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第一章 クリラの依頼
賭け
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登場人物:
ヴェスカード:かつてギルドに所属していた男
フィオレ: 黒いドレスの女
*
2
「……なんだと」
フィオレはヴェスカードの眼を一旦受け止めると、視線を落として答えた。
「クリラさんはとある任務の遂行中魔物に襲われ重傷を負ったんです……。幸い一命は取り留め今はギルドの治療院で治療中です」
「クリラが……奴ほどの手だれが、一体何故」
*
クリラとヴェスカードは戦友、と言った間柄であった。
元は『ティルナノーグ』と呼ばれる冒険者の集まる請け負いギルドに所属していた二人だ。依頼者から提示される依頼を受け、若い時から仲間と共に数々の任務をこなしてきた。
今でこそギルドの人数は百を超える、規模としては中規模なティルナノーグだが、ヴェスカードやクリラがまだ駆け出しの頃、若い頃は小さな、人数の少ないギルドだったのだ。
クリラとヴェスカードはその頃からの付き合いだった。しかしヴェスカード達が二十代の終わりに差し掛かる頃、ようやく規模も少し大きくなってきたギルドでとある大事件が起こった。その時、ヴェスカードは彼の祖父が立ち上げたギルドを、自らの意思で去ったのだった。
だがクリラはそのままギルドに残った。以来、樵で生活するようになったこの赤髪の山男とは、たまにではあるが手紙のやりとりをしたり酒を酌み交わしていたりもしていたのだ。
それも――直近では去年の夏頃だったわけだから、もう一年近く前になる。その間にクリラに何かが起こったのだった。
「この場ではこれ以上詳しくは申し上げられませんわ。事の詳細を知りたいのなら、この朱の街のギルド支部まで来てくださいな。私の今の任務はあなたをギルドまで連れていく事なのだから」
フィオレが淡々と言うと、山男はぐむうと唸る。
「い、行かん――俺はギルドを抜けた人間だと言ったろう」
ヴェスカードの漏らした言葉にフィオレは信じられない、といった顔をする。
事前に聞いていた話ではヴェスカードとクリラは無二の戦友という事だったので、クリラの今の状態を伝えれば二つ返事でギルドに着いてくると考えていたのだ。
「クリラとて戦士よ。依頼の途中で重傷を追う事も、運悪くすれば死ぬ事の覚悟は冒険者としての当たり前の心持ちではないか――」
だが、見れば山男の顔には狼狽の色があり、先程から小さく唸り声を上げている。それを見て聡明なフィオレは察した。
本当はすぐにでも事の詳細を知りたいのだ。だが、その想いをそのまま出すには、ヴェスカードは歳を多く取っていた。また、ギルドから離れた時間も長かった。若者のように柔軟に態度を変える事はできない、歳を取ったなりの矜持のような、頑固なところがあるのだとフィオレは推察した。
「フゥ……ではどうするのですか」
「賭けをする――俺が勝てばこの場でクリラの事を話してもらう。お前が勝てば、俺はギルドに顔を出そう――」
「ふ――ん……。どんな賭け事をなさるの?」
「簡単だ……この二つの青と赤のカップのどちらかに、俺がワインのコルクを入れる。どちらにそれが入っているか、当ててみろ」
と、ヴェスカードは食器棚から二つの色のカップを取り出した。
「……賭け事とも言えないような単純なゲームね」
「確率は二分の一さ。どちらがより賽の目とコインの表裏を司るヤーノックに愛されているか、と言うわけだ。無論俺の方だろうがね」
「まあ、いいでしょう。では後ろを向いているのでコルクを入れてくださいな」
と、フィオレは立って後ろを向いた。ヴェスカードは音のせぬように片方のカップにコルクを仕込んだ。
「用意ができたぞ」
山男がそう言うと女は振り向き椅子に座る。二つの逆さに伏せられたカップに目を配った。
「ふ――ん……」
フィオレは初め赤のカップを指さす……そして青のカップ。それを幾度か繰り返した後。
「――こちら。青のカップに致しますわ」と、青のカップの取っ手に指をかけた。
「グ……ぐむ……」山男が唸る。
「開けてもいいかしら?」フィオレは静かに微笑んだ。
「……さっさとしろ」
「……私の勝ちですわね」青のカップの中に入れられたコルクを手に取ってヴェスカードの眼前に差し出した。
「人の顔色を読んだだろう」
「いえ、まあそれは最後の最後の一押しというか。どうせ二分の一なので直感で選びましたの。私青が好きですから」
「フン……そのようなタイプにも見えんがな。理知的な選択をする様に見えるが」
「ふふ、たまにそうも言われますけれど、私は結構自分の直感を信じる方です。ヴェスカードさん、ふふ、本当にヤーノックに愛されているのかしらね。私が青のカップを心の中で決めた時、すごく狼狽えた顔をしていたのだもの。私ブラフなのかとそれだけは疑ってしまいましたわ」
「グムウ……」
「賭博場ではお金に換金できないくらいの少ない勝ち額だとお菓子やジュースにしか換えられないそうですね。こちらに大量に置かれているようなものみたいな」フィオレは机に無造作に溜め置かれたそれらを見ながら微笑んだ。
「グ……――し、しかし、お前さんみたいなのが意外と賭博場では大勝ちするのかもしれんな。今度行ってみるがいい」
「いいえ結構、私そういうのに興味がございませんの。さあギルド支部に行きましょう。ヴェスカードさん」
にっこりと品の良い笑顔をするフィオレに溜息を吐き、山男はテーブルのジュースと菓子を一つ、フィオレの手に握らせて席を立った。
*
ティルナノーグのベルクフリート支部は朱の街をぐるりと取り囲む城壁の外を二十分程歩いた小さな森の中にある。ヴェスカードは武器や防具、旅支度を整えフィオレと家を出た。
「斧槍ですか……あら、それ魔法銀?」
「爺さんの形見でな。とは言っても第三階位の魔法銀よ」
ヴェスカードの持ち出した得物は長い柄の先に斧と槍がついた斧槍と呼ばれるものだった。払ったり振り下ろしてもよし、先端部分で突いてもよしの、練度の高い者が使えば多彩な戦い方ができる武器である。
祖父の形見のそれは確かにフィオレの見立て通り魔法銀でできていた。
しかし魔法銀には階位があって、一位が一番質が良く魔力が高いが希少で流通は少ない。三位はそこそこ持つ者はいるが、魔力は少な目で鉄より頑強でやや軽い、というのが特徴だった。
*
ギルド・ティルナノーグのベルクフリート支部のある森に彼等が差し掛かった頃、ふと後方の茂みが僅かに揺れた気がした。
「ヴェスカードさん」
「……剣を抜け。何者かがいる」
二人が得物を構えると、グゲエッという声と共に茂みから緑色の皮膚を持つ小さな人型の魔物達が現れた――ゴブリンだった。
「ひいふうみい……四匹か。半分まかせていいか?あのデカいのは俺がやるが」
山男が妖魔の内リーダー格のホブゴブリンを指差して言う。
「わ、私は一匹で……戦闘はその、そこまで得意ではなくて……」
「なんだ?お前細剣士なのだろう?」
「い、一応魔法剣士なんですけどね……」
フィオレがやや引きつった笑顔を浮かべる。
「ちぃ、まあいい。では一匹頼むぞ」
「ハイ!」
敵意を漲らせて刃こぼれした剣や棍棒を持った妖魔は、数の利を活かそうと二匹ずつ二手に分かれて各個撃破を企んだ。
(やだ、二匹きた)
フィオレがどちらと一合目を合わせようかと悩んだ瞬間、山男のいる左手側の妖魔が鋭い風切り音と共に吹っ飛ぶ。フィオレに攻撃しようと意識していた妖魔は一撃で切り飛ばされた。
「俺はあと二匹やる。もう助けンぞ!」
「は、ハイ!大丈夫!」
ヴェスカードは正対する妖魔の内前列にいる小さなゴブリンが斬りかかってくるのをバックステップでかわすと、武器のリーチを活かして斧槍で薙いだ。ギルドから離れて数年経ってるとは思えない見事な動きだった。
フィオレは棍棒を持つ妖魔の攻撃を細剣で受け止めると、空いた右手で小さな閃光を生み出す魔法を唱えた。至近距離で眼を眩ました妖魔を袈裟斬りにする。
「さて、残るは……」
ヴェスカードは残った段平を持つホブゴブリンを見据えた。ホブゴブリンは個体の大きな、長めに生きている小隊長格の妖魔だ。それだけに並の個体より強く、用心深い。
「ヴェスカードさん、私も援護します!」
「いらん!」
山男はフィオレを一蹴する。
妖魔長は段平を横に構えてこの手強そうな男への対応を決めたようだった。白く濁るガラス玉のような眼で山男を見やる。
ホブゴブリンの段平を持つ右手がピクリと動く――攻撃の初動!
「ウッおおおあぁッッ!!」
刹那、ヴェスカードが獣のような咆哮を挙げて斧槍を振り上げて走り込んだ!タイミングを潰されたような形になる妖魔長が、山男の雄叫びにも居竦み動きが一瞬止まる。
その素晴らしい瞬発力であっという間にホブゴブリンの攻撃圏内へと走り込むと、ごうっという風切り音と共に鬼神のような形相でヴェスカードは魔法銀の斧槍を振り下ろした。ズシャアアァという斬撃音が聞こえると、ヴェスカードは勢いそのままに真っ二つになった妖魔長の背後まで駆け抜ける。ヴェスカードが現役時代に得意とした技――というには、全身全霊を込めた気合いの一撃――であったが、『駆け斬り』という彼の技であった。
残心をし呼吸を整える山男の背後で、ややあって妖魔長の骸がくず折れる。後ろで見ていたフィオレは、ヴェスカードの後ろに風が吹き込んだ様な気がした。放心して構えていた剣を下げる。
(これが――これが、かつて『獅子斬り』と呼ばれた男の戦闘力……。ギルドが復帰を促すわけだわ……)
「無事か」
「え、ええ……三匹、すみません」
「構わん。しかしこの辺りにこれだけまとまったゴブリンが出るのも珍しいな」
「確かに――たまに一匹見かけることはありましたけど――」
(ティルナノーグの戦士にしては戦闘力が低いような――俺が若い時は、ティルナノーグといえば一騎当千の猛者揃いだったが――時代が変わったということか。それとも……)
ともかくにも、二人は支部へと赴いた。
*
街道からやや離れた森の中に、ギルド ティルナノーグのベルクフリート支部の石造りの塔はあった。
「ここに来るのも久しぶりだ」山男が見上げて言う。
「久しぶりの方とも会えますわ」フィオレは鍵を取り出し鉄の頑丈な扉を開けた。
「ヴェス、久しぶりですねぇ」
塔の一階に現れた、黒い袈裟を着込んだ年老いた導師が山男を見るなり両手を広げて抱きつかんばかりに近づいてきた。山男が手でそれを制する。
「パジャか、あんたが今回の件企んだのだろう」
じろりと導師を睨みつける。が、それを意に介さぬ様に肩をすくめる。
この禿頭に白く長い髭を生やした、パジャと呼ばれた老人はティルナノーグに昔からいる暗黒魔導師だった。
「積もる話――といきたい所ですが、それよりまず会う人が奥にいますよ」
「誰だ?」
「ヴェロンですよ」
「――!!来ているのか?ここに――」
ヴェスカードはやや驚いた顔をして奥の部屋へと続くドアを見やった。
ヴェロン・サンミゲル――現行のギルド・ティルナノーグのギルドマスターであった。
ヴェスカード:かつてギルドに所属していた男
フィオレ: 黒いドレスの女
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「……なんだと」
フィオレはヴェスカードの眼を一旦受け止めると、視線を落として答えた。
「クリラさんはとある任務の遂行中魔物に襲われ重傷を負ったんです……。幸い一命は取り留め今はギルドの治療院で治療中です」
「クリラが……奴ほどの手だれが、一体何故」
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クリラとヴェスカードは戦友、と言った間柄であった。
元は『ティルナノーグ』と呼ばれる冒険者の集まる請け負いギルドに所属していた二人だ。依頼者から提示される依頼を受け、若い時から仲間と共に数々の任務をこなしてきた。
今でこそギルドの人数は百を超える、規模としては中規模なティルナノーグだが、ヴェスカードやクリラがまだ駆け出しの頃、若い頃は小さな、人数の少ないギルドだったのだ。
クリラとヴェスカードはその頃からの付き合いだった。しかしヴェスカード達が二十代の終わりに差し掛かる頃、ようやく規模も少し大きくなってきたギルドでとある大事件が起こった。その時、ヴェスカードは彼の祖父が立ち上げたギルドを、自らの意思で去ったのだった。
だがクリラはそのままギルドに残った。以来、樵で生活するようになったこの赤髪の山男とは、たまにではあるが手紙のやりとりをしたり酒を酌み交わしていたりもしていたのだ。
それも――直近では去年の夏頃だったわけだから、もう一年近く前になる。その間にクリラに何かが起こったのだった。
「この場ではこれ以上詳しくは申し上げられませんわ。事の詳細を知りたいのなら、この朱の街のギルド支部まで来てくださいな。私の今の任務はあなたをギルドまで連れていく事なのだから」
フィオレが淡々と言うと、山男はぐむうと唸る。
「い、行かん――俺はギルドを抜けた人間だと言ったろう」
ヴェスカードの漏らした言葉にフィオレは信じられない、といった顔をする。
事前に聞いていた話ではヴェスカードとクリラは無二の戦友という事だったので、クリラの今の状態を伝えれば二つ返事でギルドに着いてくると考えていたのだ。
「クリラとて戦士よ。依頼の途中で重傷を追う事も、運悪くすれば死ぬ事の覚悟は冒険者としての当たり前の心持ちではないか――」
だが、見れば山男の顔には狼狽の色があり、先程から小さく唸り声を上げている。それを見て聡明なフィオレは察した。
本当はすぐにでも事の詳細を知りたいのだ。だが、その想いをそのまま出すには、ヴェスカードは歳を多く取っていた。また、ギルドから離れた時間も長かった。若者のように柔軟に態度を変える事はできない、歳を取ったなりの矜持のような、頑固なところがあるのだとフィオレは推察した。
「フゥ……ではどうするのですか」
「賭けをする――俺が勝てばこの場でクリラの事を話してもらう。お前が勝てば、俺はギルドに顔を出そう――」
「ふ――ん……。どんな賭け事をなさるの?」
「簡単だ……この二つの青と赤のカップのどちらかに、俺がワインのコルクを入れる。どちらにそれが入っているか、当ててみろ」
と、ヴェスカードは食器棚から二つの色のカップを取り出した。
「……賭け事とも言えないような単純なゲームね」
「確率は二分の一さ。どちらがより賽の目とコインの表裏を司るヤーノックに愛されているか、と言うわけだ。無論俺の方だろうがね」
「まあ、いいでしょう。では後ろを向いているのでコルクを入れてくださいな」
と、フィオレは立って後ろを向いた。ヴェスカードは音のせぬように片方のカップにコルクを仕込んだ。
「用意ができたぞ」
山男がそう言うと女は振り向き椅子に座る。二つの逆さに伏せられたカップに目を配った。
「ふ――ん……」
フィオレは初め赤のカップを指さす……そして青のカップ。それを幾度か繰り返した後。
「――こちら。青のカップに致しますわ」と、青のカップの取っ手に指をかけた。
「グ……ぐむ……」山男が唸る。
「開けてもいいかしら?」フィオレは静かに微笑んだ。
「……さっさとしろ」
「……私の勝ちですわね」青のカップの中に入れられたコルクを手に取ってヴェスカードの眼前に差し出した。
「人の顔色を読んだだろう」
「いえ、まあそれは最後の最後の一押しというか。どうせ二分の一なので直感で選びましたの。私青が好きですから」
「フン……そのようなタイプにも見えんがな。理知的な選択をする様に見えるが」
「ふふ、たまにそうも言われますけれど、私は結構自分の直感を信じる方です。ヴェスカードさん、ふふ、本当にヤーノックに愛されているのかしらね。私が青のカップを心の中で決めた時、すごく狼狽えた顔をしていたのだもの。私ブラフなのかとそれだけは疑ってしまいましたわ」
「グムウ……」
「賭博場ではお金に換金できないくらいの少ない勝ち額だとお菓子やジュースにしか換えられないそうですね。こちらに大量に置かれているようなものみたいな」フィオレは机に無造作に溜め置かれたそれらを見ながら微笑んだ。
「グ……――し、しかし、お前さんみたいなのが意外と賭博場では大勝ちするのかもしれんな。今度行ってみるがいい」
「いいえ結構、私そういうのに興味がございませんの。さあギルド支部に行きましょう。ヴェスカードさん」
にっこりと品の良い笑顔をするフィオレに溜息を吐き、山男はテーブルのジュースと菓子を一つ、フィオレの手に握らせて席を立った。
*
ティルナノーグのベルクフリート支部は朱の街をぐるりと取り囲む城壁の外を二十分程歩いた小さな森の中にある。ヴェスカードは武器や防具、旅支度を整えフィオレと家を出た。
「斧槍ですか……あら、それ魔法銀?」
「爺さんの形見でな。とは言っても第三階位の魔法銀よ」
ヴェスカードの持ち出した得物は長い柄の先に斧と槍がついた斧槍と呼ばれるものだった。払ったり振り下ろしてもよし、先端部分で突いてもよしの、練度の高い者が使えば多彩な戦い方ができる武器である。
祖父の形見のそれは確かにフィオレの見立て通り魔法銀でできていた。
しかし魔法銀には階位があって、一位が一番質が良く魔力が高いが希少で流通は少ない。三位はそこそこ持つ者はいるが、魔力は少な目で鉄より頑強でやや軽い、というのが特徴だった。
*
ギルド・ティルナノーグのベルクフリート支部のある森に彼等が差し掛かった頃、ふと後方の茂みが僅かに揺れた気がした。
「ヴェスカードさん」
「……剣を抜け。何者かがいる」
二人が得物を構えると、グゲエッという声と共に茂みから緑色の皮膚を持つ小さな人型の魔物達が現れた――ゴブリンだった。
「ひいふうみい……四匹か。半分まかせていいか?あのデカいのは俺がやるが」
山男が妖魔の内リーダー格のホブゴブリンを指差して言う。
「わ、私は一匹で……戦闘はその、そこまで得意ではなくて……」
「なんだ?お前細剣士なのだろう?」
「い、一応魔法剣士なんですけどね……」
フィオレがやや引きつった笑顔を浮かべる。
「ちぃ、まあいい。では一匹頼むぞ」
「ハイ!」
敵意を漲らせて刃こぼれした剣や棍棒を持った妖魔は、数の利を活かそうと二匹ずつ二手に分かれて各個撃破を企んだ。
(やだ、二匹きた)
フィオレがどちらと一合目を合わせようかと悩んだ瞬間、山男のいる左手側の妖魔が鋭い風切り音と共に吹っ飛ぶ。フィオレに攻撃しようと意識していた妖魔は一撃で切り飛ばされた。
