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第7話 薫子さんと俺の嫉妬
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「村崎さん、虫刺されの痕ついてますよ」
「え?」
薫子さんは後輩の男性社員に指摘され、不思議な顔をしていた。
「虫刺され? どこ?」
「ここですね、首すじに……」
と、男性社員が首すじを指差すと、薫子さんは若干ビクッと震えた。おそらくは俺が首すじを攻めすぎて敏感になってしまっているのだろう。薫子さんは男性社員に悟られないよう、必死に我慢しているようだった。そんな姿さえ可愛いと思ってしまう。
「まだ春先なのに虫に刺されるなんて珍しいッスね。アイツらもう活動してんのかな?」
「は、はは……嫌な虫もいたもんだね……あとでかゆみ止め塗っとかないと」
と、男性社員と談笑しながら、薫子さんは経理部の他の女性社員とやり取りしている俺の方を睨みつける。俺が原因だと既に勘づいているのだろう。
俺は素知らぬふりをして、そのまま女性社員と会話を続けていた。
――俺の名は八王子秀一。営業部でトップの成績を誇り、若手のエースとして働いている。陰で『営業部の王子様』などと呼ばれているのは知っているので、自分の顔がいいのも自覚している。経理部の女性社員たちも俺に対してどことなく色目を使っている気がする。そんなことしないのは恋人の村崎薫子さんくらいである。
薫子さんとは最近付き合い始めたばかりだ。彼女は俺の理想の匂いをしている。俺は密かに『運命の匂い』だと思っている。薫子さんの匂いは藤の花に似ているけれどやはりどこか違う、唯一無二の匂いだ。そしていつからか、薫子さんの心をも欲しいと俺は願っている。薫子さんは何故か素っ気ない態度をとっているが、いつかこの気持ちが伝わればいいと思う。
……それはそれとして、さっきの男性社員が指先で薫子さんの首に触れたことに、俺の中で嫉妬の炎が燃え上がっているのを感じた。後輩だかなんだか知らないが、恋人でもない異性に手を触れるなんて非常識じゃないか? 薫子さんも、我慢するのではなく抵抗するなり俺に助けを求めるなりすればいいのに。そうしたら――俺はいつだって薫子さんを守ってみせるのに。
「というわけで、俺に助けを求めなかったお仕置き」
「あまりに理不尽すぎでは?」
会社の資料室は、普段滅多に人が立ち入らないので密会するのに最適な場所である。
俺と薫子さんは本棚に挟まれた空間で二人だけの世界を築き上げていた。
薫子さんの唇を味わいながら、首すじを撫でると薫子さんは「んぅ……っ」とビクビク身体を震わせ色っぽい声を出す。その艶っぽい声を聞くと俺の嗜虐心がメラメラと妖しく燃える。
「っは……薫子さんのここ、こんなに敏感になってるの?」
「誰のせいだと……」
言葉で煽ると、薫子さんはジト目で睨む。
「っていうか、こんな目立つところにキスマークつけないでくださいよ。とりあえず虫刺されと勘違いされたからいいものの……」
ハア、と薫子さんは大きなため息をつく。
「勘違いなんかされなきゃよかったんだ」
「は?」
「みんなが薫子さんは俺のものだって知ってれば、誰も余計な手を出さないのに」
「……ご自分が何をおっしゃってるのか、わかってます?」
薫子さんは困惑したような目を俺に向ける。
俺自身、薫子さんに対してここまでの執着を持つとは思わなかった。
自分がモテてるのは知ってるから、きっと俺が望めば社内の女性は選り取りみどりなんだろう。
でも、けばけばしい香水の匂いやファンデーションの匂いより、なにより惹かれてやまないのは他でもない薫子さんの匂いだった。
結局のところ、薫子さんの匂いがどこ由来なのかは分からない。彼女は香水をつけていないし、化粧はしているけれど薄めだし、やはり生まれつきの体臭、なのだろうか。
堪えられずに思わず薫子さんをギュッと抱きしめる。突然のことに薫子さんの肩がビクッと跳ね上がる。そんなのお構い無しに首すじに顔を埋めて、すうっと鼻で息を吸う。
……優しくて、甘くて、まるで薫子さんの性格をそのまま匂いにしたような、藤の花に近い香り。ずっと嗅いでいると、溺れて酔ってしまいそうだ。多幸感すら感じる。
「ねえ、薫子さん」
「な、なんですか」
「今度、デートしようよ。俺たち、まだそういう恋人らしいことやってなかったから」
俺がそう言うと、薫子さんは目をパチパチさせていた。
「……やることやっといて今更デートとか、順番しっちゃかめっちゃかですね」
薫子さんは苦笑ではあったが、たしかに笑っていたのだ。
薫子さんは優しい。ホテルに連れ込んだ翌日も、「最低ですね」とは言っていたものの、結局怒ってはいなかったし、警察や裁判所にも訴えていない。普段は素っ気ないが、抱いているときだけは「せんぱい、すき」と言ってくれる。素面のときは顔に出さないが、多分俺のことが好きなんだろうなとは思う。実際彼女は声フェチで、俺の声『は』好みだと言っていた。それでもいい。今は声だけでも彼女が俺を好きだと言ってくれるなら、そこを糸口にして逃げられないように少しずつ外堀を埋めていこうと思う。
