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32 告白
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――…セックスなんて、気持ちが悪くてしょうがない。だが――お前と違って俺は快楽には逆らえなかった。…気持ち悪いだろう?両親から無理やりセックスをされて身体は気持ち良くなっていたんだ。
クミヤの言葉がぐるぐると好紀の頭の中でぐるぐると回っていた。
セックスを気持ち悪いとハッキリと明言したクミヤ。セックスを嫌悪している好紀と同じではあるが、言葉の重みが違うものだった。男娼として――ディメントナンバー2として、あり得ない言葉だった。いや、今まで好紀を指導していたからこそ衝撃が大きかった。
衝撃と共にじんわりと木崎から受けた傷の痛みが広がる。
「―――ッぅ」
小さく呻き声を上げて、好紀は腹を押さえる。
「…コウ?」
クミヤに心配そうに見られ、好紀はドキッとする。心配され、不謹慎にも喜んでしまった自分が恥ずかしかった。
「痛いのか? 無理をするな。――俺の昔話なんてするものじゃなかったな」
あまり見ないクミヤの落ち込んだように伏せた目を見て、好紀はいつの間にか叫んでいた。
「そ、そんなことないっす! クミヤさんの事が知れて俺、嬉しかった……っ、」
「―――」
言葉を失うクミヤに好紀は傷の痛みも忘れて言葉を続けた。
「俺は、ただの最下層の蝶で…、クミヤさんはディメントナンバー2の天の届かない人で…そんな俺に、話すのも嫌だと思う昔の話をしてくれて…!それだけで嬉しいのに、こんなに優しくしてくれて! 親から無理やりセックスされて、気持ち悪いとかそんなの、全然気持ち悪くないっすよ! だって、仕方がないじゃないですか! だって親ですよ?! そんなの逃げられるわけないじゃないですか!
――いた、いたたたたっ!」
急に叫んだせいか傷に響いた。コウは腹を押さえて痛みと格闘していた。言った内容と痛みのせいか、涙が流れてくる。
すぐさまクミヤの手が優しくコウの肩に触れた。
「―――コウっ」
隣に座っているクミヤの手がゆっくりと背中を擦ってくれる。痛かった部分が温かくなっていくようだった。
コウは自分の涙を指で拭う。
「だから、俺の事なんて気にしなくていいんですよ……。俺のより全然ヤバイ過去持ってるじゃないっすか…」
「コウ……」
痛みと悲しさが好紀の中でグチャグチャになっていく。クミヤの手が好紀の顔に持っていった手をそっと握る。
「お前は優しいな……」
「―――ッ」
クミヤに慈しむ表情で見詰められ、好紀の顔は涙に濡れた顔を赤面させる。今この場に――妙な雰囲気が流れていることはクミヤもコウも知ってはいた。だが、2人は『それ』をやめることはなかった。好紀には止める術も知らなかった。
クミヤが『優しい』と好紀の事を言ったのは初めての事だった。
「――クミヤさんが言ったのに俺が自分の事を言わないのはフェアじゃないですよね」
――優しいのはクミヤの方だ。
そう言いたいのをグッと堪えた好紀は痛みに耐えながら自分の過去を吐露する。
「俺は父親が母親に無理やりセ……セックスしているのを見て、そういうのが全部駄目になったんです。人がそういう話題を出すのも。せ、性器を見るのも駄目になって。クミヤさんが言う通りセックスする人が心底気持ち悪くて仕方がなかったんです…はぁ…はぁ、」
性器やセックスと口に出すのも憚られる。まだ自分は性的なものを克服出来ていないのだと実感できた。
「――コウ、無理はしなくていい」
ドクドクと心臓の音が聞こえる。クミヤと好紀の2人分の心臓の音だ。クミヤは好紀が自分の過去を話すのに対して無理しているのだとすぐに分かったのだろう。ミステリアスで横暴だった初めて会った頃のクミヤと、今のクミヤはどこか人間としてかけ離れていてドギマギする。
こんなにクミヤと密着したのは、先程支えてくれた以来だ。心配してくれるクミヤに好紀は首を振る。痛いがこれぐらいなら我慢できる。
「無理なんてしてないっすよ…。――あはは、自分でも分かってたんです。この仕事が向いてないって。だから、講習会に呼ばれるし…あ、でもクミヤさんに技術指導してもらえてラッキーだったなぁ」
「ラッキー?」
「だってそうじゃないっすか。ナンバー2の技術指導なんてラッキーすぎません?」
