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第二章
9.どちらでしょうか
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「これで追いかけっこは終わりです!」
私がそう宣言すると、相変わらずにこやかに微笑んだ表情モーションのままの女アバターであるhana.fと、ガクリと項垂れる男アバターのakihiko.f。
その反応の違いで、やはり複垢であり彼女の方には中身がないのだと実感した。
「先輩、信じてくれてありがとうございます」
「誰がお前をスカウトしたんだっつの」
ははっと軽口を交わした私たちは、表情を引き締めて彼らへと向き直る。
「逃げたってことはご存じだと思いますが、CCは複垢禁止になります。申し訳ありませんが、強制解除をさせていただきます。抵抗するなら≪バインド≫で拘束します」
淡々とそう説明し、腕輪を彼らへと向ける。
もちろん狙いは中身のない女アバター、hana.fだ。
“よく狙わないと”
≪レリース≫=強制解除は、そのアカウントの削除を意味する。
データ自体を破損させ、もう復活は出来ない。
運よく復元できたとしても、すべてのデータが戻ってくるかはわからないのだ。
中身のあるakihiko.fは、項垂れたままで動かない。どうやら抵抗する気はないようで、その点は安心だ。
「では、規則ですので。≪レリース≫!」
私はそう宣言し、hana.fへ強制解除をかけ――
「なっ!?」
「う、うあぁぁぁぁああ!」
「ッ、アユ、緊急停止だ!!」
そのただの人形ともいえる、何も中身のないhana.fを庇うようにakihiko.fが飛び出したのだった。
タロ先輩の言葉にハッとし慌てて≪レリース≫の緊急解除をするが、強制解除をかけてしまった影響からかakihiko.fがその場へ倒れ込む。
そして動きの鈍くなったそのアバターで、ただの複垢であるはずのhana.fへと手を伸ばしていた。
「な、なんで、だって、私、そんな」
「落ち着け」
意思を伴わないダイブ解除はアバターへと支障をきたし、時にはアカウントデータが全て飛ぶ。
それが≪レリース≫=強制解除なら尚更だった。
“普通は中身のない、あくまでも『サブ』であるアカウントを庇うなんてあり得ないのに”
――だから、油断した?
“いや、そんなこと考えてる場合じゃない、どうしよう、どうしたらいいの”
「アユ」
“データ、データは無事なの? なんで≪バインド≫してから≪レリース≫しなかったの”
「アユ!!!」
「ッ」
いつも四足歩行の黒柴アバターのタロ先輩が、後ろ足で直立して私の前に立つ。
「大丈夫だ、落ち着け」
「あ、でも」
「とりあえず深呼吸しろ」
「深呼吸……」
パニックになりかけていた私の耳にタロ先輩の声がしっかり届いた。
私が多少落ち着いたからか、タロ先輩がすぐにakihiko.fへと駆け寄る。
そんな先輩の後を追いかけると、ただただ涙を流しながらhana.fへと手を伸ばし続ける姿が映った。
「どうしてっ、どうしてそこまで……」
まるで溢れるようにそんな言葉が私の口から出る。
その声が聞こえたのだろう。
「hana.fは、先立った妻のアカウントなんです」
涙に揺れながらも、力強い声だった。
「妻が逝ってしまってから、私もめっきり弱ってしまい今では病院のベッドの上で妻の迎えを待つ毎日だ」
“奥様の……”
「だがここなら、妻との思い出の地を最後に二人でまた回れるから」
「でも、でも複垢は禁止行為で、だから、だから私は、電脳セキュリティとしてっ」
“この選択は正しいの?”
