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第四章 星屑の夜
パジャ・ギネス 〜 魔王(1)
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ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
パジャ:かつて魔王と異名をとった暗黒魔導師
バルフス: 豚鬼軍首領の闇祭司。古神リブラスを取り込み巨大化した
アイスクレイス:ティルナノーグを結成した魔法剣士。ヴェスカードの祖父
4
ヴェスカードとセバスチャンがモンドをルディエから解放するより少々時間は遡る――。
「ヴェス、頼みましたよ……!」
山男に剛力の魔導を掛けモンドの方角へと行かせた導師は古神リブラスの力を取り込み巨大な姿へと変貌させた闇祭司の豚鬼バルフスを見やった。
「我が敬愛する暗黒神よ……久方ぶりにあの魔導を行使する時がやって来ました……」
痩せた初老の魔導師然とした背格好であったパジャは先程より身体のあちこちに異変を生じている。強大なバルフスの足元で彼を護る旗下隊の精兵豚鬼らは、突如前線へとやってきた老魔導師を得物の錆にしてくれようと、雄叫びを挙げながら突っ込んできたのだった。
「ぬううッ!!」小柄だと侮った豚鬼達の槍が、剣が導師の眼の前で見えざる力により止められた。
唖然とする豚鬼の戦士達の眼の前で突如パジャの袈裟の下の肩が、背中が異様に隆起してゆく!!
「グ……ガ、ガ……ガガ……!!」
苦しげな声を振り絞るパジャが突然止めた得物をその両手で掴むと、瞬間その得物を突き出していた豚鬼らに蒼く激しい炎が伝わり彼等を灰燼と化してしまう。
「……ここは激しいエネルギーのぶつかり合う力場と化します。防衛隊はもう少し距離を取って下さい。力の加減が出来る保証はありませんから……!!」
導師が後方を見やって防衛隊中央陣の前線の兵士等に声を掛ける。だが部隊長の熟練の戦士は咄嗟に返事を出来ないでいた。空気を吸うように口をぱくぱくと動かすと、唾を飲み込んで何度も頷いた。
「さ……下がるぞ……ッ!!」
やっとの事で中央陣の兵士に号令を掛けた部隊長により前線は後退したが、その中にいる初老のベテラン兵士は後退に足並みを揃えられずいた。
「バステラ爺さん、後退だ!!」
仲間の兵士が声を掛ける。
「ああ……、ああ……だ、だが脚が、脚が上手く動いてくれぬ」
「何言ってんだ!後退しなきゃ危ないんだよ!あのデカくなった神下ろしの首領とあの老魔導師がやり合うんだ!!」
「し、しかしあの化け物とあの老魔導師がやり合えるのか……」
別の兵士が言った。だがバステラ爺さんはそれを聞かなかったかのように変貌してゆくパジャを見て、
「あれは――あの魔導師はやはり、【魔王】パジャだ……!若い頃にリュカーンの谷の戦いで見かけた事が……ある!す、すっかり変わった姿になっていたからわからなかった……ば、化け物……?アレの方が、ずっと――」
尚も動けぬバステラ爺さんを、両脇の若い兵士達は担いで後退した。
「う……あ、あ、あぁ……!!」
錫杖を天に掲げて何事か呪いの言葉を叫ぶと、異変を生じ始めた老魔導師の身体はより変貌してゆく!
小さかった肩幅は二倍ほどにもなり、手に持つ錫杖は先端から粉のように崩れ去った。その代わりに両の手は黒々しく筋骨隆々となり、指先は邪神のそれのように長く鋭い爪が生えた。
背中から大きく逞しい蝙蝠のような羽根が二枚生えると、荒縄のような血管の浮かび上がった頭部の額からは四本の角が生えたのだった。それは、その姿はまさしく悪魔そのものであった。
「ほう――その姿……」
バルフスは老魔導師の変貌してゆく様を途中で阻止するでもなく楽しそうに眺めていた。正面の魔導師が大きな力を身につけてゆくのは感じ取れる。だが、古神リブラスと同化した己の力の方が勝っていると露ほども疑っておらぬ。
バァンと何かが弾ける様な音がすると、その中央から赤黒いエネルギーの流れ出す悪魔の姿のパジャがふわりと下馬した。両耳からはツツと赤い血が流れている。
「おや――変身を待っていてくれるとは豚鬼とはいえ闇祭司ともなると紳士的ですね……」
パジャの挑戦的な言葉にバルフスは巨大な両の手をゴキゴキと鳴らすと、
「フ、フフ……!我が身に宿った古神リブラスの素晴らしい力、お前で存分に試させてもらう……この力があればあの忌まわしい城壁をも破壊できるであろうからなあ!!」
バルフスの両掌が怪しく光る!
