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早すぎる。
あまりにも早すぎるけれど。
「大丈夫?」
南くんの声があまりにも優しかったからか、それともさっきまでが怖すぎたからか。
「こ、怖かったよぉ……!」
気付けば目の前の彼に飛びついてしまった。
「日南子ちゃん」
耳元で囁かれるその柔らかな声に少し安堵する。
(そうだ、ハグってオキシトシンが分泌されるからリラックスするんだぁ)
こんな状態だというのに、どこかそんな考えが浮かびやっぱり私はどこまでも医学生かもだなんて考えくすりと笑い……
「って! 南くんびちゃびちゃだよ!?」
「あ、突然雨が降って来たから」
南くんの服が濡れていることに気が付いて。
「お風呂、入る?」
「えっ」
思わずそう声をかけると、南くんがぎょっとする。
そんな南くんに、私は怪訝な顔を向け――
「あ!」
一人暮らしの家に男性を入れる、というその意味に思い至りカッと顔が熱くなる。
「い、いいの?」
窺うように顔を覗き込まれると、私はまた顔を逸らしそうになり、けれどぎゅっと一瞬強く目を瞑った私はそのまま南くんをまっすぐ見てしっかりと頷いた。
「南くんなら、いいよ。だって私たち、運命なんでしょう?」
だって私が怖い時に駆けつけてくれた。
それもこんなスピードで。
(きっと心配で近くにいてくれた……ってこと、だよね)
やはり少し気になることはあるものの、それ以上に南くんの気持ちや優しがが嬉しく私の胸に温かい何かが広がるように感じる。
運命、なんて今まで信じてなかったけれど、さっき抱き着いた南くんの体が私とは違う男の人ならではのしなやかな筋肉で。
そしてそんな彼に包まれた時、本当にホッとしたから。
「日南子ちゃんから薬剤の匂いがするね」
「もう! 南くんもでしょ」
「そうかも」
ちゃんと違うのに共通点もあって、医大生あるあるだね、なんて笑いあった。
「お風呂場こっち」
風邪をひかないように先に彼を案内すると、照れているのか少し顔を赤くする。
そんな南くんに私もきゅんとし、なんだか落ち着かないまま彼を脱衣所に押し込んで扉を閉めた。
「バスタオルと、あと着替え……は、いらないかもぉ。他にいるのは」
ポツリと呟きながら寝室に走る。
必要なものを手に取った私は、くすりと思わず笑いを零した。
(運命か)
「ね、私も一緒に入っていい?」
脱衣所の外から声をかけるとすぐに南くんから返事が来る。
「も、もちろんだよ!」
動揺したのか少し声が裏返っていて、なんだかそんなところも可愛く思えてしまった。
南くんから許可がおりた私はいそいそと服を脱ぎながら話しかける。
「今まで運命とか信じてなかったの。だけど、南くんに運命って言われてそうかもって思っちゃって」
少し前は怖くて不安で震えていたことが嘘みたいに、これからのことを想像してわくわくとしつつ、脱いだ服を洗濯機に放り込んで。
「ひ、日南子、ちゃん?」
ガチャリとお風呂場の扉を開くと、私の姿を見た南くんがごくりと唾を呑んだ。
「やっぱり私たち、運命だったんだね」
「や、やめ……!」
(どうしてそんな顔するのかな)
さっきみたいに抱きしめてくれると思ったのに、後ずさるように私から距離を取る南くん。
(でも、大丈夫だからね)
私は寝室から持ってきたハンマーをぶん、と南くんの前頭葉を目指し振りかざした。
ゴッと鈍い音と共に、どちらかというと粘土をハンマーで殴ったような鈍くてまとわりつくような衝撃が腕に伝わる。
「だって私、そろそろ人間の中身も見たかったんだもの」
あはは! と笑った私は、ねちゅ、と音を立てるハンマーをもう一度振りかざした。
抱きついた時に感じた私との筋肉の違い。
男の人ならではのその肉の内側にはどんな『中身』があるのだろうか。
「ちゃんとエンバーミングしてあげるからね」
まずはこの肉体が腐敗しないようにするのが先決。
そこからゆっくり中身を確認しよう。
「あ、イタチの中身まだ見てなかったなぁ」
薬剤漬けし水槽に入れたままキッチンに置いたイタチの死骸を思い浮かべる。
カラスを捨てたばかりだ。
すぐに別の死骸を捨てたら……
(噂になってるらしいし)
南くんが知っていたことを思い出し、そんなことも頭を過るけれど。
「でも、本命は南くんだよ」
ふふ、と笑った私は、動かなくなってしまった南くんにキスをしようとして――
「顔、わかんなくなっちゃたな」
凹んでしまい原型がわからなくなった彼を少し残念に思った。
(まぁ、私は脳科学専攻じゃないから)
大事なのは中身だもの。そう考え直した私は、そっと彼のしなやかな肢体に指を這わせる。
「南くんにはお風呂で漬かってもらおうかな」
一人暮らしのアパートだ。
お風呂にはそんなに広さはなく、防腐処理するにも狭すぎる。
けれど、私たちは運命だから。
「安心してね、運命の相手だもの、最優先で見てあげるから」
腐らせる前に刻み、中身を確認するのもいい。
本命の小腸あたりだけエンバーミングして他は今すぐ開けてみるのも楽しいだろう。
私から思わず笑いが溢れ、お風呂場にその笑い声だけが響いて。
「こんなにタイミングよく来てくれるなんて、運命って素敵だなぁ」
運命の相手なら、化けて出ないよね?
