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第二章

7.違和感の正体

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 《マーク》の機能はただ印を残し警戒対象としておくだけではなく、その本質はそのユーザーが今どこにいるのか、を表示出来るようになることだった。

“まぁ、沢山《マーク》しちゃうと私のマップの上が動く赤い点だらけで訳がわからなくなるんだけどね”

 ただ、表示出来るだけでマップ画面ではユーザー名などはわからないので、その赤い点を目印にワープし実際に自身の目で確認するしかない。

 だからこそ《マーク》した対象への調査は短期集中にし、調査が終わり次第付けた印を解除する必要がある。
 沢山《マーク》したままだと対象までなかなか辿り着けないなら意味がないからだ。

「私が現在《マーク》しているのは先日のカップル二人だけ……」

 けれど、マップに表示される印は常にひとつしかなかった。

「ずっと一緒に行動してるってことだな」
「ですね」

“でも、片時も離れないってあるのかな”

 そう不思議に思い近くまでワープし確認して見ても、二人はいつも仲良さそうに寄り添って歩いている。

 行き先は様々で、基本はCC内でも景色が綺麗で遠くまで見渡せる場所。つまりは観光地、と呼ばれる場所ばかり。

 そして気になることはもうひとつあった。


「必ず二人で《ダイブ》してるんですよね」
「まぁ、もう仕事を引退した後のご夫婦だと仮定すればなくはないがな」
「それはそうなんですけど……」

 片時も離れず、必ず一緒にCCへ潜り永遠と観光地を巡る――
 タロ先輩の言うようにあり得なくはない。
 
 あり得なくはないが、やはり気になるというのも事実だった。

“やっぱりどこかに違和感があるのよね”

 初めて見かけた時に感じた違和感。
 こうやって観察しても決定打となるような何かがあるわけではなく、全て『あり得る』範囲。


「どこ? どこがおかしいの」
「おいアユ、ちゃんと前向いて歩けよ?」
「わかってます、わかってますって……」
「わかってないだろ、前向いて歩かないと――うわっ!」
「えっ、タロ先輩!?」

 タロ先輩の声にハッとした私が、慌てて《マーク》したカップルから視線を外しタロ先輩へと向けると、思い切りオブジェクトに引っかかった先輩がそこにいた。


「……何してるんですか。ただでさえ小さいんだからそんなところに突っ込まないで下さいよ」
「小さい言うな、俺は犬じゃないぞ」
「犬ですよ」
「CC内に痛覚がなくて良かった」
「ほんと、驚かさないでくださ……」

 ため息を吐きつつタロ先輩を抱き上げて救出した私は、抱き上げたまま思わず固まった。

「驚、く?」
「アユ?」

 ――そうだ。
 アバターに痛覚という機能は備わっていないのでオブジェクトにぶつかっても痛くはない。

 だが、普通は驚くのだ。
 他のアバターとぶつかりそうになった時もそう。

 そもそも彼らがいるのは観光地で、沢山のアバターが歩いている。
 
 ぶつかりそうになれば避ける、そんな当たり前の行為がない。
 何かにぶつかりそうになっての驚きもない。

 あのカップル二人が、同時に何かへ反応することもない。


 それらの情報から導き出される可能性は。


「中身が、いない……?」

 離席するならばダイブ状態を解除し浮上するだろう。
 ダイブ状態を維持したままの離席は不可能だ。

“寝落ちしたなら、アバターのモーションがそうなるはず”

 なのにそれもなく、一緒に歩いている。


「――複垢だ」
「!」

 ポツリと溢すと、タロ先輩が息を呑んだことがわかった。

「それも同時ダイブっている細工をしてる」
「それは……、だが」

 戸惑ったような声。それもそうだろう、ユーザー名や着ている衣装から私たちはてっきり彼らは“疎い”人たちなのだと思い込んでいたのだから。


“でも、複垢は違法!”

「ここは人が多すぎる。然り気無く声をかけてから事情を聞こう」
「了解」

 タロ先輩に短く返事をし、抱き上げていた黒柴もといタロ先輩を下ろすと尻尾をふりふり《マーク》していたカップルへと近付いた。

“相変わらず可愛い”

 つい癒されつつも、慌ててタロ先輩の後を追いかけカップルへと近付く。

「すみませーん、ちょっとお話いいですか?」
「あまり時間は取らせませんので、ご協力お願いいたします」
「なっ、柴犬と……電脳セキュリティ?」

 突然NPCのような犬アバターと電脳セキュリティの目印である腕輪やブーツを履いた二人組に話しかけられて驚いたのか、ギョッとした表情になる、男性アバターのakihiko.f。

“やっぱり女性の方は表情変わらないわね”

 軽量化されたCCへ《ダイブ》する時に使用するゴーグルは優秀で、使用者の表情を読み取り表情モーションを変化させる。

 そして私の推測通り、女性アバターであるHana.fの表情は変わらなかった。


“ということはやっぱりこのHana.fに中身はない、akihiko.fの複垢として同時ダイブしてるんだ……!”

 そう確信した私がまた一歩彼らへと距離を詰め――


「《ワープ》」
「あっ!」

 パッと二人が目の前から消えた。
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