そのエネルギーの塊を二つパジャに向けて放つと、悪魔の様な笑みを浮かべてそれに飛び込んで行ったのだった――。
*
「――お前、一人か――? 俺と、組まないか?」
――遠い、遠い昔の話だ。
始まりの街とも呼ばれる、冒険者を志す者達の訓練所や装備品割引がある店が軒を連ねるラライナという街があった。
数多あるギルドの勧誘や新米冒険者支援ギルドからの依頼受注の登録ができる集会場の中や建物の前が、ラライナで最も冒険者が集う場所である。
だがまだ背中まで伸ばした髪もサラサラで、ひょろりと痩せっぽっちな新米冒険者の魔導士パジャはそう言った喧騒に身を置く事を嫌っていた。
やがては竜殺しをしよう。著名なギルドで幹部を目指そう。未知の宝を発見しよう――
集会所に集う新米冒険者達は未来の自分に目を輝かせて皆口々にそんな事を言いながらギルドを選び、依頼を品定めし、エールを片手に夢を語り合った。
だが、それは駆け出しにありがちな夢想――夢物語で、若きパジャには彼等の語る夢がまるでふわふわと掴みどころのない煙の様なものに感じられた。集会所を覗いた時に幾度か声をかけられる事もあったが、とても彼等のそんな夢に自分も加わる姿が想像できなかった。
さて自分は魔導士となったもののどの様に活動してゆこうか――。
人気のない街外れの丘から草原とオリーブ畑、石畳の街道を見下ろしながらそんな事を考えていた。ここはパジャの心休まるお気に入りの場所だった。
「――お前、一人か――? 俺と、組まないか?」
ふと背後から声を掛けられた。
面倒臭そうに振り向くと、そこには濃緑の旅人の服に身を包んだ一人の戦士が立っていた。
男は暗い赤髪を背の半ばまで伸ばしてうなじのあたりで一つにまとめていた。陽に焼けて赤銅色の肌は服の上からでもわかるほどに筋骨隆々で身長も高く体格が良い。
歳の頃は自身と同じ位と見えたその男はまだ口髭も生やしていなかったが、高く通った鼻筋の上には深碧の瞳を爛々と輝かせていた。
「何日か前からここによくいるだろう!変わった奴だなって、目をつけていたんだ」
男はパジャの隣にどかりと座り込む。
「……どうにも、集会所で騒いでいる方々とはちょっと気が合いそうにないものでしてね」
無遠慮な男だ。再び丘の景色を眺めながらパジャは呟いた。
「おお、同感だ!実は俺もあそこらの連中とはいささか冒険に行く気になれなくてなあ!皆、夢みたいな事を語ってばかりいる」
丘の景色を眺めながら豪放に話す男をちらりと横目で見やった。自分と同じ想いをしている者がいるとは思わなかったのだ。
「夢って言いますけれどもね、貴方――」
「アイスクレイスだ」
「アイスクレイス――私はパジャです――貴方にはそう言うのがお有りなんですか?」
すると男は丘の景色よりも遠く――ずっと遠くを見る様な目つきになって。
「でかいギルド――高名な――」
男がそう言い出したのを聞きパジャの心には落胆の色が広がった。結局はこの男も考える事は集会所の連中と一緒なのだ。気づかれぬ程小さなため息が出る。
「最強!ナンバーワン、何処よりも強く、有名なギルド!そんな自分達のギルドを作りたいんだ!!」
男はそんなパジャの様子に気がつくことも無く大きな声を出した。面食らうパジャ――。
「ナンバーワン……?何処よりも強い?……それを作る?」
魔導士は不思議そうに聞き返した。既にこの世には高名かつ歴史も人数も大きな有名ギルドが多数存在している。そこを差し置いて一番に、などと、新人冒険者の新興ギルドが……。
「な、何かそれを成す為の計画とか、妙案がお有りで?」
すると男は難しそうな顔をして天を仰いだ。
「……それは、まだ、これから考える所なのだが――」
ぶっ、とパジャは吹き出してしまった。男が至極真面目くさって真剣に考え出したからである。それは自分を大きく見せる為に言っているのではなく、本心からそう言っているのだと男の様子を見て感じ取れたからである。
「あ――アッハッハ――!! 貴方、アイス、クレイスと言いましたか。馬鹿、馬鹿者ですね――ハッハ、ヒィ……集会所の連中よりもずっと、ふわふわとした事を、フゥ、そんな、真面目な顔で――」
腹の底から笑いが止まらない。それを見た男はすっくと立ち上がって。