そんなわけで、俺と薫子さんは今度の週末にデートの約束をしたのであった。
〈続く〉
「え?」
薫子さんは後輩の男性社員に指摘され、不思議な顔をしていた。
「虫刺され? どこ?」
「ここですね、首すじに……」
と、男性社員が首すじを指差すと、薫子さんは若干ビクッと震えた。おそらくは俺が首すじを攻めすぎて敏感になってしまっているのだろう。薫子さんは男性社員に悟られないよう、必死に我慢しているようだった。そんな姿さえ可愛いと思ってしまう。
「まだ春先なのに虫に刺されるなんて珍しいッスね。アイツらもう活動してんのかな?」
「は、はは……嫌な虫もいたもんだね……あとでかゆみ止め塗っとかないと」
と、男性社員と談笑しながら、薫子さんは経理部の他の女性社員とやり取りしている俺の方を睨みつける。俺が原因だと既に勘づいているのだろう。
俺は素知らぬふりをして、そのまま女性社員と会話を続けていた。
――俺の名は八王子秀一。営業部でトップの成績を誇り、若手のエースとして働いている。陰で『営業部の王子様』などと呼ばれているのは知っているので、自分の顔がいいのも自覚している。経理部の女性社員たちも俺に対してどことなく色目を使っている気がする。そんなことしないのは恋人の村崎薫子さんくらいである。
薫子さんとは最近付き合い始めたばかりだ。彼女は俺の理想の匂いをしている。俺は密かに『運命の匂い』だと思っている。薫子さんの匂いは藤の花に似ているけれどやはりどこか違う、唯一無二の匂いだ。そしていつからか、薫子さんの心をも欲しいと俺は願っている。薫子さんは何故か素っ気ない態度をとっているが、いつかこの気持ちが伝わればいいと思う。
……それはそれとして、さっきの男性社員が指先で薫子さんの首に触れたことに、俺の中で嫉妬の炎が燃え上がっているのを感じた。後輩だかなんだか知らないが、恋人でもない異性に手を触れるなんて非常識じゃないか? 薫子さんも、我慢するのではなく抵抗するなり俺に助けを求めるなりすればいいのに。そうしたら――俺はいつだって薫子さんを守ってみせるのに。
「というわけで、俺に助けを求めなかったお仕置き」
「あまりに理不尽すぎでは?」
会社の資料室は、普段滅多に人が立ち入らないので密会するのに最適な場所である。
俺と薫子さんは本棚に挟まれた空間で二人だけの世界を築き上げていた。
薫子さんの唇を味わいながら、首すじを撫でると薫子さんは「んぅ……っ」とビクビク身体を震わせ色っぽい声を出す。その艶っぽい声を聞くと俺の嗜虐心がメラメラと妖しく燃える。
「っは……薫子さんのここ、こんなに敏感になってるの?」
「誰のせいだと……」
言葉で煽ると、薫子さんはジト目で睨む。
「っていうか、こんな目立つところにキスマークつけないでくださいよ。とりあえず虫刺されと勘違いされたからいいものの……」
ハア、と薫子さんは大きなため息をつく。
「勘違いなんかされなきゃよかったんだ」
「は?」
「みんなが薫子さんは俺のものだって知ってれば、誰も余計な手を出さないのに」
「……ご自分が何をおっしゃってるのか、わかってます?」
薫子さんは困惑したような目を俺に向ける。
俺自身、薫子さんに対してここまでの執着を持つとは思わなかった。
自分がモテてるのは知ってるから、きっと俺が望めば社内の女性は選り取りみどりなんだろう。
でも、けばけばしい香水の匂いやファンデーションの匂いより、なにより惹かれてやまないのは他でもない薫子さんの匂いだった。
結局のところ、薫子さんの匂いがどこ由来なのかは分からない。彼女は香水をつけていないし、化粧はしているけれど薄めだし、やはり生まれつきの体臭、なのだろうか。
堪えられずに思わず薫子さんをギュッと抱きしめる。突然のことに薫子さんの肩がビクッと跳ね上がる。そんなのお構い無しに首すじに顔を埋めて、すうっと鼻で息を吸う。
……優しくて、甘くて、まるで薫子さんの性格をそのまま匂いにしたような、藤の花に近い香り。ずっと嗅いでいると、溺れて酔ってしまいそうだ。多幸感すら感じる。
「ねえ、薫子さん」
「な、なんですか」
「今度、デートしようよ。俺たち、まだそういう恋人らしいことやってなかったから」
俺がそう言うと、薫子さんは目をパチパチさせていた。
「……やることやっといて今更デートとか、順番しっちゃかめっちゃかですね」
薫子さんは苦笑ではあったが、たしかに笑っていたのだ。
薫子さんは優しい。ホテルに連れ込んだ翌日も、「最低ですね」とは言っていたものの、結局怒ってはいなかったし、警察や裁判所にも訴えていない。普段は素っ気ないが、抱いているときだけは「せんぱい、すき」と言ってくれる。素面のときは顔に出さないが、多分俺のことが好きなんだろうなとは思う。実際彼女は声フェチで、俺の声『は』好みだと言っていた。それでもいい。今は声だけでも彼女が俺を好きだと言ってくれるなら、そこを糸口にして逃げられないように少しずつ外堀を埋めていこうと思う。
そんなわけで、俺と薫子さんは今度の週末にデートの約束をしたのであった。
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