「俺はあと二匹やる。もう助けンぞ!」
「は、ハイ!大丈夫!」
ヴェスカードは正対する妖魔の内前列にいる小さなゴブリンが斬りかかってくるのをバックステップでかわすと、武器のリーチを活かして斧槍で薙いだ。ギルドから離れて数年経ってるとは思えない見事な動きだった。
フィオレは棍棒を持つ妖魔の攻撃を細剣で受け止めると、空いた右手で小さな閃光を生み出す魔法を唱えた。至近距離で眼を眩ました妖魔を袈裟斬りにする。
「さて、残るは……」
ヴェスカードは残った段平を持つホブゴブリンを見据えた。ホブゴブリンは個体の大きな、長めに生きている小隊長格の妖魔だ。それだけに並の個体より強く、用心深い。
「ヴェスカードさん、私も援護します!」
「いらん!」
山男はフィオレを一蹴する。
妖魔長は段平を横に構えてこの手強そうな男への対応を決めたようだった。白く濁るガラス玉のような眼で山男を見やる。
ホブゴブリンの段平を持つ右手がピクリと動く――攻撃の初動!
「ウッおおおあぁッッ!!」
刹那、ヴェスカードが獣のような咆哮を挙げて斧槍を振り上げて走り込んだ!タイミングを潰されたような形になる妖魔長が、山男の雄叫びにも居竦み動きが一瞬止まる。
その素晴らしい瞬発力であっという間にホブゴブリンの攻撃圏内へと走り込むと、ごうっという風切り音と共に鬼神のような形相でヴェスカードは魔法銀の斧槍を振り下ろした。ズシャアアァという斬撃音が聞こえると、ヴェスカードは勢いそのままに真っ二つになった妖魔長の背後まで駆け抜ける。ヴェスカードが現役時代に得意とした技――というには、全身全霊を込めた気合いの一撃――であったが、『駆け斬り』という彼の技であった。
残心をし呼吸を整える山男の背後で、ややあって妖魔長の骸がくず折れる。後ろで見ていたフィオレは、ヴェスカードの後ろに風が吹き込んだ様な気がした。放心して構えていた剣を下げる。
(これが――これが、かつて『獅子斬り』と呼ばれた男の戦闘力……。ギルドが復帰を促すわけだわ……)
「無事か」
「え、ええ……三匹、すみません」
「構わん。しかしこの辺りにこれだけまとまったゴブリンが出るのも珍しいな」
「確かに――たまに一匹見かけることはありましたけど――」
(ティルナノーグの戦士にしては戦闘力が低いような――俺が若い時は、ティルナノーグといえば一騎当千の猛者揃いだったが――時代が変わったということか。それとも……)
ともかくにも、二人は支部へと赴いた。
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街道からやや離れた森の中に、ギルド ティルナノーグのベルクフリート支部の石造りの塔はあった。
「ここに来るのも久しぶりだ」山男が見上げて言う。
「久しぶりの方とも会えますわ」フィオレは鍵を取り出し鉄の頑丈な扉を開けた。
「ヴェス、久しぶりですねぇ」
塔の一階に現れた、黒い袈裟を着込んだ年老いた導師が山男を見るなり両手を広げて抱きつかんばかりに近づいてきた。山男が手でそれを制する。
「パジャか、あんたが今回の件企んだのだろう」
じろりと導師を睨みつける。が、それを意に介さぬ様に肩をすくめる。
この禿頭に白く長い髭を生やした、パジャと呼ばれた老人はティルナノーグに昔からいる暗黒魔導師だった。
「積もる話――といきたい所ですが、それよりまず会う人が奥にいますよ」
「誰だ?」
「ヴェロンですよ」
「――!!来ているのか?ここに――」
ヴェスカードはやや驚いた顔をして奥の部屋へと続くドアを見やった。
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