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4.本音よりも、本心を
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「何を⋯っ、と」
私の言った言葉の意味を図りかねたのか振り返ろうとした彼が慌てて顔を背けた。
“さっきまであんなに顔を見て本音で接しようとしてたのに⋯”
理解しきれてないなりに、精一杯誠実に向き合おうとしてくれていると思うと私の胸がほわりと温かくなる。
『一滴垂らせば素直になれる』魔法薬が必要だったのは貴方じゃなくて、私の方なのだからー⋯
「アカデミー時代からずっと憧れていたの、いつも凛として誰にも媚びずに突き進むその姿に。こっそりテオドールの軌跡を辿るくらい⋯」
ぽつりぽつりと話し出すと、彼がしっかり耳を傾けてくれている事に気付く。
そしてこれは、『今日だけ』じゃなくて。
「婚約した相手が貴方だと知って浮かれたわ。すぐにその気持ちは地に落ちたけどね!だってそうでしょ?口も態度も最悪だったんだから」
「う⋯」
“しがみついてて彼の様子なんてわからないけど、絶対今項垂れたわね”
なんて冷静に想像した私は、こっそり小さく吹き出した。
「⋯だけど、ガッカリはしなかったわ」
「⋯っ」
「ツンケンしてたし毒しか吐かれなかったけど⋯、それでも私が言い返す言葉に耳を傾けてくれていた」
それが例えどんな暴言だったとしても。
“まぁ、先に毒を吐いてくるのはあっちだったから私だけが悪い訳じゃないけどね!”
それでも。
きっとその態度だって、ちゃんと向き合いたいと思ってくれていたからだと今は知ってしまったから。
「剥き出しになった本音じゃなくて、不器用でも不恰好でも、キツイ言葉でもいいから『本心』を聞きたい。だからいつもの貴方で教えて、私とどうなりたいの?」
息を呑み、口をつぐむテオドール。
そんな彼を待つようにじっとしていると、渋々⋯といった雰囲気で彼が口を開いて。
「⋯アカデミー在学中から、クリスタの事は知っていた」
「え?」
それはあまりにも意外な言葉だった。
“学年も違ったし、直接話したこともなかったのに⋯?”
ぽかんと彼を見上げ、ここで互いの顔を見てしまったらまた彼がおかしな事を言い出すと気付き慌ててテオドールの背中に再び顔を埋める。
「次男で、侯爵家を継がないとしても王宮勤めは確実だと言われていたし実際打診も来ていた。だからいつも色んな人が俺の意思に関係なく群がってきてた」
「む、群がる⋯」
思い出すのはアカデミー時代の彼の人気。
確かに男女関係なく媚びようと群がってはいた。
が。
“言葉のチョイスよ⋯”
なるほど、彼の口の悪さは元々だったのか、と変なところで納得する。
「どれだけ冷たくあしらってもそれがクールだとか言ってどんどん人が集まってくるのも本当に鬱陶しかったんだ」
「鬱陶しかったのね⋯」
「だってそうだろ。もし俺が侯爵家の人間じゃなかったら?魔法の能力が低かったら?」
「まぁ、中心には⋯いなかったかも?」
“というより、感じの悪い最低男、とか呼ばれて逆に輪から外れていたかもしれないわね⋯”
口が悪いのが元からならば尚更だ。
「それなのにヘラヘラヘラヘラ近寄ってきて、俺を褒めるばかりで気持ち悪い。俺の表だけを見て、それが実際どんな魔法かも知ろうとしないくせに」
「そ、そう⋯?テオドールの魔法は美しかったからまぁ、仕方ないかもしれないけれど⋯」
美しいと表現すると、一瞬彼の体が強張る。
男性相手に美しいはダメだったかしら、とちらっと彼の様子を窺うと、そこには真っ赤に染まった首筋があって。
「⋯一人だけ、『俺』じゃなく『俺の魔法』に憧れてくれていた子がいた」
「⋯え」
「近寄ってはこないが、よく彼女の視線は感じていて。こっそり俺が使った魔法を練習してるのも気付いてた」
「ッ!!」
“それ、もしかしてもしかしなくても私よね!?”
バレないようにこっそりと見ていた事も、こっそり真似していた事も。
よりにもよって本人にバレていたなんて!!
