思い出シーカー×5

うさおう

文字の大きさ
上 下
26 / 42

×26 よみがえる記憶と……

しおりを挟む


「いや~……下から見るとほんとデッケーわねこの木……」

 腰に手を当て世界樹を見上げるクイナ。

 生い茂る葉によって出来た日陰には、黒い花が沢山咲いている。

「この花が……世界樹の花なんだね」

 後からやって来たメリルとエルク。

 メリルはしゃがんで花を摘む。

「なぁによ、元気ないわね。ま~だシェリィのこと気になってんの?」

 歩きながら考え事をしていたエルクに対して、クイナは笑顔で語り掛ける。

「いえ、シェリィさんのことは別に。気になることは記憶が戻ってから聞けばいいだけの話ですからね。精神的ショックを受けていたようなので、心配ではありますけど……」

「シェリィさんのこと一番気にしてるのはクイナちゃんだよね~。無理して明るく振舞ってるのもバレバレだし」

 花をハンカチで包みながら、メリルが会話に入ってくる。ちょっとだけ意地悪な顔で。

「ん……バレてるか。だってさ……アタシらまでしょぼくれてたら、シェリィが余計へこんじゃうじゃない」

 しゅんとした顔に変わるクイナ。

「わたしたちが気にしてもどうにもならないことだと思うよ? エルクちゃんの言う通り、記憶が戻れば色々分かるし、シェリィさんも落ち着くんじゃないかなぁ」

「分かってるけどさ……そういうとこ上手く整理出来ないのよ……アタシ馬鹿なのかな……」

「クイナさん、自虐的になってはいけませんよ。それこそシェリィさんに余計な心配をかけてしまいます。今は何も考えずに、普段通りにしているのがいいと思います」

「うん……ちょっと、頭冷やす事にするわ」

 そう言うとクイナは少し歩き、世界樹を背にして座る。深呼吸をして瞑想を始めた。

「……エルクちゃんが考えてたのは、あのモンスターのことだよね」

 クイナの邪魔をしないよう、小声で話すメリル。

「ええ……魔法を使うモンスターなんて、本来ありえないんですよ」

「でも、人間だって闇の魔術を扱う人がいるよね? シェリィさんとか、アニタ様もそうだったらしいし」

「そういった例外だとしても変なんです。あのモンスターは魔導輪もなしに魔法を発動していました。さらに複数の属性まで一人で……おかしいところが多すぎるんです」

 エルクの言葉を聞き、少し考えてから、メリルは口を開いた。

「…………アレス教で教えてることなんだけどね。千年前のアレス様は、あらゆる属性の魔力を操ったとされているの、それに魔導輪での補助もない時代だし」

「あの、ですが……それは……」

 言葉に詰まるエルク。

「えへへ、気を使わなくていーよ? こういうのって実際の出来事より大げさにして、聞く人に凄い! って思わせるように作ってあるからね。わたしも本当のところは信じてなかったんだ」

「では、何故今その話を?」

「あのモンスター、言ってたよね? 『母』に近付けるわけにはいかないって」

「ええ、たしかそんなことを……」

「これもアレス教の教えだけど……この世界を作った母なる神は、わたしたち人間を産んだ後で、世界樹ユグドラシルにその姿を変え、眠りについたの。だからね、わたしたちは、例え血が繋がっていなくても、みんなが神様から生まれた兄弟、姉妹なんですよって、アレス様は弟子たちに説いたんだ」