好紀は言わなくてもいい事までペラペラと喋っている気がした。
ベッドの上で片思いの人と2人きりで、こんなに優しくして貰えて。クミヤの重い過去まで話して貰って。好紀自身何か喋っていないと落ち着かない気分だった。
「ラッキーなんかじゃないだろう。お前はただ母親の生活費と入院費を稼ぎたかっただけだったんだ。好きでもない事をして何がラッキーなんだ」
どこか怒気を含んだクミヤの言葉に好紀は驚く。
「あ、あれ?! 俺、母親の入院費もろもろの事話しましたっけ?!」
「…小向から聞いた」
少し間があってクミヤが口を動かす。
「小向さんから?! あ、でも、そりゃそうですよね…この事は小向さんにしか話してなかったし…」
その事を思い出し好紀は深くため息をつく。
「呆れましたよね…。母親の入院費を身体で稼ぐとかもっとうまい方法はないのかって…」
「――別に呆れてはない。むしろ……立派な目標を持って稼いでいて凄いと思う」
「ク、クミヤさん……?」
思わぬところを褒められて、好紀は赤面する。そんな顔もこんな近距離で話していれば丸分かりだろう。好紀は今すぐにここから逃げたくなってきた。こんなに近距離でいることも、自分が誉められたことも、自分の過去を言ったことも、何もかも全てが恥ずかしくて堪らなくなってくる。
「俺はただ快楽のために稼いでるだけで、お前のような高尚な理由なんてないからな。お前の方がよっぽど…」
「ヒャッ!」
クミヤの手が好紀の顔に伸びる。触れた部分から好紀の顔の熱さが、相手に伝わっていると思うだけで胸が張り裂けそうになる。頬に触れられてこんなに緊張したのは初めてだった。
どれぐらいその状態で過ごしたのだろう。
これでは自分のクミヤへの気持ちバレてしまう――そう危惧し、彼から離れようとした時だった。
「コウ、いくら欲しい?」
「は?」
あまりにクミヤが突拍子もない事を言うから、間抜けな声が出た。目を丸くしてそのまま固まってしまう。
いくら欲しい――?
言葉を反芻してみても、すぐには理解出来ない言葉だった。
「え…えーと、」
「いくらあれば、ディメントを辞められる?」
「――――ッ?!」
好紀は口をあんぐりと開けて間抜けな面を晒した。驚きすぎて木崎からの傷の痛みなんてどこかへいってしまった。クミヤの目は真面目なもので冗談を言っていない事はすぐに伝わってくる。クミヤには申し訳ないが、好紀はもう一度聞き直すことにした。
「あの、もう一度…言って貰えますか?」
クミヤは頬に触れた手を強くし、もう一度言葉を紡ぐ。
「いくらあれば、ディメントを辞められるんだ?」
「そ、そんな…の、」
―――分からない。
分からないと言っては良くないのかもしれない。毎月だいたい月の稼ぎによるが母には20万程は送っている。だがここで、金額を言っていいのか分からなかった。今のクミヤの雰囲気はいくらだと言えばその額を払ってしまいそうなオーラが感じられたからだ。
「――俺には言えないのか?」
寂しそうな声に、好紀は瞠目する。
こんなの、『払ってあげる』と言っているようなものではないか。
「ち、違うっす! そうじゃなくて、こんなの、こんなの…っ! まるでクミヤさんが俺の稼ぎを肩代わりするみたいな…ッ」
失笑されたらそれで良かった。
「――そうだ。お前をディメントから辞めさせたいからな。いくらだって出す」
だが、クミヤは失笑なんてせずに不敵に笑った。
クミヤの綺麗な目が雄弁に好紀に『そう』なのだと知らせてくる。何度だって見たその瞳。言葉を言わない代わりに好紀に命令し続けたクミヤの目が、本当なのだと教えてくる。
「ど、どうして…?」
驚きすぎて、ついタメ口できいてしまう。クミヤは不敵な表情のまま言い切った。
「コウにここに居て欲しくないからだ。こんな欲に塗れたクズな場所お前には似合わない」
はっきりとディメントを批判したクミヤ。こんなことをディメントナンバー2が言ったと知ったら小向は何と言うのだろう。
「似合わないって…」
「似合わないだろう。セックスが好きじゃないお前がいていい場所じゃない。――そうだろう?」
頬を撫でられて顔がさらに熱くなる。優しく言われて、心臓がさらにはち切れんばかりに脈打つ。
身体と心がずっと混乱していた。
――俺は本当にただの下位の蝶で、クミヤさんもディメントナンバー2であるはずなのに…なんで…?
