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第二章 鍵の行方
闇夜の会敵
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モンド:侍見習いの若者
セイラ:優男風の野伏
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場面はパジャとセバスチャンの見廻よりも少々遡る。
端正な顔立ちに痩身――よく見ると引き絞られた筋肉を持つ革鎧に身を包んだ野伏――セイラの後を、土色の東洋の旅装をした曲刀を腰に下げた薄暗い眼の青年――モンドが歩いている。
彼等は二手に分かれての見廻りの最中であった。
人攫いの疑惑がある聞き込みの多かった東北東ランジーナ地区をパジャとセバスチャンが、同じく北北東ドルマ地区を彼等が担当していた。陽が落ちると薄暗くなる住宅街を中心に歩いている。
「――正直そうそう上手く人攫いに遭遇する確率は低いですよね」
モンドがカンテラの光を左右に動かしながら呟いた。
「確かにそうだがな、ミーナ達が鍵を探索に行っている間何もせぬわけにもいかぬしな。街の八分の一の住宅街と言っても全てを見て回れるわけでもないが……何か動きがあればな」
セイラは先々の脚元を確認しながら歩いているようであった。
「……セバスチャンさんの事、疎ましいと思っているのか?」
野伏が眼だけちろと後ろを見ながら言う。モンドには触れて欲しくない話題ではあったが、二人きりでは無視するわけにもいかぬ。何となくだが組み分けの時にセイラと二人きりになるということになった時、言われるのではないかと感じた。
「疎ましい……という訳ではないのですが、あの人にはどうも己を軽く見られている様な気はするのです」
侍の青年は脚を止めた。
「……きっと、お前を大事に思っているのだ。だから言葉数も多くなるのだろう……俺には少しお前が羨ましいとさえ思えるよ。あの人は――セバスチャンさんは俺の知る限り最高の剣士で、偉丈夫だぞ」
「野伏殿は随分とセバスチャンさんを慕っているのですね。もしや渡し人だったのですか?」
「いやそうではない。俺の渡し人は別の人間だったよ。だがな、俺は数年前の依頼で、あの人に九死に一生の所を救われたのだ――
あの時、あの時あの人が差し伸べてくれた手を俺は一生忘れることが出来ぬ。ここだけの話だがな、獅子斬りも名が通ってはいるが、俺にはセバスチャンさんの方が上だと見ているのだ」
セイラは遠くを見ながらその時の事を思い返している様であった。漢が漢に惚れるというやつなのだろうか。その時のモンドには、理解ができなかった。己の力を全く認めようとしていない甲冑剣士をセイラの様に慕おうとはとても思えなかったからである。
だが、セイラの言う通りセバスチャンの剣技だけは――戦闘力だけは現時点の自分とは途方もなく大きな差があるというのは認めざるを得なかった。恐らくはあの獅子斬りも……。そして前を歩く野伏もまだ戦う所を見てはいないが、その佇まいやら足取りが熟練の戦士である事を語っていた。
(糞ッ、このギルドの奴等、やけに腕の立つのが多い……だが、己はまだ若いのだ。此奴らの歳になれば、己も同等、いやその上を行くことができるやも知れぬ――やってやる。強くなってやる)
「そう言えばヴァント――あの長刀使いはどの程度の腕なのですか?」
そんな強さへの渇望に気を取られていると自然とそんな質問が口をついた。あの気やすい長刀使いは自身と歳がそう変わらぬ。奴にだけは特に負けたくはなかった。
「ヴァント?ヴァントかぁ――そうさな……」
思いがけない青年の質問にセイラは空を眺め考える。モンドはごくりと唾を飲んだ。
「……まあ、本気を出したら俺に近くは、あるかもしれぬ」
そのセイラの答えにモンドはハッとした。
そんな馬鹿な。あのへらとした長刀使いがこの野伏と同程度だと言うのか?そうは見えぬ――ならば、ならば己は――。
(鬼付きが出たら、の話だけれども。そもそもあれ制御が効かぬし、ヴァントの強さと言っていいのかはわからぬが。まああんまりそれをペラペラと言うものでもないしな)
と、セイラは弟分であり伝え人であるヴァントを幾分贔屓してそう言ってしまった訳だが、思いの外モンドへの衝撃は大きかったと言う他ない。
しかし暗い夜道での話である。後ろを歩く青年のショックを受けた心のうちなど、その顔色からは伺う事ができなかったのだ。
「――ン!?待て!!モンド!!」
突然セイラが細く人気のない十字路に差し掛かった所で地に臥した。
*
「どうしたのですか!?」
モンドの問いにすぐのいらえはなく、セイラは街路樹の下生えを慎重に手で摩り眺めている。
「……大当たりやもしれぬ」
野伏が十字路の先を睨み据えて言った。
「どういうことですか?」
「ここを見ろ。下生えが大分重量のある者によって踏みしめられている。まだそんなに時間が立っていない!オークはただでさえ少なくとも人間の一.五倍の重量はあろう。そしてその重量に人一人抱えていたとすればこの踏み締め方もあり得る」
「確かに……」
モンドがカンテラで下生えを照らした。確かに短い草の上に重量のある者の足跡があった。そしてその足跡は人間のそれよりも一回り大きい。
「獣臭さも若干――あるか?追跡できるやもしれぬ。追うぞモンド!!」
セイラが足跡に鼻を近づけた。視線の先は住宅街の東側だった。
「は、はい!」
モンドが刀の柄に手をかけながら言った。低い姿勢を取りながら地面を確認しつつ進むセイラの横に立ちカンテラの光を当てる。
