俺で妄想するのはやめてくれ!

元森

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23 こうなる計画

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 ◇◇◇
 
 頭がぽおっと熱い。
 まだ覚醒しきってない頭のなかが、意識をぼんやりさせている。身体があったかくて、むしろ熱く感じる。だが、頭のほうに風がきて、涼しかった。俺は重い瞼をあけて身体を小さく動かす。
「……あ…、起きた……」
 低い、声。
 心配している、ほっとしている、そんな感情がまじりあった声だった。瞼をあけた世界には茶色い木の天井が広がっていた。まだ頭がぼんやりしていていま自分がどうしていたのか、あまり思い出せないでいた。
「……ん…」
 目をこすり、脚を伸ばす。身体が寝ているのがわかる。足に少し触れた畳の感触に、いま自分は旅館にいるのだと思い出す。布団の上にいることがわかり、周りにも布団がひかれていることが分かった。
「まだ…起きないほうがいい…」
 目の前にいたのは、栗須だった。覗き込んだ顔は、近くてまだぼおっとする意識のなかでもドキンとしてしまった。周りを見渡そうと首を動かすと、ズキンとこめかみが痛んだ。思わず声をあげると栗須は小さく声をあげて俺を静止させた。
「……ダメだ…」
「……ぁ…」
 浴衣を着た栗須は、髪が濡れていた。それをみて、俺は思い出す。
「…俺………」
 のぼせたんだ…―――。
 そのことを思い出して、ふぅと息を吐いた。顔に当たる風がまたふきはじめた。うちわであおいでいたのは、栗須だった。片膝を立てて、じっと栗須は横になっていた俺を見ていた。
「……ごめん」
「……」
 きっと、栗須に迷惑をかけた。栗須がこの部屋まで運んでくれたのだろう。完全に、自分の失態だった。気を付けていたつもりだったのに、のぼせてしまった。栗須は、じっと黙って俺を見ていた。その色は複雑なものだった。無表情だったが、なんとなく色を感じた。
 パタパタと煽ってくれる風が気持ちよくて、思考がまとまらない。
「…みんなは…?」
 見たところ、誰もいない。妙に静かな部屋は二人の声と息しか聞こえない。この部屋は離れだからか、鈴虫の音しか聞こえてこない。頭がそれを認識するとガンガンと頭が痛みが鳴り続けた。とても重要なことを俺は忘れている気がしてならない。忘れてはいけない何かを。
 鼓動がドクドク嫌な音をたてて鳴り響いている。
「……いない」
「…ぁ」
 そうか、いないのか…。嫌な鼓動が早まる。綺麗な栗須の端正な顔がまともに見えない。
「どこ行っちゃったんだろ…」
 栗須と、布団のうえで2人っきり…。なんでだろう…。どうしてそんなことになっているのだろう。なんでこんなに自分は不安なんだろう。いつの間にかそんな不安が怖くて、栗須に問うていた。
「……みんな花火しにいってる…」
 栗須の言葉はぶっきらぼうだった。いつも通り、普通の。だからこそ、余計に異質に思えた。
「…はな…び…」
 うわごとのように俺は反芻する。虹田も伏矢も角川も西島も――――みんな花火しにいったんだ。
 だから、俺は栗須と二人っきりに…。
「栗須は…いかないでいいのかよ…」
『二人っきりで居たい』
「え……?」
 ドクン、と心臓が高鳴った。あぁ、違うこれは栗須の願望だ。思わず声をあげてしまった。いけない…。頭がぼうっとして、うまく言葉が出てこない。
「…………別に」
 いかなくていい。
 そう栗須は言った。俺は嫌な汗が噴き出ていた。
『俺の願いは叶った。うれしい…』
 頭の中にはじけ飛ぶ栗須の喜ぶ声。
 ――――俺は、願っただけだよ。栗須と増栄が明日の夜2人きりで一緒の部屋にいるようにって…――――……。
「ッ」
 角川の言葉を思い出して、俺は顔を青ざめた。そうだ、なんで今まで思い出さなかったのだろう。栗須と二人っきりはマズイって。西島と一緒にいようって思っていたのに、西島は花火をしにいっていないという。急に頭がスッキリしてきて、頭の中が整理されてきている。
 そんなうまい話があるのか?って疑いたくなるほどのことが角川にお膳立てされているような展開が今、目の前で起こっている。そう認識すると、汗がどっと溢れた。俺は願っただけだよ、と角川はあのとき言っていた。
 今、確信する。こんな栗須にとってうまい展開、あんなに俺と西島が警戒してたのにありえるはずがない。こんな『お膳立て』をしたのは、紛れもなく角川だ。いや角川の能力といったほうがいいのかもしれない。
 きっと角川は願ったのだ。そのままの意味で。俺と栗須が一緒になるように。
 警戒心もなく俺が修学旅行を純粋に楽しんでいたのも、きっとそういうふうになるように願いが働いたのだ。サウナのことも、お風呂場のことも、自由行動のことも全部。こうやって俺が風呂でのぼせて栗須と一緒にさせるためのシナリオだったのだ。
 西島が来ない理由も、きっとこの願いの遂行のためのものだ。
 ――――計画でしょ? まぁ、言ってもどうせなるんだから言ってもいいかな。
 あの言葉の言う通り、計画を知られてしまっても角川の願いは叶った。結局のところ、こうなることは決まっていたのだ。いままで俺と西島がやってきたことは、無意味だったということになる。
 すべてのピースがはまって俺は呆然とする。なんという桁違いの能力なのだろう。公立の高校であんなに警備が厳しいのは強い能力者がいて、それを見張っているという噂だったがあながち間違っていないのかもしれない。
 角川が自分の能力に絶対の自信があったのも頷ける。こんな絶対に決まってしまう能力を持っているのだ。あんなに自信に溢れ、行動にもつかみどころがなかったのもこんな能力があったからに違いない。どうして政府が角川を特別な研究所に送らなかったのかが謎すぎる。
 こんなことになるんだったら政府に角川を危険人物として監視するようにいっとけばよかった。今更過ぎて、もう無理だけれど。
「…増栄…?」
 押し黙った俺に、栗須は無表情で問いかける。俺は慌てた。夜まで二人きりなのは、もう決まりきっている。これをどうやって乗り越えていくかだ。頭がグルグル回って俺は栗須の顔が近づいてきているのに気づかなかった。
「…増栄」
『キスしたい』
「…ぇ」
 俺を呼ぶ声とともに降ってきた願望とともに降りてきたのは、栗須の唇だった。まるで重なり合う必然のように、栗須の柔らかい唇が俺のものとつながった。頭に電流が流れるような衝撃だった。
 いつの間にか栗須が仰向けに寝ている俺に馬乗りをしている。
「……ごめん」
 栗須の肩は上下している。頬もほんのり赤く色づいていた。謝っているが、反省の色はあまり感じられなかった。むしろ興奮していることが分かる。俺は唇が離れたあとも、口を開けて呆けていた。
『最後に思い出だけもらっていいよな…?』
 その言葉を聞いて、俺は西島と話していた『最悪の計画』が当たってしまって気が遠くなってきた。
 ふ、ふざけんな――――!
 と、叫べたらどれだけ楽なんだろう。
 どうにかして、この牢獄から抜けだないといけないけれど、のぼせたすぐの俺には思いつく気もしなかった。
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