ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』

路地裏の喫茶店

文字の大きさ
17 / 52
第二章 鍵の行方

闇夜の会敵

しおりを挟む

登場人物:

モンド:サムライ見習いの若者
セイラ:優男風の野伏レンジャー

6


 場面はパジャとセバスチャンの見廻よりも少々遡る。




 端正な顔立ちに痩身――よく見ると引き絞られた筋肉を持つ革鎧に身を包んだ野伏レンジャー――セイラの後を、土色の東洋の旅装をした曲刀を腰に下げた薄暗い眼の青年――モンドが歩いている。

 彼等は二手に分かれての見廻りの最中であった。
人攫いの疑惑がある聞き込みの多かった東北東ランジーナ地区をパジャとセバスチャンが、同じく北北東ドルマ地区を彼等が担当していた。陽が落ちると薄暗くなる住宅街を中心に歩いている。



「――正直そうそう上手く人攫いに遭遇する確率は低いですよね」
 モンドがカンテラの光を左右に動かしながら呟いた。

「確かにそうだがな、ミーナ達が鍵を探索に行っている間何もせぬわけにもいかぬしな。街の八分の一の住宅街と言っても全てを見て回れるわけでもないが……何か動きがあればな」
 セイラは先々の脚元を確認しながら歩いているようであった。



「……セバスチャンさんの事、疎ましいと思っているのか?」
 野伏が眼だけちろと後ろを見ながら言う。モンドには触れて欲しくない話題ではあったが、二人きりでは無視するわけにもいかぬ。何となくだが組み分けの時にセイラと二人きりになるということになった時、言われるのではないかと感じた。

「疎ましい……という訳ではないのですが、あの人にはどうも己を軽く見られている様な気はするのです」
 侍の青年は脚を止めた。



「……きっと、お前を大事に思っているのだ。だから言葉数も多くなるのだろう……俺には少しお前が羨ましいとさえ思えるよ。あの人は――セバスチャンさんは俺の知る限り最高の剣士で、偉丈夫だぞ」

野伏のぶせ殿は随分とセバスチャンさんを慕っているのですね。もしや渡し人だったのですか?」

「いやそうではない。俺のわたびとは別の人間だったよ。だがな、俺は数年前の依頼クエストで、あの人に九死に一生の所を救われたのだ――
あの時、あの時あの人が差し伸べてくれた手を俺は一生忘れることが出来ぬ。ここだけの話だがな、獅子斬ししぎりも名が通ってはいるが、俺にはセバスチャンさんの方が上だと見ているのだ」

 セイラは遠くを見ながらその時の事を思い返している様であった。漢が漢に惚れるというやつなのだろうか。その時のモンドには、理解ができなかった。己の力を全く認めようとしていない甲冑剣士をセイラの様に慕おうとはとても思えなかったからである。

 だが、セイラの言う通りセバスチャンの剣技だけは――戦闘力だけは現時点の自分とは途方もなく大きな差があるというのは認めざるを得なかった。恐らくはあの獅子斬りも……。そして前を歩く野伏もまだ戦う所を見てはいないが、その佇まいやら足取りが熟練の戦士である事を語っていた。


(糞ッ、このギルドの奴等、やけに腕の立つのが多い……だが、己はまだ若いのだ。此奴らの歳になれば、己も同等、いやその上を行くことができるやも知れぬ――やってやる。強くなってやる)



「そう言えばヴァント――あの長刀使いはどの程度の腕なのですか?」

 そんな強さへの渇望に気を取られていると自然とそんな質問が口をついた。あの気やすい長刀使いは自身と歳がそう変わらぬ。奴にだけは特に負けたくはなかった。



「ヴァント?ヴァントかぁ――そうさな……」
 思いがけない青年の質問にセイラは空を眺め考える。モンドはごくりと唾を飲んだ。


「……まあ、本気を出したら俺に近くは、あるかもしれぬ」

 そのセイラの答えにモンドはハッとした。
そんな馬鹿な。あのへらとした長刀使いがこの野伏と同程度だと言うのか?そうは見えぬ――ならば、ならば己は――。




(鬼付きが出たら、の話だけれども。そもそもあれ制御が効かぬし、ヴァントの強さと言っていいのかはわからぬが。まああんまりそれをペラペラと言うものでもないしな)

