エンドルフィンと隠し事

元森

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9 技術指導1日目

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 氷水を入れたボウルを掴んでいる左手が段々と冷たくなっていく。黙々とグラニュー糖と生クリームを混ぜ合わせていくこの作業が、昔から考え事をする時に好紀がやる行為だった。自分が腕を動かすたびに、段々と泡立っていく光景を見るのが好きだった。
 腕を回す行為は辛いけれど、それはきちんと報酬としてホイップクリームになってくれる。辛い事をしても結果が帰ってこない事が多い好紀にとって、このホイップクリーム作りは唯一の落ち着く時間だった。
「よし…」
 混ぜてから15分後。九分立て程に出来たホイップクリームに、好紀は思わず見惚れる。
 好紀は、焼いたホットケーキの上に出来上がったホイップクリームを乗せる。見栄えのために、普段は乗せない苺のジャムまで乗せた。紙皿のまま丁寧に箱に入れ、蓋を閉めると好紀はほっと息を吐く。
「あ~つっかれた…クミヤさん喜んでくれるかな」
 泡立てをしながらしていた考え事―――それはクミヤの事だった。
 ―――3日後、夜22時部屋に来い。技術指導、やるんだろ?
 あの衝撃の言葉から今日はもう3日後だ。そして今の時刻は21時半。つまりもうすぐクミヤとの約束の時間になる。
 どうしてあんな事を自分は言ってしまったのだろう。そんな思いと、まさか本当に引き受けてくれるとは思わなかった。そんな思いが好紀の中で交差していた。
 ―――技術指導。
 つまり好紀はナンバー2から手ほどきを受けるのだ。客を喜ばせるセックスをするための。それは、クミヤとセックスをする、そう意味にもとれる。そう考えると、妙に緊張した。そして同時に嫌悪感にも似た、感情が湧きあがる。
「クミヤさんは俺を指導してくれるって言ってたし、そんな事普通だったらやってくれない貴重な事なのに俺ってホントダメダメだな…」
 好紀は自分の湧きあがる感情にため息を吐く。ディメントナンバー2であるクミヤは謎に包まれたミステリアスな存在だ。彼がどういうセックスをするかということを好紀は知らなかった。ナンバー2になっているぐらいだから、上手いし、好紀にとっては絶対にタメになるということは明らかだろう。
 そう思うと、好紀は「ちゃんと勉強しなきゃな」と明るい気持ちになった。
 今日も上位人気である同室のイチはオールでいない。そんな日でよかったな、と思いながら時間を見ると約束の10分前になっていた。慌ててホットケーキが入った箱を持ち、軽い荷物を持つと急いでクミヤの部屋がある4階へと向かっていった。
 
