Re:asu-リアス-

元森

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29 スイーツバイキングにて

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 明日翔が誘ったのは、意外にもスイーツバイキングだった。そこのパスタが美味しいんだよ、と語る明日翔は真剣そのもので冗談で言っているわけではなさそうだ。樹はとりあえず母に『今日のご飯明日翔さんと食べる』とだけメールを送った。
 樹は大半が女性客で占める店内に落ち着かない気分になりながら、いたって普通に入っていく明日翔の後ろへついていく。駅前の近くにある店内は、美形な明日翔の登場に色めき立つ。突然浮世離れしたイケメンが来たのだから当たり前だろう。
 明日翔と樹は店員の案内を受け、店のなかでも目立つ位置に座らされた。どう考えても明日翔の美形にあやかった集客目的だった。明日翔を見たほかの女性たちが続々と店内に入っているのを横目に見て、効果はバッチリだな、なんて思った。
 ここまでくると、芸能人みたいだなと思う。明日翔はただの一般人だというのに。まるで特権階級の人間みたいだ。いや、実際はそうなのだろうけれど、
 当の本人である明日翔は外の様子に別段気にすることもなく、可愛らしいピンクのソファに腰かけるとコートを脱いでいる。
 コート脱いだ長袖のTシャツの上からでもわかる筋肉質な体つきに思わずドキッとする。健康的で筋肉質な肌は雄の色香で満ちていた。五十嵐家はよく似た顔の年の離れた兄弟だが明日と明日翔は美しいのタイプが正反対なのだ。
 弟の明日は清らかな≪純潔≫の美しさ、兄の明日翔は男であるがゆえの≪武骨≫の美しさ。―――まあどちらも見惚れてしまう美しさなのは変わらない。
「樹こういうところ嫌いか?」
 明日翔は眉を顰める。そんな顔も様になっているのだから、美しすぎる獣は恐ろしい。
 黙って座り店内を見渡す樹に、明日翔は窺うように問うた。樹は慌てて首を振る。
「えっ、いや、初めて入って…なんだか場違いだなって思っただけです…」
 樹は素直に気持ちを吐露した。ケーキに囲まれたキラキラとした店内は、男の自分がいるのは違和感があったのだ。
「そうか? 樹は可愛いから溶け込んでるよ。俺の方がなんか悪目立ちしてね?」
「あ、いやそれは…」
 ジロジロとみられているのが分かっていた明日翔はそう言ってため息をついた。それは貴方がカッコよすぎるからです―――…とは言えず樹は言葉を濁した。普通だったらこんなところにこんな美形がいるとは思わないだろう。皆が気になってみてしまうのも無理はない。
 それにしても樹は可愛いから溶け込んでいる、という言葉は喜んでいいのかどうか分からない。
 樹の様子に、明日翔はカラッと笑った。
「まあいいや。お前甘いモン好きだろ? 俺ここで待ってるからなんか取って来いよ」
「え…でも…」
 明日翔に縋るように見てしまうのは、ケーキを食べたくて実はうずうずしていたが男一人で女性の列に並ぶのは恥ずかしいからだった。樹の様子をみて合点がいったのか、含み笑いを浮かべた。それは年上の明日翔が少し子供のように見えた表情だった。
「わかったわかった。俺も行くよ。ほら、一緒に行こうぜ」
「あっ、はい!」
 樹は嬉しくて、大きく頷きぱあっと明るく笑った。明日翔は樹の笑みを見ると一瞬真夏の太陽を直視してしまったかのように顔を顰めた。だがすぐにたのしそうな笑みに変わり、立ちあがるとやさしく樹の肩を押した。その手は明日と違って男らしいとても大きい武骨な手だった。
 樹が大きな皿にこんもりとショートケーキを盛り付けているのを見て明日翔は綺麗な顔を歪めた。
「お前…マジでそれ全部食べる気…?」
「はい。明日翔さんも食べますか?」
「いや、見てるだけで胸やけしてくるからいい…」
 二人はバイキング形式になっている店内をぐるりと一周周り、自分たちの席に戻ると盛り付けた皿を並べた。たくさんの美味しそうなケーキがあったが、結局一番好きなショートケーキを見つけると欲望にまかせて大皿にそこにあるだけ全部乗せる勢いで盛り付けてしまった。そのときの明日翔の『マジか』という言葉が若干引いていたのがちょっと悲しかった。
 樹とは対照的な明日翔はケーキバイキングだというのに、パスタしか盛り付けていない。パスタバイキングだな、と明日翔は笑っていた。
 ショートケーキしか盛り付けてない樹と、パスタしか盛り付けていない明日翔の席は妙に目立っていた。
「それより樹、お前もパスタ食うだろ? 本当にそれしか食べないのか? この皿やるから食べろよ」
 向かい側に座った明日翔は、樹を心配して自分のとったたらこスパゲッティの皿を押した。やさしい気遣いをしてくれる明日翔に樹は首を振る。
「俺これだけで平気です。むしろこれでケーキを残してしまったら嫌だし…」
「お、おう…そうか。むしろ俺が見てるだけで腹いっぱいになりそうなんだが…」