 それを聞いたエルクは、何かに気付いたように――

「たしかに……あのモンスターは、わたくしたちに妹だのなんだのと言っていた……」

 もし、もしも、あの髑髏の騎士の正体が、聖王アレスであったとしたら。

「母に近付けるわけにはいかない……まさか、これが……」

 世界樹を見上げ、呟く。

「わたくしたちの……人間の……『お母さん』……?」

 その言葉に応えるように、優しく風が吹き、世界樹の枝葉は歌う。

 放心状態で世界樹を見上げるエルク。

 メリルはそんな彼女を見ながら、全く別の事を考えていた。

 髑髏の騎士がシェリィに投げかけた言葉、それが頭の中から離れず、メリルの心を曇らせていた。



「おーい! みんなー!」

 世界樹の下にいた三人に、ルキとシェリィが追いついてきた。

「あっ! シェリィ! もう……落ち着いた?」

 歩いて来たシェリィにクイナが駆け寄る。

「うん、ごめんね、心配かけちゃって……もう大丈夫だから」

 笑顔でクイナを撫でるシェリィ。

「そ、そう……良かったわね!」

 ぱぁっと明るい表情に変わるクイナ。彼女の心に引っかかっていたものが、一気に溶けていく。

「はいはいそれよりさー、世界樹の花はどうしたの? もしかしてこの辺に生えてるのがそうなの?」

 きょろきょろしながらルキは言う。

「うん、そうみたいだよ。ちゃんと摘んでおいたから安心してね」

 メリルがそう答えた。

「そっか、だったらさ、もう帰らない? ここにはこの木以外何もないみたいだし。あたし疲れちゃったよ」

「そういえばアタシもお腹すいたな……」

「そうだね……エルクちゃんもいいかな?」

「ええ、世界樹の調査ならまた来ればいいですし……次はオウカさんにも来ていただきましょう」

「了解! じゃあみんな手を繋いで~。ジュリ屋まで飛ぶよ!」





「おばあちゃ~ん! ただいまー!」

 元気よくジュリ屋に入るルキ。少し遅れて他の四人も入ってくる。

「ああ、おかえり」

 受付に座っていたオウカが笑顔で迎える。

 留守にしているジュリアンテに変わって店番をしていた。

「おばあちゃん! 取って来たよ! 世界樹の花!」

「なにッ!? そうか! ついにやったな! どれ、見せてくれないか?」

 立ち上がるオウカ。

 メリルがハンカチに包んだ花を手渡した。

「どれどれ……うん、間違いない。これだ。見た覚えがある。少し待っていろ。準備をしてやる。えるく~! 店番代わってくれ!」

 慌ただしく奥に飛んでいく。

 少ししてからえるくがやってきた。

「おう、おう。やるじゃないか。これできおくがもどるな」

 受付にちょこんと座ったえるく。

「はかせがいうにはすこしじかんがかかるらしい。そとでめしでもくってこい、といっていたぞ」

「そうなんだ……どうする?」

 全員に聞くシェリィ。

「行く行く! あたし腹減ったー」

「ア、アタシも……」

「いいですね、どこにします?」

「だったらレイドルに行かない? わたし美味しい海鮮料理のお店知ってるんだぁ」

「よっしゃー! 今日はお祝いだ! 好きなだけ食えー!」

「ふふっ、いつも好き放題食べてるような気がしますけどね」

 賑やかに、楽しそうにしながらレイドルへと転移した五人。

 そんな彼女たちの様子を、えるくはどことなく満足そうに見ていた。





 メリルの案内でレイドルの町を歩くシェリィたち。

 ここに来るのは久しぶりだ。

「そんなに時間が経ったわけじゃないけど、懐かしく感じるな……」

 以前訪れた時は、まだクイナとルキしかいなかった。

「わたしはここでシェリィさんたちと出会ったんだよねぇ。あの時はビックリしたなぁ」

「何があったんですか?」

「腕輪に関する本がごっそり盗まれてたのよ。アタシたちが犯人捜ししてたところに、メリルが現れたのよね」

「あっ!!!」

 突然大声を上げたエルク。

「ど、どうしたの? エルクちゃん」

 驚いたシェリィが振り返る。

「いっ、いえ、なんでも、ありません……(しまった、本の事をすっかり忘れていた……道具袋を取り返したら返しにこなくては……)」

「エルクと出会ったのもここだったよなー」

「そうですね。初対面の時はすれ違っただけでしたけど……」

「次に会った時は獲物を取られちゃったのよね」

「あ~……あの時は……実は敵を見つけられずに困ってまして……後から入って来たシェリィさんたちをずっと追いかけてたんですよね。それで、苦戦しているようだったのでイライラしてしまって……ごめんなさい」