いきなり落とされた爆弾に一気に私も真っ赤に染まる。
しがみついたままあわあわしている私に気付いているのかいないのか⋯そのまま彼は話を続けて。
「不思議だよな、俺に群がる奴らが鬱陶しかったはずなのに、俺の魔法しか見ない彼女の目が俺自身を映さない事を不満に思うようになるなんて」
ははっと乾いた笑いを溢す彼は、どこか自嘲しているようにも聞こえた。
「⋯彼女が婚約者を探してるって聞いて、すぐに申し込んだよ。選ばれた時は本当に嬉しかった、まさか自分がこんなに拗らせていたなんて知らなかったからな」
「拗らせてる自覚があったの⋯」
「だ、だってそうだろ!俺の魔法を見てくれてても、俺自身に憧れてくれてる訳じゃないんだから⋯」
「だからってあの態度で好きになる女とかいないわよ」
ハッキリ告げるとテオドールは、うぐっと言葉を詰まらせた。
もし元々彼自身を好きだったとしても、あの態度では一瞬で冷めるというものだろう。
「⋯私は、冷めなかったけど」
「は?」
「憧れていたのがイメージで作ったテオドールじゃなかったからかしら?こんなに綺麗な魔法を練れるのはどんな人だろうって思っていたからかしら」
苛立ちはしたが、落胆はしなかった。
だって私が憧れたのは、やはり彼で間違いないのだから。
「私が飲もうとしていた魔法薬を奪ってまで飲んだのはなんで?」
散々吐露させたから知っている。
けど、やっぱり私の知っている彼の言葉で聞きたくて、ついそんな事を聞くと。
「⋯毒薬かと思ったら、自然と飲んでいた。俺のせいで追い詰めたなら俺が飲むべきだと思ったからだ」
「それは相手が誰だったとしても?」
「クリスタ、だからだ。好きなんだから仕方ないだろ!」
やけくそのように告げられるその『好き』が、魔法薬で強制的に聞いた彼の甘い本音よりも甘美に聞こえた。
“だから私も、ちゃんと私の本心を⋯”
「私も好き、ずっと、ちゃんと好き」
溢れさせるようにそっと告げると、パッと振り向いた彼の真ん丸になった黄目と目があって――
「⋯あぁっ、こんなにも幸せな事があるのだろうか?狂おしいほど愛おしい君からそんな囁きを貰えるなんて!」
「あっ、今そーいうのいらないわね」
言いながらお互いの語尾がどんどん低くなり、また深くなる眉間の皺ごと叩くように両手で彼の視界を塞いだ。
「ていうか、甘い言葉を言えば言うほど低くなる声色とその嫌そうな顔はなんなの?」
「そんなの、勝手に俺の本音が暴露されてんだぞ。嫌に決まってるだろ、俺が伝えたいのは剥き出しの本音じゃなくて、その⋯」
「?」
「ただ、クリスタを好きって事だけ、なんだから⋯」
「――ッ!」
視界を奪った私の両手を、視界を塞いだまま上から重ねるようにして右手で握ったテオドールは反対の左手で私を探す。
その手探りしている左手にそっと顔を預けるように頬を触れさせると、そのままゆっくり彼が顔を近付けてきて。
「んっ」
それは、魔法薬の効果が発動していない『いつもの彼』とのはじめてのキスだった。
「ふふ、なんだかちょっと照れくさー⋯んんっ!」
どこか気恥ずかしくて口を開くと、すぐさま塞がれ少し驚く。
私を気遣うように重ねた口付けではなく、それは私が欲しくて仕方ないというような彼の劣情が見え隠れしていたからでー⋯
“こ、今度こそ本当に私、シちゃうのね⋯!?”
