正義のミカタ

永久保セツナ

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正義のミカタ第2章~北の大地の空の下~

第9話(第2章エピローグ)角柱寺六花と霧崎零、その因縁

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「圭太君、これからどうなるのかな……」
病院の個室で、ぼくはベッドのそばに座って、お嬢のためにリンゴを切っていた。
「まだ幼いから、逮捕するわけにはいかないだろ? まあ、大きくなったら、自分のしたことの重大さくらいはわかるようになるんじゃないかな」
お嬢は、枕を背中にあててベッドに起き上がって言った。
「まったく、これだから子供は嫌いなんだ。ボクのセーラー服が台無しだよ」
「子供が全部、あんな感じではないと思うけど……」
っていうか、あんなんばっかりでたまるか。
「月下君の上着まで汚しちゃってごめんね」
「いや、お嬢が無事でよかったよ。……それにしても、圭太君、めちゃくちゃ怖かったなあ……」
あの、小学一年生とは思えない、凶悪な顔。
ちょっと、しばらくは忘れられそうにないな……。
「でもさ、月下君」
お嬢は言った。
「何?」
「――罪を犯して罰を受けられないって、哀しいことだよね」
お嬢は、哀しそうに笑っていた。
「――そう、だね」ぼくはそう返した。
幼い、あまりに幼い殺人未遂者。
あの子が自分の罪を知り、罰を受けることが許されるのは、いつになるだろう。
「しかし、あいつの名前が出てくるとはね……」
ぼくは、リンゴの皮をむきながら言った。
霧崎きりさきぜろ……天才殺人鬼……か」
「ふん、殺人鬼に天才も何もあるもんかい」
お嬢はいつもと変わらない笑顔で、吐き捨てるように言った。
「殺人なんてするやつは、みんな馬鹿だ」
お嬢の表情に笑顔しかなくなったのも、霧崎のせいだ。
ぼくが警視庁に来る前、ぼくは交番勤務で、お嬢とぼくが初めて出会って、しばらくしないうちに、お嬢は突然、霧崎に誘拐された。
霧崎はお嬢とともに、迷路のように入り組んだ建物に立てこもり、管轄だったぼくの勤務先は、天下の警視総監のご令嬢が誘拐されたということで、全力で霧崎を追い、その建物の場所をつきとめた。
しかし、犯人のもとへたどり着けたのは、たった一人。
ぼく、だけだった。
ぼくが来た時には、すでにお嬢は――
四肢を切断されていた。
お嬢は、そんな芋虫のような姿になっても、
笑っていた。
そして、
霧崎も笑っていた。
笑いながら、お嬢とぼくを残して逃走した。
おぞましい光景だった。
お嬢は、病院に運ばれ、命をとりとめ、鋼の義肢をつけて、『正義のミカタ』になった。
お嬢の顔には、笑顔がはりつき、笑うことしかできなくなった。
ぼくは、黒かった髪が恐怖で全部真っ白になった。
霧崎はまだ捕まっていない。
「霧崎零……ボクが必ず捕まえてやる」
お嬢は、また眼が鋭くなった。
「あれは、野放しにしちゃいけない……」
ドアがノックされて開いた。
「六花ちゃん、どら焼き買ってきたわよ」
崇皇先輩とおやっさん、ついでに亀追さんが入ってきた。
「やった♪ ボク、どら焼き大好き!」
お嬢は一瞬でいつもの笑顔に戻った。
「みんな、ごめんね。ボクのせいで、帰るの遅れちゃって」
「ふん、まったくだよ」亀追さんが眉間にしわをよせて言った。「帰りの飛行機、どうすればいいんだ」
「そんな言い方しなくてもいいでしょ!」
崇皇先輩は、うんざりした表情で言った。
「いい加減、空気読みなさいよ!」
「六花ちゃん、気にすんな。凍牙に電話したら、有休にしてくれるってよ。――できれば、友達ダチの権力は使いたくなかったが……」
「ああ、父上のことは気にしなくていいよ、おやっさん。そっか、休みってことは、退院してから観光できるね。よかったね、亀井さん」
「亀追だよ!」
「それにしても、かっこよかったわね、月下君」
崇皇先輩がぼくを見て言った。
「え、そうですか?」
「ええ、六花ちゃんをお姫様だっこして病院まで走って行ったんだもの。素敵だったわよ」
崇皇先輩はにっこり笑った。
「ホント、月下君? 重くなかった?」
お嬢が嬉しそうに尋ねた。
「あの時は夢中だったからなあ……」
ぼくは照れて、頭をかきながら答えた。
「へえ、じゃあ、お二人は付き合ってしまえばいいんじゃないかな」亀追さんは冷たく言った。
「お前ちょっと黙ってろ」崇皇先輩は、とうとう口調が変わってしまった。
「……すいません……」
「はい、リンゴ。怪我、大丈夫?」
ぼくはリンゴをお嬢に渡した。
「ありがと。明日には退院できると思うよ」
「そっか」
退院、と言えば、冷子さんを思い出した。
冷子さんは、大きな家のお嬢様だそうだ。
遺産相続の問題で、親戚に邪魔に思われ、無理やり病院に入れられてしまったという。
被害者の医者は、正常とわかっていながら、異常者扱いして、薬を飲ませていたのだ。おかしくなって当然だ。
圭太君がその医者を殺そうとしたのは、偶然だったらしい。医者は、たまたま深夜に家に帰って、奥さんから外に締め出され、車の中で夜を過ごしていたそうだ。
圭太君は、誰でもよかったのだろう。
誰でもいいから、殺したかったのだ。
霧崎零に近づくために。
「ふああ……なんだか、眠くなってきたなあ……」
お嬢は欠伸をした。
「じゃあ、寝てなよ。明日は、歩き回って疲れるだろうから」ぼくは微笑んで言った。
崇皇先輩、おやっさん、亀追さんもそっと出て行った。
「おやすみ、お嬢」
ぼくはドアに手をかけて言った。
「うん、おやすみ」お嬢はベッドの中から手を振る。
やっと、明日から観光ができる。
お嬢とぼくは、北海道で何を見るのだろう。
ぼくは、静かにドアを閉じた。

〈第2章・了〉
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