Re:asu-リアス-

元森

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1 Re:asu-リアス-

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 ————この想いは、どこに向かうのか自分でも検討がつかない
 ————僕が変わっても、あなたは笑ってくれるだろうか
 ————あなたは泣かなかったから、僕も泣かない

 大きな街頭モニタ—から聞こえてくる女性を虜にし、狂わせる声が、自身の胸を打つ。全部が英語の歌詞だったが、どこにでもいる容姿の学ランを着た青年は立ち止まり、そのキャッチ—で扇情的な歌が聞こえる大型モニタ—を見つめた。彼は英会話教室をやっている両親のもとから生まれたので英語は得意だった。日常会話レベルのものだったが、意味が何となく分かると息を吐く。その画面を見つめる瞳は、ある種の感情が混じり合っていた。
 だがその映像をみた瞬間、胸に鋭い痛みが走り思わず目を伏せ身体を画面から外した。そうしないと、自分が『彼』との距離に押し潰されてしまいそうだったから。
 ——…俺が一番初めにあ—ちゃんのファンになるからね。
 そう言ったのは、自分だったのに。昔の記憶を思い出し青年は項垂れる。ファン失格かな、と青年は小さく自分を責める。
 自分の幼馴染は、いつの間にか海外バンドのスタ—になっていた。
 元から彼は星のように、キラキラと輝いていた。他の人とは、明らかに違っていた。美しい蝶のように、綺麗な翅を羽ばたかせて随分と遠い所へ旅立っていった。
 彼は自分のことを忘れているだろうに、どうして自分だけこうやってずっと彼を想っているのだろう。そう自覚すると、心が張り詰めそうに痛くなる。青年は9月中旬に入り少しだけ肌寒くなった空気をぼんやりと感じていた。
 街頭のモニタ—の女性キャスタ—が興奮気味に「Re:asuの皆さんありがとうございました! 新曲のTABOOでした!」と言っている。
「ありがとうございました」
 その美しい声の流暢な日本語を聞いて、青年は堪らなくなって足早にその場を去った。
 観客の悲鳴が辺りを賑やかにさせている。街頭モニタ—に映る彼の姿は、歩いている人々を立ち止ませた。老若男女関係なく、彼を見つめる。そこには色素の薄い髪色と瞳を持った、大人気海外バンドRe:asu—リアス—の美形ボ—カル五十嵐明日(いがらしあす)映っていた。
 彼は愉し気にファンに手を振っていた。それはそれは優雅な姿だった。

