思い出シーカー×5

うさおう

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×4 目指すは大図書館の地下深く、謎の少女とまだ見ぬ強敵? 前編

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 太陽が元気に輝く青空の下。波の音と共に揺れる船の甲板で、一人の少女が構えを取っていた。潮風によってポニーテールにした髪がなびく。足を開いた姿勢で左手を前へ、右手を脇腹の辺りで軽く握り込む。鼻から大きく息を吸って、口からゆっくりと吐き出していく。そして目を瞑り、意識を集中させると――

「ハッ!」

 カッと目を開き、まっすぐ前に拳を突いた。波の音の中に、拳が空を切る音が割り込む。

 その後も彼女の動きは止まらない。すぐさま新たな型を作り、今度は蹴りを繰り出した。そしてまた新たな型へ素早く移行する――

「ハァッ! ヤッ! ハイ! ハイ!」

 頭の中にイメージした強者と戦い続ける。これは彼女、クイナの日課だ。

「ヴおえええええ……げろげろ~」

「ルキちゃん……大丈夫?」

 そんなクイナの近くで海を汚しているのは、普段は一番元気な女の子、ルキだ。そしてルキの背中を優しくさすっているのがこの物語の主人公、黒髪の美女シェリィである。

「ううう……シェリィ……あたしが死んだらせめて死体は陸に埋めておくれ……海はもう嫌じゃ……うっ、げろげろ~」

「もう……朝ごはんあんなに食べるからだよ」

「ハッ! ハッ! ハァッ! セイッ! ショウ!」

 すぐそこで、そんなやり取りをされていてもクイナの集中は乱れない。これが並みの武道家であれば……ゲロは見えないところで吐け! 集中が乱れるだろ! と怒っているところだろう。だがクイナはそんななんちゃって連中とは一味違う。静かな、落ち着いた環境で戦える事など実戦ではほぼありえない。例え揺れる船の上であろうが、隣でゲロを吐かれていようが、集中を乱さない精神を作る事に鍛錬の意味があるのだ。

 自分の下着が写真付きで売られていたり、股間にキノコでも生えない限りは、彼女が情けなく狼狽える事などあり得ないだろう。



「ふぅ! いい汗かいたわ~……なによルキ、ま~だゲロゲロやってたの? 調子乗ってあんなに食べるからよ」

「うう……だってあの変な魚のスープ美味しかったんだもん……見た目はキモかったけど」

「クイナちゃんも相当食べてたけど元気そうだね」

「アタシは鍛えてるからね、これくらいの揺れで酔ったりしないわよ。どうやって鍛えたかは覚えてないけどね! ぎゃははは!」

 そう、彼女たちは三人そろって記憶喪失なのだった。手掛かりになりそうなのは、取り外す事の出来ない腕輪くらいである。

 腕輪の事を調べるために、彼女たちは現在船でレイドルという城下町へ向かっている。レイドルの大図書館と言えば世間ではかなり有名らしい。そこならば何かが掴めるはずだと……