電脳セキュリティは規律を守る組織だ。
一般ユーザーの見本となり、間違いを正す。例外なんて認められない。ひとつの例外を作ってしまったら、組織の根底を揺るがす事態になりかねない。
“でも、彼らは何も悪いことはしてない”
確かに複垢は禁止だ。
CC内の仮想通貨を得るための道具にしたり、アイテムを横流ししたり。
人気投票のような企画の票の投票の為に使われることもある。
そういった行為を禁止するために、この複垢禁止というルールが出来た。
それはわかっているが、ただ一緒に思い出の地を巡りたいという願いの為だけに使うことも許されないというのだろうか。
「確かに複垢は禁止ですけど、でもこのhana.fのアカウントは一応所有者がいる訳で、だから……」
「ダメだ」
私の言葉を遮るようにタロ先輩がそう告げる。
その口調がいつになく強くて私は思わず口をつぐんだ。
「電脳セキュリティの仕事に感情を混ぜるな。アカウントは所有者が死去した場合は抹消しなくてはならないというのが規則だ。内部データの抽出は可能だが、そのアカウントで他人が≪ダイブ≫する行為は禁止行為に当たる。立派な複垢扱いだってお前も知っているだろう」
「それは、そう……ですけど」
「俺たちはいついかなる場合でもルールに忠実でいなくてはならない」
タロ先輩の言い分はもっともで、当然のことだった。
「だから、複垢は削除させていただきます」
そうキッパリと断言すると、hana.fへ向けて伸ばしていた手がパタンと地面に落ちる。
「……当然の、ことですね。丁度良かったのかもしれない、私のデータも破損してしまったようで、欠けが出ている」
“さっきの≪レリース≫の影響……!”
ドクン、と心臓が跳ねる。
「お嬢さんは仕事をしようとしただけで悪くないからね」
「そんな、そんなこと」
akihiko.fが私を気遣う言葉を述べ、「一緒にCCから逝けるなら、それも運命ということでしょう。あとは現実で妻を待つだけだ」と重ねて涙を流しながらも笑った。
“本当に、もうどうしようもないの? せめてakihiko.fの消えてしまったデータの復旧が出来れば”
そんな方法はないとわかっているのに、そう願わずにはいられない。
今更どれだけ後悔しても遅く、私は≪レリース≫の為に彼らへと近付くタロ先輩をただただ眺めるしかなくて。
「私のせいで、ごめんなさ――」
「で、どっちが貴方の複垢ですか?」
私がそう宣言すると、相変わらずにこやかに微笑んだ表情モーションのままの女アバターであるhana.fと、ガクリと項垂れる男アバターのakihiko.f。
その反応の違いで、やはり複垢であり彼女の方には中身がないのだと実感した。
「先輩、信じてくれてありがとうございます」
「誰がお前をスカウトしたんだっつの」
ははっと軽口を交わした私たちは、表情を引き締めて彼らへと向き直る。
「逃げたってことはご存じだと思いますが、CCは複垢禁止になります。申し訳ありませんが、強制解除をさせていただきます。抵抗するなら≪バインド≫で拘束します」
淡々とそう説明し、腕輪を彼らへと向ける。
もちろん狙いは中身のない女アバター、hana.fだ。
“よく狙わないと”
≪レリース≫=強制解除は、そのアカウントの削除を意味する。
データ自体を破損させ、もう復活は出来ない。
運よく復元できたとしても、すべてのデータが戻ってくるかはわからないのだ。
中身のあるakihiko.fは、項垂れたままで動かない。どうやら抵抗する気はないようで、その点は安心だ。
「では、規則ですので。≪レリース≫!」
私はそう宣言し、hana.fへ強制解除をかけ――
「なっ!?」
「う、うあぁぁぁぁああ!」
「ッ、アユ、緊急停止だ!!」
そのただの人形ともいえる、何も中身のないhana.fを庇うようにakihiko.fが飛び出したのだった。
タロ先輩の言葉にハッとし慌てて≪レリース≫の緊急解除をするが、強制解除をかけてしまった影響からかakihiko.fがその場へ倒れ込む。
そして動きの鈍くなったそのアバターで、ただの複垢であるはずのhana.fへと手を伸ばしていた。
「な、なんで、だって、私、そんな」
「落ち着け」
意思を伴わないダイブ解除はアバターへと支障をきたし、時にはアカウントデータが全て飛ぶ。
それが≪レリース≫=強制解除なら尚更だった。
“普通は中身のない、あくまでも『サブ』であるアカウントを庇うなんてあり得ないのに”
――だから、油断した?