 と、セイラは弟分であり伝え人であるヴァントを幾分贔屓してそう言ってしまった訳だが、思いの外モンドへの衝撃は大きかったと言う他ない。
 しかし暗い夜道での話である。後ろを歩く青年のショックを受けた心のうちなど、その顔色からは伺う事ができなかったのだ。





「――ン!?待て!!モンド!!」

 突然セイラが細く人気のない十字路に差し掛かった所で地に臥した。



「どうしたのですか!?」

 モンドの問いにすぐのいらえはなく、セイラは街路樹の下生えを慎重に手で摩り眺めている。



「……大当たりやもしれぬ」
 野伏が十字路の先を睨み据えて言った。
「どういうことですか?」

「ここを見ろ。下生えが大分重量のある者によって踏みしめられている。まだそんなに時間が立っていない!オークはただでさえ少なくとも人間の一.五倍の重量はあろう。そしてその重量に人一人抱えていたとすればこの踏み締め方もあり得る」

「確かに……」
 モンドがカンテラで下生えを照らした。確かに短い草の上に重量のある者の足跡があった。そしてその足跡は人間のそれよりも一回り大きい。


「獣臭さも若干――あるか?追跡できるやもしれぬ。追うぞモンド!!」
 セイラが足跡に鼻を近づけた。視線の先は住宅街の東側だった。

「は、はい!」
 モンドが刀の柄に手をかけながら言った。低い姿勢を取りながら地面を確認しつつ進むセイラの横に立ちカンテラの光を当てる。



 セイラの職業、野伏レンジャーは基本的な面ではクリラの様な隠密、盗賊に近いところがあり、罠の解除、宝箱や扉のの開錠、武器落としスティールなどのスキルに長けている。
 両者の違いは隠密は潜入捜査や諜報に長けており、野伏レンジャーは今のセイラの様に追跡を得意とする事であった。


 今まさに端正な顔立ちのこの野伏レンジャーは、降ってわいた幸運の蜘蛛の糸を手繰り寄せようと必至に痕跡を追跡していた。




「行ける――追いつけるぞ――」

 十分余りも追跡した頃だろうか、セイラ曰く追跡の対象者は急いでいるとの事だった。


「クソッ!このどちらかの道だとは思うが――痕跡が……!」
 追跡を進めるうちにより人気はなく、住宅も少なく暗い道へと入っていった。バレーナをぐるりと取り囲む高い城壁も近づきつつある。

 下生えの足跡を頼りに追っていたセイラだったが、二股の道で土や草のない石畳の道となってしまっていたのだ。明るい昼間であったのならまだしも、こうも暗くてはカンテラの明かりだけでは痕跡を探すのは困難であった。ここで時間をかけていては追跡対象者が街から逃げてしまう。


「仕方ない、モンド、手分けをして追うぞ。俺は左手、お前は右手だ。もし相手を見つけたならば俺を呼んでくれ!交戦したとしても殺すなよ?情報を引き出さねばならん!」

「わかりました!」

 そうモンドが言うや否や、セイラは疾風のような速さで左手の道へ消えていった。モンドも右手の道へと進む。



 暗い路地を走る。
追跡を開始してから走りづめで息も切れそうになるし汗も噴き出る。だがなによりセイラと別れた途端に暗い路地を走る自分が急に心細くなるのが許せなかった。

(大丈夫だ。もし相手と出会ったとしても一人で対処できるはずだ)



 そう考えた矢先――。
路地の先の暗がりの中に、一つの影を見つけた――。

 その大柄な影はモンドの先を走っていたが、路地の石畳を響かせるモンドの足音にぴたと――まるで時間が止まったかの様に動きを止めると、黒いフードのついた外套を被ったままの影はゆっくりと顔を後ろに向けた。