「でもまぁレイドルにはもうすぐ着く予定なんでしょ? 良かったじゃない、陸で寝てればすぐ良くなるでしょ」

「はやく……はやくついておくれ……もう海は嫌じゃ……うっ! げろげろ~」

「流石に三日も船の上だとね……船室も息が詰まるし……あっ! 見えたよ! あれがレイドルじゃないかな」

 シェリィが指差した先には大きな町が見えている。目指すはそこの大図書館だ。そこではきっと何かが見つかるはず、三人の胸には希望の光が灯っていた。

「げろげろ~……はやく……はやくついてぇ……」





「あははは、一時はどうなる事かと思ったよ~。もぐもぐ」

「アンタあれだけ吐いた後でよく食えるわね、もっしゃもっしゃ」

「胃がからっぽになっちゃったからね~。あがっ! ほっ……骨が……」

 港で買った魚の塩焼きを食べながら、クイナとルキは歩いている。シェリィは町の地図を片手に少し前を歩いていた。

「二人とも、食べながらこの丘を登れるのは本当に凄いと思うよ……」

 三人が目指す大図書館は丘を登った先だ。丘の上には城のように巨大な建物が見えている。



 そして丘を登り切り、いよいよ大図書館の入り口まで来た三人。しかし……

「現在封鎖中だって……」

「ええ~せっかくここまで来たのにィ!?」

「扉破って勝手に入っちゃ……マズいわよね、流石に」

 大図書館の大きな扉には鍵がかけられ、そこには現在封鎖中と書かれた看板が立っていた。

「納得できないよ! あんな辛い思いをしてまで来たのに! あたしが吐いたもん返せ!」

「あっ、この看板を立てた人の名前が書いてあるよ」

 看板を見ながらシェリィが言った。看板の隅には管理者らしき名前が小さく書いてある。

「よし! 居場所を調べて苦情を言いに行こう! あたしのスープを弁償させるんだ!」

「ルキちゃんそれは……」

「まぁでも話くらい聞いてみても良いんじゃない? これじゃアタシも納得できないわよ。せっかく来たのに」

「この人の家、地図に載ってるね。かなり偉い人みたい」

「よし行こう! すぐ行こう!」

 三人は登ってきた道を町へと引き返したのだった。





「うひゃーでけー家だなぁ」

「止まれ、一体ここに何の用だ?」

 高い塀に囲まれた豪邸の門の前で、彼女たちは二人の門番に呼び止められる。

「あの、私たち大図書館に用があってこの町に来たんですけど――」

 ここに来た経緯を簡単に説明するシェリィ。

「なるほど、そういう事か。少し待っていなさい」

 門番の一人が門を通り、豪邸の扉へと続く道を歩いて行く。

「……正直門前払いになるかと思ってたんだけどね、アタシ」

 門から少し離れ、クイナが口を開いた。残った門番に聞こえないよう小声で話す。

「うん、私もちょっとびっくり」

「え~なんでさ?」

「だっていちいち文句言いに来る奴の相手なんてしてられないじゃない。封鎖するなんてそれなりに事情があるんだろうし」

「でもさぁ、それだったら看板に名前なんて書かないんじゃないのー? あれじゃあ納得いかない人はぜひうちに来てね! って言ってるようなもんだし」

「……それもそうか」

 三人で考えるも答えは出ない。程なくして、豪邸に入って行った門番が扉から出てきた。早足気味に門へと近付いてくる。

「ずいぶんと早かったね……」

 それを見た三人も再び門へと近付く。

「そこの三人、許可が出たぞ。中へ入れ」

「……まぁ、話を聞いてみようじゃない」

 三人は門を抜け、豪邸へと続く道を歩き始めた。



 ――それと同時に、豪邸の扉から小さな女の子が現れる。そのたれ目からはのんびりとした印象を受けるが、腰にはつばの無い小さめの刀を差していた。両手の指全てに独特な装飾の指輪がはめられている。

「あれは『魔導輪』……あの子供魔導士なんだ」

 シェリィたちの方へ歩いてくる女の子の指を見て、クイナが言った。

「クイナちゃん、魔導輪ってなに?」

「あれはね、『魔法』を扱うための道具なの。武器って言った方が良いかな。指輪一つ一つに魔法が封じられてて、人間が魔力を流し込むことで魔法が発動するってわけ。そこそこ大きな武器屋とかに行けば普通に売ってるよ」