高鳴る鼓動は見ないフリし、彼の視界を隠したまま彼から激しく落とされる口付けに身を委ねるが、何故か突然口付けが止み⋯
「⋯?」
「⋯り、両手が塞がってて脱がせられないんだが⋯」
「!!!そ、そうね!?あっでも私が自分で脱いだらテオドールと目が合っちゃうわね!?」
「自分で脱⋯っ、あ、いや、そうだな、俺が脱がしたい⋯じゃなくてだな、あーっと⋯」
「それがテオドールの本心なの?」
「むっつりで悪かったな!」
“それは言ってないわよ”
なんて内心つっこみ、込み上げる笑いを我慢せずにくすくすと笑う。
どこか悔しそうに呻いた彼は、笑う私に釣られたのかため息混じりにだが小さく吹き出すように笑ってくれて。
「テオドールになら、脱がされたいわ」
私の言った言葉の意味を図りかねたのか振り返ろうとした彼が慌てて顔を背けた。
“さっきまであんなに顔を見て本音で接しようとしてたのに⋯”
理解しきれてないなりに、精一杯誠実に向き合おうとしてくれていると思うと私の胸がほわりと温かくなる。
『一滴垂らせば素直になれる』魔法薬が必要だったのは貴方じゃなくて、私の方なのだからー⋯
「アカデミー時代からずっと憧れていたの、いつも凛として誰にも媚びずに突き進むその姿に。こっそりテオドールの軌跡を辿るくらい⋯」
ぽつりぽつりと話し出すと、彼がしっかり耳を傾けてくれている事に気付く。
そしてこれは、『今日だけ』じゃなくて。
「婚約した相手が貴方だと知って浮かれたわ。すぐにその気持ちは地に落ちたけどね!だってそうでしょ?口も態度も最悪だったんだから」
「う⋯」
“しがみついてて彼の様子なんてわからないけど、絶対今項垂れたわね”
なんて冷静に想像した私は、こっそり小さく吹き出した。
「⋯だけど、ガッカリはしなかったわ」
「⋯っ」
「ツンケンしてたし毒しか吐かれなかったけど⋯、それでも私が言い返す言葉に耳を傾けてくれていた」
それが例えどんな暴言だったとしても。
“まぁ、先に毒を吐いてくるのはあっちだったから私だけが悪い訳じゃないけどね!”
それでも。
きっとその態度だって、ちゃんと向き合いたいと思ってくれていたからだと今は知ってしまったから。
「剥き出しになった本音じゃなくて、不器用でも不恰好でも、キツイ言葉でもいいから『本心』を聞きたい。だからいつもの貴方で教えて、私とどうなりたいの?」
息を呑み、口をつぐむテオドール。
そんな彼を待つようにじっとしていると、渋々⋯といった雰囲気で彼が口を開いて。
「⋯アカデミー在学中から、クリスタの事は知っていた」
「え?」
それはあまりにも意外な言葉だった。
“学年も違ったし、直接話したこともなかったのに⋯?”
ぽかんと彼を見上げ、ここで互いの顔を見てしまったらまた彼がおかしな事を言い出すと気付き慌ててテオドールの背中に再び顔を埋める。
「次男で、侯爵家を継がないとしても王宮勤めは確実だと言われていたし実際打診も来ていた。だからいつも色んな人が俺の意思に関係なく群がってきてた」
「む、群がる⋯」
思い出すのはアカデミー時代の彼の人気。
確かに男女関係なく媚びようと群がってはいた。
が。
“言葉のチョイスよ⋯”
なるほど、彼の口の悪さは元々だったのか、と変なところで納得する。
「どれだけ冷たくあしらってもそれがクールだとか言ってどんどん人が集まってくるのも本当に鬱陶しかったんだ」
「鬱陶しかったのね⋯」
「だってそうだろ。もし俺が侯爵家の人間じゃなかったら?魔法の能力が低かったら?」
「まぁ、中心には⋯いなかったかも?」
“というより、感じの悪い最低男、とか呼ばれて逆に輪から外れていたかもしれないわね⋯”
口が悪いのが元からならば尚更だ。
「それなのにヘラヘラヘラヘラ近寄ってきて、俺を褒めるばかりで気持ち悪い。俺の表だけを見て、それが実際どんな魔法かも知ろうとしないくせに」
「そ、そう⋯?テオドールの魔法は美しかったからまぁ、仕方ないかもしれないけれど⋯」
美しいと表現すると、一瞬彼の体が強張る。
男性相手に美しいはダメだったかしら、とちらっと彼の様子を窺うと、そこには真っ赤に染まった首筋があって。
「⋯一人だけ、『俺』じゃなく『俺の魔法』に憧れてくれていた子がいた」
「⋯え」
「近寄ってはこないが、よく彼女の視線は感じていて。こっそり俺が使った魔法を練習してるのも気付いてた」
「ッ!!」
“それ、もしかしてもしかしなくても私よね!?”
バレないようにこっそりと見ていた事も、こっそり真似していた事も。
よりにもよって本人にバレていたなんて!!