「あはは、謝ることないって。賞金は譲ってくれたんだからさー」

「アタシは結構ショックだったけどね。まぁ、苦戦してたのは事実だけどさ」

「フフ……あの時のエルクちゃん、凄くカッコよかったよ」

「以前の話をされるのは、なんだか恥ずかしいですね……」

「む~……わたしだけ蚊帳の外……」

 五人の話題は尽きることがない。

 戦っていても、食事を摂っていても、町を歩いている時も、何をしていてもよみがえる、旅の思い出たち。

 たとえ旅が終わったとしても、それは生涯残り続ける、五人の宝物だった。







「えるく~! ただいまー!」

 元気よくジュリ屋に入るルキ。少し遅れて他の四人も入ってくる。

「おう、おかえり」

 受付に座っていたえるくが返事をした。

「じゅんびはできているぞ。お~い、はかせ~」

 廊下の方に向かって声を出すえるく。あまり大きな声は出ていない。

「ああ! 今行く! 少し待っていろ~!」

 オウカの声が返って来た。

 しばし待っていると、オウカは大きなお盆に急須と五人分の杯を載せて運んできた。

 飛ぶと不安定になるのでゆっくり歩いている。

「出来ているぞ! これが仮死薬だ」

 シェリィにお盆を渡すオウカ。

「ひっくり返すなよシェリィ。他の四人では不安だからな、しっかり運んでくれ」

「せ、責任重大ですね……」

「いいか。全員これを一口だけ飲むんだ。水のようにゴクゴク飲むんじゃないぞ。一時的に意識も失うから、二階の部屋で飲むと良い」

「分かりました。二階まで運びますね……」

 お盆を持って階段を上がっていくシェリィ。

 ルキ、メリル、エルクもその後について行く。

「あれ? オウカはこないの?」

 階段の一段目に足を掛けた状態で、クイナが振り返った。

「ああ、この瞬間のために五人で頑張って来たんだろ? 邪魔者はここで店番でもしているよ。落ち着いたらじ~~っくりと話そう」

 逃がさんぞ? と付け加えて、オウカは笑う。

「……オウカ、アンタやっぱいい奴ね」

 釣られてクイナも笑う。

「今頃気付いたのか? これでも妖精だてらに勇者の仲間だった女だぞ」

「ぎゃはは! 記憶が戻ったら色々話すからさ。そん時はアンタの話も聞かせてよ。なんであんな所に捕まってたのか、とかね!」

 そう言ってクイナは階段を駆け上がって行った。

「なんだ、遠慮していたのか……? 気になるなら聞いて来ればいいものを、まったく子供のくせに」

 えるくと入れ替わり、受付に座るオウカ。

「わたくしはぱーてぃーのじゅんびでもしておいてやるか。ますたーもそろそろもどる。こんやはさいこう」

 台所へとぽてぽて走って行くえるく。テンションは相変わらずだが、どこか楽しそうな様子。

「ほぉ、珍しくはしゃいでいるな。魔導ゴーレムが感情を表に出すことはあまりないのだが……」

 そう言うオウカも楽しそうに――

「例外なんて、いくらでもあるのかもしれないな」

 頬杖をついて、えるくを見送った。





 ジュリ屋の二階、畳の大広間に入って来たシェリィたち。

 最初に入ったシェリィが、足元にお盆を置いた。

「ふぅ……危ない薬だから、運ぶのも気を使っちゃうね」

「シェリィさんお疲れ様。いよいよだね~」

 急須を持って、仮死薬を杯に注いでいくメリル。柔らかな口調ではあるが、少し緊張している様子。

「うわ! 真っ黒! これ飲んだらヤバそうだなー」

「実際、一時的に死ぬわけですからね……わたくしも緊張してきました」

 仮死薬を覗き込むルキとエルク。

「うわ~、臭いキツイわね……階段の方まで臭ってるわよ」

 少し遅れてやってきたクイナ。

「全員揃ったね……じゃあ、飲もうか」

 杯を配り始めたシェリィ。

 それぞれが杯を持って、輪になって座る。

「あ……ヤバ……アタシもドキドキしてきちゃった」

「これは、ちょっと飲むのに勇気が要りますよね……」

「せーのでさ、みんなでガッと飲んじゃおうよ! せーので」

「そうだねぇ……じゃあ、シェリィさん! 挨拶と合図、お願いしま~す!」

 座った四人がシェリィを見る。

「え……私?」

「このパーティーの始まりはシェリィさんとルキちゃんなんだよね? 何かお願いします!」

 可愛く笑って無茶振りをするメリル。

 シェリィは一瞬だけ考えてから語り始めた。

「私は……ある日気が付いたら、名前すらも分からなくなっていて……自分では何も分からなくて、出来なくて。ルキちゃんが傍にいてくれなかったら、きっと今頃どこかで寂しく死んでいたと思う。二人で旅を始めて、クイナちゃんと、メリルちゃんと、エルクちゃんに出会えた。その旅が凄く楽しくて、実を言うとね? このままずっと皆でいたいな……なんて思ってたりもするの」