「魔法ってあのオークが使ってたようなやつかな?」

「あれは魔族だけが扱える魔術ってやつだから、魔法とはちょっと違う感じかしらね」

「そうなんだ、クイナちゃんって物知りだね!」

「へへへ、まぁそれほどでも……あるかな~やっぱ。記憶喪失だけど!」

 腕を組んで得意気になるクイナ。

「騙されちゃダメだシェリィ! これは多分常識的な事だよ! あたしでも知ってたもん!」

「チッ、余計な事を……」

 騒がしくそんなやり取りをしながら豪邸に向かって行く三人、それとは逆に門の方へとまっすぐ歩いてくる女の子、豪邸と門の中間地点ですれ違う。

 そしてすれ違った瞬間、女の子とシェリィの目が合った――

「……?」

 思わず立ち止まり、振り返るシェリィ。女の子はそのまま門へと向かって進んでいる。

「どしたの? シェリィ」

「ううん、何でもない……(あの子、私の腕輪を見ていた……?)」

 女の子の事を気にしながらも、シェリィは二人と共に歩き出す。そして三人は豪邸の扉を開け、中へと入って行った。



「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」

 中へと入ってすぐ、メイドに迎えられる。案内されがままに奥の部屋へと通された。

「いらっしゃい、私がこの屋敷の主だ」

 通された部屋で待っていたのは、身なりの良い初老の男性。少し太り気味でパイプをふかしている。分かりやすい金持ちだ。

「まぁ座りなさい、大図書館の封鎖の事で来たのだろう?」

 男はシェリィを見ながら話す。ぱっと見で一番年齢が上に見えたからだ。

「ええ、まぁ……」

 三人は男の前のソファーに座った。

「うほっ、ふかふかだぁ!」

「くぉらルキっ、静かにしてなさい」

 クイナが小声でルキに注意をする。その様子を見てから男は話始めた。

「大図書館、何故あそこを封鎖したかというとだな……一匹の強力な魔族が住み着いてしまったのだよ」

「魔族……モンスターですね」

「厄介な奴でね。私が雇っている戦士では通用しなくてな。仕方なく一般人の立ち入りを禁止したのだよ」

「なんだ、だったら簡単な事じゃない! アタシ達がなんとかしますよ。そのモンスター」

「おお、やってくれるか。実はそれを頼もうと思っていたのだよ。賞金付きで募集もかけているのだが、なかなか優秀な者が集まらなくてな」

「賞金! いくらくれるの?」

「もしそのモンスターを倒す事が出来たのならば、百万ディーナ程支払おう。死体と引き換えだ」

「百万!?」

 ルキとクイナが大きな声を出して立ち上がる。

「行く行く行く! あたしらに任せて! 絶対に倒してくるから!」

「悪いがその前に君たちの力を試させてもらうぞ。勝てないと分かっている者を送り込むわけにもいかんからな」

 男はそう言ってからメイドを呼びつけ指示を出した。

「訓練場にスコットを待機させておきなさい」

「かしこまりました」

 メイドはそそくさと部屋を出て行く。

「これから君たちにはうちで二番目に強い男と戦ってもらう。少なくとも彼に勝てないようでは話にならん」

 その言葉にクイナが反応する。

「二番目? どうせなら一番強い奴をぶつけて来ればいいじゃないですか」

 少し不機嫌そうだ。

「こちらとしてもそうしたいのだがね。つい先程にも君たちと同じような女の子が現れてな。一番の男はその子にこっぴどくやられてしまったのだよ」

 未だに信じられんがね……と男は小さく付け加えた。

「それって、指輪を沢山つけた背の小さな女の子ですか? ちょっと眠そうな顔をしている」

 シェリィが尋ねる。さっきすれ違った少女の事が気になっていた。

「ああ、知り合いかね? うちで最強の男が何も出来ずに倒されたよ。まだ意識が戻らん。半分冗談で試験をしたのだが……う~むまさかこんな事になるとは……」

 頭を抱えて男は唸る。彼の私兵はそうとう酷い目に合わされたらしい。

「へェ、あのお子様結構やるんだ。手合わせしてみたいな」

「そ、そんな事よりさ! あの子にモンスターがやられちゃったら百万ディーナ取られちゃうって事じゃん! さっさと試験終わらせて追いかけないと!」

 焦ってその場で足踏みを始めるルキ。

「そうだったね。地下の訓練場まで行こうか」



 三人は男に連れられ地下室へと降りていく。そこには木剣を持った男が待ち構えていた。

「彼を倒すことが出来れば合格だ。武器は好きなものを使ってくれて構わない。ただし命を奪う事までは禁止とする。互いにな」

「おっけー! シェリィ、クイナ。あたしがやるよ! 時間ないし」

 慌てた様子のルキがズイっと前に出る。

「ルキちゃん……大丈夫かな」

「シェリィ、ルキなら心配いらない」

 不安そうなシェリィにたいして、自信満々にそう告げるクイナ。

「おいおいダンナ……冗談だろ? こんなお嬢ちゃん相手に剣を振れって?」

「見た目で相手を侮るなスコット。さっき同じ事を言ったブラストは、今ベッドの上だぞ」

「へいへい……分かりましたよ」

 スコットはそう言って木剣を構えた。

「武器は何でもありって話だったけど、そっちは木剣なんだね。だったらあたしは素手でいいや」

 ルキはひょいひょいスコットに近付いていく。

「お嬢ちゃん、流石にそりゃ俺を舐めすぎ――」

 言い終わる前に、一瞬で距離を詰めたルキは、人差し指をスコットの首筋に当てていた。

「あたしの勝ちって事で、いいかな?」

 八重歯を見せながら、ニヤッと笑った。



  試験に合格し、許可を得た三人は再び大図書館へとやってきた。一応入り口の鍵も預かってはきたのだが……

「開いてるね……やっぱりあの子が先に来てるみたい」

 シェリィは剣に手を掛けた状態で中の様子を窺う。

「う~ん、見える範囲で戦闘が行われた様子はないわね」

「じゃあ早く奥へ行こうよ! 百万取られちゃうって!」

「アンタそればっかりね~」

 全員で中へと入って行く。先頭を歩くのは五感の鋭いルキ、少し下がって怯えながらもシェリィが付いて行く。殿を務めるのはなんだかんだで頼りになるクイナだ。

「うげー本棚だらけで頭痛くなってくるな~、壁にまでぎっしりだよ」

「そりゃあまぁ、大図書館なんて言うくらいだもんね」

「最悪モンスターは倒せなくても、本だけ探せればって思ったんだけど、これじゃあ私たちだけで探すのは難しいね……」

「さっさと厄介なのを倒して、詳しい人に探してもらいましょ!」



「お! あったあった! 地下への階段だよ!」

 職員用の部屋の奥に、階段を発見。モンスターは地下を住処にしているとスコットから聞いて来ていた。

「地下はそんなに広くない代わりに深いって話だったわね」

「へへへ、なんかワクワクしてきたぞぉ!」

 早速階段を降り始めるルキ。

「私は怖いけど、二人が付いていてくれるから勇気を持てるよ」

 一度深呼吸をしてから、ルキの後を追うシェリィ。

「怖がる事なんてないわよ、アタシに任せなさいって!」

 自分の胸をとん、と叩いて最後にクイナが降りていく。こうして三人は、大図書館の地下深くへと挑んで行くのだった。

 そして……そんな三人の姿を、本棚の陰から見つめる、謎の少女の姿があった……
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