その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子

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第三章:嵐の悪友

14.呼び名という価値を決めるのは

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「よし、今日は詫びだからな! 存分に飲めばいいぞ!」
「の、飲めっていわれても……」

 突然酒天童子に担ぎ上げられたかと思ったらあっという間にどこかへ連れられた私の目の前に並ぶのは大量のお酒。

“流石、名前通り酒天童子って感じ……”

 名目が『詫び』だということを考えると、全て鬼さんの善意でしてくれていることなのだろうとは思うものの、いきなり連れ拐われた私としてはあまり好ましくはない状況だ。

“それに、こんちゃんが隣にいないのってあの初日以来なのよね”

 何かあったら困るから、と常に側にいてくれたこんちゃん。
 もちろん夜は別の部屋で寝ているものの、借りている部屋の隣の部屋にはいてくれていた。

 ずっと当たり前のようにいてくれていた存在がいないと思うと、相手に悪意がなさそうで、かつこんちゃんの友達だとわかっていてもやはりどこか心細い。

 
「というかあの、こんちゃんと一緒じゃダメだったんですか?」
「うん? こんちゃん?」

 一人より二人、二人より三人。
 確かに食べられかけたのは私だが、その私を助けるという意味でこんちゃんもその場に駆けつけてくれていたのだから詫びる対象でもいいのでは――と思っての発言だったが、鬼さんは内容よりも『こんちゃん』呼びが気になったようだった。

“……って、そりゃそうか。こんちゃんって、こんちゃん要素のない名前だったものね”

 本人からの指定だったせいですっかり忘れていたし、清子さんも私がこんちゃんをこんちゃんと呼んでいても気にしていなかったせいでコロッと忘れていたが、彼は迦之御ノ杜白という少し仰々しい名前で――

「なんでこんちゃんなんだ?」
「ごもっともで」

 鬼さんの疑問は当然のように思えた。


 気安い友人である彼が『白』と呼んでいるならきっと名前が嫌いな訳ではない。
 それなのに私には呼ばせなかった、その理由。

“もしかしたら、こんちゃんは私に本名で呼ばれるのが嫌なのかも”

 そんな考えが頭を過り、胸の奥が重くなる。

 一度呼んでみれば彼の反応で真意がわかるかもしれないが、万が一嫌悪感が表情に出たら。そう思うと気分が一気に落ち込んだ。

「それが私にもわからな……」
「いや! 皆まで言うな、当ててやろう!」
「え? いや、あのそもそも私もわから……」
「わからんぞ!!!」
「………………あー、ハイ」

 わっはっはっと軽快に笑いつつ言うなと言った鬼さんは一瞬で白旗を出す。

“まぁ、私にもわからないんだけど”

 落ち込んだ気分が、鬼さんのその豪快さで少し紛れる。
 そしてふとあることに思い至った。

「あの、鬼さんの名前は何なんですか?」

 妖狐の迦之御ノ杜白。
 座敷わらしの目見田清子。

 なら、酒天童子の……何なのだろう?

“酒天童子って個人名じゃなかった、よね? 確かお酒が好きだからそう呼ばれていただけだった気がするんだけど”


「あぁ、俺っちの名前は――、いや、白も言っていたように『鬼』でいいぞ」
「え!?」
「呼び名に価値なんてない。俺っちにとって価値があるのは、“誰に呼ばれるか”だからな」

“誰に呼ばれるか?”

 当たり前のように告げられたその言葉に呆然とする。
 けれど私の中ですとんと答えが落ちてきたような気がした。

“確かに本当の名前かどうかは関係ないのかも”

 私はこんちゃんが、なんでこんちゃんと呼んでって言ってきたのかわからないけれど。
 それでもその呼び名に彼が何か意味があるのなら。

“ううん、なくても”

『こんちゃん』と呼んで、彼が嫌な顔をしたことはなかったから。

「それなら、それでもいいのかもしれな……」
「大変だ! 白の気配がする!」
「は、えっ!?」

 ガタンと椅子から立ち上がった鬼さんは、何かに焦ったように周囲を見渡す。
 私には彼の言う気配とやらはわからなかったが、物凄く慌てたその様子を唖然と見上げた。

「えーっと、ご、合流します?」
「いや……怒ってる、殺気が出てる! ここで合流したら大変なことになるぞ、俺っちがな!」
「はぁ」

 その殺気とやらがどこから出ているのか場所まではわからないらしく、キョロキョロと見回していた鬼さんがバッといきなり私へと視線を向ける。

「……人質を、取るしかない」
「えっ」
「詫びもするが、人質にもなってくれ!」
「えぇっ」

 再びきたこの流れについていけておらず、ぽかんとしている私の視界がぐるりと回る。

「なっ、まさかまたっ!?」

 どうやら私はこの鬼さんに振り回され、こんちゃんとの強制鬼ごっこをさせられるようだった。
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