「そんなの…おかしいっすよ…。俺はただのディメントの蝶で……いくらでも出すなんてそんな…の…」
「……泣くな」
好紀の視界が歪んでいったと思ったら、どうやら自分は泣いているのだと好紀はクミヤの言葉で気付いた。溢れた涙がクミヤの手を濡らしていく。「うぅ、うぅ…」と呻きながら好紀はどうしていいか分からない感情を、涙と共に流していく。自分でもどうしていいか分からなかった。
こんなのまるで。まるで――。
浮かんだ考えに好紀はそっと心の中で首を振る。
「ごめんなさい……ごめんなさい…」
謝りながら涙が止まらない好紀を、クミヤは持て余しているように見える。だが、それ以上に――。
「謝るのはこちらの方だって言っただろ。どうしてお前が泣く?」
「だって、俺…クミヤさんに迷惑かけまくりなのに…ひっく、お金を払ってくれるなんてそんなことまでしてくれるなんて、俺…」
―――勘違いしそうになる。
もしかしたら、俺の事を……なんて。夢物語なのに。あり得ない事なのに。――期待をしてしまう。
そんな好紀をクミヤは見透かしたように―――。
「お前は本当に素直で優しい奴だな。俺が払うって言ってるんだ甘えておけよ。……好きな奴を男娼館に置いとく人間がどこにいるって言うんだ」
「―――え?」
クミヤの言葉がぐるぐると好紀の頭の中でぐるぐると回っていた。
セックスを気持ち悪いとハッキリと明言したクミヤ。セックスを嫌悪している好紀と同じではあるが、言葉の重みが違うものだった。男娼として――ディメントナンバー2として、あり得ない言葉だった。いや、今まで好紀を指導していたからこそ衝撃が大きかった。
衝撃と共にじんわりと木崎から受けた傷の痛みが広がる。
「―――ッぅ」
小さく呻き声を上げて、好紀は腹を押さえる。
「…コウ?」
クミヤに心配そうに見られ、好紀はドキッとする。心配され、不謹慎にも喜んでしまった自分が恥ずかしかった。
「痛いのか? 無理をするな。――俺の昔話なんてするものじゃなかったな」
あまり見ないクミヤの落ち込んだように伏せた目を見て、好紀はいつの間にか叫んでいた。
「そ、そんなことないっす! クミヤさんの事が知れて俺、嬉しかった……っ、」
「―――」
言葉を失うクミヤに好紀は傷の痛みも忘れて言葉を続けた。
「俺は、ただの最下層の蝶で…、クミヤさんはディメントナンバー2の天の届かない人で…そんな俺に、話すのも嫌だと思う昔の話をしてくれて…!それだけで嬉しいのに、こんなに優しくしてくれて! 親から無理やりセックスされて、気持ち悪いとかそんなの、全然気持ち悪くないっすよ! だって、仕方がないじゃないですか! だって親ですよ?! そんなの逃げられるわけないじゃないですか!