“いや、そんなこと考えてる場合じゃない、どうしよう、どうしたらいいの”
「アユ」
“データ、データは無事なの? なんで≪バインド≫してから≪レリース≫しなかったの”
「アユ!!!」
「ッ」
いつも四足歩行の黒柴アバターのタロ先輩が、後ろ足で直立して私の前に立つ。
「大丈夫だ、落ち着け」
「あ、でも」
「とりあえず深呼吸しろ」
「深呼吸……」
パニックになりかけていた私の耳にタロ先輩の声がしっかり届いた。
私が多少落ち着いたからか、タロ先輩がすぐにakihiko.fへと駆け寄る。
そんな先輩の後を追いかけると、ただただ涙を流しながらhana.fへと手を伸ばし続ける姿が映った。
「どうしてっ、どうしてそこまで……」
まるで溢れるようにそんな言葉が私の口から出る。
その声が聞こえたのだろう。
「hana.fは、先立った妻のアカウントなんです」
涙に揺れながらも、力強い声だった。
「妻が逝ってしまってから、私もめっきり弱ってしまい今では病院のベッドの上で妻の迎えを待つ毎日だ」
“奥様の……”
「だがここなら、妻との思い出の地を最後に二人でまた回れるから」
「でも、でも複垢は禁止行為で、だから、だから私は、電脳セキュリティとしてっ」
“この選択は正しいの?”
電脳セキュリティは規律を守る組織だ。
一般ユーザーの見本となり、間違いを正す。例外なんて認められない。ひとつの例外を作ってしまったら、組織の根底を揺るがす事態になりかねない。
“でも、彼らは何も悪いことはしてない”
確かに複垢は禁止だ。
CC内の仮想通貨を得るための道具にしたり、アイテムを横流ししたり。
人気投票のような企画の票の投票の為に使われることもある。
そういった行為を禁止するために、この複垢禁止というルールが出来た。
それはわかっているが、ただ一緒に思い出の地を巡りたいという願いの為だけに使うことも許されないというのだろうか。
「確かに複垢は禁止ですけど、でもこのhana.fのアカウントは一応所有者がいる訳で、だから……」
「ダメだ」
私の言葉を遮るようにタロ先輩がそう告げる。
その口調がいつになく強くて私は思わず口をつぐんだ。
「電脳セキュリティの仕事に感情を混ぜるな。アカウントは所有者が死去した場合は抹消しなくてはならないというのが規則だ。内部データの抽出は可能だが、そのアカウントで他人が≪ダイブ≫する行為は禁止行為に当たる。立派な複垢扱いだってお前も知っているだろう」
「それは、そう……ですけど」
「俺たちはいついかなる場合でもルールに忠実でいなくてはならない」
タロ先輩の言い分はもっともで、当然のことだった。
「だから、複垢は削除させていただきます」
そうキッパリと断言すると、hana.fへ向けて伸ばしていた手がパタンと地面に落ちる。
「……当然の、ことですね。丁度良かったのかもしれない、私のデータも破損してしまったようで、欠けが出ている」
“さっきの≪レリース≫の影響……!”
ドクン、と心臓が跳ねる。
「お嬢さんは仕事をしようとしただけで悪くないからね」
「そんな、そんなこと」
akihiko.fが私を気遣う言葉を述べ、「一緒にCCから逝けるなら、それも運命ということでしょう。あとは現実で妻を待つだけだ」と重ねて涙を流しながらも笑った。
“本当に、もうどうしようもないの? せめてakihiko.fの消えてしまったデータの復旧が出来れば”
そんな方法はないとわかっているのに、そう願わずにはいられない。
今更どれだけ後悔しても遅く、私は≪レリース≫の為に彼らへと近付くタロ先輩をただただ眺めるしかなくて。
「私のせいで、ごめんなさ――」
「で、どっちが貴方の複垢ですか?」
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