なんてまだ少し呪われることに恐怖は感じるけれど――
私はその甘美な響きと、お風呂場に充満する鉄錆のような香りに酔いながらそう呟いたのだった。
あまりにも早すぎるけれど。
「大丈夫?」
南くんの声があまりにも優しかったからか、それともさっきまでが怖すぎたからか。
「こ、怖かったよぉ……!」
気付けば目の前の彼に飛びついてしまった。
「日南子ちゃん」
耳元で囁かれるその柔らかな声に少し安堵する。
(そうだ、ハグってオキシトシンが分泌されるからリラックスするんだぁ)
こんな状態だというのに、どこかそんな考えが浮かびやっぱり私はどこまでも医学生かもだなんて考えくすりと笑い……
「って! 南くんびちゃびちゃだよ!?」
「あ、突然雨が降って来たから」
南くんの服が濡れていることに気が付いて。
「お風呂、入る?」
「えっ」
思わずそう声をかけると、南くんがぎょっとする。
そんな南くんに、私は怪訝な顔を向け――
「あ!」
一人暮らしの家に男性を入れる、というその意味に思い至りカッと顔が熱くなる。
「い、いいの?」
窺うように顔を覗き込まれると、私はまた顔を逸らしそうになり、けれどぎゅっと一瞬強く目を瞑った私はそのまま南くんをまっすぐ見てしっかりと頷いた。
「南くんなら、いいよ。だって私たち、運命なんでしょう?」
だって私が怖い時に駆けつけてくれた。
それもこんなスピードで。
(きっと心配で近くにいてくれた……ってこと、だよね)
やはり少し気になることはあるものの、それ以上に南くんの気持ちや優しがが嬉しく私の胸に温かい何かが広がるように感じる。
運命、なんて今まで信じてなかったけれど、さっき抱き着いた南くんの体が私とは違う男の人ならではのしなやかな筋肉で。
そしてそんな彼に包まれた時、本当にホッとしたから。
「日南子ちゃんから薬剤の匂いがするね」
「もう! 南くんもでしょ」
「そうかも」
ちゃんと違うのに共通点もあって、医大生あるあるだね、なんて笑いあった。
「お風呂場こっち」
風邪をひかないように先に彼を案内すると、照れているのか少し顔を赤くする。
そんな南くんに私もきゅんとし、なんだか落ち着かないまま彼を脱衣所に押し込んで扉を閉めた。
「バスタオルと、あと着替え……は、いらないかもぉ。他にいるのは」
ポツリと呟きながら寝室に走る。
必要なものを手に取った私は、くすりと思わず笑いを零した。
(運命か)
「ね、私も一緒に入っていい?」
脱衣所の外から声をかけるとすぐに南くんから返事が来る。
「も、もちろんだよ!」
動揺したのか少し声が裏返っていて、なんだかそんなところも可愛く思えてしまった。
南くんから許可がおりた私はいそいそと服を脱ぎながら話しかける。
「今まで運命とか信じてなかったの。だけど、南くんに運命って言われてそうかもって思っちゃって」
少し前は怖くて不安で震えていたことが嘘みたいに、これからのことを想像してわくわくとしつつ、脱いだ服を洗濯機に放り込んで。
「ひ、日南子、ちゃん?」
ガチャリとお風呂場の扉を開くと、私の姿を見た南くんがごくりと唾を呑んだ。
「やっぱり私たち、運命だったんだね」
「や、やめ……!」
(どうしてそんな顔するのかな)
さっきみたいに抱きしめてくれると思ったのに、後ずさるように私から距離を取る南くん。
(でも、大丈夫だからね)
私は寝室から持ってきたハンマーをぶん、と南くんの前頭葉を目指し振りかざした。
ゴッと鈍い音と共に、どちらかというと粘土をハンマーで殴ったような鈍くてまとわりつくような衝撃が腕に伝わる。
「だって私、そろそろ人間の中身も見たかったんだもの」
あはは! と笑った私は、ねちゅ、と音を立てるハンマーをもう一度振りかざした。
抱きついた時に感じた私との筋肉の違い。
男の人ならではのその肉の内側にはどんな『中身』があるのだろうか。
「ちゃんとエンバーミングしてあげるからね」
まずはこの肉体が腐敗しないようにするのが先決。
そこからゆっくり中身を確認しよう。
「あ、イタチの中身まだ見てなかったなぁ」
薬剤漬けし水槽に入れたままキッチンに置いたイタチの死骸を思い浮かべる。
カラスを捨てたばかりだ。
すぐに別の死骸を捨てたら……
(噂になってるらしいし)
南くんが知っていたことを思い出し、そんなことも頭を過るけれど。
「でも、本命は南くんだよ」
ふふ、と笑った私は、動かなくなってしまった南くんにキスをしようとして――
「顔、わかんなくなっちゃたな」
凹んでしまい原型がわからなくなった彼を少し残念に思った。
(まぁ、私は脳科学専攻じゃないから)
大事なのは中身だもの。そう考え直した私は、そっと彼のしなやかな肢体に指を這わせる。
「南くんにはお風呂で漬かってもらおうかな」
一人暮らしのアパートだ。
お風呂にはそんなに広さはなく、防腐処理するにも狭すぎる。
けれど、私たちは運命だから。
「安心してね、運命の相手だもの、最優先で見てあげるから」
腐らせる前に刻み、中身を確認するのもいい。
本命の小腸あたりだけエンバーミングして他は今すぐ開けてみるのも楽しいだろう。
私から思わず笑いが溢れ、お風呂場にその笑い声だけが響いて。
「こんなにタイミングよく来てくれるなんて、運命って素敵だなぁ」
運命の相手なら、化けて出ないよね?
なんてまだ少し呪われることに恐怖は感じるけれど――
私はその甘美な響きと、お風呂場に充満する鉄錆のような香りに酔いながらそう呟いたのだった。
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