 微妙な反応をしている明日翔を不思議に思いながら樹はショートケーキにかぶりつく様に食べすすめた。生クリームがさっぱり目で、想像より全然美味しくてどんどんと食べすすめてしまう。一人で来るのは恥ずかしいから女の子である姫川を誘ってまた来たいと思ってしまうほどだった。
 しばらく二人は何もしゃべらず黙々と食べすすめていたがふいに明日翔はフォークを皿の上に置いた。
 じっと見つめてくる視線を感じ、樹は顔をあげる。そこには明日によく似た顔が真剣な表情で樹を見つめていた。≪あの時≫の明日を思い出す顔で樹はドキッとして身体を強ばらせる。
「…明日となんかあったか?」
「っえ?」
 静かに聞く明日翔に樹は身構えていたが、間抜けな声を上げてしまった。心臓がドクン、と跳ねる。
「お前なんか元気ないだろ? なんつぅか、アイツ…明日もちょっと最近おかしくてさ」
 明日がおかしくなるのはだいたいお前が絡んでるからな―――そう言った明日翔はすべてを見透かしている瞳で思わず目を彷徨わせる。
 まさか―――、と一瞬とても嫌な想像が浮かんで慌ててそれを頭の中で否定する。いや、そんなはずはない。そんなこと、あっていいはずがない――――。そんな樹の想いを明日翔はあっさりと砂の城を踏み潰すようにあっけなく壊した。
「…明日とまさかヤっちまったか?」
 声をひそめた囁きだったが、樹の耳にははっきりと聞こえた。一字一句、間違いなく。
「―――ッ」
 樹はその明日翔の言葉を理解したとたん、飛び上がるように身体を揺らした。ドッと汗が噴き出て目の前が歪む。自分の形作る何もかもが歪んでいくような気がした。顔が真っ赤になり、だんだんと青白く――血の気が引いていく。
 樹の尋常じゃない反応に、明日翔は目を見開き驚いていた。どうやら冗談半分で言った言葉だったらしい。
「おいおいマジかよ。ヤるなぁ、明日」
 その驚きは愉しそうな笑みに変わる。からかう視線に樹は口が勝手に動いていた。口だけが回りすぎて、もう自分が何をしゃべっているのか分からなくなっていく。
「ち、違うよっ、な、なに言ってんの…? あーちゃんは俺の大切な幼馴染で…、そんな関係じゃないし、そもそも男同士だし…、」
「…ふぅん。それにしては、俺に敬語使ってないしめっちゃ喋ってるし動揺してるじゃん樹」
  明日翔に含みのある笑みで指摘され樹は真っ青な顔をさらに青白くさせる。墓穴を掘る―――、その言葉が頭に浮かんだ。
「…あっ、えっ、ち、ちが…」
「へえ~。じゃあついにアイツ告白したのかな?」
 明らかに動揺した樹に明日翔はそう畳みかける。樹はその言葉で急に頭が冷えて冷静になった。冷水を突然かけられたような衝撃で樹は目を瞬かせる。驚きで出た声は酷くか細く、今にも死んでしまいそうなほどだった。
「え…?」
 明日翔はいったい何を―――…。
 目を彷徨わせてテーブルの上に置いた自分の手が馬鹿みたいに震えているのが分かる。手だけではなく身体全体が震えた。まるで極寒の外に何も身に着けず投げ出されてしまったようにとても震えてとても心細かった。
 混乱する樹を置いて明日翔はさらに綺麗な口で樹にとっては信じられないことをスラスラと話す。それを聞いた樹がどれほど動揺するか試すように。
「明日もこのごろお前にしか目がいってなかったしそろそろヤバイんじゃないかなって思ったら、うーん……やっぱりか。ため込んで爆発させるタイプだからなぁ、明日は」
「な、なんで…?」
 …―――その言い方じゃまるで、全部何もかもを知っている口ぶりじゃないか。
 樹は思わず、様々な明日翔への体裁を脱ぎ捨ててそんな自分の思い浮かんだ疑問を投げかけていた。身を乗り出して震えながら問う樹に、明日翔は何でもないことかのように言った。笑った顔はいつもの明日翔だ。
「なんでわかるかって? そりゃ、アイツの血のつながりのある兄弟だからね。弟のことはよーくわかってるよ」
 頬杖をついて、何もかもを知っている…いや見透かしている瞳で見られて樹は目を逸らす。
 震えが止まらない拳にふいに温かいモノに包まれハッとなり顔をあげる。そこには薄く笑い、目を細めて樹の震える拳を包みこむ明日翔の硬い手があった。
「ッ」
 驚きと恥ずかしさでどっと汗が噴き出て、青白い顔がだんだんと真っ赤に染まる。
 そんな樹の様子に明日翔は軽くハハッと軽快に笑った。
「樹は物事を重く考えすぎなんだよ。もっと軽く考えろ。…ほら、もし…、ダメだったら二人でどっか逃げりゃいいんだよ。みんなが許さなくても俺が許す!」
 アイツ(明日)みたいに考えなしもよくねぇけどな―――。
 そう続けて言われて、胸がギュッと熱くなる。
  ある意味明日翔の話は≪まあ、どうにかなる≫精神の無責任な言葉に聞こえた。だが、樹はむしろそんな無責任にも聞こえる明日翔の軽く励ます言葉に救われた。明日翔はその言葉を後押しするように樹の手をぎゅっと握った。
 その一連の行為に明日翔に≪心配するな≫という強い想いを感じ、樹は『大丈夫なのかもしれない』と思いずいぶんと心が軽くなったのだった。
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