◇◇◇

「樹くん、おはよ」
「あ、おはよう」
 教室で窓側の席に座っていた青年——瀬谷樹(せや いつき)は、友人の磯山タスキ(いそやま たすき)に肩を叩かれ挨拶をされて慌てて返す。タスキは髪をこげ茶に染めてオ—ルバックにしている、容姿もおしゃれな現代的な男だ。
 樹も髪は茶色だったが、髪形も襟足に揃えてある模範的な髪形で、決してお洒落なものとは言えない。容姿もイケメンの部類に入るタスキに比べれば、いたって平々凡々な容姿だった。社交的な彼がどうして樹と仲良くしてくれるかは、よく分からない。
 だが今の2年で初めてクラスが一緒になり、隣の席で初めて彼が声をかけてくれたのだ。それがきっかけで仲良くなり、そして今も席が隣なので、とてもタスキには縁がある。彼はとてもいい青年なので、仲良くなってくれて本当によかったと樹は思う。
「なぁ—、樹くん。昨日のミュ—ジックスタ—みたぁ?」
 準備が終えたタスキが、ねぇねぇと聞いてくる。相変わらずくるくるとよく変わる表情だ。
 クラスの女子が可愛いよね、と話しているところを聞いたことがある。確かに樹にとっても、そんなタスキの様子が可愛いと思う。樹は、チクンと胸が痛みながら、頷く。
「見たよ。街頭テレビでも大きく映ってたよ」
 ミュ—ジックスタ—とは、日本だったら知らないものはいない大音楽番組だ。
そこに出られるのが夢だというア—ティストも多い。タスキは机に突っ伏しながら、悶える。
「やっぱりすごかったよな~、海岸! 日本に来て一発目のライブ! 今回の曲もかっけぇしさ~」
 興奮したタスキに、樹は曖昧に頷く。
「…そうだね」
 海岸とは、海外バンドRe:asuの呼び名だ。リアス式海岸からもじられている。
 Re:asu—リアス————結成3年足らずで大人気海外バンドになり、ア—ティストスタ—の道へと駆け抜けているバンドだ。今飛ぶ鳥を落とす勢いなのは間違いなく彼らだろう。日本でも人気が高いのはもちろん、本拠地オ—ストラリアでは知らない人はいない程の人気ぶりだ。
 どうしてそんなに大人気なのか———その理由は共感出来る片思いの歌詞と、セリフがある点だ。そのセリフが日本語という点も奇抜だ。ボ—カルが日本人ということで、とても綺麗で…しかも愛の囁きが主なので、日本の人気は凄まじい事になっている。海外でも全部が英語の歌詞の中にある『日本語の愛の囁き』という奇抜さが受け、音楽界でその人気が確固たるものになった。
 バンドのメンバ—もその人気を支えていた。ボ—カルのアスはその中心となる人物だ。弱冠17歳で生まれ持った天使の歌声で、扇情的に恋に悩む等身大の青年を歌いきっている。その色香のある甘い声に誰もが魅了されてしまうのだ。日本人だが、オ—ストラリア人とのクォ—タ—で、色素の薄い目と髪色、そして儚げな美麗さと相まって熱狂的なファンも多い。
 そして、他のメンバ—も根強い人気がある。ギタ—の20歳のジャックは荒々しい超絶技巧の持ち主だ。そのギタ—通り、本人も色香を放ちまるで猛獣のようなたてがみの赤髪が特徴のこれまた美形である。女性が周りにいつもいるイメ—ジがあり、様々な噂が飛び交っている。だが、彼はそんなことは気にしていないようだ。
 ドラムのリヤンは、まるで猫っぽい容姿の21歳で茶髪の可愛らしい青年である。彼は見かけによらず大胆なドラムを叩く。そのリズムは観客を、一気にリアスの音楽に染め上げてしまうのだ。まるでアイドルのような容姿なので、向こうでも日本でも人気がある。
 最後にリ—ダ—であるト—マスは、エレクトリックギタ—&キ—ボ—ドの22歳だ。最年長で、このリアスをまとめている。抜群の安定感があり、きっと彼がいないとリアスはまとまらないだろう。落ち着いた紳士的な金髪の美形なので、ファンからはト—マス王子と呼ばれている。その呼び名の通り、王子のように気品のある人だった。
 この四人がリアスのバンドメンバ—だった。アンバランスなようでいて、バランスがいい、この超個性派バンドは、今度からオ—ストラリアではなく日本を本拠地にするという。これはファンたちにとって大きな衝撃だった。樹は素直に嬉しかったが、向こうのファンは阿鼻叫喚だろう。
 どうしてそういうことになったのかは分からないが「日本の皆さんに、喜んでもらえるよう努力します」と明日はインタビュア—に答えた。
少したどたどしい日本語のその映像を見た樹は涙が出そうになった。
「いま明日がこの日本にいるんだよな~。ライブのチケット取れなかったし…あ~行きたい~」
「…俺も落ちちゃった。すごい確率だよ…ツア—」
 今度やる日本開催ド—ムツア—が来週にやってくる。樹も応募したのだが、初の日本開催のおかげですごい確率になってしまいチケットはとれなかった。ファンクラブに入っているのに、だ。それはタスキも同じだった。 
「はぁ~…奇跡起きないかな~…」
「どんな奇跡だよ~」
 はぁ…と二人同時にため息を吐いた時、チャイムが鳴り響きこの話はお開きとなったのだった。結局リアスト—クをして、今日の学校の時間は過ぎていった。 
 ———その日の夜。青天の霹靂が起きた。
 それは一本の電話によるものだった。電話をとった母が大声を上げて、驚いていた。何かあったのかと固定電話が置いてある部屋に樹が行くと慌てた様子で、受話器を渡してくる。何を言っているのかよく分からなかったので、取り敢えず受け取り耳に当てると、美しい甘い声が聞こえた。
『…イズ?』
 心臓が、ドクンと鳴り響き間近に感じた。汗がどっと噴き出て、頭が真っ白になる。
そんなはずはない。だけど。この声は。混乱した頭の中で、一つの答えを出す。
「あ—ちゃん……」
 樹の声は震えていたが、受話器の向こう側は樹の声に小さく笑った気配がした———…。
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