 
 好紀が住んでいるのは3階だが、ナンバー持ちであるクミヤは4階に住んでいる。4階にはナンバー3であるセイや小向がいる。つまり4階は上位メンバー専用の階だった。1階だけしか違わないが、4階に足を踏み入れると妙に緊張した。しかも時間も遅い時間なので緊張も倍だ。
 奥まった場所に、クミヤの部屋はあった。別にナンバー下位の者が上位メンバーの部屋にお邪魔してはいけない―――そういった規定はないとは思うが、好紀はなんだかとてもしてはイケナイ事をしている気分になる。
 長い廊下をそっと忍者になった気分で歩いて、クミヤの部屋のドアの前に着いた。時計を見ると、ちょうど22時だった。好紀はノックを軽くしてみる。
「す、すいませ~ん…」
 そっと声をかけたが、返事が返ってこない。あれ?間違えたかな…―――好紀にそんな不安がよぎる。
 だが、ドアプレートにはクミヤと書いてある。多分日にちも間違えていないだろう。
 好紀は内心で「ごめんなさい!」と叫びながら、ドアノブをひねった。すると拍子抜けする程簡単にドアが開いた。好紀はまたそっと、中を覗き、「しつれいします…」と言って入った。廊下の電気はついていてほっとした。
 まるで一軒家の様な広さの廊下を歩き、リビングに入ると、誰もいない。
「う、うわ…」
 好紀は思わずホットケーキが入った箱を落としそうになる。好紀が驚いたのは、部屋の大きさよりも部屋の無機質さだった。モデルルームそのままのモノトーン調のシックなリビングは好紀にとって衝撃だった。人の部屋をあまりジロジロと見てはいけないと分かっているが、つい好紀は周りを見渡してしまう。
 テレビやソファ、テーブルなどの家具は置いてあるが人間が住んでいない―――そんなはずはないが、好紀にはそんな印象を受けた。きっとそれはここに娯楽用具が置いていないからだろう。新聞や、本、ゲーム―――そんな類のものが置かれていない。しかもここは使っていないのではないのか、そう思うほどこの部屋が綺麗なのもその理由だろう。
 好紀はテーブルに箱を置くのが悪いような気がしたが、ずっと持っているのもあれなので、そっと置こうとした瞬間だった。
 リビングのドアからバスローブ姿のクミヤが現れたのは。
「あっ、く、クミヤさんっ」
 好紀は条件反射で深々とお辞儀をする。だが、顔を上げると、無表情のまま好紀を見つめるクミヤと目が合い身体を硬直させる。クミヤは髪が濡れており、今シャワーを浴びて出てきましたといった出で立ちだった。3日前に会ったとは言え、何度見てもクミヤは美形だと好紀は思う。
 完璧なシンメトリーの顔立ちは、ナンバー2の威厳がたっぷりとあった。彫りが深い顔立ちに切れ長の色素の薄い二重の眼。肩まで伸ばされた濡れた焦げ茶の髪は艶やかに光っている。
 バスローブ姿で、圧倒的な色香を放つクミヤに好紀は見惚れた後、すぐさま目を逸らした。
「これ俺が作ったホットケーキが入ってますんで、よかったら食ってくださいっすっ、甘さはひ、控えめなんでっ」
「…………」
 クミヤは好紀の言葉に無言で返した。
 テーブルに置かれた箱を興味もなさそうに見つめているのを見て、好紀は内心焦っていた。
 ―――やっぱりいきなり、ホットケーキはまずかったかな? 嫌、でも…どうせ捨てられるよなって思いつつも自己満足で作ったモンだしな―――。
「えっと、あ、あの…」
 何か話題、話題、話題―――!
 どもった好紀の頭は真っ白になる。同伴のプロと言われた好紀だったが、バスローブ姿の色男と話すのは慣れていない。というよりかは、これから『技術指導』がくることに緊張しているのだった。
 そうこうしているうちに、クミヤが顎を捻って後ろを向いた。そしてゆっくりと歩き出した。
「え…っ。あっ、」
 戸惑いつつ、着いてこいと言われた気がして急いでクミヤの後を着いていく。慌てすぎて、適当に鞄をリビングに放ってしまう。まるで好紀は雛になったような気分だった。
「…っぅ…」
 心細い気持ちになりつつもクミヤに着いていくと、クミヤが居たのは寝室だった。思わず入るのを戸惑う。ドアの前でウロウロとしていたら、クミヤが仁王立ちでこちらを睨みつけている。
 早く来い―――。
 言葉を発さなくても、表情と雰囲気で彼の言いたいことが分かる。好紀は喉をゴクリと鳴らして、意を決し、部屋に入った。電気を付けていない部屋の中にある大きな黒いベットの前に立つクミヤはこの家の圧倒的な支配者だった。好紀は見ないようにしても目に入る目の前に居る彼の厚い胸板に心臓を早くする。
「お前でも緊張してんだ」
 鼻で笑う低い声に、誰の声だろうと考えてしまった。
 目の前にはクミヤしかいないのに。
「………ッ」
 好紀は瞠目する。クミヤが『笑った』ことに。それは微笑みではなく、嘲りのモノだったが、驚くには十分だった。今までココに来いと言われて以来の言葉だった。硬直した好紀をまじまじと見るとクミヤは、また顎をしゃくる。
 早くしろ―――クミヤはそう言っている。目線で、服を脱げ、と好紀に語っていた。
 好紀は顔を赤らめ心臓を早くしながら、服を脱ぎ始めた。クミヤは興味のなさそうな顔で、好紀が震えながら服を脱いでいる様子を見ていた。下着に手をかけたところで、睨まれ、好紀は慌てて手を引っ込めた。そこまではいい、ということだろう。
「まあまあだな」
 好紀を回転させ、身体をじっくりと見てからそう言い放つ。
「……」
 裸を見せた相手に「まあまあ」、と言われてムッとしない人間はいないだろう。好紀はまあまあってなんだよ、と思いつつ、自分の身体を見て確かにまあまあだなと思った。痩せてもいなければ、太ってもいない。
「俺のを客の性器だと思ってしゃぶれ」
 ぼんやりとしていた好紀に、思ってもみなかった言葉が投げかけられる。しゃぶれ―――それは奉仕をしろ、という事だ。予想はしていたが、好紀は動揺していた。視線をうろつかせていると、冷水のような言葉が投げつけられた。
「下手くそ」
 まだ何もしていないのに、そう言われて好紀は思わず顔をしかめる。
「――――ングぅううう゛ッ」
 その刹那だった。口の中に思わぬ衝撃が走ったのは。好紀はクミヤに頭を掴まれ、無理やり口腔に性器を挿入させられたのだ。クミヤの性器は今まで見てきた性器の中で一番大きく、長かった。キツイ雄の香りが鼻いっぱいに広がり、好紀はえずくのを堪える。
「えずくなよ」
 冷たい声が吐き捨てられる。仁王立ちになった身体に跪いて好紀は口を大きく開け、大きな嫌悪感に耐える。
「ん、ん、っぅうう…っ」
 舌を拙く動かすが、男の性器は萎えたままだ。好紀は不安と嫌悪に満ちた顔でクミヤの顔を見上げると、無機質な表情で好紀を見下ろしていた。それは好紀の僅かにあった男としてのプライドが砕け散るには十分すぎた。
「その眼はなんだ? もっと気持ちよさそうな顔でもしてろ」
「ん゛ッ、ぅ、うううっ、うっ、う゛うっ、」
 髪を引っ張られ、痛みが拡がる。好紀は呻きながら涙を流す。
 ―――気持ち悪い。
 むせかえるような男の匂い。苦くて不味い性器の味。気持ちよさそうな顔なんて出来ない。どうして皆はこれが気持ちいいなんて思えるのだろう。
「歯を立てるな。下手くそ」
 言われて慌てて口を開ける。クミヤのソレは、好紀が咥え込むには大きすぎた。喉奥を突かれる気持ち悪さと、異物感は他の客よりも大きかった。
「んっ、んっ、ぐぅっ!んぅううっ」
「―――穴にもなってない」
 そのクミヤの冷たい言葉は、今まで堪えていた好紀を無にする言葉だった。心が引き裂かれたように痛み、鼻水と涙が溢れ出る。男はこれ以上無理だと判断したのだろう。クミヤはずるりと萎えた性器を口から出していく。好紀は大きくえずき、口を押えるが、一歩遅かった。

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