その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子

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第三章:嵐の悪友

16.酔っぱらいって情緒が壊れがち

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“――あれ? そういえば何の話をしていたんだっけ”

 ふとそんな疑問が過ったのは何個目の瓶が空いたときだったのか。

「というか、いつの間にこんなに飲んだんだろ」

 もちろん私一人が飲んだのではなく目の前にいる鬼さんが凄いスピードで飲んでいくせいだ、多分。

「えーっと、相談、誕生日のプレゼントだったわね?」
「あぁそうだ、詫びのプレゼントだ」
「やっぱり身に付けられるようなものがいいんじゃないかしら」

“例えばふさふさしたあの尻尾に結べるようなリボンとか”

 あの銀色に輝く柔らかい尻尾の付け根に真っ赤なリボンを結んだとしたら――

“いや、でも尻尾の付け根ってつまりはほぼお尻ってこと?”

 お尻に真っ赤なリボンをつけたこんちゃんを想像しかけて慌てて首を振る。
 
「リボンはダメ! というかお尻にリボンとかそんなのセンシティブだわ!」
「せんしてぃ……? いや、そもそも尻にリボンって」
「耳、耳ならどうかしら」

 あの大きく尖った三角耳。
 狐耳は犬や猫より分厚く、そしてそこもふわふわとして可愛かった。
 ピアスのように赤いリボンを結んだらきっと可愛いだろう。

“色はこんちゃんの瞳と同じ赤にしたら、きっとあの銀髪にも映えるわよね”

「耳か、確かに尻よりかはいい、か?」
「あ、でも……」

 青年姿のこんちゃんにリボンというのも悪くないが、清子さんのところで見たあの子狐姿だったとしたら。

「首、首に真っ赤なリボン、それこそ至高じゃないかしら」

 ふんわりとした大きめのリボンを首に巻いたあの可愛い子狐が、きょとんと首を傾げる姿を想像すると堪らない。

 それがこんちゃんが化けた姿だとわかっていても、もし目の前にそんなに可愛い子がいたとしたら。

「私なら絶対ぎゅーってして、ちゅーってしちゃうわ」
「ぎ、ぎゅーにちゅー!?」
「えぇ、ぎゅーにちゅーよ!」
「されたい、俺っちもされたい!」
「え」

 思った以上の勢いで食い付かれ唖然とした私は、こんちゃんにぎゅーっとしてちゅーっとする鬼さんの姿を妄想し――

「だ、だめ! 私が許さないわっ」
「えっ? なんで嫁っ子が許さないんだ? 俺っちの嫁だぞ?」
「違うわよ! 仮初めだけど私のよ!」

 反射的に言い返して慌てて口を閉じる。

“仮初めって言っちゃった!”

「仮初めって、なんだ?」
「そ、れは……」

 しっかり聞かれてしまった以上、誤魔化すことは難しい。
 仕方なく私は内心でこんちゃんに謝罪し説明することにした。

「実はその、私たちの関係って仮初めなんです」
「ほう?」
「その場を凌ぐためにそう言い張っただけのもので、本当の恋人じゃないんです」
「本当の恋人じゃ、ない……?」

“なんでだろ、本当のことを言っただけなのに気持ちが沈む”
 
「こんちゃん、来てくれるのかな……」

 生け贄にされそうになった私を助けてくれたこんちゃん。
 人面疽が出来たときも心配し、清子さんのところへと連れていってくれた彼は、家から担いで連れ出された私を迎えに来てくれて――……
 

 さっきはすぐに来てくれたのに、今回は完全に撒いたのかなかなか来てくれない。

“ううん、そもそも来てくれるという前提が間違っているのかも”

 こんちゃんが私を必ず迎えに来てくれるという確証も、そしてそんなことをする理由もないのだと思うとまるで胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。
 

「もしこんちゃんが来てくれなかったら……」

 私は人間界へと帰れない。
 ううん、人間界のお金が流通しているのだから帰る方法はあるはずだ。

 見つけられなければ清子さんにお願いしてもいいだろう。
 座敷わらしとは人間と共存してきたあやかしの一人、きっと「仕方ないのぅ」なんて言いながらも連れていってくれる。

“でも、こんちゃんとはもう会えない”

 じわりと視界が歪み、目頭が熱くなる。

「な、泣いてんのか? 嫁っ子」
「泣いてなんか……っ」

 ない、と言おうと思ったのに想像以上に自身の声が震えていることに気付き慌てて口を閉じる。

“こんちゃんは知り合って間もない相手なのに” 

 何故だろう。彼が来てくれないかもしれないという不安と、彼にもう会えないかもしれないという事実で押し潰されそうだ。

 私はいつからこんなに弱くなってしまったのだろう?

「こんちゃんに、会いたいよぅ」
「お、おい、そんな泣くな、えーっとえーっと、あ、ほらこの手拭いで涙を……」

 再び四次元に繋がっていそうな着物の袖から出された小さな手拭いを見てきょとんとする。

「可愛い」

 その手拭いには、一升瓶と升の刺繍が施されていたからだ。

“これ、お酒が大好きな鬼さんにピッタリの刺繍ね”

 そして何よりこんなに可愛い刺繍がある手拭いを持ち歩いているということは余程大事なものなのだろう。

「これ、大事なものっぽいのに借りていいんですか?」
「うん? まぁ確かに大事なものだかな、俺っちにとって白の嫁っ子も大事なんだ。白が大事だからな。だから貸してやる」

 そう言ってニカッと笑った鬼さんが格好よく、そして逞しく見えた。

「……鬼さん、私」
「へぇ、ゆっこを泣かせただけじゃなく口説いてんの?」
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