その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子

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第二章:少しの時間だけ

12.それは確かにあったから

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「ここに製造元が書かれてて、ほら、『つなし』ってあるんです。つなし家が作ったから『つなしけ』ってメーカー名になってて、それで」
「まさか、そんな」
「この十家が、本当に清子さんの思い出の家かはわからないんですが」
「……いや、ここじゃ……。住所が昔住んどった家と同じじゃ」

 恐る恐る私からそのあぶらとり紙を受け取った清子さんが、食い入るようにそのパッケージを見つめる。
 裏も表も見て、そしてまた裏側の製造元に視線を落とした清子さんのその瞳が、赤く滲んでいくのをぼんやりと私も見つめていた。


「こんな風にパッケージにするくらいなんですから、恨んでなんかないですよ」

 根拠なんてない、けれど思ったままそう口にする。
 清子さんは相変わらずじっとそのあぶらとり紙を見つめていたので、私の言葉が聞こえているのかはわからなかったが、それでも私は話し続けた。

「きっと突然訪れた別れを悲しんだんです。また会いたいと思ったから商品デザインに取り入れて……それって、きっと清子さんと過ごしたその時間がとても大事だったからじゃないんでしょうか」

 
“『つなしけ』は老舗メーカーだったよね”

 創立から何年たっているのかはわからないが、一度没落した十家がちゃんと地道に努力し、そして起業して今のブランドにまでなったのだろう。

 0からどころかもしかしたらマイナスからのスタートだったかもしれない。
 それでも清子さんとの思い出が大切な思い出だったからこそ、こうやってまた立ち上がり今の地位にまでなったのだとすれば。

「……清子さんがいて得た富はなくなってしまったかもしれませんが、清子さんといて得た思い出は今も大事な財産になってるってことですね」

 それは本当に素敵なことだと思うから。


「――なるほどな。あやかしと人間のカップルなんて成立するはずないと思ったんじゃが」

 ぎゅっとあぶらとり紙を抱き締めた清子さんは、目尻に溜まった涙をぐいっと強引に拭いながら口角を上げる。

「種族なんて、関係ないのかもしれんな」

 そしてハハッと大きく笑った。


「そうですよ、人もあやかしも心がある。だから、気持ちで決めたらいいんです」
「けどまぁ小僧らが結婚するとなると、まだまだ問題が出てきそうじゃがなぁ」
「け、結婚!?」
「なんじゃ。近頃の若者は結婚せんのか?」
「いやっ、別にそういう訳じゃないんですけど……っ!」

“まだ私は大学生だし、っていうか、そもそもこの恋人関係自体が偽装っていうか仮初めだし!”

 平然とそんなことを聞かれ、思わずしどろもどろになってしまう。

 そんな私を相変わらず面白そうに目を細めて見ているこんちゃんは、やっぱりちょっと性格が悪い。


 ――でも嫌いじゃない、なんて思ってしまうところが更に憎たらしくもあるのだけれど。


「で、『喜ばせる』っていうミッションはそのよくわからない紙と交換で達成ってことでいいんですかね?」
「あ、そうだった!」

 気がつけばころっと頭から抜け落ちてしまっていたが、そもそも私たちは人面疽の治療の為にここへ来たのだ。
 そして対価として『清子さんを喜ばせる』ことが必要で。

“私の膝がかかってるんだった……!”

 今更ながらにその事実を思い出し、ごくりと唾を呑む。

「……ふん、こんな紙、わらわほどの大富豪ならいくらでも買えるわい」

“それは確かに”

 言いながらプイッとそっぽを向いてしまう清子さんが立ち上がり、棚の上から二段目、左から三つ目扉をパカリと開ける。

 そして中から薬包紙を一つ取り出した。


「ま、わざわざ人間界へと買いに行くのは面倒じゃからな。今回のお題はこれでいいじゃろ」
「これ……」
「童の膝に食べさせてやれ。それですぐに治るわい」
「! あ、ありがとうございます!」
「ん」

 すぐにまたプイッと背を向けた清子さんの耳がほんのり赤く染まっているのを見て、ほわりと胸が熱くなる。

「帰ろうか、ゆっこ」
「うん」

 そんな彼女には気付かないフリをして、私たちは座敷わらしが住むテントを後にした。


「……また、会えるかな」
「ゆっこがお願いしたら、清子さん一緒に住んでくれるんじゃない?」
「そーいうことじゃないってば!」

 からかわれムスッとむくれた私を見て、プッと吹き出すこんちゃん。

 やっぱりどう考えても腹立たしいが、もう転ばないようにと繋がれた手を離す気にはならなかった。


「会いたいならいつでも会えるよ、友達になったんだから」
「……そっか」

 ぎゅっと握られた手を私もそっと握り返す。

“あやかし界で過ごす一日が、人間界では一時間――”


 私が一日過ごすだけで、1ヶ月近くが過ぎてしまうこの世界。
 もし私が人間界に戻った後、また彼らと再会できるのはいつなのだろう。

 そしてそれは、彼らから見てどれくらいの時間が過ぎた頃なのだろう。

“考えても、仕方ないけど”

 その事が、私の中で小さな棘となりチクリと傷んだのだった。




「……で、私の膝ってどうやったら口を開くの?」
「んー、笑わせるとか?」
「笑わせる、ねぇ」

 さらっと告げたこんちゃんは、どうやら笑わせる手伝いをしてくれる気はないのか、それとも膝を笑わせる為に今から努力しようとしている私を見物するつもりなのか、わざわざ小さな座椅子を持ってきて私の対面へと座る。

“絶対後者ね”

 少しわくわくした様子のこんちゃんにため息を吐いた私は、仕方なく改めて自身の膝で不機嫌そうに口をしっかり閉じている人面疽を真っ直ぐ見下ろして。


「……い、いないいない、ばぁあ~」
「ぶはっ、ちょっ、ゆっこの膝は赤ちゃんなの!? あ、元気な膝小僧が産まれましたってやつ!?」
「ちょっと! 私より面白いこと言うのやめてくれる!?」

 ヒィヒィとお腹を抱えて笑うこんちゃんに思わずツッコむ。
 というか、この狐くらい笑いの沸点が低かったら楽だったのに、なんて思った時だった。


「……ぶぴゅっ」
「ヒッ」

 変な声が自身の膝から聞こえ、ぞわりと全身鳥肌が立つ。

「ゆっこ! 人面疽笑ってる」
「これ笑い声なの!?」

“気持ちわる……じゃなくて、個性的ぃ……!”

 ひえぇ、と冷や汗を滲ませながら、こんちゃんの声に押されるように私は慌てて清子さんの薬を自身の膝へと食べさせた。


「ど、どうなった?」

 その珍妙な笑い声が聞こえなくなったことで恐々と膝へと視線を落とした私は、転んで擦りむいた傷ごと何故かツルリと治っていることに気付きぽかんと口を開く。

「治った、の……?」
「うん、綺麗な膝小僧が産まれましたね!」
「だからそのネタはもういいんだって!」

 こんちゃんのその言葉へ反射的にツッコミつつそっと触れた膝は、感触含めて元通りになっていた。


「お、お帰りマイ膝ぁ!!!」
「ぶぴゅっ」
「ちょっと、あの笑い声再現するのは流石に趣味悪すぎない?」
「え、俺今は笑ってないけど」


「「……え?」」


 お互いに顔を見合わせた私たちは、どちらともなくぎこちない笑顔を浮かべる。

“……まさか、ね?”


 清子さんとの再会は、もしかしたら思ったよりも早いのかもしれない――……
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