いきなり落とされた爆弾に一気に私も真っ赤に染まる。
しがみついたままあわあわしている私に気付いているのかいないのか⋯そのまま彼は話を続けて。
「不思議だよな、俺に群がる奴らが鬱陶しかったはずなのに、俺の魔法しか見ない彼女の目が俺自身を映さない事を不満に思うようになるなんて」
ははっと乾いた笑いを溢す彼は、どこか自嘲しているようにも聞こえた。
「⋯彼女が婚約者を探してるって聞いて、すぐに申し込んだよ。選ばれた時は本当に嬉しかった、まさか自分がこんなに拗らせていたなんて知らなかったからな」
「拗らせてる自覚があったの⋯」
「だ、だってそうだろ!俺の魔法を見てくれてても、俺自身に憧れてくれてる訳じゃないんだから⋯」
「だからってあの態度で好きになる女とかいないわよ」
ハッキリ告げるとテオドールは、うぐっと言葉を詰まらせた。
もし元々彼自身を好きだったとしても、あの態度では一瞬で冷めるというものだろう。
「⋯私は、冷めなかったけど」
「は?」
「憧れていたのがイメージで作ったテオドールじゃなかったからかしら?こんなに綺麗な魔法を練れるのはどんな人だろうって思っていたからかしら」
苛立ちはしたが、落胆はしなかった。
だって私が憧れたのは、やはり彼で間違いないのだから。
「私が飲もうとしていた魔法薬を奪ってまで飲んだのはなんで?」
散々吐露させたから知っている。
けど、やっぱり私の知っている彼の言葉で聞きたくて、ついそんな事を聞くと。
「⋯毒薬かと思ったら、自然と飲んでいた。俺のせいで追い詰めたなら俺が飲むべきだと思ったからだ」
「それは相手が誰だったとしても?」
「クリスタ、だからだ。好きなんだから仕方ないだろ!」
やけくそのように告げられるその『好き』が、魔法薬で強制的に聞いた彼の甘い本音よりも甘美に聞こえた。
“だから私も、ちゃんと私の本心を⋯”
「私も好き、ずっと、ちゃんと好き」
溢れさせるようにそっと告げると、パッと振り向いた彼の真ん丸になった黄目と目があって――
「⋯あぁっ、こんなにも幸せな事があるのだろうか?狂おしいほど愛おしい君からそんな囁きを貰えるなんて!」
「あっ、今そーいうのいらないわね」
言いながらお互いの語尾がどんどん低くなり、また深くなる眉間の皺ごと叩くように両手で彼の視界を塞いだ。
「ていうか、甘い言葉を言えば言うほど低くなる声色とその嫌そうな顔はなんなの?」
「そんなの、勝手に俺の本音が暴露されてんだぞ。嫌に決まってるだろ、俺が伝えたいのは剥き出しの本音じゃなくて、その⋯」
「?」
「ただ、クリスタを好きって事だけ、なんだから⋯」
「――ッ!」
視界を奪った私の両手を、視界を塞いだまま上から重ねるようにして右手で握ったテオドールは反対の左手で私を探す。
その手探りしている左手にそっと顔を預けるように頬を触れさせると、そのままゆっくり彼が顔を近付けてきて。
「んっ」
それは、魔法薬の効果が発動していない『いつもの彼』とのはじめてのキスだった。
「ふふ、なんだかちょっと照れくさー⋯んんっ!」
どこか気恥ずかしくて口を開くと、すぐさま塞がれ少し驚く。
私を気遣うように重ねた口付けではなく、それは私が欲しくて仕方ないというような彼の劣情が見え隠れしていたからでー⋯
“こ、今度こそ本当に私、シちゃうのね⋯!?”
高鳴る鼓動は見ないフリし、彼の視界を隠したまま彼から激しく落とされる口付けに身を委ねるが、何故か突然口付けが止み⋯
「⋯?」
「⋯り、両手が塞がってて脱がせられないんだが⋯」
「!!!そ、そうね!?あっでも私が自分で脱いだらテオドールと目が合っちゃうわね!?」
「自分で脱⋯っ、あ、いや、そうだな、俺が脱がしたい⋯じゃなくてだな、あーっと⋯」
「それがテオドールの本心なの?」
「むっつりで悪かったな!」
“それは言ってないわよ”
なんて内心つっこみ、込み上げる笑いを我慢せずにくすくすと笑う。
どこか悔しそうに呻いた彼は、笑う私に釣られたのかため息混じりにだが小さく吹き出すように笑ってくれて。
「テオドールになら、脱がされたいわ」
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