえば、さっき村崎さんと話してたんですけど、お二人が付き合ってるって本当ですか?」
先ほど私に突撃してきた同期がそう言うと、女性社員たちが一斉にこっちを見る。思わず「ヒェッ……」と声が漏れそうになった。
女性の嫉妬は怖い。下手にモテる男と付き合うと、こういう苦労があるのか、と私は震え上がった。
八王子先輩はというと、ちょっと考える仕草をして、
「……ふふ、ご想像にお任せしようかな」と思わせぶりに笑うのである。
いや、その反応はもう確定でしょうよ。やめて……これ以上心労を増やさないで……。
「付き合ってない! 付き合ってないです!」
私は思わず否定を口にしていた。
「え、でも見た人がいるって……」
「幻覚じゃないですかね!? きっとそうですよ!」
「幻覚って……」
女性社員たちは苦笑を漏らす。ちょっと穏やかな雰囲気になった気がする。
八王子先輩は、と恐る恐る見やると、彼は黙って微笑んでいた。
……しかし、私は何故か威圧感というか、なにか恐ろしいものを感じたのであった。
「――……そんなに俺と付き合ってるの嫌なの?」
私が一人で休憩室の自販機の前に立ち、コーヒーでも買おうかな、なんて考えていたら、背後から八王子先輩に自販機ドンされ、放たれた一言である。
「せ、先輩……? 怒ってます……?」
「怒るっていうか……ちょっとショックかも……」
いつも上機嫌で私の匂いを嗅いでいる先輩にしては珍しく、しょぼんとした顔で私を見つめている。犬の耳が垂れ下がっている幻覚が見えた。
「あーあ、傷ついちゃうなぁ。俺はこんなに薫子さんが好きなのに」
「……白々しいですね。あなたが好きなのは私の匂いでしょう」
そう返してやると、八王子先輩はキョトンとした顔をする。
それから、彼は何故かくつくつと笑いだした。
「なんですか」
「いや? 薫子さんが拗ねてて可愛いなって」
今度は私がキョトンとする番だった。
「……? ちょっと意味がよく分からないんですけど」
「ああ、自覚がないのか」
そう言って、自販機ドンしたままの至近距離で、先輩は私の耳に顔を寄せる。
「俺はね、薫子さんの匂いだけじゃなくて、薫子さんも好きなんだよ。信じてもらえないかもしれないけど」
「は?」
私の匂い以外で私のどこに惹かれたというのだろう。そもそもどのタイミングで私を好きになったというのか。というか、今まで匂い以外の話をしてなかったような。
……とツッコミを入れる間もなく、耳になにかヌルッとしたものが入る感覚がして、思わず身体が跳ねた。
「ひっ、!?」
耳の中を八王子先輩の舌が掻き回す音が脳内まで響いて、ゾクゾクッと背すじが粟立つ。
「……ほら、俺たち、身体の相性もいいでしょ?」
舌が耳を離れたと思うと、先輩の甘い声が耳をくすぐった。
「――ッ、最っ低!」
平手打ちしようとしたが、先輩が避けて私の手は空振りに終わった。そのまま空振りした手を絡め取られる。
「ふふ、怒った薫子さんも可愛い」
「馬鹿にしてるんですか!?」
「やだなぁ、本心だよ」
ホンットにムカつくな、この野郎!
ガルルと唸る私を、先輩はどこか愛おしそうに笑っているのであった。
〈続く〉
0
あなたにおすすめの小説
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
先輩、お久しぶりです
吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社
秘書課
×
藤井昂良 大手不動産会社
経営企画本部
『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。
もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』
大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。
誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。
もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。
――それも同じ会社で働いていた!?
音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。
打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……
各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果
汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。
あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。
各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。
*☼*――――――――――*☼*
佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳
文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務
仕事人間で料理は苦手
×
各務 尊(かがみ たける) 30歳
実花子の上司で新人研修時代の指導担当
海外勤務から本社の最年少課長になったエリート
*☼*――――――――――*☼*
『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。
――――――――――
※他サイトからの転載
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※無断転載禁止。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる