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7.優先すべきはその人なのよ
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「は?」
私の言葉を聞いたガルシアも慌てて周りを見渡し、そして一瞬で青ざめる。
護衛騎士が護衛対象を見失うなどというのは失態中の失態で、それも相手が敬愛している主人ならば尚更だった。
“それに私もヤバイわね!?連れ出した挙句行方不明にさせるだなんて、責任問題になったら簡単に処刑じゃない”
こんなところでも自分が低貴族だと言うことが引っかかり、そしてそれ以上に自己嫌悪した。
「私、こんな時でも自分の事か⋯最低だわ」
今自分の身を案ずるよりするべきことがある。
異国の地で主人を見失い青ざめているこの目の前の男の力になれるのは私だけなのだから。
バシッと大きな音を立てて私は自分の両頬を叩き、バシッと大きな音を立てて私はガルシアの両頬も叩く。
これ以上自分にガッカリしない為に。
これ以上自分を嫌いにならない為に。
――これ以上、この男を不安にさせないように。
「しっかりなさい!ガルシア・ディートヘルム!!」
「キャサリン⋯」
「さっきまではいたんだから、今なら必ず探し出せるわ。それに騎士のあんたが気付かないならレイモンド様本人の意思で離れた可能性もあるけど⋯」
しかし、楽観的な方で考え行動するのは得策じゃない。
「最悪のパターンを想定して動きましょう。女性の私がいるのにあえて男性のレイモンド様を狙っての強盗はないわ」
「つまりレイモンド様が狙われていた、という事だな?」
ガルシアの言葉に大きく頷く。
「⋯レイモンド様以外の王太子候補はいないのよね?」
「あぁ。レイモンド様のご兄弟はいるが、補佐として既に実務に携わっている。今更対抗馬なんてものは出ないと考えていい」
もしレイモンド様の身に何かあることによって利益が生じる相手がいるならば暗殺⋯なんてことも考えられたのだが、その可能性も低いなら。
“処女性が重視されるって言ってたわね、はじめての相手と添い遂げる風潮があるとも⋯”
「⋯もうすぐあるレイモンド様の婚約者を決めるお茶会が怪しいわね」
「お茶会が?」
「お茶会が、じゃないわよ。参加者よ参加者」
「だがお前が今お茶会が怪しいと⋯」
「今この言い合いしてる場合ぃ!?」
変なところにつっかかるガルシアを怒鳴りつけながら考える。
ぎゃーぎゃーと騒いでるせいでかなりの注目を浴びてしまっているが、今はそれどころではなくて。
「はじめての相手と添い遂げるんでしょ?だったら、無理やりにでも体を繋げちゃえば⋯」
「王太子妃に、なれるって事か⋯?」
「そうなるわね」
婚前交渉は禁止されていない。
ならばそこを狙えば一気に玉の輿。
「れ、レイモンド様の貞操が危ないッ!俺が、俺がレイモンド様のはじめてを守らなくちゃならなかったのに!!」
「まだ童貞よ!時間的に!多分!とりあえず今すぐ追えばワンチャン童貞よ!」
「ワンチャン童貞か⋯ッッ!」
注目を浴びていた中での私達の更なる発言に、観客は一気にざわめくがやはりそこを気にしている余裕なんてない訳で。
「私は裏路地を探すからあんたは大通りを探して!」
「裏路地は危険ではないのか!?」
「まぁ薄暗くはあるけど⋯、でも私の方がこの土地に詳しいわ。道に迷っている時間がないでしょ!?」
「だ、だが⋯っ」
今ならば大事な主人と主人の貞操を守れる可能性があるというのに、何故か渋るガルシアに苛立ち文句を言おうとし⋯
「俺は、お前だって守りたいんだ!」
「な、⋯っ、は!?」
「危ないことをさせる訳にはいかない」
ガシッと掴まれた腕が熱くて動揺する。
「で、でも私にレイモンド様を薦めてきたのはあんたじゃない⋯?」
「それは⋯、そう、だ。もしキャサリンとレイモンド様が上手くいったら、俺は主人の妻としてお前も守れる、から⋯」
“なによ、それ”
私を守りたいからレイモンド様を薦めたの?
だったら誰かの妻としてじゃなくあんたの意思で守りなさいよ、なんて事を。
“この私が、言えるわけないわね”
だって私は『想い』を断捨離したんだから。
そしてそれは『間違ってない』と思うから。
「――私を守りたいですって?馬鹿じゃないの」
「な⋯っ!」
「自分の主人も守れてない、仕事すらまともに出来てない半人前に守らせてなんてあげないわ」
「⋯ッ」
「あんたが今すべきなのは迷うことじゃない。最も大切なもの以外を切り捨てることよ」
優先すべきは、私じゃない。
「自分の役目を思い出して。優先すべきはレイモンド様よ」
言い聞かせるようにそう告げ、ガルシアに背を向けくるりと路地の方を見る。
“言い聞かせた相手は、自分かも”なんて考えながら、私はそのまま路地に向かって走り出した。
カチャリと鞘がベルトに当たる音と、ザッザッと走り出す足音が遠ざかる。
「それでいいわ」
そうポツリと呟き、私も走る速度を上げた。
“もし本当に貞操を狙っての拉致だったなら、どこかの宿に連れ込まれてるわよね”
ベルハルトと違いこの国では処女性を大事にする風潮はない。
その為、少し奥には『そういった目的』で使われる宿の密集地があって。
“まだ明るいし⋯”
存在こそ知っているものの、治安面が心配で一瞬迷うが本当に拐われたのだとしたらその場所が一番可能性が高くもある。
そして可能性があるなら行く以外の選択肢はない訳で。
少し速くなる鼓動に気付かないフリをした私は、その通りに足を踏み入れた。
「⋯案外普通ね」
娼館が併設されている宿も多い為か、もっと殺伐としているのかと思ったそこはどこにでもある路地裏と何一つ変わらず、私は思わず安堵のため息を吐く。
“女の子も結構いるじゃない”
少し薄着な気もするが、普段私が市場へ行くときのような服装をした女性も普通に歩いており、私の緊張が一気に解れて気が緩む。
――その場所は、警戒すべき場所だとわかっていたはずなのに。
「まずは聞き込みってのをしたらいいのかしら?」
「⋯何を聞き込むつもりなんだい?」
一人言だった。
一人言のつもり、だった。
突然後ろから腕を掴まれ、一瞬息を詰める。
ガルシアに掴まれた時は熱くて堪らなかった腕が、ゾワゾワと嫌悪を誘った。
「な、なによっ!?離しなさいよ⋯ッ!」
その嫌悪から逃れようと無理やり腕を引くがびくともしない。
しかしそんな焦る私に聞こえたのはよく知っている声でー⋯
「キャシー」
「離せ⋯って、え?」
それは、濃い金髪に赤い瞳。
きっと誰よりも近くで見ていたその顔は。
「あ、アレク⋯?」
ポツリとずっと呼んでいた愛称を漏らすと、私の腕を掴んでいた手により力が入ったのかズキッと痛む。
「ね、ねぇ、ちょっと腕が痛いの、離し⋯」
「キャシーはそんな子だったんだね」
アレクから聞こえたその声は、いつも私に向けられていた声とは違いまるで冷気を纏っているようで。
“な、なに?いつもと雰囲気が⋯”
今まで向けられていた柔らかな表情なんて無かったかのような彼の冷たい雰囲気にゾッとした。
「そんな子って、どういう⋯」
「君は純真で可憐で、とても初心だからキスすらも拒むんだと思っていたのに」
「そ、れは⋯」
嫌な予感がし、掴まれている腕から彼の指を外そうとするがそんな私に気付いたのかギリッと爪を立てられる。
「広場で隣国の護衛とはしたない言葉を叫んでいたかと思ったら、こんな場所にまで出入りしていただなんてね。俺は騙されていたんだな」
「ち、違う、私騙してなんて⋯」
――ないと、言いきれるのだろうか。
地位目当に彼好みの女を装い、そしてそんな偽りの私を彼が愛してくれている事にも気付いていて。
『愛妾だと言われ、捨てられた。捨てられたから私も捨てたのよ』なんて。
“欲しい地位が手に入らないからと、先に捨てたのは私だわ⋯”
じわりと腕に滲む血が、まるで私が傷付けた彼の心を表しているようで苦しくなる。
「あんなに側にいて、君が欲しがるものだって全て手に入れてやったのに。俺だけ何も手に入らないのはおかしいだろう?」
「そ、れは⋯」
「今すぐ君を俺にくれるよね?」
血の滲んだ腕に気付いていないのか、そのままの力で私を無理やり引きずるように歩き出すアレク。
向かうのは一番近い宿屋だった。
“断捨離なんて言って、踏みにじってきた私の罰ね”
引きずられるがまま歩く。
抵抗はしなかった。
“ガルシアに腕を掴まれた時は、あんなに熱く心が震えたのに”
ー⋯でもこれは、私の責任だから。
「どうか、レイモンド様が無事でありますように」
口の中でそっと呟いた言葉は、誰の耳にも届かずただ空気に紛れ消えていった。
私の言葉を聞いたガルシアも慌てて周りを見渡し、そして一瞬で青ざめる。
護衛騎士が護衛対象を見失うなどというのは失態中の失態で、それも相手が敬愛している主人ならば尚更だった。
“それに私もヤバイわね!?連れ出した挙句行方不明にさせるだなんて、責任問題になったら簡単に処刑じゃない”
こんなところでも自分が低貴族だと言うことが引っかかり、そしてそれ以上に自己嫌悪した。
「私、こんな時でも自分の事か⋯最低だわ」
今自分の身を案ずるよりするべきことがある。
異国の地で主人を見失い青ざめているこの目の前の男の力になれるのは私だけなのだから。
バシッと大きな音を立てて私は自分の両頬を叩き、バシッと大きな音を立てて私はガルシアの両頬も叩く。
これ以上自分にガッカリしない為に。
これ以上自分を嫌いにならない為に。
――これ以上、この男を不安にさせないように。
「しっかりなさい!ガルシア・ディートヘルム!!」
「キャサリン⋯」
「さっきまではいたんだから、今なら必ず探し出せるわ。それに騎士のあんたが気付かないならレイモンド様本人の意思で離れた可能性もあるけど⋯」
しかし、楽観的な方で考え行動するのは得策じゃない。
「最悪のパターンを想定して動きましょう。女性の私がいるのにあえて男性のレイモンド様を狙っての強盗はないわ」
「つまりレイモンド様が狙われていた、という事だな?」
ガルシアの言葉に大きく頷く。
「⋯レイモンド様以外の王太子候補はいないのよね?」
「あぁ。レイモンド様のご兄弟はいるが、補佐として既に実務に携わっている。今更対抗馬なんてものは出ないと考えていい」
もしレイモンド様の身に何かあることによって利益が生じる相手がいるならば暗殺⋯なんてことも考えられたのだが、その可能性も低いなら。
“処女性が重視されるって言ってたわね、はじめての相手と添い遂げる風潮があるとも⋯”
「⋯もうすぐあるレイモンド様の婚約者を決めるお茶会が怪しいわね」
「お茶会が?」
「お茶会が、じゃないわよ。参加者よ参加者」
「だがお前が今お茶会が怪しいと⋯」
「今この言い合いしてる場合ぃ!?」
変なところにつっかかるガルシアを怒鳴りつけながら考える。
ぎゃーぎゃーと騒いでるせいでかなりの注目を浴びてしまっているが、今はそれどころではなくて。
「はじめての相手と添い遂げるんでしょ?だったら、無理やりにでも体を繋げちゃえば⋯」
「王太子妃に、なれるって事か⋯?」
「そうなるわね」
婚前交渉は禁止されていない。
ならばそこを狙えば一気に玉の輿。
「れ、レイモンド様の貞操が危ないッ!俺が、俺がレイモンド様のはじめてを守らなくちゃならなかったのに!!」
「まだ童貞よ!時間的に!多分!とりあえず今すぐ追えばワンチャン童貞よ!」
「ワンチャン童貞か⋯ッッ!」
注目を浴びていた中での私達の更なる発言に、観客は一気にざわめくがやはりそこを気にしている余裕なんてない訳で。
「私は裏路地を探すからあんたは大通りを探して!」
「裏路地は危険ではないのか!?」
「まぁ薄暗くはあるけど⋯、でも私の方がこの土地に詳しいわ。道に迷っている時間がないでしょ!?」
「だ、だが⋯っ」
今ならば大事な主人と主人の貞操を守れる可能性があるというのに、何故か渋るガルシアに苛立ち文句を言おうとし⋯
「俺は、お前だって守りたいんだ!」
「な、⋯っ、は!?」
「危ないことをさせる訳にはいかない」
ガシッと掴まれた腕が熱くて動揺する。
「で、でも私にレイモンド様を薦めてきたのはあんたじゃない⋯?」
「それは⋯、そう、だ。もしキャサリンとレイモンド様が上手くいったら、俺は主人の妻としてお前も守れる、から⋯」
“なによ、それ”
私を守りたいからレイモンド様を薦めたの?
だったら誰かの妻としてじゃなくあんたの意思で守りなさいよ、なんて事を。
“この私が、言えるわけないわね”
だって私は『想い』を断捨離したんだから。
そしてそれは『間違ってない』と思うから。
「――私を守りたいですって?馬鹿じゃないの」
「な⋯っ!」
「自分の主人も守れてない、仕事すらまともに出来てない半人前に守らせてなんてあげないわ」
「⋯ッ」
「あんたが今すべきなのは迷うことじゃない。最も大切なもの以外を切り捨てることよ」
優先すべきは、私じゃない。
「自分の役目を思い出して。優先すべきはレイモンド様よ」
言い聞かせるようにそう告げ、ガルシアに背を向けくるりと路地の方を見る。
“言い聞かせた相手は、自分かも”なんて考えながら、私はそのまま路地に向かって走り出した。
カチャリと鞘がベルトに当たる音と、ザッザッと走り出す足音が遠ざかる。
「それでいいわ」
そうポツリと呟き、私も走る速度を上げた。
“もし本当に貞操を狙っての拉致だったなら、どこかの宿に連れ込まれてるわよね”
ベルハルトと違いこの国では処女性を大事にする風潮はない。
その為、少し奥には『そういった目的』で使われる宿の密集地があって。
“まだ明るいし⋯”
存在こそ知っているものの、治安面が心配で一瞬迷うが本当に拐われたのだとしたらその場所が一番可能性が高くもある。
そして可能性があるなら行く以外の選択肢はない訳で。
少し速くなる鼓動に気付かないフリをした私は、その通りに足を踏み入れた。
「⋯案外普通ね」
娼館が併設されている宿も多い為か、もっと殺伐としているのかと思ったそこはどこにでもある路地裏と何一つ変わらず、私は思わず安堵のため息を吐く。
“女の子も結構いるじゃない”
少し薄着な気もするが、普段私が市場へ行くときのような服装をした女性も普通に歩いており、私の緊張が一気に解れて気が緩む。
――その場所は、警戒すべき場所だとわかっていたはずなのに。
「まずは聞き込みってのをしたらいいのかしら?」
「⋯何を聞き込むつもりなんだい?」
一人言だった。
一人言のつもり、だった。
突然後ろから腕を掴まれ、一瞬息を詰める。
ガルシアに掴まれた時は熱くて堪らなかった腕が、ゾワゾワと嫌悪を誘った。
「な、なによっ!?離しなさいよ⋯ッ!」
その嫌悪から逃れようと無理やり腕を引くがびくともしない。
しかしそんな焦る私に聞こえたのはよく知っている声でー⋯
「キャシー」
「離せ⋯って、え?」
それは、濃い金髪に赤い瞳。
きっと誰よりも近くで見ていたその顔は。
「あ、アレク⋯?」
ポツリとずっと呼んでいた愛称を漏らすと、私の腕を掴んでいた手により力が入ったのかズキッと痛む。
「ね、ねぇ、ちょっと腕が痛いの、離し⋯」
「キャシーはそんな子だったんだね」
アレクから聞こえたその声は、いつも私に向けられていた声とは違いまるで冷気を纏っているようで。
“な、なに?いつもと雰囲気が⋯”
今まで向けられていた柔らかな表情なんて無かったかのような彼の冷たい雰囲気にゾッとした。
「そんな子って、どういう⋯」
「君は純真で可憐で、とても初心だからキスすらも拒むんだと思っていたのに」
「そ、れは⋯」
嫌な予感がし、掴まれている腕から彼の指を外そうとするがそんな私に気付いたのかギリッと爪を立てられる。
「広場で隣国の護衛とはしたない言葉を叫んでいたかと思ったら、こんな場所にまで出入りしていただなんてね。俺は騙されていたんだな」
「ち、違う、私騙してなんて⋯」
――ないと、言いきれるのだろうか。
地位目当に彼好みの女を装い、そしてそんな偽りの私を彼が愛してくれている事にも気付いていて。
『愛妾だと言われ、捨てられた。捨てられたから私も捨てたのよ』なんて。
“欲しい地位が手に入らないからと、先に捨てたのは私だわ⋯”
じわりと腕に滲む血が、まるで私が傷付けた彼の心を表しているようで苦しくなる。
「あんなに側にいて、君が欲しがるものだって全て手に入れてやったのに。俺だけ何も手に入らないのはおかしいだろう?」
「そ、れは⋯」
「今すぐ君を俺にくれるよね?」
血の滲んだ腕に気付いていないのか、そのままの力で私を無理やり引きずるように歩き出すアレク。
向かうのは一番近い宿屋だった。
“断捨離なんて言って、踏みにじってきた私の罰ね”
引きずられるがまま歩く。
抵抗はしなかった。
“ガルシアに腕を掴まれた時は、あんなに熱く心が震えたのに”
ー⋯でもこれは、私の責任だから。
「どうか、レイモンド様が無事でありますように」
口の中でそっと呟いた言葉は、誰の耳にも届かずただ空気に紛れ消えていった。
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