八王子先輩と私の秘密

永久保セツナ

文字の大きさ
7 / 13

第7話 薫子さんと俺の嫉妬

しおりを挟む
「村崎さん、虫刺されの痕ついてますよ」
「え?」
 薫子さんは後輩の男性社員に指摘され、不思議な顔をしていた。
「虫刺され? どこ?」
「ここですね、首すじに……」
 と、男性社員が首すじを指差すと、薫子さんは若干ビクッと震えた。おそらくは俺が首すじを攻めすぎて敏感になってしまっているのだろう。薫子さんは男性社員に悟られないよう、必死に我慢しているようだった。そんな姿さえ可愛いと思ってしまう。
「まだ春先なのに虫に刺されるなんて珍しいッスね。アイツらもう活動してんのかな?」
「は、はは……嫌な虫もいたもんだね……あとでかゆみ止め塗っとかないと」
 と、男性社員と談笑しながら、薫子さんは経理部の他の女性社員とやり取りしている俺の方を睨みつける。俺が原因だと既に勘づいているのだろう。
 俺は素知らぬふりをして、そのまま女性社員と会話を続けていた。

 ――俺の名は八王子秀一。営業部でトップの成績を誇り、若手のエースとして働いている。陰で『営業部の王子様』などと呼ばれているのは知っているので、自分の顔がいいのも自覚している。経理部の女性社員たちも俺に対してどことなく色目を使っている気がする。そんなことしないのは恋人の村崎薫子さんくらいである。
 薫子さんとは最近付き合い始めたばかりだ。彼女は俺の理想の匂いをしている。俺は密かに『運命の匂い』だと思っている。薫子さんの匂いは藤の花に似ているけれどやはりどこか違う、唯一無二の匂いだ。そしていつからか、薫子さんの心をも欲しいと俺は願っている。薫子さんは何故か素っ気ない態度をとっているが、いつかこの気持ちが伝わればいいと思う。
 ……それはそれとして、さっきの男性社員が指先で薫子さんの首に触れたことに、俺の中で嫉妬の炎が燃え上がっているのを感じた。後輩だかなんだか知らないが、恋人でもない異性に手を触れるなんて非常識じゃないか? 薫子さんも、我慢するのではなく抵抗するなり俺に助けを求めるなりすればいいのに。そうしたら――俺はいつだって薫子さんを守ってみせるのに。

「というわけで、俺に助けを求めなかったお仕置き」
「あまりに理不尽すぎでは?」
 会社の資料室は、普段滅多に人が立ち入らないので密会するのに最適な場所である。
 俺と薫子さんは本棚に挟まれた空間で二人だけの世界を築き上げていた。
 薫子さんの唇を味わいながら、首すじを撫でると薫子さんは「んぅ……っ」とビクビク身体を震わせ色っぽい声を出す。その艶っぽい声を聞くと俺の嗜虐心がメラメラと妖しく燃える。
「っは……薫子さんのここ、こんなに敏感になってるの?」
「誰のせいだと……」
 言葉で煽ると、薫子さんはジト目で睨む。
「っていうか、こんな目立つところにキスマークつけないでくださいよ。とりあえず虫刺されと勘違いされたからいいものの……」
 ハア、と薫子さんは大きなため息をつく。
「勘違いなんかされなきゃよかったんだ」
「は?」
「みんなが薫子さんは俺のものだって知ってれば、誰も余計な手を出さないのに」
「……ご自分が何をおっしゃってるのか、わかってます?」
 薫子さんは困惑したような目を俺に向ける。
 俺自身、薫子さんに対してここまでの執着を持つとは思わなかった。
 自分がモテてるのは知ってるから、きっと俺が望めば社内の女性は選り取りみどりなんだろう。
 でも、けばけばしい香水の匂いやファンデーションの匂いより、なにより惹かれてやまないのは他でもない薫子さんの匂いだった。
 結局のところ、薫子さんの匂いがどこ由来なのかは分からない。彼女は香水をつけていないし、化粧はしているけれど薄めだし、やはり生まれつきの体臭、なのだろうか。
 堪えられずに思わず薫子さんをギュッと抱きしめる。突然のことに薫子さんの肩がビクッと跳ね上がる。そんなのお構い無しに首すじに顔を埋めて、すうっと鼻で息を吸う。
 ……優しくて、甘くて、まるで薫子さんの性格をそのまま匂いにしたような、藤の花に近い香り。ずっと嗅いでいると、溺れて酔ってしまいそうだ。多幸感すら感じる。
「ねえ、薫子さん」
「な、なんですか」
「今度、デートしようよ。俺たち、まだそういう恋人らしいことやってなかったから」
 俺がそう言うと、薫子さんは目をパチパチさせていた。
「……やることやっといて今更デートとか、順番しっちゃかめっちゃかですね」
 薫子さんは苦笑ではあったが、たしかに笑っていたのだ。
 薫子さんは優しい。ホテルに連れ込んだ翌日も、「最低ですね」とは言っていたものの、結局怒ってはいなかったし、警察や裁判所にも訴えていない。普段は素っ気ないが、抱いているときだけは「せんぱい、すき」と言ってくれる。素面のときは顔に出さないが、多分俺のことが好きなんだろうなとは思う。実際彼女は声フェチで、俺の声『は』好みだと言っていた。それでもいい。今は声だけでも彼女が俺を好きだと言ってくれるなら、そこを糸口にして逃げられないように少しずつ外堀を埋めていこうと思う。
 そんなわけで、俺と薫子さんは今度の週末にデートの約束をしたのであった。

〈続く〉
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

先輩、お久しぶりです

吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社 秘書課 × 藤井昂良 大手不動産会社 経営企画本部 『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。 もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』 大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。 誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。 もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。 ――それも同じ会社で働いていた!? 音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。 打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。 あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。 各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。 *☼*――――――――――*☼* 佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳  文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務  仕事人間で料理は苦手     × 各務 尊(かがみ たける) 30歳  実花子の上司で新人研修時代の指導担当  海外勤務から本社の最年少課長になったエリート *☼*――――――――――*☼* 『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。 ―――――――――― ※他サイトからの転載 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載禁止。

取引先のエリート社員は憧れの小説家だった

七転び八起き
恋愛
ある夜、傷心の主人公・神谷美鈴がバーで出会った男は、どこか憧れの小説家"翠川雅人"に面影が似ている人だった。 その男と一夜の関係を結んだが、彼は取引先のマネージャーの橘で、憧れの小説家の翠川雅人だと知り、美鈴も本格的に小説家になろうとする。 恋と創作で揺れ動く二人が行き着いた先にあるものは──

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

処理中です...