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最終章・勇者レベル、???

43.温かいお家

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「案外遭遇しないもんね」
「気を抜くなばか」
「ばかって言う方がばかって言葉知らないの」
「お、お二人とも……!」

 緊張し、決意し、気合いを入れて進み出した私たちだったのだが、思った以上に穏やかな道中のせいでなんだか気が抜けてしまう。

 
“雑草も低くて歩きやすいし、なんか元々整備された道があったみたい”

 魔王どころか魔物にも遭遇せず、嫌な気配も感じない。

 まるでピクニックにでも来たのかと勘違いしそうになるほどのんびりとした平和な時間が続き、この先に魔王がいるのかと疑いたくなるほどだった。


「油断禁物ってわかってはいるんだけどなぁ」

 それでもやはりこれだけ穏やかな雰囲気だと、ダメだとわかっていながら気が抜ける。
 歩きながら見上げた空は本当に美しい青空だった。


“帰ったら結婚か”

 まさか自分がこの年で結婚するなんて、転移してこなかったら考えもしなかっただろう。

“そういえばフランの家って貴族だったよね”

 もしかして貴族のマナーとか叩き込まれるのかな、と想像した私は思わずぶるりと身震いした。


「どうかしたか?」

 そんな私の様子に気付いたフランが声をかけてくれるが、さすがにマナー教育が怖いなんて正直に言うのを躊躇った私は、なんとか誤魔化そうと辺りをキョロキョロと見回して。


「あー、違うのよ、ほら、あ、あれ!あーいう大きすぎない平凡だけど温かい家に住みたいなって思っただけ!あんな感じの!」
「……は?」

 目の前に見えたロッジのような家を指差しながら答える。
 考えるよりも早く口から出たその言い訳に、フランが思い切り怪訝そうな声を出す。
 そしてその私たちの会話を聞いていたベルザックがいきなり剣を抜いた。


「ちょ、ちょっと!?確かに気の抜けた会話だったかもしんないけど、さすがにそんな怒ることなくない!?」

 ギョッとした私がかなり怖い顔をしているベルザックに慌てていると、なんとフランもアベルも剣を抜いて。

「え、え?ちょっとみんな!?というかフランもそっち側なの!?」
「さっきから何言ってんだよリッカ」
「何って」
「お前も早く剣を抜け」
「――え」

 なんで。と喉まででかかった言葉を飲み込む。

“なんでこんなところに家?”


 そんなの、答えは一つだった。

「魔王城?」
「城って感じじゃないけどな」

 私の指差したその家は、木で出来た一階建ての建物で、家というより山小屋に近いくらいシンプルなものだった。
 それでもかなり丁寧に作られているのか、木独特の温かみのある家。


 警戒しながらじっと様子を窺うが、その建物に誰かいる気配はない。

「留守……?」

 顔を見合わせた私たちは、頷きあって一歩ずつその家に近付く。

 近くで見ると、その家は何度も組み立てに失敗しながら少しずつ完成させたのかどこか歪で、でもだからこそ温かみのある家だった。

 そのまま家の周りを歩く。

“あれって”

 ふと目に飛び込んできたのは、地面に突き刺さっている木で出来た十字架。
 もう枯れてしまっているが、花冠のようなものがかけられたその十字架は、一目でお墓だとわかった。

  
「誰の……」

 訝しみながらそのお墓に近付こうとしたフラン。
 そんな彼の後に続こうと私も歩き出すと、突然振り返ったフランが私の腕を掴みながら転がるように飛び退く。

 同時にベルザックもアベルを掴んで反対側に飛び退いたらしい。


 そして、さっきまで私たちが立っていた場所には魔王が立っていた。

“どこから……!?”