セイラの職業、野伏は基本的な面ではクリラの様な隠密、盗賊に近いところがあり、罠の解除、宝箱や扉のの開錠、武器落としなどのスキルに長けている。
両者の違いは隠密は潜入捜査や諜報に長けており、野伏は今のセイラの様に追跡を得意とする事であった。
今まさに端正な顔立ちのこの野伏は、降ってわいた幸運の蜘蛛の糸を手繰り寄せようと必至に痕跡を追跡していた。
「行ける――追いつけるぞ――」
十分余りも追跡した頃だろうか、セイラ曰く追跡の対象者は急いでいるとの事だった。
「クソッ!このどちらかの道だとは思うが――痕跡が……!」
追跡を進めるうちにより人気はなく、住宅も少なく暗い道へと入っていった。バレーナをぐるりと取り囲む高い城壁も近づきつつある。
下生えの足跡を頼りに追っていたセイラだったが、二股の道で土や草のない石畳の道となってしまっていたのだ。明るい昼間であったのならまだしも、こうも暗くてはカンテラの明かりだけでは痕跡を探すのは困難であった。ここで時間をかけていては追跡対象者が街から逃げてしまう。
「仕方ない、モンド、手分けをして追うぞ。俺は左手、お前は右手だ。もし相手を見つけたならば俺を呼んでくれ!交戦したとしても殺すなよ?情報を引き出さねばならん!」
「わかりました!」
そうモンドが言うや否や、セイラは疾風のような速さで左手の道へ消えていった。モンドも右手の道へと進む。
*
暗い路地を走る。
追跡を開始してから走りづめで息も切れそうになるし汗も噴き出る。だがなによりセイラと別れた途端に暗い路地を走る自分が急に心細くなるのが許せなかった。
(大丈夫だ。もし相手と出会ったとしても一人で対処できるはずだ)
そう考えた矢先――。
路地の先の暗がりの中に、一つの影を見つけた――。
その大柄な影はモンドの先を走っていたが、路地の石畳を響かせるモンドの足音にぴたと――まるで時間が止まったかの様に動きを止めると、黒いフードのついた外套を被ったままの影はゆっくりと顔を後ろに向けた。
その姿にモンドの心の臓はドキリとする。
暗がりの中、黒い装束に包まれた大柄な影から覗くその両の眼は僅かな住宅の光、モンドのカンテラの光を反射して爛々と光っている。
その動物だけが持つ網膜の光の反射板が、影を人間ではないと告げている。影は外套の中から脇に抱えた若く小柄な女の身体をドサリと落とす――気を失っている様だ――と、腰からぬらりと光る曲刀――シミターを抜き放った。その鋼鉄の刀身に反射した光がフードの中の顔を照らす。
そこには、醜く禍々しい豚の魔物の顔があった。
モンドも息を呑んでカンテラを脇に置くと、腰の愛刀を抜く――。
(落ち着け――一対一だ。この間の様な不意打ちはない。己はやれる筈だ)
侍が刀を正眼に構える。会敵したら俺を呼べ。というセイラの言葉は忘れていた――いや、頭の中から追い出そうとしていたのかもしれぬ。兎にも角にも、一人でこの敵を征してみせると考えた。
「!!」
人攫いのオークは初めゆらりとした動きでこちらに来るかと思うと、一転して素早く侍に近づいてきた。緩急をつけられただけにモンドには実際よりも接近が速く感じられた。
何とか妖魔の斬撃を刀で受け止める。両者の間に火花が散った。想定よりも幾分相手の剣が重い。
(なかなかの手練れだ……人間の街に一人忍び込むだけあって雑兵では無いということか)
隘路の戦いで斬り倒したオークとは格段の差を感じる。
(勝てるか?俺に?)
それは、腹の底からむくりと、眠りから目覚める蛇の様にもたげる感情。
(ヴァントならばコイツに勝てるのか?いや、今はそんな事を考えている場合じゃ、危なッ――!)
モンドは敵のシミターを強く打ち払うと距離を取った。
『モンド――お前には剣の才が足りぬ――』
頭の中に急に響いてくる声!黙れ、黙れ!
その声を振り払うかの様に刀を強く握りしめる。見れば自身の方が優位と感じたのか、豚妖魔の顔に愉悦の表情が見て取れる気がした。
「カアァッ!!」
気を吐くモンド。ふざけるな!己に対してそんな顔はさせぬ!
『あの技は乱戦では余程気を使って使わなくてはいかンぞ』
呑気そうな獅子斬りの顔が浮かんだ。
ならば、ならば一対一の戦いであればよいのだろう?
身体を前傾姿勢に構え力を溜める。あの奥の手の袈裟斬りを放とうとしている。必殺の間合い――!
「ずあああぁッッ!!」
蹴り出した石畳が割れるほどの跳躍。全身全霊の力で刀を振り抜いた。
ズシュッという肉の切り裂ける音――だが手応えが浅かった。深手には至っていない。
モンドの一撃は素晴らしい斬り込みではあったが、大技を出すであろう事が顔に出過ぎていた。その事を手練れの妖魔は本能的に察知し、身体を半歩下がらせたのだった。
「あ、ああ――……」
モンドのこの技には放った後に致命的な隙ができる。一撃必倒で撃たなければならぬ剣なのだ。
自分が斬られた事を知った妖魔は先程の愉悦は一転、憎しみを込めた顔で懐に着地した人間に剣を振り下ろそうとする。
(しまった――!また、まただ。また残像の様に遅く、敵の振り下ろす剣が見える――)
だがそれは、知覚していても身体は動かぬ間の出来事。刹那、モンドは自分の命がここで絶たれるのだと思った。
「グアッ!」
片眼をつぶる侍の眼に、妖魔の右肩に深々と突き刺さる矢が見えた。その衝撃で妖魔は後ろにのけぞる。
「無事かッ!モンド!!」
別の道を引き返し駆けつけたセイラの放った弓の一撃であった。
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