正義のミカタ

永久保セツナ

文字の大きさ
上 下
5 / 32
正義のミカタ第1章~電脳生存者(サイバーサバイバー)~

第5話 鋼鉄の義肢、正義のミカタ

しおりを挟む
押戻おしもどし研究所に着いた頃には、既に昼を過ぎていた。県境けんざかいというのか、東京の外れ、地図で見るとまさに端っこに位置しているようだ。
猫詩谷がドアについているチャイムを押すと、研究員らしき人物が出てきた。
「どちら様ですか?」
「警察です。家宅捜索をさせていただきたいんですが」
「お引き取りください」
見事な即答。
「そういうわけにはいかないんです。ちゃんと令状もあります」
「こちらの研究所には重要機密が保管されています。勝手に荒らされては困ります。お引き取りください」
「いや、だから令状が――」
「お邪魔しまーす」
お嬢が研究員の横を抜けて、さっさと建物の中に入っていった。
「あ、お嬢! 待って――」
「誰かその小娘を止めろ!」
猫詩谷に応対していた研究員が叫んだ。途端に、だだっ広いホールの薄闇から、十数人の研究員が現れてお嬢の周りを取り囲んだ。
六花りかちゃん!」
猫詩谷は目を見開いて叫んだ。
「ふふん、君たち、邪魔だよ」
お嬢は男に囲まれても、余裕たっぷりで笑っていた。
「六花ちゃん、こっちに戻ってきなさい!」
「大丈夫だよ、猫詩谷さん」
「で、でも……」
「お嬢、手加減しないと駄目だよ」
ぼくはお嬢に声をかけた。
「アンタまで何言ってんの!?」
猫詩谷は目を剥いて怒鳴った。
「まあ、見てなよ、猫詩谷」
研究員が、お嬢につかみかかろうとした。お嬢はそれをさっとかわして、相手の頭を軽く叩いた。
ゴ……ン。
重い音がして、研究員が頭を抱えてうめいた。
他の研究員はその様子にうろたえて、一瞬退いた。
しかし、研究員の輪の外から、おそらく防犯用なのだろう、木のバットを振りかざした研究員が走ってきて、お嬢に襲いかかった。
猫詩谷が息をのんだ。
お嬢は、
腕でバットを受け止めた。
バットは、
メキ……ッ
と音を立てて、
真っ二つに折れた。
今度は研究員が息をのんだ。
お嬢は優しく、
研究員のすねに足を当てた。
また、
ゴ……ン
と音がして、研究員はうずくまった。
今度こそ、研究員たちは戦意を喪失した。
「……何アレ……。どうなってるの……?」
猫詩谷は、当然ながら、目の前で起こっていることを理解できないでいるようだ。
「あーあ、せっかくのセーラー服が台無しだよ」
折れたバットがセーラー服の袖と、お嬢の腕の人工皮膚を破ってしまったらしい。
黒く光る鋼が見える。
「どうしてくれるんだい。結構お気に入りだったんだよ、この服」
どうやら、人工皮膚はどうでもいいらしい。
研究員たちは、一斉に逃げだした。
残っているのは、逃げ遅れたらしい、猫詩谷に応対していた研究員だけだ。
「……私、サイボーグなんて初めて見た。本当にいるのね」
猫詩谷は、それだけ言った。
というか、それしか言いようがないのだろう。
「サイボーグ、っていうのもちょっと違うけどね」ぼくは言った。
「昔話になっちゃうけど、ぼくが小さな交番で働いていて、警視庁に来る前、ぼくの交番の管轄内で誘拐殺人未遂事件が起こったんだ。警視庁のトップの令嬢が誘拐されたということで、警察の威信をかけて、異様なほど警官が送り込まれた」
「その、令嬢が……?」
「目の前にいる、高校に通ってないくせにセーラー服着てる女の子だよ。当時はちゃんと中学に通ってたみたいだけど。
で、犯人の居場所を突き止めたけど、その建物は迷路みたいに入り組んでいて、犯人のもとへたどり着けたのは、たった一人だった。
その警官がついた時には、お嬢は――

犯人の手で両腕両脚を切断されていた」
猫詩谷は手で口を押さえた。
「……その、警官って……」
「お嬢は、生きているのが不思議なくらいだった。すぐに病院に運ばれて、一命をとりとめた。で、義肢をつける時に、お嬢の父親が提案した。
『鋼鉄の義肢にしてくれ。
この子を闘えるようにする』」
「……『正義のミカタ』……!
噂には聞いてたわ。
警察でも介入できない事件を、人知れず解決する、謎の人物……。
だから、六花ちゃんを呼ぶように頼んだんだけど……。そういうこと、だったのね……」
「お嬢が戦う羽目になったのは、ぼくのせいだ。ぼくが、もっと早くたどりついていれば……」
「まーた言ってるのかい、月下君。君も案外こりないよねえ」
いつの間にか、お嬢がぼくと猫詩谷の傍に立っていた。
「ボクは気にしてないって言ってるだろ? しつこい男は嫌われるよ、月下君。ボクは嫌いじゃないけどね!」
「だって、お嬢が笑う表情しかないのも、その事件のせいだろ!? 実際、ぼくが駆け付けた時も、両腕両脚がない状態で笑ってたし」
うう……、思い出しただけで気持ち悪い……。
「あ~、あの頃は父上の言うこと聞いてた、純粋な時代だったからね~。
あのオヤジ、何が『いつも笑っていれば悪い人は寄ってこないよ』だよ。思いっきり極悪なのが来ちゃったよ! みたいな? あはは」
「……よく笑って済ませられるよな、お嬢……」
――あの事件の恐怖で、それでも笑い続けたお嬢は、笑顔が仮面のように張り付いてしまったのだ。
怒っていても、悲しくても、口が笑みの形にしかできない。今も、なお。
「ほら、昔話はもういいだろ? 早く行こうよ、二人とも。
特に月下君、君は明日までにカタをつけて、崇皇さんとデートしたいんだろ?」
「――ああ、そうだな。よし、とっとと終わらせようぜ!」
「で、どうするの?」と、猫詩谷。
「源重之を探すんだろ、もちろん」
「でも、『源重之』って、多分ハンドルネームよね?」
「は? なんでハンドルが出てくるんだよ?」
「はい、ハンドルネームも知らない、と……」
「月下君、本当に情報社会に生きてるのかい?」
……また、このパターンか。
「ハンドルネームっていうのは、インターネットでの自分の名前。普通、ネット上で本名使う人間はいないわ」
「そ、そうなのか……」
「仮に本名を使うとしたら、個人情報をさらしても平気な人間か、月下君みたいにハンドルネームのことを知らない人間、かな」
「ふうん……」
「まあ、とりあえず、この研究所の所長さんに会うべき、かしらね。案内してね」
猫詩谷は、まだ突っ立っていた研究員の腕を掴んで言った。
「は、はい……こちらです……」
やっと、犯人に会えそうだ。
源重之……一体、何者なんだろう?

〈続く〉
しおりを挟む

処理中です...