「だが、それが面白い!!作るんだ!!俺の、俺達の最強ギルドを!!」
アイスクレイスは丘に向けて再び大声で叫んだ。丘から見える広々とした景色によく通る声が響いた。
「ぜっったい!!絶対作るぞぉぉ――ッッ!!!」
「や……やめ……ハッハ、フゥ、恥ずかしい……です、から!!」
だが、男は何か確信めいた瞳で丘の景色を、そしてもう一度パジャを見たのだった。
*
「パジャ――!新しい仲間、見つけたぞ!斧槍使いのヴェロン君だ!」
「なんか一人で鍛錬してたら声を掛けられて……」
「おぉ……斧槍とは渋いですねぇ、是非とも宜しくお願い致します」
*
「考えたぞ、パジャ、ヴェロン!俺達が手っ取り早く高名になる手段を!」
「マジか、アイスクレイス!?」
「期待はしていないけれど、聞きましょう……」
「リヴォニルの巨人を俺達で討伐しよう!」
それは、その頃各地で神出鬼没に現れては人々に厄災をもたらす巨人の魔物であった。
「ハッ!?無理無理、無理ですって、三人一瞬で踏み潰されて終わりですよ!!」
パジャが呆れた様に言う。
「しかし私とアイスで初めに脚を攻撃して体勢を崩せば……」
「なっ!ヴェロン俺もそう思ったんだよ。まず脚から攻撃してさ……」
「現実を見ろおおぉ!!まだ私達は新米もいいとこな冒険者なんですよ!!高くてギルド石も買えないんですから!!」
パジャはテーブルをひっくり返した。
*
「ギャアアアアァァッ!!」
街外れの森で三人の冒険者を屈強な一匹のはぐれリザードマンが襲う!!
「く、クソッ!!なんだってあのリザードマン、俺達を執拗に追いかけてくんだよ!」
「アイス、ヴェロン!!私はひ弱な魔導士なんですから貴方達戦士が体張ってあいつを止めてくださいよッ!!」
「お、押すな馬鹿ッ――!!おま、ヴェロン!ちなみにその槍なんなんだよッ!!?」
「え――!?いや、湖のほとりで拾ったのだが――やたら品が良さそうなものだから――!」
「それ、あのリザードマンのなんじゃねえのかッ!?投げ捨てろ!それッッ!!」
「うわあああァァッ――!!!」
*
「……パジャ、ヴェロンと話し合ったんだが――俺達にも魔導を教えてくれないか?戦士だけではなく、俺達も魔法剣士となって戦力を増強していかなければならぬ」
「……今最先端の冒険者では最も流行と言われている――ね。しかし魔導の修行は厳しいですよ?剣の修行とはまた訳が違う――そして――」
「いいや、やるさ!もっと強い魔物を討伐して金を貯めなくてはならぬからな!――そして?」
「魔導の修行の時は私をパジャ先生と呼びなさい!」
「「は???」」
「嫌ならやめます!」
「「ぐ、ぐぐ……パ、パジャ……先生……」」
「ハッハッハ――!!仕方ないですねえ!」
(やれやれこの二人にも困ったものです。脳筋の彼等には高度な魔導は難しいでしょうから、初歩的な魔導の施しをしてあげますか)
*
さる地方を震撼させた人喰いフェンリルに一敗地に塗れたパジャ達――。
「……どうだった?パジャ?ゴジルの奴は――?」
険しい顔をして部屋に戻ったパジャにアイスクレイスとヴェロんが問う。ゴジルと言う男は彼等の四番目の仲間であった――。言われて魔導師は首を振る。
「ゴジルは――ゴジルは一命を取り留めました……夢を追った代償だから我々を恨んではいない、と――。そう、言ってくれました……けれども、もう一度冒険に出る事は、もう……――」
歯軋りするほど噛み締めた口端からは血が流れている。
(フェンリルは物理耐性が著しく高く、魔導による攻撃が有効なのだ……魔導の経験の浅いアイスとヴェロンは仕方がないにしても、あの魔獣に敗れたのは、ゴジルを救う事ができなかったのは、私が、私の魔導が弱かった所為なのだ――)
「クソッ――!!あの魔獣を放っておけば更なる犠牲者が出る――!もう一度、我等であの魔獣を――!ゴジルの敵を取るんだ!」
ヴェロンが悔しそうに斧槍を握り締める。
「……ヴェロン、アイス……一日と半日、私に時間を下さい……」
「……何処へゆく?」
アイスクレイスが怪訝そうに魔導師を見やる。
「ラザーニャの洞窟……先日封印した洞窟に、再び行きます」
それは半月ほど前に依頼で魔物の溢れ出た古い洞窟を探索した場所だった。魔物を討伐する事ができた彼等だったが、その最深部で彼等は岸壁に埋もれた一つの彫像を発見した――。
恐ろしく古代の遺物の様であるそれは、古びて尚異様な瘴気を発していた。震える手でそれを掴んだパジャは、その瞬間脳裏に声が響いたのだった。
『――げよ……己が身、精神を我に供物として捧げよ……ならば力を求める弱き者に、我が力を与えよう……』
古き神は、暗黒神と名乗った――。
アイスクレイス達はそれを見なかったことにし、再び岸壁に埋め戻して洞窟を封印したが――。
「ゴジルッ!!」
病室のドアを彼にしては珍しく開ける。そこには息を切らしたパジャがいた。
「パジャ……今まで何処に、奴等、アイスとヴェロンは先程フェンリルが再び現れたと言う報を受け討伐に向かってしまったのだ!!俺の静止さえも聞かずに!!」
それを聞くや、後ほどと言い残してパジャは去ってしまう。
「――ハアッ、ハアッ――!!」
人間の五倍はあろうかと言う魔獣フェンリルが牙を剥き出しにしながら二人の戦士を睨みつけている。
二人とも致命傷ではないが、深く傷つけられている。
「やはり――やはり、俺達では、俺達の魔導では彼奴の魔法障壁を打ち破れぬのか――! それさえ破れれば、刃とて通るだろうに!!」
「グ、ググ……ゴジルの仇さえ取れぬまま、ここが、我々の最期なのか……!」
動きの鈍ったアイスクレイスとヴェロンに魔獣が飛びかかった。
「――諦めるなッッ!!」
背後から声が轟くと、二人の戦士の間を巨大な長い黒き影が抜ける!
その影は黒龍の形を成し、フェンリルの喉笛に噛み付いた。突き立てた牙から蒼白い魔界の焔が溢れる!やがて、バキイィンという破壊音――!
「フェンリルの魔法障壁を破りました!!今ならば物理攻撃が通りますッ!!」
背後を振り向くと、耳は尖り、眉間には深い検が刻まれ、灰色であった瞳は赤みを帯びた仲間の魔導師がそこにいた。
「――パジャ!!お前、その……姿……」
「そんな事を言っている場合じゃあないですよ!止めを刺してください!!」
「ム……!ウゥ!!」
二人の戦士が互いの得物を全力で魔獣に振るう!!
――このフェンリル討伐で彼等三人は新人冒険者の中である程度名の通った存在となったのであった。
*
「やった――!! ついに、ついにギルド石を購入する事ができたぞ!! 冒険者協会に申請すれば、俺達のギルドが認められるんだ!!」
真新しい胸の高さほどの石柱を愛おしそうに撫でながらアイスクレイスが叫んだ。
「相変わらずの、少人数だけどな」
杖を付いたゴジルが笑う。
「これからもっと忙しくなるぞ?ゴジル、今まで以上に経理をお願いする事になるぞ」
ヴェロンがかつて冒険を共にした仲間の肩に手をかけた。
「名前――どうする?」
「フッフッフ……よくぞ聞いてくれたな……実はもう、考えてある――【餓狼組】でどうだ!?古の剣客集団の名を借りた」
微妙な顔になる三人。
「アイス貴方、そう言うところのセンスがねぇ……ならば――【ティルナノーグ】では、どうでしょう?」
「有り!そっちだわな」
「議論の余地はないな」
ヴェロンとゴジルがすぐに同意する。
「ググ……それ、どういう意味なんだよ……?」
「古代にあったという、極小国の名です。一説によれば妖精の国とも、永若の国、とも呼ばれていたそうです」
「永若の国……か。いいではないか、我等のギルドに相応しいと思う。アイス?」
「ウ……、ウム、響きもいい……」
「申請する略称はどうする?」
ゴジルが経理がたらしい発言をした。書面や冒険者協会にギルドとしての三文字の略称も提出する必要がある。
「ティルナノーグだろ?では……【Tir】か【tir】あたりか……?」
ヴェロンが呟く。
「待て!ならば【TiR】がよかろう!!」
「お?それは良い案ですねぇアイス。珍しく!」
「うるせぇ俺にもセンスって奴はあるんだ!!」
四人の笑い声はギルド石を囲んで空に響いた。
*
時は流れた。
「ぐああああぁ……」
「なんだ?どうした?パジャ!?」
「か、髪が……私の髪がぁ」
「なんだそんな事か……随分前から俺もヴェロンもそうだなと、話していたぞ」
「な、なんで私だけ……頭頂部から……」