――いた、いたたたたっ!」
急に叫んだせいか傷に響いた。コウは腹を押さえて痛みと格闘していた。言った内容と痛みのせいか、涙が流れてくる。
すぐさまクミヤの手が優しくコウの肩に触れた。
「―――コウっ」
隣に座っているクミヤの手がゆっくりと背中を擦ってくれる。痛かった部分が温かくなっていくようだった。
コウは自分の涙を指で拭う。
「だから、俺の事なんて気にしなくていいんですよ……。俺のより全然ヤバイ過去持ってるじゃないっすか…」
「コウ……」
痛みと悲しさが好紀の中でグチャグチャになっていく。クミヤの手が好紀の顔に持っていった手をそっと握る。
「お前は優しいな……」
「―――ッ」
クミヤに慈しむ表情で見詰められ、好紀の顔は涙に濡れた顔を赤面させる。今この場に――妙な雰囲気が流れていることはクミヤもコウも知ってはいた。だが、2人は『それ』をやめることはなかった。好紀には止める術も知らなかった。
クミヤが『優しい』と好紀の事を言ったのは初めての事だった。
「――クミヤさんが言ったのに俺が自分の事を言わないのはフェアじゃないですよね」
――優しいのはクミヤの方だ。
そう言いたいのをグッと堪えた好紀は痛みに耐えながら自分の過去を吐露する。
「俺は父親が母親に無理やりセ……セックスしているのを見て、そういうのが全部駄目になったんです。人がそういう話題を出すのも。せ、性器を見るのも駄目になって。クミヤさんが言う通りセックスする人が心底気持ち悪くて仕方がなかったんです…はぁ…はぁ、」
性器やセックスと口に出すのも憚られる。まだ自分は性的なものを克服出来ていないのだと実感できた。
「――コウ、無理はしなくていい」
ドクドクと心臓の音が聞こえる。クミヤと好紀の2人分の心臓の音だ。クミヤは好紀が自分の過去を話すのに対して無理しているのだとすぐに分かったのだろう。ミステリアスで横暴だった初めて会った頃のクミヤと、今のクミヤはどこか人間としてかけ離れていてドギマギする。
こんなにクミヤと密着したのは、先程支えてくれた以来だ。心配してくれるクミヤに好紀は首を振る。痛いがこれぐらいなら我慢できる。
「無理なんてしてないっすよ…。――あはは、自分でも分かってたんです。この仕事が向いてないって。だから、講習会に呼ばれるし…あ、でもクミヤさんに技術指導してもらえてラッキーだったなぁ」
「ラッキー?」
「だってそうじゃないっすか。ナンバー2の技術指導なんてラッキーすぎません?」
好紀は言わなくてもいい事までペラペラと喋っている気がした。
ベッドの上で片思いの人と2人きりで、こんなに優しくして貰えて。クミヤの重い過去まで話して貰って。好紀自身何か喋っていないと落ち着かない気分だった。
「ラッキーなんかじゃないだろう。お前はただ母親の生活費と入院費を稼ぎたかっただけだったんだ。好きでもない事をして何がラッキーなんだ」
どこか怒気を含んだクミヤの言葉に好紀は驚く。
「あ、あれ?! 俺、母親の入院費もろもろの事話しましたっけ?!」
「…小向から聞いた」
少し間があってクミヤが口を動かす。
「小向さんから?! あ、でも、そりゃそうですよね…この事は小向さんにしか話してなかったし…」
その事を思い出し好紀は深くため息をつく。
「呆れましたよね…。母親の入院費を身体で稼ぐとかもっとうまい方法はないのかって…」
「――別に呆れてはない。むしろ……立派な目標を持って稼いでいて凄いと思う」
「ク、クミヤさん……?」
思わぬところを褒められて、好紀は赤面する。そんな顔もこんな近距離で話していれば丸分かりだろう。好紀は今すぐにここから逃げたくなってきた。こんなに近距離でいることも、自分が誉められたことも、自分の過去を言ったことも、何もかも全てが恥ずかしくて堪らなくなってくる。
「俺はただ快楽のために稼いでるだけで、お前のような高尚な理由なんてないからな。お前の方がよっぽど…」
「ヒャッ!」
クミヤの手が好紀の顔に伸びる。触れた部分から好紀の顔の熱さが、相手に伝わっていると思うだけで胸が張り裂けそうになる。頬に触れられてこんなに緊張したのは初めてだった。
どれぐらいその状態で過ごしたのだろう。
これでは自分のクミヤへの気持ちバレてしまう――そう危惧し、彼から離れようとした時だった。
「コウ、いくら欲しい?」
「は?」
あまりにクミヤが突拍子もない事を言うから、間抜けな声が出た。目を丸くしてそのまま固まってしまう。
いくら欲しい――?