 四人全員が、シェリィの言葉に笑顔で耳を傾けている。

「でも……私たちはここまでたどり着いた。今日、五人での旅は終わってしまう……だけど、これはきっと、皆の新しい始まり…………いや、違うかな? 戻るんだ。私も含めて、皆が、本当の自分の人生の続きを生きる……そんな、大切な日……少し寂しいけれど、記憶を探して共に歩んだ日々は、決して消えることなく、私の心に残る……だから――」

 手にした杯を前に出し、シェリィは笑顔で言った。

「旅の終わりと、本当の自分に――乾杯!」

 全員がグイっと仮死薬を口に入れる。

 無意識に、シェリィの体は止まった。何かへの拒絶を示すように。

 だが、無理矢理体を動かし、他の四人より少し遅れて、彼女は仮死薬を飲み込んだ。



 飲み込んでから数秒後、世界樹から溢れた邪気が、五人の魂を死へといざなう。

 彼女たちの魂は一時的に肉体から剥がれ、意識を失う。

 聖王の腕輪がそれに反応し、反転を起こす。

 腕輪はぼんやりと光始め、元の状態へと戻った。



 しばらくして、五人の仮死状態は解ける。

 それぞれが意識を取り戻し、記憶がよみがえる。

 彼女たちは、『本来の自分』へと還って行った――



「あ……ああ……」

 顔に手を当てて、ゆっくりと起き上がる、長く黒い髪を持った『彼女』。

 その瞬間――

「がっ!?」

 頭に、横から凄まじい衝撃!

「げっ、え……ガハッ!」

 何者かに蹴られたのだ、と認識した時にはもう遅い。

 彼女の首はありえない方向に曲がり、口と鼻から血をまき散らしながら、畳を転げ回った。

「…………なにが、シェリィだ……!」

 蹴りを入れたのは、ポニーテールの武道家。怒りと悲しみが入り混じったその声は震えている。俯いているため、表情は分からない。

「やめろォッ!!! クイナぁ!」

 短剣を持った、小柄な女の子が叫ぶ。酷く混乱している様子で、手足が震えて立つことが出来ない。

「どうして? どうしてこんな事に……? 何故私の封印が解けたの……? どうして私たちは……平然と一緒にいたの?」

 力が抜けたように座り、虚ろな瞳で何やら呟いているのは、髪を二つ結びにした女の子。

「メリルッ! 腑抜けてんな! 立て! エルクも何やってんのよ! 今度こそここで仕留めるわよッ!」

 武道家は大きな声で言った。

 エルクと呼ばれた小さな女の子は、既に部屋の隅に移動していた。

 姿勢を低くし、いつでも動けるよう警戒しつつ、倒れた黒髪の女を凝視している。

「フ……フフ……」

 首を折られ、倒れた彼女の体が、畳の中にズブズブと沈んでいく。

 やがてそこには彼女の『影』だけが残り、その影の中から、まるで沼から這い上がるかのように、彼女は現れる。

「フフフ……皆で一緒になんて言わないで……あなた達だけ先に戻っていれば、私を殺せたのにね」

 首は元に戻っていた。

 長い黒髪を片手でかきあげ、なびかせる。

 部屋をぐるっと見回してから、妖艶に笑う。

「今すぐ殺してやるわよ……アタシたちを騙して……絶対に、絶対に許さない! 『アルシア』の仇もここで討つ!」

 武道家が顔を上げた。怒りに満ちた瞳からは涙が溢れていた。

 その涙を見た後で、彼女は足元の影に手を入れる。そこから何かを掴み、引きずり上げるような動作をすると、影はその形を変え、黒い刃へと変わっていく。

「違うッ! やめるんだクイナ! おね……シェリィもやめろ! 戦っちゃいけない! 話を……話をしてくれ! なにか理由があるんだろ!? どうしてあの時……あたしを助けたんだよ!」

 短剣を持った女の子は泣きながら叫ぶ。

 しかし武道家は止まらない、彼女に向かって突進していく。

「フフ……記憶が戻って……大分動きが良くなったんじゃない? クイナちゃん」

「気安くアタシの名前を呼ぶなぁ! 『アイリーン』!」

 武道家の攻撃をいなしながら、アイリーンと呼ばれた彼女は考える。

 どうしていつも、事態は悪い方にばかり転がってしまうのか、と。

 場は混乱し、五人の心はバラバラに引き裂かれる。

 唯一共通していたのは……その場にいた全員が、涙を流していたという事――
しおりを挟む

処理中です...