その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子

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エピローグ:狐に嫁入り

エピローグ:こんにちは、と声に出して

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「あら、ゆっこお出かけ?」
「あー、課題に集中できないからカフェってくる」

 いつものスニーカーに大きなトートバックを持ち玄関を出る。

 あやかし界で過ごしたあの日々は、一日が人間界では一時間しか進まないという言葉通りこちらでは十時間ほどしかたっていなかった。

 
「あの日は大学が一限だけだったのよね」

 そのお陰で私は意図せず朝帰り……みたいなことにもならず、家族にも大学帰りに寄り道をしていただけだと思われただけだった。


 まるで夢のようにどこか現実味のない時間だった。
 だが、トートバックの中にはあの時持っていた化粧ポーチが入っていて、そしてその化粧ポーチの中にあぶらとり紙は入っていない。

“清子さん、使ってくれているかな”

「いや、普通に飾ってそうかも」

 トランプの横に飾られているあぶらとり紙が飾られているテントを想像したらちょっと可笑しい。

 
「鬼さんは無事かしら」

 奥さんにベタ惚れの様子だったが、どこか不器用で鈍感そうだった。
 女心とは遠そうで、またしょーもないことで雷を落とされているかもしれない。

“部屋からもわかるくらいの雷落ちてたものね”

 それでもきっとそれが彼ら夫婦のあり方なのだろう。


「楓ちゃんは、羽団扇つくったのかな」

 家宝の羽団扇を奪われてしまった楓ちゃん。
 でも烏天狗たちが大事にしている家宝は、団扇ではなく楓ちゃん本人だった。

“子宝っいうものね”

 それに飛べるようになった楓ちゃんの羽はとても大きく綺麗だった。
 きっと彼女の羽で作る団扇はどんな宝石にも敵わない。


“お姉さん、キレイだったな”

 初めてみた花嫁姿もとても美しかったが、月に照らされた彼女は妖艶で背徳的にも高潔にも見えて神々しさすらあった。

「でもなんで来てくれたんだろう」

 単純にあの神社がお狐様を祀り、そして妖狐の一族が治める地域だからかもしれないけれど、もしかしたら私の願いを神様が聞き届けて呼んでくれたのかもしれない、なんて思うのは流石に飛躍しすぎだろうか。

「お賽銭、今度は弾みます!」


 私は思わず苦笑しながら近道しようと来た神社を見上げる。
 そういえば初詣以外でこの神社を一番上まで登ったのは幼いあの時と、あやかし界で犬神と会ったあの時だけだった。

「ちょっと登ってみようかな」

 特に意味はない。
 今日は休みで、課題は持ってきているが少々スタートが遅れても迷惑はかけないから。

 そんな言い訳をしつつ千本鳥居の入り口へ向かう。

「この変で犬神と会ったのよね」

“乾瑞季……だっけ。結構可愛い顔と可愛い名前だけど、こんちゃんを怪我させたことと楓ちゃんから羽団扇を奪ったことは許さないんだから”


 あやかし界と人間界の入り口にもなっているからか、この神社はどちらの世界も同じ見た目だった。
 けれど、やはり神社の持つ雰囲気は全然違い、別のものなのだと改めて実感し鳥居を進みながら自然と足元へ目線が落ちる。

 ――その時だった。


「足元ばっかり見てたら、危ないよ?」
「!」

 ふふ、と笑いながら穏やかな声が聞こえ、慌てて顔を上げる。

「やだ、耳と尻尾は?」
「流石に隠したよ、狐は化けるのが得意だからね」

 銀ではなくアッシュグレイの髪色。
 赤い瞳は目立ちすぎるのか、焦げ茶になっていた。
 あの大きな三角の狐耳も、ふさふさとした太い尻尾も見当たらない。

 でもわかる。

「こんちゃん!」

 
 目の前に立つ青年に思い切り抱き着いた私は、あの夜触れられなかった彼の背中をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
 そんな私を彼もそっと抱きしめ返してくれた。


「どうしてぇ……」
「はは、忘れちゃった? 人間はあやかし界にはほぼ来れないけど、あやかしは人間の世界に結構紛れ込んでるんだよ?」

 平然と言われたその言葉に唖然とするが、確かに言われてみれば座敷わらしの清子さんは元々人間界で暮らしていたし、そもそも人間界に沢山のあやかしたちが馴染んだからこそあやかし界の通貨だって同じものだった。

“それにこんちゃんは、『永遠の別れ』や『会いに来ない』とは一言もいってない!?”

 もしかしてまた私はからかわれたのかも、なんて気付き思わず半眼になってしまう。
 だがこの飄々とした顔を見るとそんなことどうでもよくすら思えてしまうのは、やっぱり彼に会いたくて仕方がなかったからなのかもしれない。

“嬉しい”

 また温もりを感じれる距離にこんちゃんがいることが堪らなく嬉しかった。
 
 
「こんにちは、ゆっこ。いい天気だね?」
「そう? 私には世界が滲んで見えるけど」

 彼の言葉にそう返すと、私の目尻に滲んだ涙をそっとこんちゃんが指でとる。

「本当だ、お天気雨かな?」

 くすくすと笑いながら指についた私の涙をこんちゃんがペロリと舐めたのを見て私はぎょっとして、顔が沸騰しそうなほど一気に熱くなった。


「ねぇ、ゆっこはお天気雨の別名、知ってる?」
「え? 狐の嫁入り?」

 突然の質問に、何をいまさら、と思わず首を傾げると、何故かこんちゃんの方が不思議そうな顔をして首を傾げた。

“あ、あれ? 違ったっけ?”

 思わず不安になった私は、そのままじっと彼を見上げ続け――


 ――ちゅ、と唇が重ねられる。

 
「なッ!?」
「ね、狐の嫁入りじゃなくて、狐に嫁入り……ってのも悪くないんじゃない?」
「な、ななっ」

 流石に抗議をしなくては、と思ったのだが、こんちゃんがあまりにも幸せそうに笑うから何も言えなくなっってしまう。
 それに。

“そんな未来も悪くない……なんて”

 
 一瞬想像し胸が高鳴ったことは、まだまだ彼には内緒だけれど――……

 
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