言葉を反芻してみても、すぐには理解出来ない言葉だった。
「え…えーと、」
「いくらあれば、ディメントを辞められる?」
「――――ッ?!」
好紀は口をあんぐりと開けて間抜けな面を晒した。驚きすぎて木崎からの傷の痛みなんてどこかへいってしまった。クミヤの目は真面目なもので冗談を言っていない事はすぐに伝わってくる。クミヤには申し訳ないが、好紀はもう一度聞き直すことにした。
「あの、もう一度…言って貰えますか?」
クミヤは頬に触れた手を強くし、もう一度言葉を紡ぐ。
「いくらあれば、ディメントを辞められるんだ?」
「そ、そんな…の、」
―――分からない。
分からないと言っては良くないのかもしれない。毎月だいたい月の稼ぎによるが母には20万程は送っている。だがここで、金額を言っていいのか分からなかった。今のクミヤの雰囲気はいくらだと言えばその額を払ってしまいそうなオーラが感じられたからだ。
「――俺には言えないのか?」
寂しそうな声に、好紀は瞠目する。
こんなの、『払ってあげる』と言っているようなものではないか。
「ち、違うっす! そうじゃなくて、こんなの、こんなの…っ! まるでクミヤさんが俺の稼ぎを肩代わりするみたいな…ッ」
失笑されたらそれで良かった。
「――そうだ。お前をディメントから辞めさせたいからな。いくらだって出す」
だが、クミヤは失笑なんてせずに不敵に笑った。
クミヤの綺麗な目が雄弁に好紀に『そう』なのだと知らせてくる。何度だって見たその瞳。言葉を言わない代わりに好紀に命令し続けたクミヤの目が、本当なのだと教えてくる。
「ど、どうして…?」
驚きすぎて、ついタメ口できいてしまう。クミヤは不敵な表情のまま言い切った。
「コウにここに居て欲しくないからだ。こんな欲に塗れたクズな場所お前には似合わない」
はっきりとディメントを批判したクミヤ。こんなことをディメントナンバー2が言ったと知ったら小向は何と言うのだろう。
「似合わないって…」
「似合わないだろう。セックスが好きじゃないお前がいていい場所じゃない。――そうだろう?」
頬を撫でられて顔がさらに熱くなる。優しく言われて、心臓がさらにはち切れんばかりに脈打つ。
身体と心がずっと混乱していた。
――俺は本当にただの下位の蝶で、クミヤさんもディメントナンバー2であるはずなのに…なんで…?
「そんなの…おかしいっすよ…。俺はただのディメントの蝶で……いくらでも出すなんてそんな…の…」
「……泣くな」
好紀の視界が歪んでいったと思ったら、どうやら自分は泣いているのだと好紀はクミヤの言葉で気付いた。溢れた涙がクミヤの手を濡らしていく。「うぅ、うぅ…」と呻きながら好紀はどうしていいか分からない感情を、涙と共に流していく。自分でもどうしていいか分からなかった。
こんなのまるで。まるで――。
浮かんだ考えに好紀はそっと心の中で首を振る。
「ごめんなさい……ごめんなさい…」
謝りながら涙が止まらない好紀を、クミヤは持て余しているように見える。だが、それ以上に――。
「謝るのはこちらの方だって言っただろ。どうしてお前が泣く?」
「だって、俺…クミヤさんに迷惑かけまくりなのに…ひっく、お金を払ってくれるなんてそんなことまでしてくれるなんて、俺…」
―――勘違いしそうになる。
もしかしたら、俺の事を……なんて。夢物語なのに。あり得ない事なのに。――期待をしてしまう。
そんな好紀をクミヤは見透かしたように―――。
「お前は本当に素直で優しい奴だな。俺が払うって言ってるんだ甘えておけよ。……好きな奴を男娼館に置いとく人間がどこにいるって言うんだ」
「―――え?」
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