 気配もなく、気付けばそこに立っていた魔王は相変わらずどこか人形のようで。


 そしてぼんやりとお墓の方を眺めている。


「分断されたな……」

 咄嗟に飛び退いた私たちは、確かに私とフラン、ベルザックとアベルの二組に分断されていた。

 顔を歪めたフランが剣を握り直す。
 私も竹刀を握り、そして竹刀から剣を抜こうとし――


 ただぼんやりとお墓を眺めたまま動かない魔王の姿を見て抜くのをやめた。


“もし私の想像通りなら……”


 私たちなんて見えていないような魔王。
 いや、もしかしたら本当に見えていないのかもしれない。

 魔王にとっては私たちなんて弱すぎて取るに足らない存在だからかと思ったが、そうではなく、本当に認識されていない可能性を考える。


「ライザだけ見えていた?いや、先に攻撃をしかけたのはライザの方だった……」

 突然現れたの魔王は、魔力を練り上げた私に平手打ちをし、そして突撃したライザを破壊した。


 けれど迎撃しようとしたフランと、ライザを庇うために割り込んだ私は見逃された。


 その二つの違いはなんなのか。


「攻撃か、どうか……?」

 こちらから攻撃する意思を察知して、魔王の方こそ常に『迎撃』なのだと考えれば。

 こちらから攻撃を仕掛けない限り相手からは攻撃を仕掛けてこないなら。


“対話が出来るかもしれない”

 もし魔王が私と『同じ』なら、そこに活路がある。
 そう確信した私は竹刀をその場に置いて立ち上がった。

 そんな私を見てフランがギョッとする。


「ちょっと、試したいことがあるの」
「な、何をッ」

 焦るフランが私の腕を再び掴むが、掴んだフランの手をそっと撫でるように腕から外す。

「大丈夫……だと、思う」
「思う、で行かせるわけないだろ!」
「なら、大丈夫」
「お前な……っ!」

 怒るフランを見て、私は微笑みながらゆっくり首を左右に振った。

「任せて」

 別に何かの勝機を見出していた訳ではない。
 けれど、不思議と確信があった。

 彼が私と同じなら、きっと。


 くそっとフランが小さく呟き、私の目をじっと見つめる。
 そんなフランに私がゆっくり頷くと、剣を地面にザクリと刺した。
 どうやら許可がおりたらしい。
 
 
 武器を置き魔王に近付く私を見たベルザックとアベルも唖然としているが、動かないフランを見て待機を選んでくれたらしくホッとする。


“実は英語ってほとんど話せないのよね”

 魔王が呟いた言葉を理解出来たのは、この言語チートのお陰である。

 そしてこの能力が私個人のものではなく、召喚者に与えられるものだとすれば。


『あのお墓はコルネリアさんのものですか?』

 日本語で話しかけた私の言葉を聞き、ゆっくりと魔王が振り返る。

 魔王が振り返った瞬間、一気に警戒を高めたフランたちを手を振り止める。


 振り返った魔王の顔は、やはり何故かもやがかって見えて認識出来なかったが、驚いているような気がした。


『貴方も召喚されたんですか?』

 意を決して聞いてみるが魔王は答えない。
 けれどやはり活路はここにしかないとそう確信している私はどんどん日本語で質問した。

『どうしてここに住んでいるんですか?』
『敵意はありますか?』
『国を恨んでますか?』


 けれど振り返ったまま動かない魔王。

“やっぱり日本語じゃダメなのかな”

 日本語がちゃんと翻訳されている前提で話していたが、それが無意味だったら。

 さすがに不安になってきた私は、話せないなりに何かしら英語を喋ってみようかと脳をフル回転させて。

『は、ハロー?』

“これしか出ないなんて!!!”

 口から出たその精一杯の英語に愕然とした。
 言語チートだったら翻訳だけじゃなく向こうの言葉までちゃんと話す機能もつけなさいよと呪いつつ頭を抱える。

 そしてやはりそんなレベルの英語では魔王から反応を貰えなかった。


“焦ってるからかハロー以外の英語が思い出せない!”

 困った私が思わず見てしまうのは、やはりフランで。
 そして私以上に不安そうな顔で見ているフランに思わずくすりと笑みが溢れる。


 堅物で、頑固で、だけど私を聖女としてではなく個人としてちゃんと見て大事にしてくれるのはもしかしたら彼しかいないのかもしれない。

“聖女として召喚された以上、どんなに出がらしだとしても私をみんな聖女として見るから……”


 ただの六花を愛してくれるのは、この世界にはフランだけ。
 そしてそんなフランだから、私も安心して愛せるのだろう。


 そして私にとってのフランが、魔王にとってのコルネリアさんだとしたら。


『コルネリアさんを愛していますか?』

 結局私はまた日本語で、目の前の彼にそう聞いた。
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