「そんな事を言っても、遅いか早いかの違いだけであろう。あんまり気にするな」
「貴方はそうじゃ無いから言えるんですよ!!こっこのイケメンの私が……」
「……暗黒神にお願いしてみたら?」
おどけたアイスクレイスをキッと睨むパジャ。
「……呪う!呪ってやるぅ!!」
「馬鹿言うな!トールズ付近に現れた腐竜の討伐準備をするぞ!ゾンビーとて竜は手強い!!」
*
「テトラボーンだ!宜しくなヴァッハッハ!!」
「スオウから参った、カーンと申す」
「【山砕き】と【斬鉄の侍】か!聞いた事がある!!」
ヴェロンが驚いて席を立った。
「そこな【魔王】パジャ殿の勇名には劣りますがなヴァッハッハ!!」
「……一部の人がそんな事を言っているだけで、私にはそんな異名に相応しいとは思えませんがね。しかし貴方達の様な者が我等のギルドに来てくれて、本当に嬉しいですよ」
頭髪を永久脱毛した導師が微笑む。その代わりに長く顎髭を伸ばしていた。
「……猛者がアイスやティルナノーグの勇名の元に集まりだしたな。ラライナのあの時、それを真に信じていたのはアイス、彼奴ただ一人だった……」
呟くヴェロンの言葉に微笑みながら導師は窓の外を見やった。
*
更に時は流れる。
「見ろ!儂の孫のベスじゃ!でかくなったろう!!」
自らの頭頂部も寂しくなった、しかし長年の冒険を経て尚筋骨隆々の初老のギルドマスターは肩に小さな男の子を乗せてきた。
「お、おぉ~……!二、三歳の頃以来ですか?大きくなりましたねぇ!ヴェス?私の事覚えていますか?」
「エロいじーちゃん」
まだ子供のヴェスカードはパジャを指差して言った。
「な……アイス……?貴方家で私の事何と言っているんですか?」
「こ、これベス……」
「ププ……まあまあ、ヴェスカード、もう少し大きくなったら我等がお前の渡し人となってやるからな」
ヴェロンがヴェスカードの小さな指を握った。
「ふふ、では私は魔導の指導をしますかね。ヴェス?そうしたらエロいじーちゃんではなくパジャ先生と呼びなさいね」
「ガハハ!お前まだそれを言っとるのか!」
「エ……パジャ先生、りゔぉにるの巨人と戦うんでしょ?」
「……ほう?よく知っていますねぇヴェス」
「これ、あげる」
そう言い小さなヴェスカードは粘土で作った小さな十字架を差し出した。
「これは……」
「お守り。ヴェロンさんにも」
それは幼子の作った拙いものだった。アイスクレイスが申し訳なさそうに微笑む。
「ほうほう!これはこれはいいアイテムを貰ってしまいましたねえ!ヴェロン!?」
「ウム。なかなかの効果を秘めた逸品と見た」
「大事にさせてもらいますよ。ありがとう、ヴェス」
導師は幼子の頭を撫でた。
「ウン、また遊んでよパジャ先生」
*
「パジャ……」
リヴォニルの巨人の討伐前夜、準備と休息を取るティルナノーグの面々のキャンプの中で導師は声を掛けられた。
「おや?ジェラ=ルナ、どうしましたか。眠れないならば私が添い寝をしましょうか?」
それは【深淵の魔女】と異名を取る女性魔導師だった。
「……私がそういう冗談に付き合わないのは知っているでしょう?それより……」
この魔導師がギルドに加入してからそれ程年月を重ねてきたわけではないが、その高度な実力とは他にどこか尋常ならざる気配――どこを見通しているのかわからぬ、といった雰囲気を常に身に纏っていた。
「水晶球が予見を告げた――」
確かにこの女魔導師は冗談を言う事はない。過去に幾度か突然訪れる神託、予言をギルドに共有することがあった。
それはひどく抽象的ではあったが的中していたので、いつの頃からか人は彼女の事を魔女、と呼んだのだ。
「……怖いですねぇ、してその内容は?」
「……にわかには信じがたい……けれども、私の予言は外れた事がない……」
ジェラ=ルナは俯いて言いにくそうにした。
「……ギルドの、ティルナノーグのメンバー……仲間達が多く死ぬ――惨たらしい、死……そして――」
パジャは魔女の眼をまっすぐに見て促した。
「――パジャ、そして――アイスが、凄惨な死を迎える……」
ヒュウっと息を吸い込む音がした――。
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