 その姿にモンドの心の臓はドキリとする。
暗がりの中、黒い装束に包まれた大柄な影から覗くその両の眼は僅かな住宅の光、モンドのカンテラの光を反射して爛々と光っている。

 その動物だけが持つ網膜の光の反射板が、影を人間ではないと告げている。影は外套の中から脇に抱えた若く小柄な女の身体をドサリと落とす――気を失っている様だ――と、腰からぬらりと光る曲刀――シミターを抜き放った。その鋼鉄の刀身に反射した光がフードの中の顔を照らす。

 そこには、醜く禍々しい豚の魔物の顔があった。


 モンドも息を呑んでカンテラを脇に置くと、腰の愛刀を抜く――。


(落ち着け――一対一だ。この間の様な不意打ちはない。己はやれる筈だ)

 侍が刀を正眼に構える。会敵したら俺を呼べ。というセイラの言葉は忘れていた――いや、頭の中から追い出そうとしていたのかもしれぬ。兎にも角にも、一人でこの敵を征してみせると考えた。



「!!」
 人攫いのオークは初めゆらりとした動きでこちらに来るかと思うと、一転して素早く侍に近づいてきた。緩急をつけられただけにモンドには実際よりも接近が速く感じられた。

 何とか妖魔の斬撃を刀で受け止める。両者の間に火花が散った。想定よりも幾分相手の剣が重い。


(なかなかの手練れだ……人間の街に一人忍び込むだけあって雑兵では無いということか)
 隘路の戦いで斬り倒したオークとは格段の差を感じる。


(勝てるか?俺に?)
 それは、腹の底からむくりと、眠りから目覚める蛇の様にもたげる感情。


(ヴァントならばコイツに勝てるのか?いや、今はそんな事を考えている場合じゃ、危なッ――!)
 モンドは敵のシミターを強く打ち払うと距離を取った。



『モンド――お前には剣の才が足りぬ――』

 頭の中に急に響いてくる声!黙れ、黙れ!
その声を振り払うかの様に刀を強く握りしめる。見れば自身の方が優位と感じたのか、豚妖魔の顔に愉悦の表情が見て取れる気がした。


「カアァッ!!」
 気を吐くモンド。ふざけるな!己に対してそんな顔はさせぬ!



『あの技は乱戦では余程気を使って使わなくてはいかンぞ』

 呑気そうな獅子斬ししぎりの顔が浮かんだ。
ならば、ならば一対一の戦いであればよいのだろう?

 身体を前傾姿勢に構え力を溜める。あの奥の手の袈裟斬りを放とうとしている。必殺の間合い――!



「ずあああぁッッ!!」

 蹴り出した石畳が割れるほどの跳躍。全身全霊の力で刀を振り抜いた。


 ズシュッという肉の切り裂ける音――だが手応えが浅かった。深手には至っていない。

 モンドの一撃は素晴らしい斬り込みではあったが、大技を出すであろう事が顔に出過ぎていた。その事を手練れの妖魔は本能的に察知し、身体を半歩下がらせたのだった。


「あ、ああ――……」
 モンドのこの技には放った後に致命的な隙ができる。一撃必倒で撃たなければならぬ剣なのだ。

 自分が斬られた事を知った妖魔は先程の愉悦は一転、憎しみを込めた顔で懐に着地した人間に剣を振り下ろそうとする。


(しまった――!また、まただ。また残像の様に遅く、敵の振り下ろす剣が見える――)

 だがそれは、知覚していても身体は動かぬ間の出来事。刹那、モンドは自分の命がここで絶たれるのだと思った。




「グアッ!」

 片眼をつぶる侍の眼に、妖魔の右肩に深々と突き刺さる矢が見えた。その衝撃で妖魔は後ろにのけぞる。




「無事かッ!モンド!!」

 別の道を引き返し駆けつけたセイラの放った弓の一撃であった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた

季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】 気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。 手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!? 傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。 罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚! 人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

処理中です...